大応寺 (京都市上京区) 悲田院の跡地

悲田院は、仏教の慈悲の思想に基づいて貧しい人や孤児を救うために
造られた施設で、日本では聖徳太子が四天王寺に設けたのが最初と
伝えられている。
平安京にも2か所設けられたが、9世紀初期に嵯峨天皇皇后の壇林皇后
が建てた悲田院はその一つである。
その悲田院が鎌倉時代後期に寺となっているが、応仁の乱で廃墟となり、
1586年その跡地に開創されたのが大応寺である。

また、1470年後花園天皇が亡くなった後、火葬された地がこの地であり、
現在火葬塚が宮内庁管理となっている。
境内には茶人・古田織部が勧請したといわれる織部稲荷社が鎮守として
ある。

(1)寺名:大応寺(だいおうじ) 
(2)住所:京都市上京区堀川通寺之内上る二丁目東入扇町722
(3)山号:金剛山 (4)宗派:臨済宗相国寺派
(5)開山:虚応 (6)開創:1586年 (7)本尊:釈迦牟尼

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                       外観

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                       山門

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                       境内

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                     織部稲荷社

<陶芸空間)
        ランプシェイド
(1)素地粘土:信楽粘土
(2)釉薬:織部釉

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