如意輪寺 (奈良県吉野町吉野山)

吉野山の中千本は、桜の時期には行列ができる花見客で溢れる。
その中千本に建つ如意輪寺は、鎌倉時代末期~南北朝時代初期
における歴史を語る名刹である。
この時期を少し振り返ってみよう。
1333年 新田義貞が鎌倉幕府を倒し、鎌倉時代は終わる
       後醍醐天皇が親政を開始する(建武の中興)
1336年 楠木正成が湊川の戦いで足利尊氏に敗れ自害する。
       後醍醐天皇は吉野に逃れ、南朝を開く。
       これ以降、京の北朝・吉野の南朝と南北朝廷の時代に入る。
1339年 後醍醐天皇が亡くなり、如意輪寺の裏山に葬られる(塔尾陵)
1347年 楠木正行(楠木正成の嫡男)は四条畷の戦いに向うにあたり、
       如意輪寺に詣で、お堂の扉に辞世の歌を刻み残す。
   辞世の歌<かえらじとかねておもへば梓弓なき数に入る名をぞとどむる>
1348年 四条畷の戦いで楠木正行は討ち死にする。
後醍醐天皇と楠木正成親子の物語が展開され、如意輪寺にはその
痕跡が残されている。

如意輪寺は延喜年間(901~923年)に開創されたと伝わり、
1650年に再興されている。

<奈良県のお寺一覧>参照

(1)寺名:如意輪寺(にょいりんじ) (2)住所:奈良県吉野町吉野山1024
(3)山号:塔尾山 (4)宗派:浄土宗
(5)開山:日蔵道賢 (6)開創:901~923年 (7)本尊:如意輪観音
(8)その他
1)蔵王権現立像:重要文化財 1226年
2)吉野大曼荼羅:県指定文化財 鎌倉時代
3)阿弥陀如来立像:9世紀
4)多宝塔:1926年
5)芭蕉句碑:ご廟年経て忍は何をしのぶ草

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                       吉野山

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                     如意輪寺遠景

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                       中千本

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                        山門

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                        本堂

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                        本堂

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                        本堂

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                        境内

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                        庫裡

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                       御霊殿

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                     後醍醐天皇陵

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                       多宝塔

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                     楠木正成父子像

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                        裏門