法性寺 (大阪市中央区中寺)

法性寺の大檀家であり、薩摩藩出入りの商家・薩摩屋半兵衛の23代は
緒方洪庵の適塾に学び、勤皇の志士を支援し、坂本龍馬を法性寺に
匿まったりしたといわれている。
薩摩屋24代は、浪華仮病院(後の大阪大学病院)の教師・ボードウィン
を法性寺に住まわせたりしている。
法性寺はボードウィンゆかりの寺と呼ばれている。

法性寺は、1598年に開創されたといわれ、元和年間(1615~24年)
に現在地に移っている。
現在地の<中寺>は寺町で、江戸時代初期に摂津大坂藩主・松平忠明
が大坂整備に伴って造られた寺町である。

<大阪市のお寺一覧>参照

(1)寺名:法性寺(ほっしょうじ) (2)住所:大阪市中央区中寺1-1-32
(3)山号:真如山 (4)宗派:日蓮宗
(5)開山:日信 (6)開創:1598年 (7)本尊:十界曼荼羅

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                        全景

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                        山門

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                       仁王門

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                     ボードウィン碑