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zoom RSS テーマ「京都のお寺」のブログ記事

みんなの「京都のお寺」ブログ

タイトル 日 時
京都のお寺  
京都のお寺   京都のお寺を紹介 ...続きを見る

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2017/12/17 08:50
正因庵 (京都市左京区) 南禅寺塔頭
正因庵 (京都市左京区) 南禅寺塔頭 南禅寺三門の上層・五鳳楼から見下ろすと、紅葉の名所として人気がある 天授庵の隣に建つのが正因庵である。 正因庵の開創は不詳であるが、南禅寺49世徳叟周佐が至徳年間 (1384〜87年)に隠遁し、後に塔所となっている。 ...続きを見る

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2017/12/17 08:43
京都市北区・上京区のお寺  
京都市北区・上京区のお寺   <青字をクリックすると詳細へ> ...続きを見る

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2017/12/13 09:12
長得院 (京都市上京区) 相国寺塔頭
長得院 (京都市上京区) 相国寺塔頭 相国寺塔頭の長得院は1410年に大幢院として開創されたと伝え、 1425年室町幕府5代将軍・足利義量が19歳で亡くなると、その 法号から長得院と改名し、義量の菩提寺としている。 足利義量は足利義持の嫡男で、17歳で将軍に就いているが、実質的には 義持が代行している。 ...続きを見る

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2017/12/13 09:04
乗願院 (京都市左京区)
乗願院 (京都市左京区) 京都と大津を結ぶ<山中越え>の京都側入口に建つのが乗願院である。 山名越えは、往古より京七口の街道の一つに数えられ、琵琶湖の水運と 直結していたといわれている。 乗願院はもと比叡山の一坊といわれ、1571年の織田信長比叡山焼き討ち により焼失したといわれている。 1608年再興され、照高院(明治時代に北白川宮)の霊所となっている。 ...続きを見る

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2017/12/11 09:37
京都市左京区のお寺  
京都市左京区のお寺   <青字をクリックすると詳細へ> ...続きを見る

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2017/12/07 10:13
聴松院 (京都市左京区) 南禅寺塔頭
聴松院 (京都市左京区) 南禅寺塔頭 南禅寺三門に向かって左に建つ聴松院には摩利支天が祀られている。 建仁寺の塔頭・禅居庵の摩利支天は、つとに有名であるが、共に 中国元からの渡来僧・清拙正澄が中国から請来した摩利支天を 祀って開創したと伝えられている。 摩利支天は七頭に座した仏法を護る善神で、開運勝利のご利益が あると信仰が篤い。 聴松院は非公開であるが、かっては湯豆腐を饗していた。 庭園もすばらしいとか、残念ながら非公開である。 ...続きを見る

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2017/12/07 10:04
京都市右京区のお寺  
京都市右京区のお寺   <青字をクリックすると詳細へ> ...続きを見る

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2017/12/02 19:16
東光寺 (京都市右京区京北)
東光寺 (京都市右京区京北) 東光寺の開創は不詳であるが、隣地に建つ岩神神社と神仏習合のお寺 であったと思われる。 岩神神社は1386年の創建と伝えられている。 東光寺前の桜群は<京北桜100選>の一ヵ所である。 ...続きを見る

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2017/12/02 19:11
光明院 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉
光明院 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉 東福寺の南に位置する光明院は東福寺塔頭で、近年人気が出つつある 庭園と紅葉のスポットである。 山門前の紅葉は今年色づきがよいが、庭園の紅葉は淡い感じがする。 庭園は重森三玲の作庭である。 ...続きを見る

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2017/11/28 15:06
東福寺 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉
東福寺 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉 京都有数の紅葉名所だけに、外国人観光客も多く人人〜。 今年は、通天橋への入山はなし。 見頃のピークを過ぎつつある。 例年に比して1週間早い。 私なりの東福寺紅葉標準木を定めていて、毎年の紅葉を楽しんでいる。 ...続きを見る

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2017/11/28 11:24
智積院 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉
智積院 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉 東山七条の智積院は真言宗智山派の総本山である。 ここの紅葉は、近年人気が高まり観光客も増えつつある。 今回は庭園の拝観なし。有料。 紅葉ピークを過ぎつつある。 ...続きを見る

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2017/11/28 10:52
妙法院 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉
妙法院 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉 大谷本廟から東大路を南下し、東山七条へ。 三十三間堂を有する妙法院は観光客少なし。 庫裡が国宝という珍しいお寺。 ...続きを見る

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2017/11/28 10:28
大谷本廟 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉
大谷本廟 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉 清水寺から大谷墓地を抜けて大谷本廟へ下るのが例年のコースで、 親鸞聖人の廟に参拝するのが習わしとなっている。 ここは観光客が少なく、信者さんが多い。 ...続きを見る

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2017/11/28 10:02
清水寺 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉
清水寺 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉 本堂が大修理中で境内内部へは入山することなく、外周を巡る。 見頃はピークを過ぎつつあるが、まだまだ紅葉狩りは楽しめる。 1週間早い見頃を迎えたようだ。 相変わらず外国人観光客多し。種々の言語が飛び交う。 ...続きを見る

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2017/11/28 09:38
多福院 (京都市右京区) 妙心寺境外塔頭
多福院 (京都市右京区) 妙心寺境外塔頭 世界遺産・龍安寺の石庭は1500年頃作庭されたといわれているが、 その作者については謎に包まれている。 諸説ある中、般若房鉄船の名が浮かび上がっているらしい。 この般若房鉄船が多福院の開山で、1499年龍安寺を中興した 特芳禅傑が多福院を創建して、鉄船を住まわせたといわれている。 ...続きを見る

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2017/11/28 09:05
京都東山 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉
京都東山 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉 例年の東山山麓を、東山三条から伏見稲荷大社まで15kmの紅葉狩りと なる。 例年より1週間早い見頃ピークを過ぎつつある。 地下鉄東山を7時半下車。 神宮道を南下。 ...続きを見る

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2017/11/27 21:42
高台寺 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉
高台寺 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉 高台寺の紅葉はピークを過ぎつつある。 例年に比して1週間早い。 相変わらず観光客多し。外国人観光客も増えた。 ...続きを見る

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2017/11/27 21:40
岡林院、月真院 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉
岡林院、月真院 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉 岡林院、月真院は共に<ねねの道>沿いにある高台寺の塔頭である。 岡林院のライトアップ風景は見もの。 ...続きを見る

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2017/11/27 21:01
祇園閣、西行庵 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉
祇園閣、西行庵 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉 円山公園からねねの道へ入る処に建つ大雲院祇園閣と西行庵 ...続きを見る

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2017/11/27 20:38
知恩院 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉
知恩院 (京都市東山区) 2017年11月27日 紅葉 知恩院御影堂が大修理中で新たな姿が楽しみである。 紅葉はピークを過ぎつつある。 例年に比して1週間早い。 私なりの知恩院標準木があり、色がピークを過ぎつつある。 ...続きを見る

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2017/11/27 19:46
海住山寺 (京都府木津川市) 2017年11月25日 紅葉
海住山寺 (京都府木津川市) 2017年11月25日 紅葉 海住山寺の紅葉狩りは久し振りとなる。 国宝五重塔と紅葉の取り合わせが風景を造る。 今回の紅葉狩りは最高のものとなった。 本堂裏山境内の紅葉が見頃ピークで、今年最高の紅葉である。 ...続きを見る

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2017/11/25 20:34
一休寺 (京都府京田辺市) 2017年11月25日 紅葉
一休寺 (京都府京田辺市) 2017年11月25日 紅葉 一休寺(酬恩庵)の紅葉は見頃のピークを迎えている。 例年に比して1週間早い。 私なりの一休寺標準木を決めているが、鮮やかな色づきである。 9時過ぎにもかかわらず紅葉狩りの人多し。 ...続きを見る

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2017/11/25 16:48
正法寺 (京都府和束町) 2017年11月25日 紅葉
正法寺 (京都府和束町) 2017年11月25日 紅葉 茶源郷の和束町に隠れた紅葉スポットがある。それが正法寺である。 今年の紅葉は見頃を過ぎつつある。 例年に比して1週間早い。 紅葉と茶畑の風景が見どころ。 ...続きを見る

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2017/11/25 15:29
観音寺 (京都府京田辺市) 2017年11月25日 紅葉
観音寺 (京都府京田辺市) 2017年11月25日 紅葉 国宝十一面観音立像を本尊とする観音寺は、桜と紅葉のスポットであるが、 観光客は少ない。 今年の紅葉は見頃を過ぎつつある。 例年に比して1週間早い。 ...続きを見る

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2017/11/25 15:01
妙心寺 と 塔頭(京都市右京区) 臨済宗妙心寺派大本山
妙心寺 と 塔頭(京都市右京区) 臨済宗妙心寺派大本山 京都市右京区にある妙心寺は、花園法皇(1297〜1348年)が自分の離宮を 1337年禅寺として開創されたのに始まる。 その後、1342年関山慧元(無相大師)を迎えて開山とし、妙心寺の 礎が始まる。 1399年応永の乱が起こり、足利義満により妙心寺は没収され中絶するが、 1432年返還され、日峰宗舜が室町幕府管領の細川氏の支援を受けて 中興する。 1467年応仁の乱が起こり、妙心寺・龍安寺ともに焼失したが、 第9世雪江宗深が再興し、門下の高弟(景川宗隆、悟渓宗頓、特芳禅傑、 東... ...続きを見る

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2017/11/21 09:05
大珠院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭(龍安寺境内)
大珠院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭(龍安寺境内) 龍安寺の鏡容池の北岸に建つ大珠院は、1493年大珠寺として洛中に 開創されたのが始まりと伝えられている。 天文年間(1532〜55年)に龍安寺境内に移り、大珠院となり、 1600年には石川貞清によって再興されている。 石川貞清は豊臣秀吉の家臣で犬山城主であったが、1600年の 関ヶ原の戦いで石田三成に従って敗れ、家康から所領は没収されたが、 出家し大珠院に身を寄せている。 貞清の室・おかねは真田幸村の七女で、鏡容池の小さな島に幸村夫妻 の供養塔を建てている。 ...続きを見る

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2017/11/21 09:01
仙寿院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
仙寿院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭 妙心寺の北、龍安寺の南に建つ仙寿院は妙心寺の境外塔頭である。 仙寿院は、1652年後水尾天皇の帰依を受けて、妙心寺196世禿翁妙宏 が開創している。 後水尾天皇は朝廷と江戸幕府の朝幕関係の過渡期にあって、文化の 興隆に力を注がれた。修学院離宮も後水尾天皇の造営による。 ...続きを見る

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2017/11/17 10:14
永観堂 (京都市左京区) 2017年11月16日紅葉
永観堂 (京都市左京区) 2017年11月16日紅葉 京都でも有数の紅葉の名所として人気が高い永観堂の紅葉は見頃を迎えて、 観光客は多し。 私なりの永観堂標準木は鮮やかな色で、拝観出口附近の景色も 例年になくよい。 ...続きを見る

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2017/11/17 10:02
南禅寺 (京都市左京区) 2017年11月16日紅葉
南禅寺 (京都市左京区) 2017年11月16日紅葉 朝の8時前に南禅寺に入山。観光客少なし。 再度10時にも入山。観光客多し。 見頃を迎えた紅葉は例年に比して1週間早い。 私が決めている標準木があり、それで鮮やかさを判定している。 今年は鮮やか。 ...続きを見る

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2017/11/16 20:54
天授庵 (京都市左京区南禅寺) 2016年11月16日紅葉
天授庵 (京都市左京区南禅寺) 2016年11月16日紅葉 天授庵の紅葉は見頃を迎えて、今日はNHK朝のニュース番組で放映されて いた。 ここの本堂前庭園(東庭)は枯山水庭園、書院南庭園は池泉回遊式庭園と 趣の異なる庭園を愛でる。 ...続きを見る

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2017/11/16 20:03
南禅院 (京都市左京区南禅寺) 2017年11月16日紅葉
南禅院 (京都市左京区南禅寺) 2017年11月16日紅葉 南禅寺発祥の地に建つ南禅院の庭園は、京都の三名勝史蹟庭園(天龍寺、 苔寺、南禅院)のひとつで夢窓国師の作庭といわれている。 見ごろを迎えつつある庭園を順路に従って散策。 ...続きを見る

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2017/11/16 16:10
南禅寺塔頭 (京都市左京区) 2017年11月16日紅葉
南禅寺塔頭 (京都市左京区) 2017年11月16日紅葉 金地院、天授庵、南禅院以外の南禅寺塔頭の紅葉狩り。 ...続きを見る

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2017/11/16 15:43
南禅寺三門上から (京都市左京区) 2017年11月16日紅葉
南禅寺三門上から (京都市左京区) 2017年11月16日紅葉 南禅寺三門は日本三大門(南禅寺、知恩院、身延山久遠寺)の一つに 数えられ、石川五右衛門の<絶景かな、絶景かな>で有名。 1628年建立で、高さ22mの禅宗式三門である。 三門上の五鳳楼から見ごろの紅葉を愛でる。 ...続きを見る

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2017/11/16 15:04
金地院 (京都市左京区南禅寺) 2017年11月16日紅葉
金地院 (京都市左京区南禅寺) 2017年11月16日紅葉 金地院は南禅寺の塔頭で、庭園が特別名勝に指定されている。 関西では珍しい徳川家康の東照宮がある。 紅葉は少ないが、久ぶりに拝観。 順路に従って ...続きを見る

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2017/11/16 14:14
南禅寺界隈 (京都市左京区) 2017年11月16日紅葉
南禅寺界隈 (京都市左京区) 2017年11月16日紅葉 薄曇りの天候にも拘わらず紅葉狩りの人人〜。 南禅寺界隈を探索。 蹴上のインクライン、南禅寺への道の紅葉。 ...続きを見る

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2017/11/16 13:40
報土寺 (京都市上京区) <重文>本堂、山門
報土寺 (京都市上京区) <重文>本堂、山門 上京区西陣の西南端に位置する報土寺は、大安寺の僧・行教が 859年宇佐八幡宮から八幡神を勧請し、現在の八幡市男山に 石清水八幡宮を開創した際に、神応寺、報土寺などを開創し、 神仏習合の男山を築いたと伝えられている。 その後、衰退したが1559年相国寺の近くに再興され、江戸時代初期に 黒田官兵衛の妻・光姫が報土寺に塔頭を建てたりもした。 1663年頃に、本堂・山門を現在地に移築し、今日に至っている。 ...続きを見る

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2017/11/15 09:02
京都府南部のお寺
京都府南部のお寺 京都府南部(宇治市、城陽市、久御山町、京田辺市、宇治田原町、井手町、 精華町、木津川市、和束町、笠置町、南山城村)のお寺 ...続きを見る

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2017/11/11 09:39
極楽寺 (京都府和束町)
極楽寺 (京都府和束町) 茶源郷と呼ばれる宇治茶の一大生産地・和束町の別所地区にあって、 茶畑に囲まれて建つのが極楽寺である。 極楽寺の宗派は真宗興正派である。 興正派は親鸞聖人の弟子・真仏を祖とし、1876年独立し宗派を形成 している。 本山・興正寺は京都西本願寺の隣にあり、末寺も480余りの小さな 宗派である。 ...続きを見る

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2017/11/11 09:32
京都丹波のお寺
京都丹波のお寺 京都丹波(亀岡市、南丹市、京丹波町、綾部市、福知山市)のお寺 ...続きを見る

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2017/10/25 09:37
慶応寺 (京都府亀岡市)
慶応寺 (京都府亀岡市) <京の三沢>(広沢池、大沢池、平の沢池)と呼ばれる平の沢池は、 亀岡市北部に位置し、農業用水のため池として造成された池であるが、 オニバスの自生地として、水鳥が集う親水公園として整備されている。 その平の沢池の一部である下池の畔に建つのが慶応寺である。 ...続きを見る

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2017/10/25 09:33
長福寺 (京都市北区大森) 惟喬親王ゆかりの寺
長福寺 (京都市北区大森) 惟喬親王ゆかりの寺 惟喬親王(844〜897年)は文徳天皇の第一皇子で皇位継承の筆頭で あったが、藤原氏との縁が薄く、第四皇子が継承し清和天皇が誕生した。 その後、惟喬親王は諸国を巡り、各地に寺社を建立したり、現在の 東近江市君ヶ畑では木工技術を教え、木地師の祖と呼ばれたりと 各地に伝説を残している。 そうした遍歴中、現在の北区大森では長福寺や安楽寺を開創したと 伝承され、長福寺には惟喬親王の供養塔が室町時代に建てられている。 ...続きを見る

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2017/10/21 09:47
心光院 (京都市左京区岩倉) 
心光院 (京都市左京区岩倉)  東に比叡山を望み、岩倉街道に面して建つ心光院は小さなお寺であるが、 その本尊阿弥陀三尊像は重要文化財に指定されている。 この中尊・阿弥陀如来坐像は旧寒耳庵の本尊であったといわれている。 心光院の開山・知空大徳が1645年、現在の岩倉木野町にあった寒耳庵 を心光院の現在地に移したのが心光院の始まりと伝えられている。 1650年に、大和座りの観音・勢至菩薩を造像し阿弥陀三尊としている。 この三尊像は三千院阿弥陀堂の本尊と同じ形式となっている。 通常は非公開であるが、特別公開がある。 ... ...続きを見る

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2017/10/20 09:03
慧照院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
慧照院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭 妙心寺境外塔頭の慧照院は、福井藩3代藩主・松平忠昌(徳川家康の孫) が正室・花姫が18歳で亡くなり、その菩提を弔うために1623年開創している。 当初は、花姫の法号から黄梅院として開創されその後衰退したが、 宝永年間(1704〜11年)慧照院として再興されている。 境内の五色散椿は樹齢が120年以上といわれ、開花の時期には 特別公開されている。 ...続きを見る

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2017/10/16 08:57
宝福寺 (京都府南丹市園部町)
宝福寺 (京都府南丹市園部町) 1619年出石藩主から園部初代藩主となった小出吉親は、中世園部城の 跡地に、日本で最後の築城となった新たな園部城を築城し、城下町の 整備に力を注いでいる。 その際、園部川の流れを北へ湾曲する形に変え、城下町を拡大し、 城下町を守る堤防を、巨石や植樹によって補強している。 その植樹にはエノキの木が多く使われたといわれている。 その内の一本が宝福寺に残っており、他のエノキは今はない。 園部城跡は園部高校や南丹市役所、園部公園となり、天守閣を 模した国際交流会館が建っている。 ...続きを見る

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2017/10/08 10:28
真神寺 (京都府亀岡市)
真神寺 (京都府亀岡市) 亀岡市北端に建つ真神寺の開創は不詳であるが、同寺が所蔵する 石造御正体(みしょうたい)から、かっては神仏習合のお寺と思える。 御正体は、御神体で神仏習合の考えによって、鏡に本地仏の像を 示した懸仏が多い。 真神寺の御正体は石造で、春日五宮の本地仏で、如来像2体、 十一面観音、地蔵菩薩を彫った懸仏4体であり、珍しいといわれている。 ...続きを見る

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2017/10/01 09:59
永林寺 (京都市右京区京北)
永林寺 (京都市右京区京北) 丹波にあって、京都市右京区の京北は北山杉の産地であり、自然の恵みが 一杯の里山である。 その中心を南北に走る周山街道(国道162号、西の鯖街道)の、美山へ 向って左手山麓に、鐘楼門が建ち、その前にはサツキが咲き誇る庭園が 拡がるのが永林寺である。 永林寺は1456年の開創と伝わる曹洞宗寺院であるが、戦国時代に 兵火に遭い、詳しい史料は残っていないようだ。 その後、1658年に再興されている。 ...続きを見る

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2017/09/28 08:55
東光寺 (京都府亀岡市千歳町) 丹波七福神福禄寿
東光寺 (京都府亀岡市千歳町) 丹波七福神福禄寿 東光寺は、仁和年間(885〜889年)に延暦寺5世智証大師円珍 が、出雲大神宮の神体山である千年山の麓に金仙寺を開創し、薬師如来 を祀ったのが始まりと伝えられている。 その後、盛衰を経て、亀山(現亀岡)小口村に隠遁していた邦茂王の次男が 金仙寺の薬師如来を自坊に祀り、東光寺の第二の始まりとなる。 邦茂王は伏見宮第7代邦輔の子で、臣籍降下して隠遁したといわれる。 邦茂王の陵墓が東光寺の山奥にあり、宮内庁管理となっている。 ...続きを見る

