桃牛寺 (愛知県新城市)

1575年織田・家康連合軍と武田勝頼軍が戦った<長篠の戦い>で、
武田軍に従った田峰城主・菅沼定忠と城所道寿は<田峰・菅沼家の惨劇>
の張本人である。
その城所道寿の孫であり、田峰城の家老であった丸山九郎左衛門は家老を
辞し、1576年当地に来て、戦いの戦死者を弔うために庵を建てたのが
桃牛寺の始まりといわれている。

桃牛寺の山門は長篠城の弾正門を移築したものと伝承されている。

<愛知県のお寺一覧>参照

(1)寺名:桃牛寺(とうぎゅうじ) (2)住所:愛知県新城市的場82
(3)山号:和秀山 (4)宗派:曹洞宗
(5)開基:丸山九郎左衛門 (6)開創:1576年 (7)本尊:十一面観音

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                        山門

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                        本堂