1224年後堀河天皇により泉涌寺が皇室の祈願所となり、その後 後堀河天皇、四条天皇の陵墓が境内に築かれ、江戸時代の多くの 天皇陵墓も境内に築かれた。このため泉涌寺は皇室の香華所として <御寺(みてら)>と呼ばれている。 <重文>大門を潜り、参道を下っていく風景は京都でも珍しい風景で 御寺の雰囲気が漂っている。 何と言っても泉涌寺の見所は、大門を入ってすぐ左にある観音堂の <重文>楊貴妃観音であろう。この観音さまは1255年中国南宋から 請来されたものと推定されている。 その姿形から楊貴妃に例えられて呼ばれているのも十分に頷ける。 (1)寺名:泉涌寺(せんにゅうじ) (2)住所:京都市東山区泉涌寺山内町27 (3)山号:東山 (4)宗派:真言宗泉涌寺派 (5)開山:神修上人 (6)開創:856年 (7)実質開山:月輪大師俊芿 1218年 (8)本尊:釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒如来 (9)その他 1)主な伽藍 大門:重文 江戸時代初期 仏殿:重文 1668年 楊貴妃観音堂: 霊明殿:1884年再建 歴代天皇皇后位牌を安置 御座所:1884年移築 天皇皇后の休憩所 開山堂:重文 江戸時代中期 舎利殿 2)重文仏像 観音菩薩坐像(楊貴妃観音):中国南宋時代 1255年請来 韋駄天立像:中国南宋時代 月蓋長者立像:中国南宋時代 3)重文石塔 開山塔:鎌倉時代 無縫塔2基:南北朝時代 4)その他文化財 泉涌寺勧縁疏:国宝 鎌倉時代 俊芿筆 俊芿律師像(画)など 5)塔頭:今熊野観音寺など9寺院 大門から緩やかに下る参道 総門 <重文>大門 <重文>大門 楊貴妃観音堂 境内 <重文>仏殿 <重文>仏殿 舎利殿 御座所四脚門 御座所 御座所庭園 霊明殿唐門 霊明殿 |
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