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2017/09/26 09:08
如意寺 (京都府南丹市日吉町)
如意寺 (京都府南丹市日吉町) 日吉町生畑(きはた)地区の市道最奥に位置する寺ノ下集落に建つ 如意寺は、明徳年間(1390〜94年)に開創されたと伝えるが、 詳細は不詳である。 現在は、無住で地元の人々によって維持されている。 山あいにポツンと建つ里寺で、その風景と雰囲気が何とも言えない。 数多くの文化財が残されており、かっての大寺を思わせる。 ...続きを見る

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2017/09/22 10:24
出雲極楽寺 (京都府亀岡市) 丹波七福神寿老人
出雲極楽寺 (京都府亀岡市) 丹波七福神寿老人 丹波国一の宮と呼ばれた出雲大神宮の近くに建つ出雲極楽寺は、 明治時代初期まで存在した大神宮の神宮寺と関係が深く、明治時代初期 の廃仏毀釈により、神宮寺が廃寺となると、神宮寺の本尊十一面観音が 出雲極楽寺に移座され、現在まで維持管理されている。 この十一面観音は平安時代前期の造像で、重要文化財に指定されている。 ...続きを見る

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2017/09/18 09:22
耕雲寺 (京都府亀岡市) 丹波七福神
丹波七福神の中でも最も高所に建つ耕雲寺の境内から、亀岡盆地が一望 でき、七福神巡りでの一息つけるお寺である・ 耕雲寺には恵比寿尊が祀られている。 耕雲寺は1620年頃開創されたといわれ、その後火災によって全てを 失ったが、1695年再興されている。 その再興には、徳川家光の乳母・春日局の孫・越智正喬が支援したと いわれているが、春日局の孫に越智正喬がいたか不詳である。 ...続きを見る

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2017/09/15 09:36
毘沙門寺 (京都府和束町)
茶源郷と呼ばれる和束町は宇治茶の4割ほどを生産し、その景観は 観光スポットとなって、多くの観光客や外国人も訪れている。 その中にあって、毘沙門寺が建つ白栖(しらす)地区は茶畑の中心地区 である。 和束町で、この地区にだけ残る<勧請縄>は、白栖地区に邪気が 入り込まないように道路に掛けられる注連縄で、毎年1月初旬に 掛けられている。この行事を行っているのが毘沙門寺である。 この勧請縄は、京都山城、奈良県東部、伊賀地域など多くの地域で 見られる。 ...続きを見る

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2017/09/11 09:18
本妙寺 (京都府南丹市美山町)
美山町を流れる由良川沿いを走る府道12号の山麓に建つのが本妙寺で、 上司公民館を兼ねている無住のお寺である。 祀られている薬師如来は耳の病にご利益があるといわれ、信仰を 集めている。 ...続きを見る

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2017/09/08 09:34
金光寺 (京都府亀岡市) 丹波七福神
亀岡市東部に位置する千歳町の牛松山山麓を南北に、5kmほどの 距離に展開する丹波七福神がある。 ハイキングにも人気のコースで、途中には縁結びの出雲大神宮もある。 丹波七福神は、   神応寺:毘沙門天  養仙寺:布袋尊  蔵宝寺:大黒天  金光寺:弁財天  耕雲寺:恵比須天  極楽寺:寿老人  東光寺:福禄寿 ...続きを見る

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2017/09/05 08:59
蔵宝寺 (京都府亀岡市) 丹波七福神
亀岡市東部に位置する千歳町の牛松山山麓沿いに、七福神が祀られている 七ヶ寺が5kmの間に点在し、途中には縁結びの出雲大神宮が鎮座している。 その中の大黒天を祀るのが蔵宝寺である。 蔵宝寺の開創は不詳であるが、かっては真言宗のお寺であったが、1616年 再興され臨済宗の禅寺となっている。 境内には無造作に石仏などが置かれ、その飾らない風景がまたよし。 ...続きを見る

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2017/09/03 17:45
大円寺 (京都府亀岡市) 鉄造薬師如来
大円寺薬師堂に祀られている鉄造薬師如来坐像は、鎌倉時代の 造像で、非常に珍しい仏像といわれ、関西では希少価値がある。 もとは亀山城天守の場所に祀られていたが、いつしか大円寺に 祀られ、亀山薬師と呼ばれて信仰を集めている。 ...続きを見る

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2017/08/29 10:04
洛陽三十三所観音霊場
洛陽三十三所観音霊場の起源は、平安時代末期に後白河法皇が西国三十三所 観音霊場が広域にわたり、巡礼に不便ということで洛陽に設けたと伝承される。 その後、絶えたり復興したりであったが、2005年に再興されている。 ...続きを見る

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2017/08/29 10:00
京都市東山区のお寺総覧
京都市東山区のお寺リスト ...続きを見る

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2017/08/25 15:40
法性寺 (京都市東山区>
東福寺の西に、こじんまりとした法性寺が建つ。 法性寺は、924年後に摂政関白となる藤原忠平によって開創され、 藤原氏の氏寺として現在の東福寺境内を含む広大な境内に大伽藍が 整備された。 1239年九条道家が東福寺を開創するにあたって、法性寺の境内を 取り込んで行われている。 南北朝の争乱で荒廃し、桃山時代には廃寺となっている。 明治時代になって、法灯を引き継ぎ法性寺が現在地に再興されている。 ...続きを見る

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2017/08/25 15:33
金蓮寺 (京都市北区) 四条道場
金蓮寺は、1311年時宗の僧・浄阿真観が後伏見上皇から、四条京極 (現在の中京区中之町)にあった祇陀林寺を賜り金蓮寺として開創している。 四条にあったことから四条道場と呼ばれ、時宗四条派を形成している。 室町幕府の帰依を受け、大いに栄えたといわれている。 しかし、何度かの火災に遭い、江戸時代後期から衰退が始まり、 境内の一部売却により新京極繁華街が始まる。 1928年現在地に移転し、かっての大寺の面影は残っていない。 ...続きを見る

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2017/08/23 09:04
住心院 (京都市左京区岩倉)
左京区岩倉北部の山中に、2011年開発移転してきた住心院は、 聖護院門跡の院家として鎌倉時代後期に、東山区新熊野(いまくまの) に開創された由緒ある修験道のお寺である。 聖護院門跡の院家として、新熊野神社の別当として明治維新まで 続いているが、途中に衰退し勝仙院となり、1710年中京区に 住心院として再興され、2011年現在地に移っている。 ...続きを見る

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2017/08/20 20:30
三明院 (京都市右京区京北)
京北を走る周山街道から狭間峠へ入った山麓に建つのが三明院である。 開創は不詳であるが、鎌倉幕府が倒れる元弘の乱(1331〜33年)で 焼失し、戦国時代にも兵火に罹った極楽寺跡に、1645年三明院として 再興されている。 石段の参道が一つの風景を造り、桜が迎える集落のお寺である。 ...続きを見る

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2017/08/17 09:01
光国院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
光国院は、美濃加納藩主・奥平忠隆が父・奥平忠政の菩提を弔うために 開創している。 加納藩は、1601年岐阜に加納信昌を初代藩主として、徳川家康が開いて いる。加納信昌の妻は家康の娘・亀姫である。 なお、岐阜市の光国寺は亀姫の菩提寺で、開山は光国院と同じ 梁南禅棟である。 ...続きを見る

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2017/08/14 09:14
九品寺 (京都府京丹後市丹後町) 穴文殊
丹後半島の海岸段丘の上にあって、自衛隊基地と米軍レーダー基地に 挟まれた境内に、山門と文殊堂が建っている。 室町時代、経ヶ岬東海岸の海蝕洞(海心洞)に祀られていた文殊菩薩を、 1609年現在地に堂宇が建立されて移座されている。 洞に祀られていたことから、<穴文殊>と呼ばれ、丹後三文殊のひとつに 数えられている。 現在は、近くの万福寺が管理している。 ...続きを見る

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2017/08/11 09:17
京都丹後のお寺
天橋立を中心として観光と<冬のかに>の丹後には古刹・名刹が 多くあるが、その中のいくつかを紹介 ...続きを見る

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2017/08/08 15:00
興禅寺 (京都府舞鶴市)
舞鶴市の東部、福井県境の多聞院地区山麓に建つ興禅寺は、 開創は不詳であるが、天台宗のお寺が始まりで、真言宗に変わり、 1625年に臨済宗の禅寺となっている。 興禅寺に祀られている毘沙門天は藤原時代の仏像で、江戸時代には 一時行不明となったこともあり、それに纏わる伝説もあって、舞鶴での 毘沙門天信仰が篤かったといわれている。 ...続きを見る

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2017/08/08 14:39
如是寺 (京都府綾部市)
江戸三百藩といわれるように、大小の大名が存在した中で、現在の 綾部市には、西部に綾部藩、東部に山家藩があった。 山家藩は1600年から明治維新まで続いた小藩であった。 山家藩2代藩主衛政の時に、弟・衛冬に梅迫領(梅迫谷氏)、甥・衛之に 上杉領(上杉谷氏)、甥・衛清に十倉領(十倉谷氏)と分知し、 江戸詰めの旗本としている。 その十倉谷氏の菩提寺が如是寺である。 ...続きを見る

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2017/08/06 15:37
久昌寺 (京都府福知山市) 福知山藩主・朽木氏の菩提寺
福知山市寺町の代表的な久昌寺は1592年に開創されたと伝えられ、 1669年福知山藩主として土浦藩から移ってきた朽木稙昌の菩提寺 となり、明治維新まで朽木氏の菩提寺となった。 墓所は東京・泉岳寺にある。 朽木氏は現在の滋賀県高島市朽木を本拠とした鎌倉時代からの 領主であった。 関ヶ原の戦いにおいて徳川方について活躍したことから、 大名として存続している。 ...続きを見る

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2017/08/03 09:00
興禅寺 (京都府南丹市八木町)
興禅寺には、妖怪伝説の一種である<みなづき様>伝説のみなづき様が 祀られ、毎年7月31日に開帳されている。 みなづき様は、観音さんの形をした木の株といわれ、  元は興禅寺の東に位置する賀屋集落に祀られていたが、賀屋集落が 洪水の被害に困って、集落の人々がみなづき様を川に投げ捨てると、 みなづき様は川を遡り、観音寺集落の橋の下でキーキーと泣くと、 観音寺集落の人が拾い上げて、興禅寺にいつしか祀ったといわれている。 ...続きを見る

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2017/08/01 14:12
賀善寺、念仏寺 (京都府南丹市日吉町中世木)
桂川の上流日吉ダムの北に位置する中世木(なかせき)集落は、4〜500m ほどの山に挟まれ、中央に府道364号が走る山間集落である。 人口減少が続く集落で、種々の活動によって活性化を図っている。 この集落の辻堂として、集落の人々によって守られているのが賀善寺 である。 賀善寺は念仏寺の境内にあり無住で、宗派も不詳の本堂のみが 建つ。 ...続きを見る

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2017/07/31 08:44
円通寺 (京都府亀岡市)
円通寺は、1748年丹波亀山藩の藩主となった形原松平氏の奥方の 菩提寺で、光忠寺が藩主の菩提寺である。 形原松平氏は、徳川家康の先祖松平氏の庶流で、三河形原(蒲郡市形原) を拠点として家康に仕えている。 江戸時代には、各地の大名として転々と移り、光忠寺と円通寺も一緒に 移っている。 光忠寺は1503年現在の蒲郡市西浦に開創され、円通寺は1523年 現在の蒲郡市形原に開創され、以降形原松平氏の菩提寺となっている。 ...続きを見る

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2017/07/29 09:14
霊性寺 (京都府和束町) 石寺の茶畑
茶源郷と呼ばれる和束町の宇治茶は鎌倉時代から栽培が始まり、 現在は宇治茶生産量の4割を占めるまでになっている。 また、茶畑の景観が観光資源となり観光客も増えている。 茶畑のビューポイントは数ヶ所あるが、最も知られたポイントが<石寺の茶畑> であり、文化庁選定日本遺産になっている。 <日本茶800年の歴史散歩 和束町の茶畑景観>の一つである。 ...続きを見る

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2017/07/27 09:00
本門寺 (京都府亀岡市)
本門寺は、1308年日蓮聖人の弟子・日弁が藤原定家の末孫・日寿を 折伏し、藤原定家の旧邸を寺として開創したと伝えられている。 応仁の乱後の1493年、本門寺は現在の亀岡市稗田野町に移転した といわれている。 1600年丹波亀山藩主となった前田玄以が現在地に移している。 その時、本門寺は分家して一つは京都へ戻り、現在の宥清寺と なっている。 ...続きを見る

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2017/07/25 13:40
来迎寺 (京都府精華町)
けいはんな学研都市の中心地・精華町の植田地区は旧奈良街道沿いに できた集落で、古い歴史を持っている。 その集落の小高い処に建つ来迎寺は749年開創されたと伝えられている。 境内の一画に建つ<お千代・半兵衛の墓>は、近松門左衛門の晩年作品 <心中宵庚申>の主人公の墓である。 この作品は大阪で実際に起こった心中事件を題材にしており、お千代の 生家が植田集落にあったことから、来迎寺で菩提を弔われている。 ...続きを見る

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2017/07/23 10:22
阿弥陀寺 (京都府井手町井手)
京都山城の井手町は、7500人の小さな町であるが、奈良時代、聖武天皇 の右腕として活躍した橘諸兄が愛した里で、諸兄の別荘や橘氏の氏寺が あった。 天平年間(729〜749年)初期に諸兄が開創した井堤寺(井手寺)は 七堂伽藍を備えた大寺であったが、室町時代に焼失したといわれている。 2001年府道工事の際に、7基の柱穴が発見され、周辺の発掘調査により、 井堤寺の寺跡が一部発見された。 広大な境内であったと推定されている。 ...続きを見る

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2017/07/21 08:41
京都府南西部のお寺
京都府南西部(向日市、長岡京市、大山崎町、八幡市) のお寺総覧 ...続きを見る

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2017/07/19 09:35
単伝庵 (京都府八幡市) らくがき寺
八幡市街地に建つ単伝庵は<らくがき寺>として知られる禅寺で、 江戸時代初期に単伝士印という臨済僧によって開創されたと伝え、 1721年現在地に再興されている。 1957年大黒堂が建立された際に、地元の人々の援助を受け、大黒天さま に人々の願い事が通じるようにと、壁に願い事を書いていただくようにした。 これが今日有名になり、参拝者も増えたとか。 毎年大晦日に壁は白く塗り替えられるそうだ。 ...続きを見る

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2017/07/19 09:28
普広院 (京都市上京区) 相国寺塔頭
普広院は、1400年室町幕府第3代将軍・足利義満が相国寺7世観中中諦 の塔所・乾徳院として開創したのが始まりと伝えられている。 1441年嘉吉の乱で第6代将軍・足利義教が播磨守護・赤松満祐によって 暗殺され、乾徳院は義教の香華所となり、寺号は普広院となっている。 また、1510年頃に冷泉家から藤原定家の墓所を含めて旧邸地の寄進を 受けて、墓所の管理を行っている。 ...続きを見る

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2017/07/18 08:58
愛染院 (京都市左京区岩倉)
宝ヶ池近くの小高い処に建つ愛染院は、1997年中京区の六角堂 から移転してきたばかりのお寺である。 西国三十三所観音霊場第18番六角堂頂法寺の塔頭であった愛染院は、 1868年六角堂から独立し真言宗寺院となり、1997年岩倉へ移転 している。 六角堂には4ヶ寺の塔頭があったが、どれもが塔頭から離れている。 愛染院の本尊は愛染明王であるが、歓喜天も祀られ、六角堂の聖天 さんでもあった。 所蔵されている十一面観音立像は平安時代中期の造像で、 重要文化財に指定され、貴重な仏像といわれ... ...続きを見る

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2017/07/16 14:03
普門院 (京都市右京区京北)
桂川上流の支流・弓削川沿いに走る周山街道(国道162号)沿いに建つ 普門院は奈良時代前期の開創と伝わる古刹である。 弓削川を渡って参道が続き、山門前の桜は京北桜100選の1本である。 小さなお寺であるが、多くの仏像が祀られ、中でも地蔵菩薩立像は 平安時代中期の造像と考えられる古刹である。 ...続きを見る

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2017/07/14 09:09
龍澤寺 (京都市北区小野)
北山杉と清滝川が織りなす風景の中に建つ龍澤寺の所在地は 北区小野であるが、この地はかって<小野供御人の里>と呼ばれた小野郷 である。 小野氏が支配し、朝廷への林産物献上によって種々の免除を受けた 供御人(くごにん)集団の郷である。 現在は周山街道(国道162号)が通り、京都市内からのアクセスもよく、 市内の喧騒を避けて癒しを求めるにはお勧めの地といえよう。 ...続きを見る

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2017/07/12 09:07
等楽寺 (京都府京丹後市弥栄町) 七仏薬師伝説
飛鳥時代、用明天皇の皇子・麻呂子親王(聖徳太子の異母弟)が推古天皇の 命を受けて、大江山の鬼退治を成就したという伝説があり、そのお礼に 丹後に七ヶ寺を開創し、七仏薬師を一体ずつ祀ったという伝承がある。 その一ヶ寺が、丹後半島の中央に位置する等楽寺である。 一時は大寺として大いに栄えたといわれ、現在も地名として残っている。 ...続きを見る

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2017/07/10 09:01
常林寺 (京都府京丹後市大宮町)
京丹後市大宮町下常吉集落の山麓に建つ常林寺は、6世紀後半の <丹後七仏薬師伝説>を持つ日光寺の後身と伝えられている。 丹後七仏薬師伝説とは、   6世紀後半、用明天皇の皇子・麻呂子親王(聖徳太子の異母弟)が 推古天皇の命を受けて、大江山(三上嶽)の鬼退治を行い、その 成就を終えて七仏薬師を丹後の七ヶ寺に祀ったという。 その一ヶ寺である日光寺は、大宮町上常吉にあったが、織田信長の 軍によって焼失したが、江戸時代初期に下常吉に常林寺として再興された といわれている。 ...続きを見る

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2017/07/08 13:09
禅福寺 (京都府南丹市園部町)
桂川沿いの府道25号から西へ、桂川を渡った高屋集落の山麓に建つ 禅福寺は緑に囲まれ一つの風景を作っている。 禅福寺は1679年開創された禅寺で、船井郡観音霊場の一つである。 木々の剪定もしっかりされ維持管理も行き届いている。 ...続きを見る

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2017/07/07 09:31
誓願寺 (京都府亀岡市)
丹波亀山城下町の塩屋町に山門を閉ざした誓願寺が建つ。 誓願寺は1581年紺屋町に開創され、1607年現在地に移っている。 丹波亀山藩の文人である中島雪楼や軽森野楊の菩提寺でもある。 中島雪楼(1745〜1825年)は藩主に仕えた儒者で、軽森野楊は 亀山藩士で俳人でもある。 軽森の句<いざ行かん蚤蚊の世話の無い在所> ...続きを見る

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2017/07/05 10:14
専念寺 (京都府亀岡市)
明智光秀が1578年築城した丹波亀山城の城下町の塩屋町に建つ専念寺 は、1574年開創されたと伝え、1576年織田信長の叔父でもあった 性誉を迎えて開山としている。 1592年小早川秀秋が城主の時には亀山5ヶ寺の一つに数えられ、 1670年丹波亀山藩主・松平忠昭の菩提寺にもなっている。 城主や藩主の帰依を受け大いに栄えたといわれている。 ...続きを見る

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2017/07/01 13:17
金牛院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
金牛院は1650年開創されたと伝え、1878年万猷院に併合され、 1883年金牛院と改名されている。 金牛という珍しい名はどこからの由来なのだろうか。 黄道十二宮の金牛宮からなのか、臨済宗問答の金牛和尚からなのか など興味は尽きない。 ...続きを見る

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2017/06/29 09:30
大聖院 (京都市右京区京北)
周山街道(国道162号)沿いの京北弓削の山麓に、白壁塀に囲まれた 大聖院が建つ。 大聖院の開創については不詳であるが、1050年頃十一面観音像が 祀られたのが始まりともいわれている。 その後、衰退を繰り返し、1923年再興されている。 本堂前のシダレ桜は京北桜100選の1本である。 ...続きを見る

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2017/06/25 09:33
寿聖院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
寿聖院は1599年石田三成によって開創されている。 1600年の関ヶ原の戦いで敗れた三成は処刑され、大徳寺三玄院に墓所が ある。父の石田正継は佐和山城を守ったが落城し、自害している。 正継の墓は寿聖院に設けられ、菩提寺になっている。 その後、寿聖院は石田一族の菩提寺になっている。 寿聖院は開創当初は広大な境内に壮大な伽藍を備えていたといわれたが、 関ヶ原の戦い後は縮小されたといわれている。 ...続きを見る

