妙法院(京都市東山区) 天台三門跡

三十三間堂を所有している妙法院を訪れた人は京都でも少なく、
名前を知っている人も少ない隠れたお寺である。

由緒としては、三千院や青蓮院とともに天台宗の門跡寺院とし
て江戸時代末まで名門寺として栄えてきた。
明治時代になって、神仏分離の煽りを受けて衰退し、境内
(庭園を含む)の一部を売却して生き延びてきたが、戦後の
観光ブームを受けて三十三間堂の拝観者の増加などで今日の
妙法院がある。

三千院や青蓮院は通常公開をしているが、なぜか妙法院は春
・秋の特別公開のみである。

妙法院の始まりについては諸説あるが、最澄が初代門主に
なっており、三千院や青蓮院と同じように比叡山の小坊が
始まりとなっているのであろう。
洛中に移ってきたのは、後白河法皇の時期1160年頃と
いわれている。
後白河法皇の庇護を受けて大きくなり、1220年頃には
皇室から住職が生まれ、以後門跡寺院としての地位が江戸
時代末まで続いた。

<京都市東山区のお寺一覧>

(1)寺名:妙法院 
(2)住所:京都市東山区東山七条上ル妙法院前側町447
(3)山号:南叡山 (4)宗派:天台宗 
(5)開基:最澄 (6)開創:平安時代初期 
(7)実質開山:昌雲 1160年頃(8)本尊:普賢菩薩
(9)その他
1)天台三門跡、天台五箇室門跡
2)主な伽藍
  庫裡:国宝 1595年
  玄関:重文 1619年
  大書院:重文 1619年
  宸殿:1897年般舟三昧院より移築
  本堂:江戸時代
3)その他文化財
  本尊普賢菩薩騎象像:重文 12世紀 
  不動明王二童子像:重文 平安時代
  ポルトガル国印度副王親書:国宝 1588年秀吉に宛てた親書
  後白河法皇像(画):重文
  障壁画58面:重文 狩野派
  その他
4)幕末<七郷落ち>の舞台となる
5)訪問日:数回


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                 勅使門

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                <国宝>庫裡

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                  庫裡

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                  庫裡

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               <国宝>庫裡内部

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               <国宝>庫裡内部

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                        境内

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                  境内

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                 境内

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               <重文>玄関

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               <重文>玄関

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               <重文>玄関

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               <重文>大書院

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                御座所庭園

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                 護摩堂

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                本堂前境内

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                 七卿碑

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                 本堂

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                 宸殿

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                 宸殿

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                三十三間堂