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zoom RSS 興福寺南円堂 (奈良県奈良市) 西国三十三所観音霊場第9番

<<   作成日時 : 2009/04/28 09:14   >>

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奈良の興福寺は平城遷都とともに飛鳥から移り、興福寺として
奈良時代の前半に堂塔を整えた。
平安時代813年藤原冬嗣が父内麻呂の追福のために南円堂を
建立した。
興福寺は度重なる火災に遭って来たが、その都度再建されている。
最も大きな災禍は1180年の平家による南都焼き打ちで、ほとんどの
堂塔や多くの仏像が焼失している。
しかし、復興は早く、本尊不空羂索観音は運慶の父康慶によって1189年
造立され、南円堂は1188年に再建されている。
しかし、南円堂はその後も火災により再建を繰り返し、現在の建物は
1797年再建のものである。江戸時代1717年の火災以降興福寺は
南円堂の観音霊場としての性格を強め、信仰の中心が南円堂に
集中したといわれている。

興福寺参照

<西国三十三所観音霊場一覧>参照

(1)寺名:興福寺南円堂(こうふくじなんえんどう)
(2)住所:奈良県奈良市登大路町48
(3)山号:なし (4)宗派:法相宗大本山
(5)開基:藤原冬嗣 (6)開創:813年 (7)本尊:不空羂索観音
(8)その他
1)西国三十三所観音霊場第9番
2)主な仏像など
  本尊不空羂索観音坐像:国宝 1189年 康慶作 像高336cm
  四天王立像:国宝 鎌倉時代 もとは東金堂か北円堂の四天王像
       (もと南円堂の四天王像は仮金堂に安置)
  法相六祖像:国宝 1189年 康慶作 国宝館に安置されている
3)南円堂:重要文化財 1797年
4)金銅燈籠:国宝 奈良時代 国宝館に安置
5)通常非公開 年に一度特別公開

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                   <重文>南円堂

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                       参道

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                   <重文>南円堂

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                     一言観音堂

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                      納経所

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