萬福寺とその塔頭 (京都府宇治市) 黄檗宗大本山

京都府宇治市にある萬福寺は、1661年隠元禅師が徳川将軍と大名の
支援を受けて開創した黄檗宗大本山である。
隠元禅師は、1654年63歳の時長崎の興福寺の招きにより来日し、
禅宗界に一大旋風を巻き起こした。
特に、妙心寺の龍渓禅師の信奉篤く、後水尾上皇の帰依を受けて1658年
江戸に向かい、将軍徳川家綱に会い、1660年宇治に広大な土地を
与えられ、1661年萬福寺の創建に着手した。

隠元禅師は中国から種々の文化を持ち込み、黄檗文化と呼ばれ、
江戸時代の流行となった。
黄檗宗(当時は黄檗派)のお寺も各地に創建され、江戸時代末期には
1,000ヶ寺を越える勢いがあったが、明治時代の神仏分離により半減し、
今日では約460ヶ寺になっている。

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<黄檗山萬福寺 その1 左右対称の伽藍配置>
<黄檗山萬福寺 その2 四季の風景>

<19塔頭の内、主な塔頭>
宝蔵院   萬松院   萬寿院   瑞光院
龍興院   天真院   獅子林院

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                    <重文>総門

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                    <重文>三門

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                   <重文>天王殿

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                   <重文>大雄宝殿

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                    <重文>回廊

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                    <重文>法堂