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2017/06/21 09:09
継福寺 (京都府南丹市美山町)
美山かやぶきの里から東へ1kmほどの山麓に建つ継福寺は、 北桑田三十三所観音霊場第14番である。 この霊場は、1810年北桑田郡(現在の南丹市美山町、京都市右京区京北町) の観音霊場として開創されたと伝えられ、1960年に再開された霊場である。 現在は、無住や廃寺のお寺もある。 継福寺は平安時代後期に、融通念仏宗開祖の良忍がこの地域を巡錫した 折に開創したと伝えられている。 ...続きを見る

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2017/06/17 14:46
嶺樹院 (京都府亀岡市)
嶺樹院は、丹波亀山藩主・菅沼定芳の母が先祖の菩提を弔うために、 丹波亀山城の御土居の内側に開創されたといわれている。 藩主菅沼定芳は1634年近江膳所藩主から丹波亀山藩主として移り、 1643年嫡男が継いだが、1647年若くして亡くなり、菅沼氏は改易 されている。 ...続きを見る

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2017/06/13 15:23
称名寺 (京都府亀岡市)
称名寺は、浄土宗の僧・袋中上人が1606年琉球から戻り、その後布教 の中で多くのお寺を開創し、1611年亀岡篠町に草庵を築いたのが 始まりといわれている。 1643年現在地に再興されて称名寺の開創は始まる。 境内に安置されている五重宝篋印塔は和泉式部の墓塔といわれ、 亀岡市東別院町の清泉寺から江戸時代に移されたと伝えられている。 和泉式部の墓は各所にあるが、もっとも知られるのが、 京都市中京区の誠心院である。 ...続きを見る

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2017/06/08 09:08
天祥院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
天祥院は、1645年姫路藩主・松平忠弘が父・松平忠明の菩提を弔うために 開創している。 忠明の戒名から天祥院としている。 松平忠明は徳川家康の娘・亀姫を母とし、奥平信昌を父とする奥平松平氏の 祖で、各地の大名を経て、亡くなる1644年当時は姫路藩主であった。 忠弘は若年であったことからも、各地の大名を転封している。 ...続きを見る

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2017/06/02 09:18
徳雲院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
徳雲院は、1506年妙心寺25世大休宗休が土佐守護代・細川勝益の 三男・刑部宗晋の支援により開創したと伝えられている。 細川勝益は遠州細川氏当主であり、土佐守護代を務めている。 室町時代の管領を務めた細川氏の庶流であるが、代々遠州守を 冠したことから遠州細川氏と呼ばれている。 刑部宗晋については不詳である。 ...続きを見る

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2017/05/24 20:24
海眼寺 (京都府福知山市)
福知山市の寺町が形成されたのは、1579年明智光秀が福知山城を 築城したが、城下町が完成したのは関ヶ原の戦い後、有馬豊氏が福知山藩主 として入って以後といわれている。 この頃から寺町が形成され始めたと思われる。 海眼寺がこの寺町に創建されたのが、元和年間(1615〜24年)と伝わるが、 詳細は不詳である。 何故かといえば、この一帯は由良川の氾濫に何度となく襲われ、史料がない ことからきている。 現在も由良川の氾濫があり、時々浸水被害が出ている。 本堂も高床式の鉄筋コンクリート造... ...続きを見る

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2017/05/19 10:36
春光院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
妙心寺塔頭・春光院は、1590年に堀尾吉晴が小田原の戦いで亡くなった 長子・金助の菩提を弔うために開創している。 堀尾吉晴は豊臣政権の中老を務めたが、関ヶ原の戦いで徳川方に ついたことから、次男の忠氏が松江藩主となって、吉晴が支えた。 1604年忠氏が急逝し、その子・忠晴が継ぐが、幼少であったことから 吉晴が実質的には藩主役を務め、1611年松江城を築城している。 堀尾吉晴は<松江開府の祖>と呼ばれ、松江の基礎を築いている。 ...続きを見る

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2017/05/13 16:07
雲祥院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
雲祥院の開創について2説があるが、開創は1598年といわれている。 そのひとつは、後の熊本藩家老・長岡是庸が海山元珠を開山として 亀仙庵を開創したといわれている。 海山元珠は祥雲寺(豊臣秀吉の開創)住職でもあったが、1615年 徳川家康が祥雲寺を廃寺にして智積院に寺地を提供したことに 抵抗を示すために、亀仙庵を雲祥院と改名したと伝えられている。 ...続きを見る

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2017/05/04 20:28
東明寺 (京都府笠置町)
木津川に沿って走る国道163号の有市集落で、木津川に架かる潜没橋を 笠置町飛鳥路へと渡ると、小高い所にお寺と思しき境内がある。 石仏や石塔が建っているが、本堂らしきものはなく、集会所らしき建物 があるのみである。これが東明寺である。 東明寺の開創は不詳であるが、1549年には存在したことは史料から 判明している。 このお寺を知らしめているのは、京都府文化財に指定されている <大般若経>であり、奈良〜室町時代の写経588帖は資料的価値が 高いといわれている。 これの伝来は東大寺〜... ...続きを見る

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2017/04/30 19:35
長慶院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
長慶院は、1600年妙心寺71世東漸宗震を開山として杉原くま(長慶院) が開創している。 杉原くまは、豊臣秀吉の正室・ねねの姉で、兄には木下家定、末妹には やや(浅野長政の正室)がいた。 くまは医者の三折全友の妻であり、1624年亡くなり、長慶院が 菩提寺である。 山門は伏見城の東門といわれている。 長慶院は、くまが豊臣一族であったことからも江戸時代は逼塞していた といわれている。 ...続きを見る

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2017/04/23 13:09
通玄院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
妙心寺塔頭の通玄院は、1597年または1622年に妙心寺219世・虚櫺了廓 によって即心院として開創されたと伝えられている。 虚櫺了廓が安芸・禅林寺の住職時代に、安芸藩士・寺西信之が虚櫺に帰依し 後に、通玄院の大檀越となっている。 寺西は虚櫺を通じて、黄檗山萬福寺の開祖・隠元の<通玄山>書を手に入れ、 広島市西区の小山上の岩に通玄山と彫っている。これほどに寺西は<通玄> に魅せられ、通玄院に通じているのだろう。 ...続きを見る

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2017/04/15 09:10
玉林寺 (京都府伊根町新井)
舟屋で知られる伊根町中心部から北に位置する新井漁港(にいぎょこう) の崖上に建つのが玉林寺である。 かって、中国秦の始皇帝の命により、徐福が不老長寿の薬を求めて上陸 したと伝承されるのが新井崎で、徐福を祀るのが新井崎神社である。 その神社の別当であったのが玉林寺である。 玉林寺の開創は不詳であるが、1625年再興されている。 現在は無住となり寂れている。 ...続きを見る

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2017/04/11 20:05
長興院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
妙心寺塔頭・長興院は1581年織田信長の重臣滝川一益によって 開創されたと伝えられている。 滝川一益は織田信長の重臣で、織田四天王の一人である。 織田四天王とは、  柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益、明智光秀であるが、羽柴秀吉を 加えて、織田五大将ともいわれている。 一益は本能寺の変後、上野国を領していたが北条氏との戦いに 敗れ、賤ヶ岳の戦いで柴田勝家に組したがここでも敗れている。 秀吉とは対立し、1586年亡くなっている。 ...続きを見る

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2017/04/06 08:52
福寿院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
妙心寺塔頭の福寿院は、1619年信濃松本藩主・水野忠清の妻・福寿院殿 によって開創され、水野氏の菩提寺となっている。 福寿院殿は加賀藩始祖・前田利家の娘といわれている。 水野忠清は水野宗家6代忠重の四男で、1642年に松本藩主となっている。 福寿院の開創1619年の頃、忠清は三河刈谷藩主の時期である。 ...続きを見る

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2017/03/28 09:07
薬師寺 (京都府京丹波町)
京丹波町を通る国道9号の西へ1kmほどの山麓に建つ薬師寺は 小さな山寺であるが、趣のあるお寺である。 山門の前に立つもみじの木、山門の右に梵鐘が吊るされた山門の様式、 本堂へ向う登り参道と、紅葉の時期に訪れたい。 薬師寺の開創は不詳であるが、所蔵の大般若経から類推して 室町時代以前だろうか。 ...続きを見る

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2017/03/23 09:15
如是院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
ヨガと坐禅を体験できるお寺として知られる如是院の詳細は 不詳であるが、1450年龍安寺を開いた妙心寺8世・義天玄詔が 開創したのが大愚庵である。 1462年再興され如是院となっている。 ...続きを見る

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2017/03/17 14:30
等観院 (京都市右京区) 天龍寺塔頭
等観院は1386年守護大名・細川満元が開創したと伝えられる 天龍寺塔頭である。 細川満元(1378〜1426年)は摂津・土佐・讃岐・丹波の守護大名であり、 室町幕府の管領を務め、公家や武家からも評価が高く重鎮として存在を 示したといわれる。 開山は徳叟周佐で、天龍寺20世でもある。 ...続きを見る

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2017/03/09 09:52
金蔵院 (京都府木津川市加茂町)
加茂町当尾(とおの)地区の石仏、石塔など石造物で知られる中の一つで ある金蔵院には、六字名号板碑・十三重石塔・阿弥陀如来石像など 石造物が境内狭しと安置されている。 金蔵院の開創は不詳であるが、本尊銅造十一面観音像は白鳳時代に 中国からの渡来仏ともいわれている。 静寂に包まれた風景と石造物の取り合わせが妙である。 ...続きを見る

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2017/03/04 14:46
妙智院 (京都市右京区) 天龍寺塔頭
妙智院は、1453年現在の宝厳院の地に開創されたと伝えられている。 戦国時代には、二度中国明へ渡った五山の名僧・作彦周良が妙智院の 住職となり、晩年はここで隠棲している。 1864年の禁門の変で、長州方の一部が天龍寺に陣を構えて幕府方と 戦った結果、天龍寺はほとんどが焼失し、妙智院も焼失している。 1877年華蔵院を妙智院として現在地に再興されている。 妙智院所蔵の<夢窓国師像(画)>は14世紀前半の作で、 夢窓国師の頂相の中でも秀作といわれている。 ...続きを見る

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2017/02/27 19:56
三秀院 (京都市右京区) 天龍寺塔頭
三秀院は1363年夢窓国師の法嗣・不遷法序(1313〜83年)によって 開創されたが、その後廃れ、寛文年間(1661〜73年)後水尾天皇によって 再興され、天皇の持仏・大黒天像が祀られたといわれている。 この大黒天が天龍寺七福神の一つである。 ...続きを見る

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2017/02/20 09:36
乗願寺 (京都府長岡京市浄土谷)
長岡京市浄土谷は大阪府との府境にあって、山間部の地区である。 乗願寺へのアクセスは島本町から山道を登るのが便利である。 乗願寺は、天延年間(973〜976年)に恵心僧都源信がこの地で 修行中に阿弥陀如来像を刻み祀った草庵が始まりと伝えられている。 本尊の阿弥陀如来坐像は丈六の像で西山大仏と呼ばれている。 京都府文化財に指定されている。拝観可能である。 ...続きを見る

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2017/02/15 10:01
永明院 (京都市右京区) 天龍寺塔頭
常滑3代城主・水野守次は1582年本能寺の変で明智光秀に味方し、 常滑城を出て永明院に隠棲したが、1598年見つかり自害し 永明院に葬られている。 その嫡男・水野守信は徳川家康に仕え旗本大目付として、キリシタン禁制 の踏み絵を実行している。 江戸時代初期に水野守信によって永明院は再興されている。 ...続きを見る

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2017/02/11 09:43
如意庵 (京都市北区) 大徳寺塔頭
如意庵は応安年間(1368〜75年)に大徳寺七世・言外宗忠によって 開創されたとつたえられ、大徳寺塔頭の中でも最古類である。 応仁の乱で焼失したが、乱後、尾和宗臨が大徳寺の再興と共に 如意庵も再興している。 尾和宗臨は堺の豪商で、一休禅師に深く帰依していた。 近現代では、立花大亀が住している。 ...続きを見る

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2017/02/02 15:11
龍勝寺 (京都府舞鶴市)
東舞鶴市街地の南部山麓に建つ龍勝寺は730年開創と伝えられるが、 詳細は不詳である。 1369年臨済宗の禅寺として再興され、その後若狭守護大名で舞鶴をも 統治していた一色詮範の帰依を受け伽藍が整備され大いに栄えたと いわれ、一色氏の菩提を弔っている。 ...続きを見る

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2017/01/30 09:45
正伝永源院 (京都市東山区) 建仁寺塔頭
正伝永源院は、明治時代の廃仏毀釈によって正伝院と永源庵が合併して 成立している。 正伝院は文永年間(1264〜75年)に開創されたと伝えられ、1618年 織田有楽斎によって再興され、その時茶室<如庵>が建立されている。 (如庵は現在、愛知県犬山市の有楽苑に移転され国宝に指定) 永源庵は正平年間(1346〜70年)に開創されたと伝えられ、 延文年間(1356〜61年)備後守護大名であった細川頼有の帰依を 受け、頼有以後8代の菩提寺となっている。 (細川頼有は後の熊本藩主・細川氏の先... ...続きを見る

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2017/01/24 14:41
興雲庵 (京都市東山区) 建仁寺塔頭
興雲庵の鎮守は豊川稲荷(陀枳尼尊天)で、近くに花街宮川町があり、 芸伎などの参詣も多く、<祇園のお稲荷さん>とも呼ばれている。 興雲庵の中興・三益禅師の両親が豊川稲荷の信仰が篤く、禅師が 勧請して祀ったといわれている。 興雲庵の開創は鎌倉時代と伝えられている。 ...続きを見る

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2017/01/17 09:46
正眼寺 (京都府福知山市) 庚申寺
正眼寺境内に建つ庚申堂には次のような縁起がある。 701年全国に疫病が蔓延し、多くの死者が出た。四天王寺の住持が 加持祈祷し、満願の日に庚申尊天を感得し、庚申を祀ったところ、 疫病たちまち治まったと伝えられ、これにあやかり各地に庚申尊天を 祀ったといわれている。 福知山では、箕越(現在の奥岡地区)に祀られ、福知山城築城に際して 現在地に移されたのが正眼寺の庚申である。 1613年になって庚申堂の地に正眼寺が開創されている。 ...続きを見る

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2017/01/13 10:00
大中院 (京都市東山区) 建仁寺塔頭
建仁寺の境内は明治維新までは、北は四条通、南は八坂通、東は東大路、 西は大和大路に囲まれた広大な境内で、現在の境内の2倍以上あったと。 明治時代初期の廃仏毀釈により、64ヶ院の塔頭が14に統廃合され、 明治7年祇園甲部組合が7万坪を買い取り、現在の祇園と建仁寺の 同居となっている。 その中にあって、大中院は境外塔頭となり、花見小路に面して建っている。 ...続きを見る

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2017/01/07 19:41
西来院 (京都市東山区) 建仁寺塔頭
西来院は1259年建仁寺第11世となった蘭渓道隆が住持した草庵が 始まりといわれている。 蘭渓道隆(1213〜78年)は中国南宋の禅僧で、1246年来日し1253年 鎌倉建長寺が開創されると開山として迎えられ、鎌倉禅宗の基礎を 築いている。 中国からの禅僧は多くが建長寺に入り、住持となり全国へと流れて いったといわれている。 ...続きを見る

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2016/12/30 10:25
宝珠寺 (京都府木津川市加茂町)
加茂町当尾(とおの)地区は<当尾の石仏>でよく知られ、石仏・石塔・ 磨崖仏などが地区のいたる処に見られる。 奈良仏教の影響が強いこの地区には、浄瑠璃寺や岩船寺などの名刹や 草庵などが点在する。 それらの一つである宝珠寺は、この地区では唯一の禅寺であるが、開創 については不詳である。 当尾の石仏として、1499年の地蔵石仏と鎌倉時代末期の五輪石塔が 境内に安置されている。 ...続きを見る

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2016/12/24 10:00
堆雲軒 (京都市東山区)
堆雲軒は、1346年建仁寺塔頭の霊洞院内に玉璋軒が建立されたのが 始まりといわれ、1680年実伝慈篤によって現在地に再興され、 堆雲軒となっている。 実伝和尚は宇治の製茶・上林春松家の子であったことから、五条坂の 陶工によって急須塚が境内に建立されている。 上林春松家は永禄年間(1558〜69年)の創業で、江戸時代は御物茶師 として宇治の茶業を取り仕切っていた。 現在も上松春松本店として続いている。 ...続きを見る

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2016/12/19 09:19
久昌院 (京都市東山区) 建仁寺塔頭
建仁寺塔頭の久昌院は、美濃加納初代藩主・奥平信昌によって1608年 開創されたといわれている。 奥平信昌は家康の家臣で、1576年長篠の戦で戦功をあげ家康の長女・ 亀姫を正室に迎えている。 1601年美濃加納藩の初代藩主につき、1602年隠居し1615年に 亡くなっている。 信昌の戒名は久昌院殿〜で、久昌院には廟所がある。 なお、墓は岐阜市の盛徳寺にある。 ...続きを見る

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2016/12/10 09:50
三要寺 (京都府京丹後市大宮町)
1377年現在の三要寺から南西の奥谷に開創された善王寺が三要寺の 始まりと伝えられている。 地名に残るほどに善王寺は大伽藍で大いに栄えたと言われたが、 1593年細川忠興の真言宗寺院の破却により、衰退した。 その後、紆余曲折を経て、1716年臨済宗に改宗し三要寺となった。 1845年現在地に移り、毘沙門堂も横の小丘に再建されている。 この毘沙門堂は、6世紀末〜7世紀初頭の<大江山鬼退治伝説> の麻呂子親王が現在地に建立したと伝承され、善王寺が1377年 創建された際に、奥谷の地に... ...続きを見る

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2016/12/05 09:30
真乗院 (京都市左京区) 南禅寺塔頭
南禅寺塔頭の真乗院は、室町時代の応仁の乱の西軍総大将・山名宗全の 菩提寺である。 宗全は但馬・備後・安芸・伊賀・播磨の守護大名で、赤入道と呼ばれる 気性の激しい武人であった。 1467〜1477年の応仁の乱は、将軍足利義政の後継争いなどに 加えて、山名宗全と細川勝元の対立が絡んで起こったといわれる。 これにより、京都は破壊され多くのものを失い、戦国時代へと突入していく。 ...続きを見る

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2016/11/30 14:23
京都の紅葉 2016年11月20日
朝から曇で一日中晴れないだろう。 京都東山山麓のもみじ狩りに出る。例年のコースを歩くことにした。 毎年廻るお寺の私なりの標準木を定めており、それも楽しみの一つである。 <南禅寺>に朝早く8時前に入山。今年の紅葉は色鮮やかに映る。 ...続きを見る

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2016/11/23 09:50
養源院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
妙心寺は1342年開創されているが、1399年室町幕府第3代将軍足利義満 の怒りを買い、寺領を没収され妙心寺は一時中絶する。 1432年犬山瑞泉寺から日峰宗舜が招かれ妙心寺の再興を行っている。 その際に、日峰の庵が建てられたのが養源院の始まりである。 日峰宗舜は妙心寺の中興の祖として養源院に眠っている。 ...続きを見る

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2016/11/22 09:18
玉田寺 (京都府与謝野町)
天橋立の四大ビューポイントは、  傘松(股のぞき観)、大内峠(一字観)、天橋立ビューランド(飛龍観)、  雪舟展望台(雪舟観)である。 その大内峠から天橋立が一の字に見えることから一字観と呼ばれている。 大内峠は紅葉・桜の名所でもある。 玉田寺は大内峠から阿蘇海へ下った山麓に位置するお寺である。 ...続きを見る

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2016/11/17 10:03
新善光寺 (京都市東山区) 泉涌寺塔頭
新善光寺は1243年後嵯峨天皇の勅願によって一条大宮に開創されたと 伝えられている。 本尊として、勅命によって信州善光寺の本尊に倣って金銅阿弥陀如来 が造立され、新善光寺と名付けられたといわれている。 応仁の乱で灰燼に帰し、1473年泉涌寺山内に再興されている。 善光寺阿弥陀如来(一光三尊阿弥陀如来)の分身として祀る寺社は 北海道から鹿児島県まで440を超える数になる。 その内、新善光寺と呼ばれるお寺は10ヶ寺になる。 ...続きを見る

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2016/11/11 09:43
正覚庵 (京都市東山区) 東福寺塔頭
正覚庵は1290年奥州伊達氏4代・伊達政依が開創している。 伊達氏は、鎌倉幕府の御家人・常陸入道念西が源頼朝から陸奥伊達郡の 地を与えられ、伊達朝宗を名乗ったのが伊達氏の始まりといわれている。 仙台初代藩主・伊達政宗は伊達氏17代になる。 伊達政依は仏教への帰依が篤く、京都五山に倣って、伊達郡に伊達五山 (現在は仙台市に移り、北山五山)を築いている。 ...続きを見る

