長岳寺 (長野県阿智村) 武田信玄の火葬地

1573年武田信玄は西上作戦で三河に入り、野田城(新城市)を落すが、
その頃から喀血し、甲斐に引き上げるべく三州街道の途次、現在の
阿智村駒場で亡くなったといわれている。(死亡場所については諸説あり)
その際に、火葬が長源寺で行われたと伝えられている。
信玄の遺言により、その死は伏せられ、1575年に葬儀が山梨県恵林寺で
行われている。
長源寺には供養塔が建てられている。

長岳寺は、平安時代初期に開創されたと伝えられ、旅の宿として供されたと
いわれている。
境内には、芭蕉の句碑、信玄の家臣・馬場美濃守の供養塔などが
建てられている。
芭蕉の句碑(1774年推定建立) <雪ちるや穂屋の薄の苅残し>

<長野県のお寺一覧>

(1)寺名:長岳寺(ちょうがくじ) 
(2)住所:長野県阿智村駒場569
(3)山号:応拯山 (4)宗派:天台宗
(5)開基:伝教大師最澄 (6)開創:810~824年 
(7)本尊:十一面観音
(8)その他
1)芭蕉句碑:村指定文化財 1774年推定
2)訪問日:2014年9月13日

画像
                  外観

画像
                  山門

画像
                  境内

画像
                信玄供養塔

画像
                 芭蕉句碑

画像
                  本堂