本圀寺(京都市山科区) 水戸黄門ゆかりの寺

水戸黄門とは水戸藩主第2代徳川光圀であるが、<光圀>の名前が
大いに<本圀寺>の名前と関係すると伝えられている。

本圀寺の当初の名前は大光山本國寺であったが、
①徳川光圀が生母の追善供養を行うなど帰依が篤く、
 本國寺は<圀>を拝領し、名前を本圀寺と改名した。
②いずれかの時点で本圀寺と改名していて、本圀寺は
 水戸徳川家に<光>と<圀>を贈り、光圀と名付けた。
両説は全く異なる説であるが、①説が一般的で、②説は寺伝と
なっている。

本圀寺は1971年山科の現在地に移る前は、京都六条堀川に
広大な境内と伽藍を構えていた歴史を持っている。
当初は鎌倉で開創され、1345年京都六条の地に移転し、大いに
繁栄したといわれるが、戦国時代には荒廃し、加藤清正や徳川光圀などの
援助を得て再興された。

(1)寺名:本圀寺(ほんこくじ) (2)住所:京都市山科区御陵大岩6
(3)山号:大光山 (4)宗派:日蓮宗大本山
(5)開山:日蓮上人 (6)開創:1253年 (7)本尊:十界曼荼羅(鴛鴦本尊)
(8)その他
1)経蔵:重文 1607年

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                       参道

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                       山門

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                    <重文>経蔵

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                       鐘楼

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                      仁王門

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                       本堂

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                      祖師堂

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                     加藤清正廟