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2016/11/03 09:54
高田寺 (京都府木津川市加茂町)
民家に挟まれた参道を入って、境内の右手に建つ等身大のお地蔵さんが <夜遊び地蔵>と呼ばれている。 このお地蔵さんが夜遊びが好きであったといわれ名付けられたといわれ、 村の若衆が担ぎ出して、家の前に置いて祝儀をいただいたとか。 高田寺は奈良時代の開創と伝えられ、本尊の薬師如来は12世紀の 造像で国指定重要文化財である。 境内には、古くからの石仏や石塔が数多く安置され、古刹の面影を 残している。 また、四季折々の花木が彩りを添えている。 ...続きを見る

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2016/10/28 16:18
南明院 (京都市東山区) 東福寺塔頭
南明院は、1414年室町幕府第4代将軍・足利義持が開創したと 伝えられ、足利義持の第二の菩提寺となった。 豊臣秀吉の異父妹で徳川家康の正室・朝日姫が1590年聚楽第で 亡くなると、南明院に葬られている。 朝日姫の法号は南明院である。 徳川将軍の庇護を受けて、1697年伽藍が再建されている。 南明院は通常非公開である。 ...続きを見る

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2016/10/22 10:21
荘厳院 (京都市東山区) 東福寺塔頭
荘厳院は、法性寺の灌頂院を前身として1274年東福寺塔頭として 開創されたと伝えられている。 法性寺は摂政関白の藤原忠平によって924年開創され、現在の東福寺境内 を含む広大な寺地で、藤原氏の氏寺として大いに栄えたといわれている。 1239年東福寺が開創され、法性寺の衰退とともに東福寺の境内は 拡大し、法性寺の堂宇や仏像も東福寺に引き継がれていった。 荘厳院の開創もその流れの中に生まれている。 ...続きを見る

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2016/10/13 14:17
長楽寺 (京都府京丹波町)
京丹波町の山里に建つ長楽寺は、鎌倉時代末期に夢窓国師が天龍寺を 開創(1345年)する前に開創したと伝えられている。 かっては、1147年銘の二天立像が所蔵されていたものと思われ、 現在所蔵の薬師如来坐像と同じく1705年修理されているが、修理が 良ければ重文級の仏像であったと考えられている。 他にも、阿弥陀如来坐像、地蔵菩薩立像などが存在した可能性もある。 山里の落ち着いた雰囲気と紅葉が魅力と地元ではいわれている。 ...続きを見る

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2016/10/09 09:13
海蔵院 (京都市東山区) 東福寺塔頭
東福寺塔頭の海蔵院は鎌倉時代末期の1330年代に開創されたと 伝えられ、1341年東福寺15世虎関師錬が海蔵院に隠居している。 虎関師錬は、日本初の仏教通史といわれる<元亨釈書>を著し、 仏教伝来から鎌倉後期にかけての仏教と仏僧の歴史を記している。 ...続きを見る

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2016/10/04 09:00
永明院 (京都市東山区) 東福寺塔頭
百人一首の選者・藤原定家の父で、冷泉家の祖でもある歌人・藤原俊成は、 91歳の齢で亡くなり法性寺の近くに葬られている。 1370年頃、冷泉家ゆかりの浄如禅尼は俊成の菩提を弔うために、永明院 の寺地を拡大し堂宇を建てて永明院で法要し、俊成の墓を永明院の南に 移したといわれている。 現在、永明院200mほど南の住宅地中にある墓地の五輪石塔がそれと 伝えられている。 ...続きを見る

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2016/09/25 09:23
大興寺 (京都府福知山市) モリアオガエル
モリアオガエルは日本固有のカエルで、日本海岸に多く生息していると いわれ、毎年5月下旬には裏庭の池の木に卵塊を作るのが大興寺である。 1週間後にはふ化して池に落ちて育つとか。 私の訪問は5月中旬で、その風景を楽しむことができなかった。 大興寺HPに詳しく紹介されている。 ...続きを見る

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2016/09/21 08:59
大機院 (京都市東山区) 東福寺塔頭
東福寺塔頭・大機院の墓地には、平安時代末期の摂政関白であった 藤原忠通の墓がある。 藤原忠通は、1156年の保元の乱における後白河天皇擁立の中心人物 として、また百人一首の法性寺入道前関白太政大臣として一首を載せて いる。   <わたの原こぎいでてみれば久方の雲いにまがふ沖つ白波> 忠通は1164年に亡くなると、法性寺に葬られたが、後にその墓が 泉山麓に移り、再度大機院に移っている。 ...続きを見る

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2016/09/15 09:09
龍眠庵 (京都市東山区) 東福寺塔頭
紅葉時期になると、毎年東福寺の紅葉狩りに出かけるが、東福寺本堂に至る までの塔頭の紅葉も楽しみの一つである。 その中で、毎年紅葉の色づきの尺度にしているのが、龍眠庵の大きなもみじ の木である。 年々観光客が増え、特に外国人観光客の増加には目を見張るものがあるが、 外国の人も東福寺の紅葉には満足されているようだ。 ...続きを見る

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2016/09/07 08:50
薬薗寺 (京都府八幡市)
薬薗寺は、奈良時代前期に行基が薬草畑の管理のために開創したと 伝えられている。 その後、石清水八幡宮の神仏習合管轄に入り、本尊の薬師如来は 石清水八幡宮からの遷座とみられる。 この薬師如来立像は平安時代前期の造像と考えられ、その姿は 吉祥天に似ていることから、吉祥薬師とも呼ばれている。 浄土宗に改宗後も薬師如来を本尊として、その歴史を守っている。 ...続きを見る

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2016/09/03 10:32
玉龍院 (京都市上京区) 相国寺塔頭
室町幕府第3代・足利義満は1382年相国寺を開創し、1388年太清宗渭を 相国寺第4世として迎えるために禅室として玉龍院を開創し、開山として 相国寺第5世となる雲渓支山があたっている。 明治時代になり荒廃したが、1930年現在地に移転し再興されている。 ...続きを見る

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2016/08/28 09:08
大光明寺 (京都市上京区) 相国寺塔頭
相国寺塔頭の大光明寺は、日本の宮家で最も古く長く続いた伏見宮の 菩提寺である。 伏見宮は、南北朝時代の栄仁親王を始祖として1947年まで約600年続き、 現在の天皇家は初期の伏見宮の系統である。 大光明寺は、1339年後伏見天皇女御の広義門院西園寺寧子が後伏見天皇 の菩提を弔うために、京都伏見の伏見殿の傍らに開創したのが始まりである。 1409年栄仁親王が伏見宮の菩提寺として、大光明寺の塔頭として大通院 を開創し、以降大光明寺は伏見宮の菩提寺となっている。 1614年大光明寺と大... ...続きを見る

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2016/08/21 10:11
万福寺 (京都府京丹後市丹後町)
丹後半島の先端に位置する丹後町袖志は、経ヶ岬、海岸段丘に拡がる 棚田、山陰海岸ジオパークと自然美が織りなす地区である。 その袖志集落の小高い所に建つのが万福寺である。 万福寺は1653年開創で、海岸に建つ穴文殊・九品寺を管理している。 ...続きを見る

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2016/08/16 09:14
林光院 (京都市上京区) 相国寺塔頭
林光院は、応永年間(1394〜1427年)に足利将軍第3代義満の四男・ 足利義嗣の菩提寺として二条西の京に開創されたといわれている。 天正年間(1573〜92年)に豊臣秀吉の命で相国寺内に移転し、 相国寺の塔頭になっている。 足利義嗣は第4代将軍で兄でもある義持と相争い、最後には出家させられ 相国寺で殺害されている。25歳の若さである。 ...続きを見る

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2016/08/11 13:10
大通院 (京都市上京区) 相国寺塔頭 修行専門道場
世襲親王家では最も歴史があった伏見宮であったが、1947年昭和天皇の 直系宮家3家を除いてすべての宮家が皇籍離脱をしている。 離脱したした11宮家はすべて伏見宮系統である。 この伝統ある伏見宮の始祖が伏見宮栄仁親王(1351〜1416年)で、 栄仁親王が1409年菩提所として伏見・大光明寺に開創したのが大通院である。 その後、元和年間(1615〜24年)に大光明寺と大通院は相国寺に塔頭として 移転している。 ...続きを見る

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2016/08/04 09:52
観興寺 (京都府福知山市樽水)
福知山市西部に位置する樽水(たるみ)地区の山里にある甘栗集落 の最奥に建つ観興寺は、14世紀初期に真言宗のお寺として開創 されたと伝えられている。 1653年に臨済宗の禅寺として再興されている。 境内にはいくつかの坊舎跡が残り、再興前のお寺規模が推定できる。 小高い所に建っており、山寺の様相が強く感じられる。 ...続きを見る

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2016/07/30 09:21
霊洞院 (京都市東山区) 建仁寺塔頭
狩野永徳、長谷川等伯に並び称される桃山時代の画家・海北友松 (かいほうゆうしょう)は、出身は北近江の武士であったが、東福寺で 修行し狩野派に学んだといわれている。 友松の代表的な作品が、建仁寺<大方丈の障壁画全50面>であろう。 他に、建仁寺塔頭霊洞院に残る<琴棋書画図>、同じく塔頭禅居庵の <松竹梅図>など数多くの作品が文化財となっている。 ...続きを見る

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2016/07/25 09:15
大統院 (京都市東山区) 建仁寺塔頭
<足のない幽霊>を最初に描いた画家といわれる円山応挙であるが、 真筆の幽霊画で残っているのは数少ないといわれている。 確定した真筆の幽霊画は、   米国バークレイ美術館と青森県久渡寺の幽霊画の2作品といわれ、 その他のものは弟子などの作品といわれている。 そうした幽霊画の一つが建仁寺塔頭の大統院に所蔵されている。 専門家の鑑定では、円山応挙の作品といわれているらしい。 ...続きを見る

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2016/07/16 10:07
長雲寺 (京都府舞鶴市森)
東舞鶴市街地の南部に開ける住宅地にある長雲寺は、ひばり幼稚園を 経営し、舞鶴市内では有名な幼稚園らしい。 境内のほとんどを幼稚園が占めており、本堂へのアプローチに苦労した。 しかし、長雲寺の縁起は古く、735年泰澄大師によって森地区の南西に 開創されたと伝え、1706年現在地に移転している。 森地区の発展は長雲寺と共にあったといわれている。 ...続きを見る

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2016/07/12 09:31
寿寧院 (京都市右京区) 天龍寺塔頭
天龍寺塔頭の寿寧院は<天龍寺七福神>の一つである。 <天龍寺七福神>とは、  三秀院:東向福聚大黒天  慈済院:水福寿台弁財天  松厳寺:福禄寿  永明院:恵比寿  寿寧院:身守不動明王  妙智院:宝徳稲荷大明神  弘源寺:毘沙門天 の七塔頭である。 ...続きを見る

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2016/07/06 09:04
霊源院 (京都市東山区) 建仁寺塔頭
京都の臨済宗大本山には次の様な表現がある。  建仁寺:学問面(がくもんづら) 五山文学・詩文芸術に秀でた禅僧の輩出  大徳寺:茶面 千利休の帰依 名だたる茶室  南禅寺:武家面 武家の信仰が篤い  東福寺:伽藍面 大伽藍  妙心寺:算盤面 徹底した組織運営  相国寺:声明面 お経や回向文の曲節の美しさ などと呼ばれ、本山の一言表現となっている。 建仁寺の学問面の中核となったのが、塔頭の霊源院である。 ...続きを見る

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2016/06/29 09:18
西明寺 (京都府木津川市加茂町)
木津川市加茂町の大野山(204m)東麓に隠れたように佇む西明寺には、 1047年銘の本尊薬師如来坐像が祀られている。 紀年銘のある仏像基準作として貴重な仏像となっている。 1年に1回秋に公開され、仏像愛好家が訪れる。 また、本堂横に安置されている石造笠塔婆は鎌倉時代の作で、これも 貴重な石造物である。 ...続きを見る

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2016/06/23 09:27
霊源院 (京都市東山区) 東福寺塔頭
霊源院は、観応年間(1350〜52年)後醍醐天皇の皇子と伝えられる龍泉令淬 によって開創されたといわれる天護庵が始まりといわれ、応永年間(1394〜 1428年)に霊源院となっている。 龍泉和尚は後醍醐天皇の皇子といわれるが、詳細は不詳である。 尾張から京都へ出てきて、東福寺の虎関師錬に教えを受け、出家している。 詩才に優れ、詩文集<松山集>を残している。 ...続きを見る

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2016/06/17 09:40
桂昌院 (京都市東山区) 東福寺塔頭
東福寺塔頭の桂昌院山門を入った右手に大黒堂があり、その本尊・三面大黒天 は、正面は大黒天、右側面に毘沙門天、左側面に弁財天の顔を持つ大黒天である。 大黒天は衣食住を護り、毘沙門天は勇気と力を、弁財天は美と才能を与えて くれるといわれている。 豊臣秀吉は三面大黒天を念持仏としたともいわれており、東山区円徳院に 祀られている。 桂昌院の三面大黒天も篤い信仰を受けている。 ...続きを見る

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2016/06/10 09:47
法道寺 (京都府向日市)
向日市上植野町を通る旧西国街道沿いの小高い所に建つ法道寺は 浄土宗西山深草派に属するお寺である。 深草派は京都市中京区の誓願寺を総本山とする少数派の浄土宗である。 法然上人の高弟・証空上人の弟子・円空立信が京都市伏見区深草に 真宗院を開創したのが深草派の始まりといわれている。 法道寺は1635年に開創されている。 平安時代末期から現れた地蔵菩薩半跏像は少なく、法道寺のそれも 13世紀初期の作といわれている。 ...続きを見る

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2016/06/05 09:40
智勝院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
智勝院は、1597年戦国武将・稲葉一鉄(良通)の菩提を弔うために、 嫡男・稲葉貞通が開創している。 稲葉一鉄は西美濃三人衆と呼ばれ、戦国武将で名を馳せ、斎藤氏〜信長 〜秀吉と仕えた清水城主(現大垣市)であった。 <頑固一徹>の言葉は、頑固者であった稲葉一鉄の名前に由来していると いわれている。 嫡男・貞通は関ヶ原の戦いでは、当初西軍についたが、途中から東軍に 寝返り、戦後豊後臼杵初代藩主になっている。 貞通の法号が智勝院殿である。 ...続きを見る

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2016/05/31 09:41
大龍院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
大龍院は、1606年米子藩主・中村忠一(一忠)が父・一氏の7回忌追善供養 のために開創している。 中村一氏は豊臣秀吉政権の三中老の一人で、関ヶ原の戦いでは家康に 属したが、1600年亡くなっている。 息子の忠一は11歳であったが、1600年米子藩主に任じられている。 1603年横田事件が起こり、藩内は騒然としたがなんとか治まった。 しかし、1609年忠一は急死し、中村氏の藩主は改易させられている。 米子藩は1617年に廃藩となっている。 ...続きを見る

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2016/05/24 09:26
恵福寺 (京都市伏見区日野)
恵福寺は、鎌倉時代後期に法界寺の塔頭として開創されたと伝えられるが、 詳細は不詳である。 1598年に再興され、明治時代に現在地に移ってきている。 本堂脇壇に祀られている丈六の地蔵菩薩坐像は藤原時代の造像といわれ、 同じ伏見区・善願寺の丈六地蔵菩薩坐像と同類型の像ともいわれている。 別名を腹帯地蔵と呼ばれ、安産祈願の地蔵尊である。 ...続きを見る

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2016/05/19 09:34
玉龍院 (京都府右京区) 妙心寺塔頭
玉龍院は1598年豊臣秀吉の重臣であった生駒一正によって、生駒氏の 菩提寺として開創されている。 生駒一正の祖先は大和生駒の出身で、4代前の生駒家広が尾張に移り、 織田氏に仕えるようになった。 また、一正の伯母が織田信長を生み、生駒氏一族の女が信長の後妻に なっている。 関ヶ原の戦いでは、一正は東軍、父・親正は西軍についている。 1601年一正は讃岐高松藩主に就き、1610年高松城で亡くなっている。 ...続きを見る

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2016/05/13 15:09
天授院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
臨済宗妙心寺派の修行専門道場は全国に19ヶ所あるが、その中で本山妙心寺に あるのが塔頭・天授院である。 天授院は1380年の開創であるが、妙心寺の開創が1342年、玉鳳院の開創も 1342年であり、塔頭の内では2番目の古い塔頭である。 天授院は妙心寺2祖の授翁宗弼によって開創されている特別な塔頭といえよう。 ...続きを見る

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2016/05/06 09:09
施福寺 (京都府綾部市)
府道481号線の蜂ヶ峰に建つ施福寺は典型的な山寺で、710年行基 によって築かれた草庵が始まりと伝えられている。 950年空也上人によって再興されたが、戦国時代に兵火によって 焼失している。 1686年再興されたが、度々の災害により罹災している。 1809年本堂が再建されている。 参道の高野マキが目につく。 ...続きを見る

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2016/05/03 09:18
慈雲院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
慈雲院は、1653年妙心寺北総門前に慈雲庵として開創されている。 1878年現在地の盛岳院跡地に移転している。 盛岳院には、戦国大名で織田信長の家臣で、その後羽柴秀吉の重臣 となった池田恒興(信輝)の墓があり、その墓を引き継ぎ恒興の 菩提寺となっている。 池田恒興は小牧長久手の戦いで戦死しており、岐阜県池田町にも 墓がある。 恒興を弔うために、恒興の次男・輝政が盛岳院を開創している。 ...続きを見る

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2016/04/25 09:17
龍華院 (京都市右京区) 妙心寺境外塔頭
徳川家康次男・結城秀康の次女・喜佐姫は1610年毛利秀就(長州藩主)に嫁ぎ 1655年に亡くなり、その菩提寺となったのが龍華院である。 龍華院の開創は不詳であるが、1656年喜佐姫の外護により再興されている。 ...続きを見る

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2016/04/17 10:38
威徳寺 (京都府福知山市) 岩戸観音堂
国道9号線を福知山市街地から西へ。金谷郵便局の手前交差点右へ。 金谷小学校を左へ進路をとり、山中へ宮垣岩戸集落へと入る。集落が とぎれる左手の小高い所に建つのが威徳寺岩戸観音堂である。 威徳寺はいつの頃からか廃寺となっており、現在は岩戸観音堂のみが 残されている。 ...続きを見る

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2016/04/11 09:18
春浦院 (京都市右京区) 妙心寺境外塔頭
春浦院の創建は不詳であるが、17世紀前半に再興されたと伝えられている。 春浦院が所蔵する<福富草紙>(春浦院本)はお伽草紙絵巻の古類に属し、 その原本は14世紀以前といわれている。 その最も古い伝本が春浦院本とされ、それ以降様々な福富草紙や福富長者物語 が著されている。 そのあらすじは、 <秀武なる老人が放屁の芸を身につけ、それを糧に望外な富を手に入れた。 それを羨む福富なる人物が、妻に嗾けられ秀武に弟子入りしたが、嘘の方策 を教えられ、放屁の芸を披露したがさんざんな目に遭った。... ...続きを見る

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2016/04/06 08:44
雑華院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
妙心寺塔頭・雑華院は1583年戦国キリシタン大名の牧村兵部利貞によって 開創されている。 牧村兵部は織田信長、豊臣秀吉の家臣で、伊勢岩出城主であり、 利休の高弟・利休七哲の一人でもある。 大名茶人としてヘウゲモノといわれた器を使ったことで名が知られている。 利休七哲とは、  蒲生氏郷、細川忠興(三斎)、古田織部重然、芝山監物宗綱、  瀬田掃部正忠、高山右近長房、牧村兵部利貞 で、江戸時代になって呼ばれるようになった。 1593年牧村利貞が朝鮮出兵で亡くなり、雑華院が菩提寺になっ... ...続きを見る

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2016/03/30 09:25
神宮寺 (京都府与謝野町) コウヤマキ
与謝野町石川地区には弥生時代の古墳が多く、丹後王国の巨大古墳も ある歴史のある地区である。 平安時代初期、淳和天皇の妃であった如意尼が自らの出身地与謝野に 慈観寺を開創したのが神宮寺の始まりと伝えられている。 1310年現在地に再興され、江戸時代には石川村六社の別当として 神宮寺となり、栄えたといわれている。 明治維新の神仏分離によって衰え、2001年の火災により堂宇を 失っている。 現在は跡地に老人養護施設が建てられている。 ...続きを見る

