広徳寺 (兵庫県尼崎市) 豊臣秀吉ゆかりの寺

1582年6月2日本能寺の変で織田信長が斃れたとの報せを、6月3日
備中高松で受けた羽柴秀吉は6月4日高松を出発し6月7日姫路城に
入っている。6月11日尼崎に入り広徳寺・栖賢寺(広徳寺の隣)で休息
している。この時、弔い合戦の決意を示す意味で秀吉は自らの髻を
切ったとの逸話がある。
6月12日尼崎を出て13日山崎に着き明智光秀との山崎合戦が始まる。
備中高松~山崎約200kmを10日で引き返した<中国大返し>が
秀吉の運命を決めている。

広徳寺は、1390年尼崎大物に開創され、永禄年間(1558~1570年)
に秀吉から寺領を貰い受けて栖賢寺と共に再興されている。
1615年尼崎城築城に際して寺町に移っている。
栖賢寺は現在京都市に移っている。

(1)寺名:広徳寺(こうとくじ) (2)住所:兵庫県尼崎市寺町8
(3)山号:瑞雲山 (4)宗派:臨済宗大徳寺派
(5)開基:言外宗忠 (6)開創:1390年 (7)本尊:釈迦牟尼

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                       山門

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                       本堂

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                       標石