西岸寺 (京都市伏見区深草) 玉日姫の廟所

2012年6月8日の新聞で掲載された<親鸞の妻?玉日姫の骨か>の
記事が、久しぶりに親鸞聖人の妻に関する話題を巻き起こした。
親鸞聖人の妻は<恵信尼>というのが通説になっているが、親鸞聖人が
越後から向った関東では、長らく<玉日姫>が妻といわれてきた。
玉日姫は九条兼実の娘とも伝承されており、その史実は定かでない。

西岸寺に祀られている<玉日姫廟所>から骨壺が発掘され、その中から
骨片が発見されて、玉日姫の骨ではないかと?
科学的な調査は困難といわれており、その話題は今後に持ち越されそうだ。

西岸寺は、関白・藤原忠通が建てた御堂を、親鸞聖人が越後に流された後、
妻の玉日姫が守りながらこの地で亡くなり、仕えていた田村光隆が西岸寺として
開創し、玉日姫の墓を守ったと伝えられている。
その墓が現在の<玉日姫廟所>(江戸時代に再建)といわれている。

(1)寺名:西岸寺(さいがんじ) 
(2)住所:京都市伏見区深草直違橋2-438-1
(3)宗派:浄土真宗本願寺派
(4)開山:田村光隆(有阿弥) (5)開創:1200年代初期 (6)本尊:阿弥陀如来

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                        山門

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                      親鸞聖人像

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                      玉日姫廟所

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                        本堂