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2016/03/24 09:21
蟠桃院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
蟠桃院は1601年丹波亀山初代藩主(亀岡市)・前田玄以によって 開創されている。 前田玄以は美濃出身の僧であったが、織田信長や豊臣秀吉の家臣 として重きをなし、秀吉時代には京都所司代を務め朝廷との橋渡しを 行っている。 1595年には丹波亀山城主となり、1598年に五奉行になっている。 1600年関ヶ原の戦いでは西軍に与したが、大坂に居たことから家康から 免ぜられ丹波亀山藩主となっている。 1602年に亡くなり蟠桃院に葬られた。 秀吉政権下の前田玄以は京で大きな存在であった。 ... ...続きを見る

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2016/03/19 09:47
養徳院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
養徳院は、1583年豊臣秀吉の家臣・石川光重が父であり鏡島城主(岐阜市) であった石川光延の菩提を弔うために開創している。 開山・功沢宗勲(妙心寺67世)は光重の兄といわれるが、 系譜上では不明である。 石川光延は鏡島城主として織田信長に仕え、光重は秀吉の重臣として 仕えているが詳細は不詳である。 ...続きを見る

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2016/03/12 15:28
西念寺 (京都府木津川市加茂町河原) 地蔵石仏
木津川北岸の加茂町河原に小さな地蔵堂が建つが、明治時代に廃寺となった 西念寺の跡地である。 この地蔵堂に祀られる浮彫の石造地蔵菩薩は1281年の銘がある等身大の 地蔵石仏である。 西念寺は廃寺になるまで京都・随心院の末寺であったといわれ、本尊千手観音 の真言宗寺院であった。 石仏好きには見逃せない地蔵石仏である。 ...続きを見る

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2016/03/07 09:22
東林院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
東林院は、室町幕府の最後の管領・細川氏綱が父・高国の菩提を弔うために、 現在の上京区下清蔵口に1531年三友院を開創したのが始まりといわれる。 細川氏は三河の細川義季を祖とし、1367年細川頼之が斯波氏・畠山氏と ともに幕府管領に就き、幕府の政治を司った。 氏綱は細川氏の嫡流であるが、戦国時代に衰えている。 熊本藩細川氏も細川義季を祖とする細川氏の支流であるが、こちらは 大名にもなっている。 1556年細川高国の孫・山名豊国(但馬)が1556年妙心寺境内に 三友院を再興し東林院と... ...続きを見る

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2016/03/02 09:14
松巌寺 (京都市右京区) 天龍寺塔頭
松巌寺は、1353年公家の四辻善成が開創した天龍寺塔頭である。 四辻善成(よつつじよしなり)は順徳天皇の曾孫で、歌人・古典学者 でもあった公家であり、源氏物語の注釈書である<河海抄>、源氏の 秘話を集めた<珊瑚秘抄>などを著している。 松巌寺は衰退を経て、1864年蛤御門の変で長州藩が滞在した 天龍寺全体が焼失している。 明治時代に入って再興され、天龍寺七福神の福禄寿を祀っている。 ...続きを見る

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2016/02/23 09:53
龍泉庵 (京都市北区) 大徳寺塔頭
応仁の乱(1467〜77年)で大徳寺も荒廃したが、一休和尚が1474年 大徳寺の住持となり、堺の豪商などの支援を受けて大徳寺の再興を 図った。この頃から大徳寺の四派が生まれていく。 大徳寺四派は  真珠派:一休宗純 龍泉派:陽峰宗韶 北派:古嶽宗旦 南派:東渓宗牧 龍泉庵は龍泉派の本庵で、明応年間(1492〜1501年)に陽峰宗韶によって 開創されている。 ...続きを見る

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2016/02/19 10:00
上山寺 (京都府京丹後市丹後町)
781年隠岐国(隠岐島)の佐々木隠岐守弘成は毎夜、十一面観音が 夢に現れ、<東へ行き仏閣を建て十一面観音を安置せよ>と夢告を 受け、出家して明法と名を改め海上を東へ。 丹後国袖志浦に着き、山へ向い現在の上山に堂宇を建て、十一面観音 を安置したのが上山寺の始まりと伝えられている。 その後、大いに栄え門前集落もできる程の賑わいであったといわれている。 現在の上山寺は、小さな堂が残るのみであるが、多くの石仏や石塔が 古の歴史を刻んでおり、自然と調和した風景を見る。 ...続きを見る

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2016/02/14 09:05
大光院 (京都市北区) 大徳寺塔頭 豊臣秀長の菩提寺
1591年大和郡山城で没した豊臣秀長(秀吉の弟)は、現在の大和郡山市 大納言塚に葬られ、その菩提寺は大納言塚近くの大光院であった。 大光院は、秀長の子・秀保が1592年頃に開創している。 1595年豊臣秀保が亡くなり、秀長の家系が途絶え、秀長の家老であった 藤堂高虎が大光院を大徳寺境内に移している。 その時に、秀長の分骨を大徳寺大光院に祀っている。 ...続きを見る

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2016/02/07 09:52
徳禅寺 (京都市北区) 大徳寺塔頭
1325年宗峰妙超(大燈国師)が大徳寺を開創すると、宗峰の弟子である 徹翁義亨(てっとうぎこう)が大徳寺第一世住持についている。 1338年徹翁に帰依していた尊胤法親王が自らの梶井御所の一部を贈り 、徹翁は自らの隠居所として徳禅寺を開創したといわれている。 (梶井御所は三千院の前身である) 応仁の乱(1467〜1477年)で徳禅寺が焼失すると、一休宗純は 大徳寺内の現在地に移し再興している。 ...続きを見る

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2016/02/02 09:08
正受院 (京都市北区) 大徳寺塔頭
伊勢平氏の流れをくむ関実忠(伊勢関氏の祖)が1265年伊勢亀山城 を築き、これ以降国人領主として関氏は続いている。 その系統に属する関盛貞(盛衡)は大徳寺に帰依して、永正年間(1504〜21年) に大徳寺から東渓宗牧を招き正法寺(亀山市現在は廃寺となり跡地が史跡)を 開創している。 盛貞は連歌師・里村紹巴を招いて正法寺で歌会などを催している。 正法寺三代住職には大徳寺から清庵宗胃を迎え、天文年間(1532〜55年)に、 関盛貞は清庵宗胃を開山として、大徳寺内に正受院を開創している。... ...続きを見る

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2016/01/29 10:04
養徳院 (京都市北区) 大徳寺の塔頭
室町幕府第2代将軍・足利義詮の四男で3代将軍・義満の同母弟である 足利満詮は、陰ながら兄の義満を支え人望があったといわれている。 その満詮が亡き夫人・善室の菩提を弔うために、応永年間(1394〜1427年) 祇園近くに開創したと伝えられる妙雲院が養徳院の始まりといわれている。 明応年間(1492〜1501年)に現在の大徳寺境内に移っている。 養徳院は通常非公開のひっそりとした塔頭である。 ...続きを見る

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2016/01/26 09:51
三玄院 (京都市北区) 大徳寺塔頭 石田三成の菩提寺
通常非公開の三玄院は特別公開もほとんどない大徳寺の塔頭で、 大徳寺にはよく出かける私にとって何時か公開されないかと期待している。 1589年石田三成、浅野幸長、森忠政によって、大徳寺111世春屋宗園を 開山として開創されたといわれている。 石田三成は1600年の関ヶ原の戦いに敗れ、京都六条河原で斬首され、 首は三条河原で晒された後、春屋宗園・沢庵和尚に引き取られ三玄院に 葬られた。 ...続きを見る

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2016/01/22 09:58
地蔵院 (京都府木津川市加茂町)
地蔵院の所在地が加茂町観音寺であるが、かってこの地には奈良時代開創 といわれる観音寺があったが、元禄年間(1688〜1704年)に廃寺と なっている。観音寺の名残といわれる欠損した十三重石塔が残っている。 1716年他所からその跡地に移ってきたのが地蔵院といわれている。 開創については別説もある。 ...続きを見る

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2016/01/18 09:08
聖林院 (京都府宇治市) 萬福寺塔頭
聖林院は黄檗宗大本山萬福寺にある20余の塔頭の一つである。 摂津麻田藩の第2代藩主・青木重兼は黄檗宗に帰依し、萬福寺の 大雄宝殿建立の普請奉行などを勤めている。 その時に山内に不二庵を建立し萬福寺の僧・廓山道昭に譲っている。 廓山はこれを聖林院としている。 ...続きを見る

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2016/01/16 09:35
法園寺 (京都府八幡市)
明治維新まで石清水八幡宮は神仏習合の神社であった関係から、 八幡市には八幡宮ゆかりのお寺が多い。 法園寺も1217年に石清水八幡宮第28代別当・田中勝清が自らの 坊を築いたことが始まりといわれている。 その後、律宗のお寺となり、石清水八幡宮の五律家の一つとなっている。 ...続きを見る

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2016/01/09 10:11
万休院 (京都府京丹後市大宮町) 古瀬戸茶壷
京丹後市大宮町河辺の山裾に建つ瀟洒な万休院には、古瀬戸の茶壷 が残されている。 古瀬戸の焼物は、加藤四郎左衛門景正が1242年瀬戸祖母懐にて 作陶を始めたのが瀬戸焼の始まりといわれ、桃山時代までの焼物を 古瀬戸と呼んでいる。 加藤景正は瀬戸焼の陶祖と呼ばれている。 万休院の茶壷は1531年の作で、祖母懐で生産 されており、室町時代における瀬戸の基準作となっている。 ...続きを見る

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2016/01/06 09:14
観音寺 (京都府長岡京市)
1339年に築城されたといわれる勝竜寺城は、1571年城主となった 細川藤孝(幽斎)が大幅に改築し、信長の山城拠点となっている。 1578年藤孝の嫡男・忠興と明智光秀の娘・ガラシャ(お玉)が結婚し 2年程この城でくらしている。このことからガラシャ夫人ゆかりの城として 今日まで語られている。 1582年の本能寺の変後、明智光秀はこの城を本拠として豊臣秀吉 との山崎の戦いに挑んだが敗れ、敗走中に討たれている。 1649年廃城となり、現在は公園として整備されている。 この勝竜寺城公園の... ...続きを見る

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2016/01/01 14:16
大泉寺 (京都府舞鶴市)
大泉寺は1597年宮津城主・細川忠興が開創したと伝えられている。 細川忠興(三斎)は豊臣〜徳川時代の大名で、茶人としても知られ、 熊本細川氏の祖として活躍している。 大泉寺は細川氏との繋がりが深く、細川氏が熊本藩主となった以降も 深い関係が維持されたといわれ、細川氏ゆかりの寺宝が多い。 ...続きを見る

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2015/12/30 09:38
大日寺 (京都府南丹市八木町)
丹波西田城跡の小高い山の西麓にある大日寺の五輪石塔と宝篋印塔 を求めて、参道を探しながらの訪問となる。 細い参道をやっと見つけ出し、山門を入ってまずは本堂前で合掌。 本尊は寺名から、大日如来かなと。しかし、臨済宗の禅寺であり、それも どうかなと。 五輪石塔を見つけ出したが、風輪・空輪を欠く石塔である。 しかし、その姿は欠損を感じさせない存在感を持っている。 すぐ近くには宝篋印塔がある。 ...続きを見る

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2015/12/22 10:39
山城国分寺跡 (京都府木津川市加茂町)
聖武天皇は740年、木津川の北、現在の木津川市加茂町例幣の地に 恭仁京(くにきょう)を造り都とし、平城京から遷都した。 744年難波京に遷都し、745年に平城京へ戻っている。 741年聖武天皇は詔を発し、全国の国に国分寺を建立していく。 748年恭仁京の大極殿を山城国分寺の金堂として、南東に七重塔が建立 され山城国分寺は開創されている。 この山城国分寺がいつ廃寺となったのか。 あるいは、何時どこかに移転したのか。 京都・東寺に伝わる国宝・東宝記(東寺の歴史などの記録)には、東寺の... ...続きを見る

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2015/12/17 10:02
慈済院 (京都市右京区) 天龍寺塔頭
<七福神めぐり>は室町時代に京都で発祥し、次第に全国に広まった といわれ、<都七福神めぐり>はその最古といわれている。 京都には、いくつかの七福神巡りがある。  都七福神めぐり、京都七福神めぐり、天龍寺七福神めぐり、泉山七福神めぐり などがある。 <天龍寺七福神めぐり>は天龍寺塔頭から成っているが、布袋や寿老人は なく、代わりに不動明王、宝徳稲荷がある。 慈済院には、弁財天が祀られている。 弁財天堂への来福門は竜宮門形式で、天龍寺境内でもひと際目立つ。 ...続きを見る

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2015/12/10 15:19
平等院 (京都府宇治市) 2015年の紅葉
<2015年12月8日晴れ> 世界遺産の平等院の風景が徐々に彩り豊かな花木に飾られるように なりつつある。 今日も相変わらず多くの観光客で賑わっている。外国人も増えた。 今年の紅葉は例年よりも色づきがよい。 11月末からの冷え込みが効いているようだ。 ...続きを見る

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2015/12/08 21:28
興聖寺 (京都府宇治市) 2015年の紅葉
<2015年12月8日晴れ> 京都紅葉スポットの興聖寺は見頃を迎えている。 色づきは例年と変わらず。 参道脇の紅葉は色づきよし。 ...続きを見る

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2015/12/08 16:59
厭離庵 (京都市右京区) 紅葉の小倉山荘跡
京都嵯峨野の小倉山(286m)東麓にあり、祇王寺と清涼寺の中間地の 住宅地に樹々に覆われた厭離庵がある。 この地は、百人一首の選者・藤原定家の小倉山荘の跡地で、この地で 百人一首を選したといわれている。 ...続きを見る

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2015/12/06 09:20
宝筐院 (京都市右京区) 2015年の紅葉
<2015年11月29日晴れ> 宝筐院の紅葉は例年遅い方だが、今年は少し早く見頃を迎えている。 色づきは他所よりもよく、もうしばらく見られそうだ。 境内全体が紅葉に染まっている。 <散りもみじ>の名所といわれている。 ...続きを見る

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2015/11/29 20:08
清涼寺 (京都市右京区) 2015年の紅葉
<2015年11月29日晴れ> 清涼寺のもみじ狩りは初めてとなる。 紅葉の名所ではないが、庭園などみるべき紅葉がある。 色づきはイマイチかな。 ...続きを見る

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2015/11/29 19:31
厭離庵 (京都市右京区) 2015年の紅葉
<2015年11月29日晴れ> 厭離庵は、藤原定家の小倉山荘跡である。 通常は非公開であるが、紅葉時期のみ公開している。 私は初めての訪問。 ここも<散りもみじ>が見所とか。色づきはイマイチかな。 ...続きを見る

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2015/11/29 19:22
祇王寺 (京都市右京区) 2015年の紅葉
<2015年11月29日晴れ> NHKの朝のニュースで報道され、朝早い時刻にも関わらず人多し。 色づきイマイチ。 <散りもみじ>の色も〜。 ...続きを見る

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2015/11/29 19:21
二尊院 (京都市右京区) 2015年の紅葉
<2015年11月29日晴れ> 開門午前9時と同時に入山。 4年ぶりの二尊院もみじ狩りとなるが、今年の紅葉は色づきイマイチかな。 <紅葉の馬場>と呼ばれる参道の紅葉がイマイチ。 お寺の方も<今年は〜イマイチ>。 本堂は修理中。 ...続きを見る

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2015/11/29 19:20
威光寺 (京都府福知山市)
修験の三岳山南麓に建つ威光寺は、当山派修験道の開祖であり、 世界遺産の京都・醍醐寺の開祖である理源大師聖宝が昌泰年間(898〜901年) に開創したと伝えられる古刹である。 三岳山の修験と理源大師の関係については不詳であるが、修験道が結びつける 何かが存在したのでは。 往時には大いに栄えたが、盛衰を繰り返したといわれる。 ...続きを見る

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2015/11/27 09:09
妙性寺 (京都府京丹後市大宮町) 小野小町伝説
京丹後市大宮町の五十河(いかが)集落は、江戸時代からの小野小町 終焉の地として小町伝説が伝承されている。 小町伝説は全国に数多くあるが、五十河の伝説は丹後の中でも有名な 伝説として位置付けられている。 小野小町辞世の歌と伝えられる  <九重の花の都に住みはせてはかなや我は三重にかくるる> の三重が、五十河の三重郷にあたるとか。 現在では、小町公園や小町温泉など施設が整備されている。 その小町を弔っているお寺が妙性寺であり、小野小町を開基としている。 ...続きを見る

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2015/11/24 13:48
東福寺 (京都市東山区) 2015年の紅葉
<2015年11月21日晴れ> 有数の紅葉名所・東福寺の人人人〜。3連休とあってスゴイ。 臥雲橋から通天橋を望む紅葉に、満員電車並みの混雑。 今年は暖か過ぎて、色づきイマイチ。 通天橋への入場は今年は遠慮する。 ...続きを見る

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2015/11/22 10:48
智積院 (京都市東山区) 2015年の紅葉
<2015年11月21日晴れ> 智積院は紅葉スポットではないが、隠れた紅葉名所といえるだろう。 今年の紅葉は見ごたえがある。他所では色づきがイマイチであったが、 ここの紅葉はよし。 長谷川等伯の名画と庭園も鑑賞。 見頃ピーク近し。 ...続きを見る

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2015/11/22 09:53
妙法院 (京都市東山区) 2015年小さな紅葉
<2015年11月21日晴れ> 妙法院は紅葉スポットではないが、庫裡は豊臣秀吉による建立。 静かな雰囲気。 ...続きを見る

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2015/11/21 22:15
大谷本廟 (京都市東山区) 2015年の紅葉
<2015年11月21日晴れ> 大谷本廟は西本願寺の親鸞聖人廟である。 今日は朝市の日。 ...続きを見る

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2015/11/21 21:50
清水寺 (京都市東山区) 2015年の紅葉
<2015年11月21日晴れ> 相変わらずの人人人〜。外国人観光客が半数かな。 今年は暖か過ぎて、色づきイマイチかな。 見頃は今からと。但し温度が下がらないと。 ...続きを見る

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2015/11/21 21:31
知恩院 (京都市東山区) 2015年小さな紅葉
<2015年11月21日晴れ> 知恩院の紅葉は小さな風景であるが、東山を歩いた時は必ず参拝する。 御影堂は修理中で、今年中には完了予定とか。   <知恩院の概要>参照 ...続きを見る

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2015/11/21 17:09
随心院 (京都市山科区) 2015年小さな紅葉
<2015年11月20日晴れ> 小野小町ゆかりの随心院は梅の名所であるが、小さな紅葉も。 暖か過ぎて色づきイマイチ。 ...続きを見る

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2015/11/20 19:11
醍醐寺 (京都市伏見区) 2015年の紅葉
<2015年11月20日曇り後晴れ> 桜の名所ではあるが、紅葉もある。 今年は暖か過ぎて色づきがイマイチかな。 見頃の時期だが。 開門と同時に入山。 ...続きを見る

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2015/11/20 17:07
正法寺 (京都府和束町) 2015年の紅葉
<2015年11月18日曇りの紅葉> 宇治茶の郷・和束町の正法寺は、隠れ紅葉スポットといえよう。 今年の紅葉はピークを過ぎつつある。 色づきはイマイチかな。 ...続きを見る

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2015/11/19 17:30
観音寺 (京都府京田辺市) 2015年の紅葉
<2015年11月18日曇りの紅葉> 本尊十一面観音像が国宝である。 桜と紅葉が映えるお寺であるが、今年の紅葉はイマイチかな。 見頃ピーク。 ...続きを見る

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2015/11/19 17:01
一休寺<酬恩庵> (京都府京田辺市) 2015年の紅葉
<2015年11月18日の紅葉> 暖かい日が続き、色づきは例年に比してイマイチかな。 見頃ピーク。 曇りの下で紅葉は泣いている。 ...続きを見る

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2015/11/19 16:39
勝持寺 (京都市西京区) 2015年の紅葉
勝持寺は<花の寺>と呼ばれる四季折々の風景を持つが、特に桜と紅葉 は名所となっている。 11月16日現在は、見頃ピークに近づいているが、暖かい日が続くのが 気になる。 色づきはイマイチかな。 ...続きを見る

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2015/11/18 14:15
正法寺 (京都市西京区) 2015年の紅葉
11月16日現在、大原野の紅葉ピークは数日後かな。 ただし、色づきが例年に比してイマイチかな。 正法寺参道の紅葉はこれからかな。 暖かすぎるのが気になる。 ...続きを見る

