大信寺 (熊本県人吉市) 西南の役ゆかりの寺

明治10年(1877年)5月31日、西南の役(西南戦争)で官軍は人吉に入り、
永国寺を本営とする西郷軍との戦いが始まり、33日間人吉の戦いが続いた。
この時、大信寺は官軍の拘置所として使われいる。
西南の役での戦死者は、官軍6843名西郷軍7476名にのぼっているが、
その慰霊塔が境内に建てられている。

大信寺は、人吉藩第3代藩主・相良頼喬が1664年母(周光院)の菩提を
弔うために開創した浄土宗のお寺である。
周光院は19歳で頼喬を難産の末に出産し、1週間目でなくなっている。
伝承では、帝王切開による出産と伝えられ、日本最初の帝王切開と言われて
いるが確たる資料はない。

落ち着いた雰囲気が漂う静かなお寺である。

(1)寺名:大信寺(だいしんじ) (2)住所:熊本県人吉市南泉田町152
(3)山号:玉宝山 (4)宗派:浄土宗
(5)開山:成誉観的 (6)開基:相良頼喬
(7)開創:1664年 (8)本尊:阿弥陀如来
(9)その他
1)地蔵堂:県指定文化財 江戸時代前期 禅宗様
2)地蔵菩薩立像:県指定文化財 南北朝時代
3)周光院の墓

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                       山門

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                      地蔵堂

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                       本堂

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                     周光院の墓