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zoom RSS 瑞泉寺 (京都市中京区) 豊臣秀次の菩提寺

<<   作成日時 : 2009/03/09 09:50   >>

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京都市中京区三条の高瀬川沿いにある瑞泉寺は、1611年角倉了以
によって豊臣秀次とその一族郎党を弔うために開創された。
秀次は豊臣秀吉の姉・日秀の子で、後に秀吉の養子となり関白職を
継いでいたが、秀吉に秀頼が生まれてから疎んぜられ、1595年
高野山で自害させられた。
次いで三条河原で秀次の妻・妾・子供達・朗党など39人が処刑され、
その場に塚が築かれ石塔が建てられたが鴨川の氾濫で塚も荒れ果てた。
その後角倉了以が高瀬川を開削中に石塔を見つけ、秀次の戒名から
瑞泉寺と名付けて菩提寺を開創した。

境内には秀次を始めとする一族郎党の墓があり、400年来菩提を
弔われている。

なお、秀次の墓所は善正寺(京都市左京区)、光台院(高野山)にもある。

(1)寺名:瑞泉寺(ずいせんじ) 
(2)住所:京都市中京区木屋町三条下ル石屋町114−1
(3)山号:慈舟山 (4)宗派:浄土宗西山禅林寺派
(5)開山:立空桂叔 (6)開基:角倉了以
(7)開創:1611年 (8)本尊:阿弥陀如来
(9)その他
1)豊臣秀次と一族郎党の墓
2)引導地蔵尊:一族郎党が処刑される時、極楽浄土へ導いたと
          いわれる地蔵尊

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                       山門

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                       本堂

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                  豊臣秀次一族の墓所

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                     引導地蔵堂

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