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2015/11/18 10:35
金戒光明寺 (京都市左京区) 2015年の紅葉
金戒光明寺の境内は紅葉少ないが、部分的にすばらしい紅葉を見る。 見頃ピークであるが、色づきはイマイチ。 最高所の文殊塔(三重塔)まで登り紅葉を見つける。 ...続きを見る

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2015/11/17 21:42
真如堂 (京都市左京区) 2015年の紅葉
それほど人人〜でない紅葉スポット。 今年の紅葉は早く来た。今が見頃。色づきはイマイチかな。 ...続きを見る

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2015/11/17 16:56
永観堂 (京都府左京区) 2015年の紅葉
朝9時開門と同時に入山。 相変わらず紅葉の永観堂は人人〜。 例年に比して色づきイマイチ。見頃ピークといえよう。 ...続きを見る

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2015/11/17 16:07
南禅寺 (京都市左京区) 2015年の紅葉
午前8時入山。 午後から雨の予報故に、南禅寺塔頭へは入山なし。 今年の見頃は早く来て、かつ色づきはよくない。 見頃ピークは5日後か。 ...続きを見る

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2015/11/17 15:10
実相寺 (京都府与謝野町)
加悦のちりめん街道沿いに、石垣と楼門が印象的な実相寺に祀られている <金色蚕糸神>は養蚕・生糸・織物の守護神で、加悦のちりめん製造の 興隆を願って祀られいる。 明治時代初期、当時の住職が茨城へ行った折に、養蚕織機の神<金色 大明神>を勧請して祀ったといわれている。 ...続きを見る

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2015/11/17 14:11
神蔵寺、龍潭寺 (京都府亀岡市) 2015年の紅葉
神蔵寺の紅葉は終わっていて、入山せず。 例年だと見頃ピークのはずが。 ...続きを見る

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2015/11/16 22:51
苗秀寺 (京都府亀岡市) 2015年の紅葉
苗秀寺(みょうしゅうじ)は亀岡の隠れ紅葉スポットで、カメラマンの 集積地といえよう。 今年の紅葉は見頃ピークだろう。 ...続きを見る

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2015/11/16 22:02
積善寺 (京都府亀岡市) 2015年の小さな紅葉
積善寺の小さな紅葉が造りだす風景は私の紅葉なのだ。 今年の紅葉もお気に入りの風景を造っていた。ピークは5日後かな。 新緑の風景もよし。 ...続きを見る

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2015/11/16 21:17
龍穏寺 (京都府南丹市園部町) 2015年の紅葉
隠れ紅葉スポットとして最近人気になっており、カメラマンが多い。 今年は紅葉ピークを過ぎつつある。 色づきはイマイチ。 ...続きを見る

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2015/11/16 16:38
西光寺 (京都府南丹市八木町) 2015年の紅葉
紅葉のピークは1週間後かも。木によってバラツキがある。 今年の色づきはいまいちかな。 ...続きを見る

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2015/11/16 16:37
安養寺 (京都府木津川市) 念仏石
参道入口に建つ二堂宇の左端に安置されている念仏石には次のような 謂れがある。念仏石縁起碑によると、  <1195年3月法然上人が大仏殿再建落慶法要に導師として招かれ、 念仏のみを修し帰洛したところ、諸人がその跡を追ってきて、念仏のみ を修し、他の法儀をのべなかった訳を法然上人に問いただした。 上人は一枚の紙に名号を認め、傍らにあった石と重さを量ったところ、 名号の紙が下にさがり、石の重さより念仏の重さの方が重いことを 見た諸人は上人に帰伏し、その石を念仏石と名付けたと。> この伝... ...続きを見る

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2015/11/10 09:55
五劫院 (京都市上京区出水通)
上京区の出水通にはお寺が集中した地区があり、<出水の七不思議> と呼ばれるお寺がある。 @光清寺の浮かれ猫 A地福寺の日限薬師 B華光寺の時雨松・五色椿 C観音寺の百叩きの門 D五劫院の寝釈迦 E極楽寺の二つ潜り戸 F玉蔵院の応挙の幽霊 <五劫院の寝釈迦>とは、山門の潜り戸横木の木目が寝釈迦に似ている ことから呼ばれている。 ...続きを見る

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2015/11/05 20:58
般舟院 (京都市上京区)
応仁の乱(1467〜77年)後、後土御門天皇によって現在の伏見観月橋北に 開創されたのが般舟院の始まりと伝えられている。 開創時期の詳細は不詳である。 桃山時代になって、豊臣秀吉の伏見城築城に伴って、現在地に移転している。 広大な敷地には、般舟院陵があり皇室の庇護を受けていたが、明治時代に 皇室の庇護もなくなり、次第に衰退していった。 2011年には競売され、土地所有者も変わり、全く往時の面影もない。 ...続きを見る

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2015/10/27 08:55
禅徳寺 (京都府綾部市)
綾部には<綾部西国観音霊場>があるが、その起源は古く、室町時代末期に 最古の西国三十三所観音霊場に倣って<何鹿郡西国三十三番札所>が 作られ霊場として続いたが、いつしか廃れいった。 1984年<綾部西国観音霊場>として再編されて復活している。 禅徳寺は第27番札所で札所本尊は不空羂索観音である。 ...続きを見る

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2015/10/21 13:45
実光院 (京都市左京区大原)
三千院周辺の賑わいにあって、庭園と魚山声明楽器の拝観で賑わう実光院 は、勝林院学僧の僧坊として開創され、魚山声明を伝えている。 声明はお経に節をつけた仏教音楽の一つで、各宗派で唄われている。 中でも、天台声明・真言声明は歴史も古く、天台声明はここ大原の里で集大成 され魚山声明(大原声明)として受け継がれている。 実光院では、その声明楽器が展示され説明を受けることができる。 ...続きを見る

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2015/10/16 09:08
龍雲寺 (京都府福知山市)
福知山市の最北端に位置する雲原集落は人口300人弱の山里集落で あるが、北は丹後、西は但馬に接する位置にあり、国道176号が 走っている。 その集落にあって中核的な存在となっているのが龍雲寺である。 保育園などの経営を通じた社会的貢献も多大なものがある。 ...続きを見る

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2015/10/11 10:23
福昌寺 (京都府京丹波町)
京丹波の山里にある小さなお寺・福昌寺に伝わる昔話がある。  広瀬の村人の夢に地蔵さんが現れ、一本松に埋まっている自分を 掘り起こしてくれと。村人は早速掘り起こして、近くの和尚さんが お経をあげて祀った。 ある日、村人の孫が木から落ちてひどい怪我を負ったが、なかなか 治らない。 村人は、子供の困りごとを相談に来た人に願いを叶えて欲しいと 地蔵さんにたのみ、一方、村人の妻が孫の傷を地蔵さんに供えた 水でぬぐってやると、傷がすっかりとよくなったと。 1回の願い、ひ〜ふ〜み〜のひ〜をと... ...続きを見る

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2015/10/02 19:43
実相院 (京都市左京区) 岩倉実相院門跡
紅葉シーズンには観光バスを含め多くの〜多くの観光客で、ゆっくりと拝観 する隙間もない。 以前はゆっくりと拝観できたのがなつかしい。 特に、<床もみじ>の拝観は至難の技。 私は新緑と紅葉と3回訪問しているが、新緑時がゆっくりと拝観できる。 二つの庭園もすばらしい。 ...続きを見る

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2015/09/29 13:56
法雲寺<西念寺> (京都府京田辺市)
江戸時代初期に、キリシタン禁制が始まり、各集落毎にお寺の檀家制度が 敷かれ、宗教統制がはじまった。 その政策に則り、宮ノ口村に開創されたのが西念寺である。 明治時代に入り、神仏分離の政策により、村の氏神・白山神社の神宮寺・法雲寺 の仏像が西念寺に移座され、法雲寺は廃寺となっている。 その中にあって、藤原時代の十一面観音立像は定朝風の様式を持ち、 白洲正子の著作にも著されている。 ...続きを見る

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2015/09/25 09:08
三千院 (京都府左京区大原) 京都 大原 三千院〜
<京都 大原 三千院 恋に疲れた女がひとり〜>と歌ったデューク・エイセス の歌は1965年、現天皇・皇后陛下が皇太子・同妃時代の1966年行啓された のが三千院で、その頃から大原・三千院は全国版となり、その後観光客が 年々増え、現在では紅葉時期の人出は表現しようがない。 大原の里は今や一大観光地となった。 私が出掛ける時は、早朝に大原に入り、開門(紅葉時期8時半)を待つぐらい でも、それでも以前に比して多い。 歌の三千院を味わうには、冬の一時期と梅雨時期かな。 でも、三千院を始め... ...続きを見る

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2015/09/16 09:09
金蓮寺 (京都府長岡京市)
金蓮寺は1624年開創された浄土真宗のお寺であるが、真宗には つきものの太鼓が現存している。 この太鼓は<呼び太鼓>と呼ばれ、お寺の法事などの始まりを告げる 太鼓で、1662年に製作され、1713年、1778年、などの修理年が 残っている貴重な文化財である。 ...続きを見る

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2015/09/11 10:08
円通寺 (京都市左京区) <名勝>庭園
円通寺の元は、後水尾天皇(1596〜1680年)の山荘・幡枝離宮で、 修学院離宮の造営にともない、近衛家に譲り渡された。 1678年霊元天皇の乳母であった瑞雲文英尼がお寺として円通寺を 開創している。 比叡山を借景とする庭園は幡枝離宮の時に作庭された庭園といわれている。 京都には借景庭園が多くあり、京都市眺望条例によって護られている。 現在、30数ヶ所が対象となっている。 ...続きを見る

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2015/09/06 09:38
持泉寺 (京都府向日市) 上植野城跡
持泉寺所蔵の1833年<持泉庵境内絵図水帳>には、寺の南に方形の 堀が記され、土塁跡などから応仁年間(1467〜69年)にあったと思われる 豪族・秋田氏の城跡と推定されている。 持泉寺はその城跡に建つ。 また、伝承によると坂上田村麻呂の館があった地とも。 ...続きを見る

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2015/09/01 13:16
安楽寺 (京都市左京区) 松虫鈴虫寺
東山鹿ヶ谷に、茅葺山門が紅葉に映える安楽寺は、鎌倉時代初期に 現在地より東の東山山中に、法然上人の弟子である安楽・住蓮が 念仏道場として草庵を建てたことに始まるといわれている。 1206年女官の松虫・鈴虫が安楽・住蓮に帰依し出家し、これに 激怒した後鳥羽上皇は、1207年安楽・住蓮を処刑し、法然上人・ 親鸞などを流刑に処している。これが建永の法難と呼んでいる。 法然上人、親鸞聖人にとっては大きな生涯事となっている。 ...続きを見る

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2015/08/30 15:09
普光寺 (京都府福知山市天座) 大江山鬼退治伝説ゆかりの寺
大江山鬼退治伝説には、3つの伝説が伝わっている。  (1)第9代開化天皇の皇子・日子坐王による鬼退治  (2)聖徳太子の弟・麻呂子親王による鬼退治  (3)源頼光による鬼退治 平安時代中期、源頼光が5人の家来を伴い、大江山の南麓・天座の地に 着いて鬼退治の願をかけて大般若経を書写し、大蔵神社に奉納すると共に、 普光寺を建立したと伝えられている。 この大般若経といわれる般若経600巻が残され、普光寺が管理している。 ...続きを見る

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2015/08/27 09:42
常光寺 (京都府福知山市大江町)
福知山市北部に位置する大江町天田内集落にある常光寺は、1394年 曹洞宗通幻禅師の弟子で通幻十哲と呼ばれる不見明見和尚が 1391年に亡くなった通幻禅師を勧請開山として開創している。 通幻十哲の弟子達が曹洞宗を広め、曹洞宗寺院を開創している。 江戸時代になり、宮津藩主・京極氏による古文書などの焼却という 法難に遭っている。 閑静な佇まいは禅寺の風景そのものである。 ...続きを見る

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2015/08/24 09:06
吉祥寺 (京都府与謝野町)
丹後ちりめんの町・与謝野町加悦の中心部に建つ吉祥寺は、 1384年福知山・天寧寺の元哉禅師によって開創されたと伝えられ、 1580年代初期に安良城主・有吉将監立言の帰依を受けて 再興されたといわれる。 有吉将監は丹後大名・細川藤孝の家臣で、1580年加悦に安良城を 築き、城下町を整備し、寺院群の寺町を築いている。 安良城は短い期間であったが、加悦の基礎が築かれた。 江戸時代中期から丹後ちりめんの生産地となった。 ...続きを見る

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2015/08/16 09:35
東山寺 (京都府舞鶴市)
1345年薩摩島津5代目・島津貞久の末子・島津下野守氏忠がこの地の 地頭となり、万願寺スコ谷に佐武ヶ嶽城を築き、同時に東山寺を開創した と伝えられている。 中世には城主との関わりが強く、江戸時代には京極氏の支援を受けて 再興されている。 本堂には城主の間があり、支城としての役割も果たしていたと思われる。 ...続きを見る

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2015/08/10 13:54
如来院 (京都府福知山市大江町)
大江山へ向う府道9号線の、大江山東麓に建つ如来院は、用明天皇の 第三皇子で、聖徳太子の弟・麻呂子親王が大江山鬼退治の祈願をし、 成就の後に薬師如来を祀って開創したと伝承される。 麻呂子親王の大江山鬼退治伝説にちなむお寺は丹波・丹後に数多く あり、それらの地を訪ねる探索も興味津々のものがある。 大江山<千丈ヶ嶽>(832m)は連峰を成し、遠景を望むのが 難しい山々である。 ...続きを見る

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2015/08/07 09:10
久香寺 (京都府綾部市)
久香寺は、山家藩主・谷衛政が1636年祈願所として開創したと 伝えられる。 山家藩は丹波山家の1万石の小藩であるが、皇室と縁がある。 観音堂に祀られる准胝観音は綾部西国霊場の番外札所本尊である。 ...続きを見る

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2015/08/01 09:41
京都市伏見区・山科区・西京区のお寺  
<青字をクリックすると詳細へ> ...続きを見る

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2015/07/27 15:20
大蓮寺 (京都市伏見区)
大蓮寺の本尊・五劫思惟阿弥陀像は、伝承によると、東大寺再建の陣頭指揮 をとった重源上人が唐から持ち帰った五劫思惟阿弥陀像3体の内の1体で、 他の2体は、奈良市東大寺、奈良市五劫院に祀られたといわれている。 五劫思惟阿弥陀像は珍しい仏像で、現代流にいえば、アフロヘアーの仏像 である。 ...続きを見る

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2015/07/27 15:14
北真経寺 (京都府向日市)
日蓮聖人が亡くなった頃は、日蓮宗はまだ地方の宗教集団であり、日蓮も 京都での布教が悲願であった。 その日蓮の遺命を受けて、日像が1293年京都での布教を開始するが、 他の宗派による妨害を受け、3度の追放を受けながら徐々に布教が浸透する。 特に、京都の商工業者(町衆)から深い帰依を受けるに至った。 1307年1回目の追放を受けて、西国へ下る途次に鶏冠井(かいで)集落の 真言寺の住職を折伏し日蓮宗の真経寺とし、関西方面での拠点としている。 ...続きを見る

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2015/07/22 09:09
智恵寺 (京都府南丹市八木町)
鎌倉時代後期の武士で、鎌倉幕府北条氏に仕え、公正な裁判を行い、 権力者の不正から民衆を守ったと伝承される青砥藤綱の住居跡に 建立されたのが智恵寺といわれる伝承もある智恵寺の開創は不詳 である。智恵寺の地名・青戸は青砥からきているともいわれている。 その智恵寺の地蔵尊は<智恵地蔵>と呼ばれ、子供たちに智恵を 授けると信仰を集めている。 毎年11月3日は、智恵地蔵祭が行われ、多くの親子連れで賑わう そうだ。 ...続きを見る

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2015/07/15 09:06
経王寺 (京都府宮津市)
経王寺は、1602年真言宗の楞厳寺から別れて、日蓮宗のお寺として 開創されたといわれ、1649年宮津第2代藩主・京極高広が現在の地 に移し、女の菩提寺としている。 お寺には藩主寄贈の屏風などが残されている。 宮津市金屋谷は寺町を構成しており、藩主の意向による。 ...続きを見る

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2015/07/11 14:54
本行寺 (京都府舞鶴市) 丹後宮津藩主・京極高知の菩提寺
丹後宮津藩初代藩主・京極高知は、豊臣秀吉に仕えていたが、関ヶ原の戦い では徳川家康に従い功績を残し、1600年丹後の大名として舞鶴田辺城に 入城し、本行寺を五老岳山麓の安久から現在地に移し知行を与え、 自らの菩提寺としている。 その後、本拠を宮津に移し初代宮津藩主となっている。 舞鶴田辺城は一国一城令によって廃城となっている。 ...続きを見る

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2015/07/07 09:51
清園寺 (京都府福知山市大江町)
<大江山の鬼退治>伝説には三つの伝説があるが、その内の一つに、 用明天皇の第3皇子であり聖徳太子の弟である麻呂子親王が天皇の 命で、大江山の鬼を無事退治し、七仏薬師を自ら彫って、丹波・丹後に 七ヶ寺を開いて薬師如来を祀ったと伝承される。 この七ヶ寺にも種々の伝承があるが、その内の一寺が清園寺である。 七ヶ寺には、  施薬寺(与謝野町)、清園寺(福知山市)、元興寺(京丹後市、廃寺)、 神宮寺(京丹後市)、等楽寺(京丹後市)、成願寺(宮津市)、 多禰寺(舞鶴市)、如来院(福知山市)、... ...続きを見る

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2015/07/01 14:23
宗堅寺 (京都府亀岡市)
亀岡の地名は、1869年三重県亀山と混同しやすいという理由から亀岡と 改名されている。 明治維新までは、三重県亀山を伊勢亀山、こちらの亀山を丹波亀山と 呼んでいた。 丹波亀山の礎を築いたのは、丹波亀山城を築いた明智光秀であり、 現在でも亀岡市では明智光秀が亀岡の最大の功労者である。 江戸時代になって、丹波亀山藩の藩主は重く交代しており、9家が藩主に なっている。 その中で、1634〜1648年間に藩主であった菅沼家の菩提寺が 宗堅寺である。 ...続きを見る

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2015/06/28 09:45
法明寺 (京都府笠置町) 薬師堂
笠置町を流れる木津川北岸の山麓に悄然と建つ法明寺薬師堂は、何かを 語りかける風景である。 無住のお寺にあって、その姿が印象に残る。 法明寺の開創については不詳であるが、その所蔵する(現在は奈良国博) 仏像からも歴史のある古刹である。 ...続きを見る

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2015/06/23 09:25
宝泉寺 (京都府京丹後市久美浜町) 小天橋
日本海と久美浜湾をふさいでいる砂嘴を、天橋立に似ていることから 小天橋と呼んでいる。かっては日間の松原とも呼んでいた。 小天橋に建つのが宝泉寺で、江戸時代には湊が大きな役割を果たし、 廻船業などが大いに栄えたといわれている。 その廻船業を営む小西氏が日間十二景を選び大いに宣伝したと いわれ、その説明板が宝泉寺に掲げてある。 ...続きを見る

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2015/06/19 09:27
宝巌寺 (京都府与謝野町加悦)
与謝野町加悦は1720年代から続く丹後ちりめんの産地であるが、 かっての勢いは減じ、細々とした生産が続いている。 この丹後ちりめんの創始者の一人・木綿屋六兵衛の菩提寺が宝巌寺である。 宝巌寺はちりめん街道沿いにあり、1599年に開創されている。 ちちめん街道は伝統的建造物群保存地区で、宝巌寺山門が目立つお寺である。 ...続きを見る

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2015/06/11 09:09
仏性寺 (京都府宮津市)
宮津市街地の西に位置する題目山(264m)は天橋立や宮津湾、 宮津市街地を一望できるハイキングコースである。 その題目山の東麓にある金屋谷は宮津の寺町と呼ばれる寺院群である。 その中で市街地に近い位置に建つ仏性寺は、後に舞鶴の瑞光寺住職 となる明誓が1590年宮津に一宇を建立したことに始まるといわれている。 寛永年間(1624〜44年)、明誓の長男・順誓が再興し、仏性寺として 始まる。 ...続きを見る

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2015/06/04 13:50
頼光寺 (京都府福知山市)
<大江山の鬼退治>には三つの伝説がある。 一つは、古事記に著される日子坐王の土蜘蛛退治 二つには、聖徳太子の弟・麻呂子親王の鬼退治 三つには、源頼光が酒呑童子率いる鬼一族の退治 がある。 995年源頼光は酒呑童子一族の征伐に大江山へ向う途次に、山裾の古刹 に立ち寄り、征伐祈願を祈ったといわれ、それ以降このお寺を頼光寺と 呼んだそうだ。 ...続きを見る

