法住寺 (京都市東山区) 後白河法皇ゆかりの地

京都市東山区の三十三間堂の東にある法住寺は、988年太政大臣
藤原為光が妻と娘の菩提を弔うために開創した。
1032年火災により焼失したが、1161年後白河法皇が法住寺を含む
広大な地域に御所を営み<法住寺殿>と呼ばれた。
三十三間堂はこの敷地内に1163年に建立されている。
1183年木曽義仲の兵火により法住寺殿も焼失したが、その後
法皇が亡くなると法華堂などが建立され、後白河天皇御陵となり、
法住寺はそれを護る寺として明治維新まで続いてきた。

明治時代に御陵とお寺は分離され、御陵は宮内省の管轄となり、
法住寺は御陵護持の役割を終えたが、本尊不動尊が身代り不動として
篤い信仰を集め今日に至っている。

(1)寺名:法住寺(ほうじゅうじ)
(2)住所:京都市東山区法住寺三十三間堂廻り町655
(3)山号:なし (4)宗派:天台宗
(5)開基:藤原為光 (6)開創:988年 (7)本尊:不動明王
(8)その他
1)身代不動尊大祭:11月15日
2)そば喰い木像:親鸞自作の自影像と伝わる

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                       山門

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                     旧御陵正門

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                       本堂

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                      阿弥陀堂

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                       庭園