宝福寺 (京都市伏見区) 子授け信仰 

京都市伏見区にある宝福寺は、開創については不詳であるが、もとは観月橋
の近くの桃陵町にあったと言われている。
応仁の乱の兵火に遭い現在地の末寺・瑞応院に山号を移し、1599年薩摩の
日孝和尚を中興開山に迎えて曹洞宗寺院として再興された。

1620年伏見城廃城にともない、城内にあった金毘羅堂を宝福寺に移した
と言われ、江戸時代には伏見港(淀川の重要な河港であった)に着く旅人の
信仰篤く<木挽町の金毘羅さん>と呼ばれていた。
現在の金毘羅堂は1973年に建立され、一般の人も坐禅できる坐禅堂に
なっている。
金毘羅堂の移転と同時に、秀吉と淀君が子授け祈願をして秀頼を授かったと
伝承される<陰陽石>も移され、子授け信仰も篤くなったと言われている。
小さな静かなお寺であるが、往時を偲んで金毘羅さんにお参りしたいものだ。

(1)寺名:宝福寺(ほうふくじ) (2)住所:京都市伏見区帯屋町915
(3)山号:久祥山 (4)宗派:曹洞宗
(5)開創:不詳 (6)中興:日孝 1599年 (7)本尊:釈迦牟尼

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                       山門

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                       本堂