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2015/05/28 08:50
専念寺 (京都府久御山町)
専念寺は1549年に開創されたと伝えられる浄土宗捨世派のお寺で、 捨世派という珍しい宗派である。本山は知恩院の奥に位置する一心院 である。 2012年7月に訪問した時は、周りの風景が変わり、本堂が再建中で 参拝はできず。 ...続きを見る

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2015/05/21 13:56
雲源寺 (京都府綾部市)
石段参道を登ると、正面に樹齢100年以上といわれるシダレ桜の古木が 迎えてくれる。単木の桜として綾部の名木として人気を集めているらしい。 緑の時期に訪問したが、その桜を想像すると再度訪れてみたい。 この桜は、100年以上前に、近くの綾部安国寺の樹齢600年といわれる 古木から枝分けしたシダレ桜とのこと。 なお、安国寺のシダレ桜古木は枯れ、現在は若木になっている。 ...続きを見る

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2015/05/15 14:15
瑞雲寺 (京都府南丹市八木町)
瑞雲寺は当初、天龍寺の末寺であったが、1676年妙心寺塔頭・龍華院の 竺印和尚を勧請開山に迎えて再興され妙心寺末となっている。 お寺は禅寺といいながらオープンなお寺で、地元の子供たちが集い、 種々のイベントも行われている。 お寺のあるべき姿といえよう。 ...続きを見る

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2015/05/13 09:06
円頓寺 (京都府京丹後市久美浜町)
6世紀末の用明天皇の第3皇子であり、聖徳太子の異母弟でもある 麻呂子皇子(当麻皇子)が大江山の鬼退治を行い、七仏薬師を七ヶ寺に 祀ったという伝説が丹後や丹波に伝わっている。 丹後の七ヶ寺にも諸説があり、その内の一ヶ寺が円頓寺である。 久美浜町の山深い里に建つ円頓寺は麻呂子皇子によって開創され、 仁安年間(1166〜69年)に再興され、36坊をかかえる大寺といわれた。 文禄年間(1592〜96年)に火災で壊滅したが、大聖院と仁王門だけが 残り、この大聖院が円頓寺の法灯を引き継いで、現... ...続きを見る

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2015/05/08 11:21
松林寺 (京都府舞鶴市)
舞鶴西港の西に秀麗な丹後富士と呼ばれる建部山(316m)に、933年開創 されたと伝わる天台宗笛原寺が松林寺の起源といわれている。 中世になり寺も荒れ、1394年現在地に移っている。 明応年間(1492〜1501年)に再興され浄土宗に改宗し、1622年宮津藩主 京極高知の伯母が当寺に帰依し、伯母が亡くなるとここに葬られ、その院号 から松林寺と改名されている。 ...続きを見る

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2015/05/01 20:19
泉福寺 (京都府向日市) 洛西三十三観音霊場第16番
洛西三十三観音霊場は、京都の桂川より西にある33ヶ所と番外を含めて 37ヶ所からなり、江戸時代の<西の岡三十三所観音霊場>を引き継いで、 1978年に再興されている。 善峯寺を1番とし、願徳寺を33番としている。 泉福寺の札所本尊は千手観音でガン封じ観音として信仰されている。 ...続きを見る

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2015/04/28 13:44
盛光院 (京都市東山区) 東福寺塔頭
東福寺塔頭・盛光院は東福寺境内の北端に位置し、本町通から北門を入り、 突き当たりを北へ入った処に建つ。 元は塔頭・光明蔵院であったが、1274年勅諡仏印禅師(直翁智侃)を 開山として盛光院としている。 勅諡禅師は大分市の万寿寺を開創し、豊後に勢力を持った。 禅師は東福寺10世住持となっている。 ...続きを見る

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2015/04/23 09:29
牧護庵 (京都市左京区) 南禅寺塔頭
南禅寺三門前の紅葉が映える牧護庵は、1320年南禅寺5世・約翁徳検が 亡くなると、その菩提を弔うために開創されたといわれる。 盛衰を経て、1888年牧護庵と法皇寺が合併し法皇寺となり、1992年 牧護庵として復している。 法皇寺は、長岡京市の乙訓寺が起源で、室町時代に分立し、法皇寺が 今熊野に移っている。 ...続きを見る

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2015/04/19 15:07
京都市中京区・下京区・南区のお寺  
<青字の寺名をクリックすると詳細へ> ...続きを見る

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2015/04/13 10:20
中堂寺 (京都市下京区中堂寺西寺町)
五条通を挟んで大宮通から西、御前通から東の一帯は<中堂寺XXX>の 地名となっているが、かってこの地区は中堂寺村と呼ばれていた。 中堂寺は、平安時代に比叡山横川中堂の別院として堀川高辻に開創 されたと伝えられ、天正年間(1573〜92年)に現在地に移ったといわれている。 中堂寺村の地名はこの寺名に由来するのであろう。 中堂寺村地区が京都市に編入されたのは1918年である。 中堂寺西寺町にはお寺が集中しており、東の寺町に対しての地名である。 ...続きを見る

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2015/04/13 10:04
真福寺 (京都市東山区) 大日堂
人人〜の清水坂に面して建つ真福寺は通称大日堂と呼ばれる清水寺の 塔頭である。 開創については不詳であるが、天保年間(1830〜43年)に再興されている。 現在の本尊・大日如来坐像は、2011年の東日本大震災によって岩手県 高田の松原の松はうしなわれたが、その倒木を材料として、京都伝統工芸 大学校の研究室の教授・学生によって造像された仏像である。 旧本尊大日如来坐像は重要文化財で、清水寺に安置されている。 ...続きを見る

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2015/04/07 13:50
常光庵、西光院 (京都府城陽市)
門前に立つ柿本人麻呂と芭蕉の像が目立つ常光庵には西光院も 同居している。 常光庵は1589年現在の京都市下京区東洞院に草庵が設けられたのが 始まりといわれ、西光院は平安時代中期に開創と伝わる。 後に、西光院の住職が常光庵にお寺の同居を申し入れたのが縁で、 それ以降同居している。 1990年に現在地に移設している。 ...続きを見る

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2015/04/05 09:53
もくもく探索日誌 2015年4月2日 京都東山
恒例の桜と紅葉探索となっている東山界隈を散策。 東山三条〜神宮道南下〜知恩院〜円山公園〜ねねの道〜高台寺〜 二年坂〜三年坂〜清水坂〜清水寺〜大谷本廟 1万2千歩の散策。 年々外国人観光客が増えているが、今年はその増え方に驚き。 半数を超えるのでは。 ...続きを見る

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2015/04/02 16:32
瑞光寺 (京都府舞鶴市寺内)
舞鶴市寺内の地名は、瑞光寺の寺内町を形成したことから来ていると いわれている。 瑞光寺は、舞鶴田辺城の築城者である細川幽斎が1594年に明誓上人を 開山として開創したと伝えられている。 江戸時代には1万坪に及ぶ境内を有し、寺内町を形成し大いに栄えたと いわれている。 現在も広い境内を有し、保育園を併営している。 ...続きを見る

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2015/04/01 09:24
梅林寺 (京都府与謝野町)
1732年比丘尼城跡から2個の銅鐸が発見され、梅林寺に保管されたが、 その当時は銅鐸の認識が無く、1個は梵鐘の鋳造に使われたらしい。 残る1個がその後も保管され、銅鐸の認識が高まり貴重な銅鐸となっている。 107cmの高さを誇る日本でも有数の銅鐸で、重要文化財に指定され、 京都国立博物館に委託保管されている。 ...続きを見る

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2015/03/24 09:09
妙立寺 (京都府宮津市)
天橋立を見下ろす成相山(569m)山麓に建つ妙立寺は、弘法大師が 萬福寺を建立したのを起源とすると伝えられ、1449年荒廃していた 萬福寺を再興して日蓮宗妙隆寺となっている。 丹後における日蓮宗最初の道場となり、1633年妙立寺となった。 妙立寺のきゅう漆厨子は前身の萬福寺の厨子である。 ...続きを見る

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2015/03/18 09:08
念仏寺 (京都府八幡市)
念仏寺は天慶年間(938〜947年)に念仏聖と呼ばれた空也上人によって、 念仏道場として開創されたのが始まりと伝えられている。 明治維新の鳥羽伏見の戦いでは、幕府軍の大垣・桑名藩の陣地となり、 官軍の砲撃で堂宇は罹災し、大垣藩士が戦死し念仏寺に葬られている。 ...続きを見る

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2015/03/15 10:48
悟真寺 (京都市伏見区)
明治維新の戊辰戦争の緒戦となった1868年1月の<鳥羽伏見の戦い>で 幕府軍は敗退し、以降幕府は終末を迎えるのである。 この鳥羽伏見の戦いでの幕府軍戦死者64人を埋葬するお寺が悟真寺である。 他に文相寺(伏見区)、長円寺(伏見区)、妙教寺(伏見区)などにも幕府軍 戦死者が埋葬されている。 ...続きを見る

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2015/03/10 08:54
良恩寺 (京都市東山区) 導引地蔵
1624年頃に粟田口に火葬場が設けられ、18世紀前半に廃止されるまで、 粟田口火葬場の管理を良恩寺が行っていたといわれる。 火葬場に向う葬列は良恩寺に祀られている地蔵尊に引導を渡せられ向った ことから、地蔵尊を<導引(みちびき)地蔵>と呼んだと。 良恩寺は1564年青蓮寺の末寺として開創され、その後浄土宗へ。 ...続きを見る

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2015/03/07 09:25
帰雲院 (京都市左京区) 南禅寺最初の塔頭
南禅寺境内の北東端にある帰雲院は鎌倉時代後期に開創された 南禅寺最初の塔頭である。 1291年亀山法皇によって南禅寺は開創され、その後南禅寺2世で 創建開山と呼ばれている規庵祖円(南院国師)が堂宇の創建を 開始し、同時に帰雲院を開創している。 南院国師が1313年に亡くなると、帰雲院に葬り塔所となっている。 現在の本堂は昭和戦後に建立されている。 ...続きを見る

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2015/03/03 14:44
法華寺 (京都府亀岡市)
1600年の関ヶ原の戦いで、西軍から東軍に寝返って徳川家康勝利に 貢献したといわれる小早川秀秋が1589年丹波亀山城主(亀岡城)に なって、寺院を城下に配置しなおした際に丁重に庇護されて移ったのが 法華寺といわれている。 秀秋は1595年丹波亀山城を去り、筑前に移っている。 ...続きを見る

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2015/02/27 09:29
仏心寺 (京都府舞鶴市)
童話<安寿と厨子王>で、山椒太夫の屋敷から逃れた厨子王が逃げ込んだ お寺<国分寺>があったと伝承される和江集落にあるのが仏心寺で、 伝国分寺の法灯を継いでいるともいわれている。 聖武天皇詔の丹後国分寺は宮津市にあり、和江の伝国分寺は平安時代 の大寺と推定され956年に焼失したといわれている。 仏心寺の開創は不詳であるが、名木・椎の木が伝承を語っていそうだ。 由良川下流の左岸に位置する。 ...続きを見る

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2015/02/23 09:12
龍雲寺 (京都府京丹後市丹後町間人) 間人の菩提寺
間人(たいざ)の地名は難読地名の中でも有名であり、高価な間人ガニでも よく知られる。 間人の呼名の由縁には諸説があるらしいが、聖徳太子の生母・間人(はしうど) 皇后が当地を訪れ去るにあたって、自らの名を贈ったが、住民は<はしうど> と呼び捨てにすることもできず、皇后が退座(たいざ)されたのに因み、間人を <たいざ>と呼ぶことにしたと伝承されている。 間人集落は良港としても知られ、江戸時代から栄えたといわれている。 海岸に突き出た<立岩>は丹後半島の観光スポットとなっている。 ...続きを見る

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2015/02/21 10:25
金剛寺 (京都市東山区三条通)
三条通と神宮道の交差点と白川の中間にヒッソリと建つ金剛寺は、 奈良時代に東岩倉山(現在の大日山)一切経谷に創建された阿弥陀堂に起源が あると伝えられる古刹である。 応仁の乱で阿弥陀堂は失われたが、阿弥陀如来像の頭部だけが見つかり、 粟田の地に移して仮堂を建てて祀ったといわれている。 1602年現在地に再興されている。 ...続きを見る

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2015/02/18 09:49
善徳寺 (京都市下京区) 赤寺さん
下京区中堂寺西寺町には9ヶ寺院が集中しているが、その中にあって 赤壁が目に焼きつくのが善徳寺である。 この赤壁は、江戸時代に京紅を商っていた檀越・木村平兵衛が山門を寄進し、 土塀を京紅で赤く塗らせたといわれ、この赤壁の美しさが評判となって、 美人祈願の信仰を集めたといわれている。 現在の赤壁はベンガラ壁と思われるが、京都には建物などにも多く 使われている。 私の陶芸作品にもよく使っている。 ...続きを見る

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2015/02/15 10:27
西遊寺 (京都府八幡市)
後に東京・増上寺の法主となった感誉上人は、1570年小田原城主・北条氏康の 命を受けて京へのぼり、行基が開創したと伝わる橋本寺に留まり、 橋本山から現在地に橋本寺を移し浄土宗の寺として開創したといわれている。 その後、感誉上人の西国遊歴にちなんで西遊寺としたといわれている。 ...続きを見る

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2015/02/12 09:10
満願寺 (京都府舞鶴市) 万願寺とうがらしの地
京野菜の万願寺とうがらしは、昭和初期に京都伏見のとうがらしとアメリカ カリフォルニアのとうがらしを交配して、万願寺集落で始められ、綾部市や 福知山市などで生産され、高いブランドを持っている。 万願寺の地名は、集落の山麓に建つ満願寺が転化したものである。 満願寺は1218年の開創で大寺であったといわれるが、現在は本堂 だけの寂しいお寺となっている。 ...続きを見る

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2015/02/09 09:09
慶昌院 (京都府向日市) 田植え地蔵尊
向日市の住宅街に建つ慶昌院の本尊・地蔵菩薩は<田植え地蔵尊>と 呼ばれて、苦しみを除いてくれる地蔵尊として信仰を集めている。 1594年都に疫病が流行した時に、人々はこの地蔵尊に祈願した所、 田植えのできない病人に代って、田植えをする人が現れたが、実は それが地蔵尊であったと伝承され、それ以降<田植え地蔵尊>と 呼ばれたと。 ...続きを見る

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2015/02/07 09:08
常立寺 (京都府京丹後市峰山町) 峰山藩主・京極家の菩提寺
宮津藩主・京極高知の婿養子・京極高通は、高知の遺領分割によって得た 峰山に陣屋を築き1616年峰山藩を立藩し、現在の峰山の基礎を築いている。 峰山藩は明治維新まで存続している。 高通は陣屋などの整備に際して、近くにあった光明寺を現在の常立寺地に 移し、真言宗から浄土宗に改宗した上で、京極家の菩提寺としている。 1676年に光明寺から常立寺へと改名している。 ...続きを見る

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2015/02/04 09:24
全性寺 (京都府京丹後市峰山町) 天満宮
全性寺天満宮は峰山のパワースポットとして知られ、合格祈願など願いごと 成就の天満宮として信仰を集めている。 この天満宮は、全性寺が1695年曹洞宗から臨済宗に改宗した折に、 お寺の鎮守として祀られている。 鳥居の左右に、なで牛・願い石などあり、撫でて願い事を唱える。 ...続きを見る

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2015/02/02 10:10
遍照寺 (京都府京丹後市久美浜町)
小天橋(しょうてんきょう)は久美浜湾と日本海の間にある砂嘴で、天橋立に 似ていることから名付けられている。 日本海側は砂浜の海水浴場になっている。 小天橋先端の水路を隔てて大向集落があり、集落の北端にある大向展望台 からは小天橋の姿が望める。 小天橋と大向集落を結ぶ湊大橋の袂の山手にあるのが遍照寺である。 ...続きを見る

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2015/01/28 09:40
養源院 (京都府与謝野町)
与謝野町幾地の城山麓にある養源院は1602年に開創されている。 お寺の背後にある城山の山頂近くに残る幾地城(伊久地城)跡には 石川五右衛門の生誕地という伝承がある。 幾地城主・石川秀門の嫡男が石川五右衛門だというのである。 幾地城は1582年は落城し、石川五右衛門は京都に出て大盗賊に なったと伝承されている。 五右衛門の出生地については、伊賀や浜松といった説もある。 ...続きを見る

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2015/01/26 09:24
来迎寺 (京都府向日市) 種子両界曼荼羅板碑
来迎寺が位置する物集女(もずめ)の地名は平安時代初期に見られ、 京都でも由緒ある地名なのであろう。 来迎寺は寛正年間(1460〜66年)に開創されたと伝えられている。 来迎寺には、明治維新に廃寺となった光勝寺の寺宝が移管されている。 その中でも、種子両界曼荼羅板碑は全国的にも珍しく、来迎寺の板碑は 石棺蓋を材料として彫られている。 南北朝時代の板碑で向日市の文化財に指定されている。 ...続きを見る

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2015/01/22 09:33
明寿院 (京都市伏見区) 伏見庚申堂
庚申信仰の中に<庚申待ち>という信仰行事がある。 60日に一度の庚申の日の夜は寝ずに夜を明かすのだが、人の腹の中には 三尸(さんし)という虫がいて、庚申の日の夜に人が寝ると腹から抜け出て、 その人がしてきた悪事を天に告げに行き、それによって寿命がきまると。 それで、その夜は寝ずに三尸の虫が抜け出ないようにし、息災延命を祈った と伝えられている。 ...続きを見る

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2015/01/19 09:27
正覚院 (京都府宇治市木幡)
正覚院は木幡山の麓に浄明寺として開創され、1594年に正覚院として 再興されたと伝えられている。 京都府の文化財に指定されている毘沙門天立像は鎌倉時代末期の 三条仏所・朝円の造像で、彩色も残り貴重な資料といわれている。 ...続きを見る

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2015/01/14 09:44
本妙寺 (京都府八幡市) 
1564年頃八幡の代官職・竹内経孝は日門上人に帰依し本妙寺を開創した と伝えられている。 日門は1579年安土の浄厳院で織田信長の命で行われた<安土問答>で 法華宗が浄土宗との宗論に敗れ、直接宗論に参加はしていないが処罰され 亡くなっている。 竹内経孝は織田信長の命で代官職を務めていたが、日門上人を救うことが できなかった。 ...続きを見る

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2015/01/10 09:58
妙徳寺 (京都府綾部市) 陶芸教室
お寺探索の中でも、住職が陶芸を趣味にしておられるお寺にめぐり会う ことが偶にある。私も陶芸を趣味にしていることから関心あり。 妙徳寺の前住職が50年の陶芸歴を持ち、登窯まで造られた程である。 2001年に亡くなられ、その後前住職の意志を引き継ぎ、日展会友の 方が妙徳寺で陶芸教室を行われている。 生徒さんも種々のコンテストに入賞される腕前の教室らしい。 ...続きを見る

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2015/01/08 14:09
東善寺 (京都府舞鶴市) 安寿姫塚
森鴎外の<山椒太夫>で知られる安寿姫の墓碑と伝わる安寿姫塚が 東善寺の近くにある佐織谷池畔にある。 毎年7月14日前後の土曜日に安寿姫慰霊祭が東善寺住職によって 行われ、夜祭が催される。 由良川下流には山椒太夫と安寿姫、厨子王の伝説が語り継がれている。 ...続きを見る

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2015/01/05 13:45
平等院 (京都府宇治市) 雪景色の正月
平等院の正月雪景色は2011年以来となる。 元旦から降りだした雪は10cm近くの積雪となる。 2日になって融けだした雪がまだ残っている。 この雪にもかかわらず多くの観光客で賑わいを見せている。 リニューアルされた鳳凰堂が雪とよく合っている。 ...続きを見る

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2015/01/03 19:15
成願寺 (京都府京丹後市丹後町) 七仏薬師伝説
福知山市北部の大江山には<大江山の鬼伝説>があり、その鬼退治には 三つの伝説が伝わっている。 その一つが<麻呂子親王伝説>で、聖徳太子の弟・麻呂子親王が七仏薬師 に祈願して大江山の鬼を退治し、七体の薬師如来を彫り、七ヶ寺を建立して 薬師如来を祀ったと伝えられている。 その七ヶ寺の一つが成願寺といわれている。 なお、宮津市宿野の成願寺ともいわれているが詳細は不詳である。 ...続きを見る

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2014/12/30 10:26
慈眼寺 (京都府伊根町) 伊根の舟屋
<伊根の舟屋>と呼ばれる船のガレージが伊根湾周囲5kmに230数軒 張りついている独特の風景を生みだしている。 江戸時代中期に誕生したといわれる舟屋が現在は大きな観光資源となり、 天橋立とともに丹後半島観光を支えている。 ...続きを見る

