等持院(京都市北区) 足利尊氏の菩提寺

足利尊氏は1341年等持寺を創建し、2年後現在地に別院北等持寺を建てた。
尊氏死後、北等持寺を等持院とし、墓所となった。
応仁の乱で等持寺が焼失し、等持院が本寺となった。

足利尊氏は後醍醐天皇に反逆したとして、江戸時代から特に明治時代から
逆賊扱いされてきたが、戦後の歴史観の変遷を経て再評価されるようになった。
京都の時代祭で永く室町時代がなかったのもこの事に起因している。
現在の時代祭では室町時代も取り上げられている。
等持院もその影響で戦後まで廃れていたが、現在は復興し尊氏の
霊も安らかな眠りについているだろう。

庭園は東・西の池泉回遊式庭園からなり、夢窓国師の作庭と伝えられて
いるが、実際は江戸時代の作庭と考えられている。

(1)寺名:等持院(とうじいん) (2)住所:京都市北区等持院北町63
(3)山号:萬年山 (4)宗派:臨済宗天龍寺派
(5)開山:夢窓国師 (6)開基:足利尊氏
(7)開創:1341年 (8)本尊:釈迦牟尼
(9)その他
1)主な伽藍
  方丈(本堂):1616年妙心寺から移築
  霊光殿:足利歴代将軍の木像、徳川家康像など安置
  茶室清漣亭:足利義政好み
2)庭園:東(心字池)・西(芙蓉池)の池泉回遊式庭園
3)足利尊氏の墓と伝えられる宝篋印塔
4)水上勉が小僧として修行

画像
                     方丈達磨図

画像
                       総門

画像
                       参道

画像
                       中門

画像
                       方丈

画像
                       方丈

画像
                       西庭

画像
                       西庭

画像
                      清漣亭

画像
                     足利尊氏墓

画像
                       東庭

画像
                       東庭

画像
                      霊光殿

画像
                    足利尊氏木像