多羅尾磨崖仏 (滋賀県甲賀市信楽町多羅尾)

信楽町最南端の集落・多羅尾は御斉峠(おとぎとうげ)で三重県伊賀市上野
と接しており、この多羅尾と御斉峠を歴史的に有名にしているのが、
1582年の<本能寺の変>後、徳川家康が堺~枚方~宇治田原~多羅尾
~御斉峠~伊賀上野~三河の経路を逃避し、無事三河に辿り着いたことが、
家康の運命を左右したといわれている。
その<家康の伊賀越え>で尽力したのが、多羅尾の豪族・多羅尾氏で、
江戸時代になって多羅尾氏は多羅尾代官(近江・大和・美濃・伊勢の代官
を統括)となり大いに栄えたといわれている。

多羅尾集落から御斉峠に通ずる県道138号、大戸川沿いの左手に
多羅尾磨崖仏(滝ノ脇磨崖仏)がある。
家康もこの磨崖仏に祈願しただろうか。
阿弥陀如来坐像を中心に左右に、種々の仏が浮彫されている。
阿弥陀如来の光背に1325年の年号が刻まれているらしいが、ほとんど
読むことはできない。
鎌倉時代末期の磨崖仏は古くはないが、彫られている仏の姿は素朴で
親しみを感じる。

<滋賀県湖南のお寺一覧>参照

1)多羅尾磨崖仏の位置:滋賀県甲賀市信楽町多羅尾1289の近くの
              県道138号線沿い
2)指定:甲賀市指定史跡

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