藤次寺 (大阪市天王寺区)

平安時代初期の公卿・藤原冬嗣は天皇家と藤原氏の外戚関係に
基づく摂関政治の礎を築き、左大臣まで登りつめ権勢を高めている。
その冬嗣の発願によって、甥の任瑞をして藤原氏の祈願所として
開創されたのが藤次寺である。
盛衰を経て、慶長年間(1596~1615年)加藤清正によって大伽藍
が整備され大いに栄えたといわれる。
1945年太平洋戦争によって全焼し、1960年再建されている。

本尊・如意宝珠融通尊(宝生如来)は江戸時代から信仰が高まり、
<大阪の融通さん>として親しまれている。
特に、融通さんから金の融通として商人に篤い信仰があるらしい。
谷町筋に面して、赤い山門と薄いベンガラ塀がひときわ目立つ。

<大阪市のお寺一覧>参照

(1)寺名:藤次寺(とうじじ) (2)住所:大阪市天王寺区生玉町1-6
(3)山号:如意山 (4)宗派:高野山真言宗
(5)開基:任瑞 (6)開創:810~824年 (7)本尊:如意宝珠融通尊(宝生如来)
(8)その他
1)弘法大師坐像:府指定文化財 1437年 像高54cm
2)阿波野青畝の句碑:動く大阪 うごく大阪 文化の日

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                        全景

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                        山門

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                        本堂

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                     阿波野青畝句碑