密厳院 (和歌山県高野町) 高野山子院(宿坊) 苅萱堂

説話<苅萱道心とその息子・石童丸の悲話>で苅萱堂は、苅萱道心が
出家し、実の子である石童丸とともに親子を名乗ることもなく、
40年間近く修業した草庵(萱堂)は鎌倉から江戸時代にかけて
成仏院(現在は存在せず)に属し、その後現在地に移って苅萱堂となった。
本尊は親子が彫ったと伝える親子地蔵尊である。

密蔵院は、真言宗中興の祖で新義真言宗の宗祖・興教大師覚鑁が
1132年開創した住坊であるが、1140年高野山内の対立により
焼失し、覚鑁上人は山を下り根来寺を開創している。

なお、苅萱親子ゆかりのお寺は各地に見られるが、善光寺や
その界隈の往生寺・西光寺はよく知られている。

(1)寺名:密厳院(みつごんいん) (2)住所:和歌山県高野町高野山478
(3)宗派:高野山真言宗 高野山子院
(4)開基:興教大師覚鑁 (5)開創:1132年 (6)本尊:不動明王
(7)苅萱堂本尊:地蔵菩薩
(8)その他
1)苅萱道心と石童丸の絵解き説法

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                       苅萱堂

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                       苅萱堂

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                        表門

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                        本堂