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2014/12/28 09:42
西方寺 (京都府宇治市) 弥陀次郎伝説
平安時代末期、今は干拓地となっている宇治川と木津川に挟まれた広大な 巨椋池西端にあった漁村(一口)に悪次郎と呼ばれる荒くれ者がいた。 ある日、次郎は何度も托鉢に訪れる僧に腹を立て、僧の左の頬に焼火箸を 押しつけて追い返した。しかし、次郎は気になって僧の後を追って行くと 光明寺(長岡京市)の中に消えた。 次郎は寺の僧に聞くと、釈迦堂の釈迦如来が時々托鉢に出かけると聞き、 釈迦堂に入れてもらうと、左頬にやけどの跡があり、びっくりした次郎は それ以降善行を行い念仏者となり、<弥陀次郎>と... ...続きを見る

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2014/12/22 09:50
宝寿院 (京都府八幡市)
2009年の記事から、宝寿院本尊の阿弥陀如来立像の修理に際して、 胎内から<1235年泉州別当定慶の造像>の銘文が発見され、慶派仏師の 安阿弥様(快慶風)であることが確認された。 年代の銘と作者が明記された鎌倉時代の仏像は貴重な資料となる。 この仏像の伝来は不詳である。 ...続きを見る

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2014/12/13 09:40
清住院 (京都市東山区) 建仁寺塔頭
建仁寺塔頭・清住院は南北朝時代に開創され、室町時代に焼失しているが、 1653年に現在地の東(花見小路西側)に再興されている。 18世紀後半には、京焼磁器の創始者・奥田頴川が境内に窯を築いている。 1873年(明治6年)<都をどり>の会場として清住院を歌舞練場として改築され、 清住院は現在地に移転している。 <都をどり>は明治5年に始まり、毎年春に行われ、大正2年に花見小路東の 現・祇園甲部歌舞練場に移っている。 明治初期のお寺への過酷な施策によるものであろうか。 現在の清住院は... ...続きを見る

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2014/12/07 09:16
興聖寺 (京都市上京区) 織部寺
千利休〜古田織部〜小堀遠州と続く茶道名人の中にあって<織部好み>と 呼ばれる一大流行をもたらした古田織部の名は今も茶器に織部陶として 残っている。 千利休の高弟であり、大名でもある織部は利休と同様に反骨精神が旺盛な こともあり、晩年徳川幕府に睨まれ、1615年自害している。 興聖寺に葬られている。 ...続きを見る

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2014/12/01 09:11
京都の紅葉一覧
紅葉狩りの年次は異なるが、京都府の紅葉風景を見てみよう。 青字クリック参照 ...続きを見る

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2014/11/29 15:07
一休寺<酬恩庵> (京都府京田辺市) 2014年の紅葉
2014年11月28日紅葉狩り 見頃を過ぎつつある 例年に比べて色が鮮やかだ ...続きを見る

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2014/11/28 22:05
今熊野観音寺 (京都市東山区) 2012年の紅葉
2012年11月19日泉涌寺・塔頭で西国三十三所観音霊場である 今熊野観音寺の紅葉狩り。 見頃はまだこれから。 ...続きを見る

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2014/11/27 21:38
善能寺 (京都市東山区) 2012年の紅葉
2012年11月19日泉涌寺塔頭・善能寺の紅葉狩り ...続きを見る

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2014/11/27 21:21
来迎院 (京都市東山区) 2012年の紅葉
2012年11月19日泉涌寺塔頭・来迎院の紅葉狩り ...続きを見る

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2014/11/27 21:09
正法寺 (京都市西京区大原野) 2013年の紅葉
2013年11月27日紅葉狩り。 大原野は桜よし、紅葉よし。 ...続きを見る

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2014/11/26 21:48
実相院 (京都市左京区) 2011年の紅葉
2011年11月22日紅葉狩り 観光客多し。 ...続きを見る

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2014/11/26 21:02
金剛院 (京都府舞鶴市) 2010年の紅葉
2010年11月25日金剛院の紅葉狩り。 見頃を過ぎつつある。 ...続きを見る

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2014/11/26 15:44
養源寺 (京都府亀岡市)
丹波から嵐山に流れる桂川(保津峡)を1606年掘削し、水運を盛んにさせた京都 の豪商・角倉了以の菩提を弔っている養源寺が保津町にある。 この桂川の整備により、丹波から京・大阪への物資運搬が丹波地域の経済を 活性化させたといわれている。 ...続きを見る

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2014/11/24 09:24
同聚院 (京都市東山区) 2014年の紅葉
2014年11月20日東福寺塔頭・同聚院を参拝。 同聚院はお不動さんとして信仰を集め、年中通して参拝者が絶えない。 ...続きを見る

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2014/11/20 19:42
光明院 (京都市東山区) 2014年の紅葉
2014年11月20日東福寺塔頭・光明院の紅葉狩り。 CMの舞台に、京都へ行こうのポスターにと取り上げられる庭園。 紅葉は見頃を迎えつつある。 お薦めの庭園。 ...続きを見る

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2014/11/20 16:25
最勝金剛院 (京都市伏見区) 2014年の紅葉
2014年11月20日東福寺塔頭・最勝金剛院の紅葉狩り。 東福寺境内にあって多彩な紅葉を楽しめる。 ...続きを見る

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2014/11/20 16:05
大谷本廟 (京都市東山区) 2014年の紅葉
2014年11月19日西本願寺大谷本廟の紅葉狩り。 親鸞聖人の廟所である。 観光客は少ない。 ...続きを見る

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2014/11/20 15:32
東福寺 (京都市東山区) 2014年の紅葉
2014年11月20日東福寺紅葉狩り。 京都有数の紅葉名所。 紅葉時期だけの観光客どっと押し掛ける。 見頃を迎えている。 ...続きを見る

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2014/11/20 15:02
清水寺 (京都市東山区) 2014年の紅葉
2014年11月19日清水寺紅葉狩り。 相変わらずの人人人〜。 外国人観光客が増えたこと。 三重塔など多くの堂宇が修理中。 ...続きを見る

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2014/11/20 14:26
圓徳院 (京都市東山区) 2014年の紅葉
2014年11月19日高台寺塔頭・圓徳院(円徳院)の紅葉狩り。 見頃を迎えつつある。 今日は観光客少なし。 庭園をゆっくりと鑑賞。 ...続きを見る

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2014/11/19 21:55
高台寺 (京都市東山区) 2014年の紅葉
2014年11月19日高台寺の紅葉狩り。 見頃を迎えつつある。 相変わらず観光客が多い。 本堂前のオブジェもあり、観光寺の面目大いに発揮。 順路に従って。 ...続きを見る

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2014/11/19 21:33
安養寺 (京都市東山区) 2014年の紅葉
2014年11月19日安養寺(吉水草庵)の紅葉狩り。 法然上人、親鸞聖人ゆかりのお寺。 観光客は訪れないお寺であるが、仏教史上欠かせないお寺。 ...続きを見る

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2014/11/19 15:43
知恩院 (京都市東山区) 2014年の紅葉
2014年11月19日知恩院の紅葉狩り。 御影堂・三門が修理中。 紅葉は少ないが、毎年知恩院へはお参り。 ...続きを見る

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2014/11/19 15:25
青蓮院 (京都市東山区) 2014年の紅葉
2014年11月19日青蓮院の紅葉狩り。 見頃を迎えつつある。 朝早いこともあり、観光客少なし。 ...続きを見る

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2014/11/19 15:11
永観堂 (京都市左京区) 2014年の紅葉
2014年11月17日永観堂(禅林寺)の紅葉狩り。見頃。 <秋はもみじの永観堂>といわれる永観堂は平安時代から紅葉で知られ、 古今和歌集にもその歌がある。 今も京都有数の紅葉名所といえよう。 約3000本の紅葉が境内全体を埋め尽くし、それも多彩な紅葉で。 紅葉の下を散策するもよし。東山山腹に建つ多宝塔まで登り、眼下に紅葉を 眺めるもよし。 多角的な紅葉を楽しめる。 ただし、人人人〜。入山料も千円と高め。 総門から順路に従って。 ...続きを見る

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2014/11/18 11:26
南禅寺 (京都市左京区) 2014年の紅葉
2014年11月17日南禅寺紅葉狩り。 例年の訪問より少し早いが、紅葉は見頃を迎えつつある。 今年は外国人客が多く、中国語・韓国語・英語など多彩な言葉が飛び交う。 京都の紅葉を満喫されることだろう。 京都地下鉄東西線蹴上駅を下車。 ...続きを見る

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2014/11/17 22:15
最勝院 (京都市左京区) 2014年の紅葉
2014年11月17日南禅寺塔頭・最勝院の紅葉狩り。 南禅寺境内の最深部に位置する最勝院を訪れる人は少ない。 ほぼ見頃に。 ...続きを見る

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2014/11/17 22:14
南禅院 (京都市左京区) 2014年の紅葉
2014年11月17日南禅寺塔頭・南禅院の紅葉狩り。 南禅寺境内にありながら、紅葉見頃はこれから。 池泉廻遊式庭園を歩いてみよう。 ...続きを見る

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2014/11/17 16:07
天授庵 (京都市左京区) 2014年の紅葉
2014年11月17日南禅寺塔頭・天授庵の紅葉狩り。 見頃を迎えている。 例年通りの紅葉を見せている。 ...続きを見る

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2014/11/17 15:38
勧修寺 (京都市山科区) 2014年の紅葉
2014年11月16日勧修寺(かじょうじ)の紅葉狩り。 好天に恵まれ、例年の紅葉狩りに気分も爽快。 ほぼ見頃に近い。 勧修寺は四季折々の花木が楽しませてくれる。 この時期、不断桜が紅葉の中に花を咲かせている。 参道から順路に従って歩いてみよう。 ...続きを見る

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2014/11/16 16:16
長光寺 (京都府城陽市)
狭い路地の突き当たりに建つ長光寺の開創については不詳であるが、 平安時代の3体の仏像が残され、城陽市の文化財に指定されている。 阿弥陀如来立像が2体、天部形立像(吉祥天か)である。 ...続きを見る

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2014/11/10 08:49
宗見寺 (京都府舞鶴市)
由良川西岸の国道178号沿いの丸田集落に建つ宗見寺は1573年に 開創されたと伝わる曹洞宗の禅寺である。 丸田集落の菩提寺的存在である。 ...続きを見る

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2014/11/05 10:25
来迎寺 (京都府伊根町) 浦嶋神社の別当寺
丹後半島伊根町を南北に走る国道178号沿いにある来迎寺は、 日本書紀にも記されている浦嶋太郎伝説の浦嶋神社の別当寺であった。 明治維新までは神仏習合の浦嶋神社・来迎寺で神社境内に来迎寺はあったが、 神仏分離で少し離れた丘陵上に来迎寺は移転している。 ...続きを見る

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2014/10/29 09:29
岩屋寺 (京都府京丹後市大宮町) 
国道312号の大宮新橋と大宮大橋の中間点で南へ狭い道を入る。 500mほどの参道突き当たりに岩屋寺がある。 背後の崇山(あらたやま)は森林公園として整備され、展望台もある。 岩屋寺は、現在地より西に入った山中に726年開創されたと伝えられ、 修行場として栄えたといわれている。 1632年現在地の山麓に移ったといわれている。 森林に覆われた典型的な山寺で、崇山への散策もお奨めである。 ...続きを見る

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2014/10/22 09:19
泰勝寺 (京都府八幡市) 松花堂昭乗の菩提寺
松花堂昭乗(1582〜1639年)は江戸時代初期に活躍した文化人で、 書・絵画・茶道など多様な分野で活躍し、特に<寛永の三筆>とも 呼ばれた書家である。 もともとは、石清水八幡宮(神仏習合)の社僧で、男山に草庵(松花堂)を築いて 風流を楽しみ、一方では公家と徳川幕府の橋渡しなどに尽力したといわれる。 松花堂弁当の名も昭乗に由来するといわれている。 ...続きを見る

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2014/10/09 09:37
雲岩寺 (京都府与謝野町) 雲岩公園
与謝野町岩屋にある小高い山に拡がる雲岩公園は、かって大伽藍があったと 伝えられる雲岩寺境内全体からなり、5千本といわれるヤマツツジが覆っている。 京都百景の一つとして<丹後天橋立大江山国定公園>の一部である。 ...続きを見る

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2014/10/04 09:55
長源寺 (京都府京丹波町) 癌封じの寺
長源寺の開基とされる惟喬親王は、844年文徳天皇の第一皇子として 生誕したが、皇位を継承できず悲運の皇子といわれた。 872年出家し素覚と号し、比叡山山麓の小野郷に隠棲し、897年亡くなるまで 各地を行脚されたといわれている。 それ故、各地に惟喬親王にまつわる伝説が残っている。 東近江市君ヶ畑の木地師伝説などはその最たるものである。 長源寺に伝わる<惟喬親王が当地を訪れ、草庵を結び逗留され、去る際に 癌封じの秘法を村人に授けた>との伝承もその一つであろう。 それほどに惟喬親王に対... ...続きを見る

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2014/09/27 15:01
蓮台寺 (京都府精華町) 南山城三十三所観音霊場第12番
貞享年間(1684〜88年)に開創されたと伝わる南山城三十三所観音霊場は、 明治時代初期の神仏分離・廃仏毀釈により17ヶ寺が廃寺となっている。 その内の一つ、12番願成寺は1874年(明治7年)廃寺となり、観音菩薩などの 仏像が近くの蓮台寺に移座され、現在は蓮台寺で維持されている。 観音霊場も蓮台寺が12番札所として継承している。 ...続きを見る

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2014/09/19 08:35
法泉寺 (京都府木津川市) 南山城三十三所観音霊場第10番
南山城三十三所観音霊場は貞享年間(1684〜88年)に開創されたといわれる 古い霊場であるが、現在は廃寺となったお寺もありほとんど忘れられている。 法泉寺は、相楽山にあった奈良時代の古刹の塔頭を始まりとして、 1658年頃に開創され、1686年に法泉寺となっている。 本尊・十一面観音立像は藤原時代の造像で、重要文化財に指定されている。 境内からは木津川市の眺望がよく、古木の境内は癒しを与えてくれる。 ...続きを見る

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2014/09/08 08:54
梅岩寺 (京都府綾部市) 花木のお寺
梅岩寺(梅巌寺)は建武年間(1334〜38年)に真言宗のお寺として 開創されたと伝えられ、室町時代に火災で廃寺同然となり、 江戸時代に山家藩谷家の帰依を受けて再興されたといわれている。 1986年無住であった梅岩寺を再再興した住職が精力的にお寺の 整備に汗を流し、花木豊かなお寺としてその存在を知らしめている。 参道脇の百日紅の古木と境内の梅の木が見事である。 ...続きを見る

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2014/08/31 09:13
祥雲寺 (京都府京丹波町) 霊木の檜
1654年祥雲寺を開創した天足和尚は、天足さんと親しまれ、村人の悩みを 聞いたり病苦を癒したりとする内に、頭痛やボケ封じに利益があると広まり 信仰も篤くなったといわれている。 和尚が亡くなると、和尚が植えた檜の下に埋葬され天足堂が建てられ、 その後<ボケ封じ天足さん>として現在まで続いている。 2本の檜は<霊木の檜>、<安楽の霊木>などと呼ばれ、天足さんの 魂が宿っているようだ。 2本の檜は町の天然記念物となっている。 ...続きを見る

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2014/08/23 09:46
極楽寺 (京都府京田辺市高船里) 石造物
生駒山系の北端東麓の山あいに静かに佇む極楽寺には、鎌倉時代後期の 五重石塔2基、鎌倉時代後期の板碑、1862年の善光寺如来像と石造物 がある。 極楽寺の開創は天正年間(1573〜92年)と伝えられているから、それ以前 の石造物の由来は不詳である。 ...続きを見る

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2014/08/18 08:45
勝念寺 (京都市伏見区) 身代り釜敷地蔵尊
<安土宗論>で浄土宗論者の一人で、この論議において浄土宗が法華宗 に勝った主役・貞安上人が織田信長から贈られたと伝える地蔵尊が、 貞安上人が開山した勝念寺に祀られている。 煮えたぎった釜の中に入り、地獄とこの世で苦しむ人の苦を取り除き、 身代りとなって人を救う地蔵尊の姿から釜敷地蔵尊と呼ばれて、信仰を 集めているといわれている。 ...続きを見る

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2014/08/11 10:20
仏南寺 (京都府綾部市) 綾部の古刹
仏南寺の開創については不詳であるが、平安時代前期に編纂された<六国史> の第六にあたる<三代実録(858〜887年)>の中に863年には仏南寺が 記載され、官寺で真言宗で七堂伽藍の大寺であったことが判明している。 万治年間(1658〜60年)に再興されて臨済宗の禅寺となっている。 仏像には平安時代前期造立と考えられている虚空蔵菩薩立像が伝わっている。 ...続きを見る

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2014/08/06 08:54
願行寺 (京都府宇治市) 
法然上人を祖とする中世の専修念仏・浄土宗には9流派があったといわれ、 その内、現在まで存続しているのは鎮西派(浄土宗)、西山派(西山浄土宗など)、 親鸞を祖とする大谷門徒(浄土真宗)である。 鎮西派の中にも流派が幾つかあり、その中で京都三派の一つ<木幡流>の 祖・慈心良空が1238年開創した専修念仏道場・尊勝寺が願行寺の 始まりと伝えられている。 尊勝寺は応仁の乱で焼失したが、1576年尊勝山願行寺として再興されている。 ...続きを見る

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2014/07/27 08:44
西念寺 (京都府木津川市) 鹿背山城跡の麓
奈良時代に行基が開創したと伝わる鹿背山の鹿山寺が西念寺の起源と 伝えられている。 一方、12世紀末頃木津氏が鹿背山城を築いたともいわれている。 1321年の兵火で鹿山寺は焼失したが、その後鹿背山城近くに再建されたとも いわれている。 鹿背山城は15世紀になって興福寺が入城し、1560年頃に松永久秀が占拠し 山城の前線基地としている。 鹿背山城が廃城となり、鹿山寺は1589年現在地に再興されて西念寺が 開創されている。 ...続きを見る

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2014/07/23 09:17
栄宝寺 (京都府綾部市) ラカンマキ
星原町南谷集落を見下ろす小高い所に建つ栄宝寺のラカンマキ(羅漢槙) は推定樹齢が300年ぐらいといわれる古木であり、樹高は15m弱・幹周 4.4mとラカンマキの中では巨木である。 庭木や生垣によく見かけるイヌマキの変種である。 栄宝寺が再興された時に高野山から移植されたと伝えられいる。 ...続きを見る

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2014/07/16 08:59
林泉寺 (京都府南丹市八木町) 
桑田・船井郡三十三所観音霊場は1709年以前に 桑田・船井郡(亀岡市・南丹市)の人々によって設けられたといわれている。 1925年に復活している。 ...続きを見る

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2014/07/11 09:23
観音寺 (京都府精華町北稲八間) 
木津川市、精華町、京田辺市の南山城に、貞亨年間(1684〜88年)僧如範 が<南山城三十三所観音霊場>を開創している。 明治時代の廃仏毀釈により17寺が廃寺となっている。 それらの廃寺の観音像は別のお寺に移座されている。 観音寺は明治4年(1871年)現在地に移り、廃寺となった岡本寺の堂宇を 引き継いでいる。仏像類も引き継いでいる。 ...続きを見る

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2014/07/04 09:00
文覚寺 (京都府亀岡市) 文覚上人ゆかりの寺
文覚上人(1139〜1203年)は武士であった頃の<袈裟御前への横恋慕>、 19才で出家し、源頼朝に近づき源平合戦に関係したりと僧でありながら政事 にも関わった聖僧といわれている。 神護寺の中興の祖として<高雄の聖>と呼ばれている。 文覚上人は難波で生まれ、3才になるまでに両親を亡くし、現在の亀岡市保津 で育てられたといわれている。 その地が文覚寺の地で、後ほど上人に因んで文覚寺が開創されたと 伝えられている。 ...続きを見る

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2014/07/01 08:50
慈眼寺 (京都府綾部市) 
室町時代末期に西国三十三所観音霊場に倣って、綾部地域の属する 何鹿郡に<何鹿郡西国三十三番札所>が設けられたと伝えられ、盛衰を 経て、1984年に<綾部西国観音霊場>が設けられている。   慈眼寺の開創については不詳である。 ...続きを見る

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2014/06/26 09:10
能化院 (京都府宇治市) 不焼地蔵
能化院は、清水寺を開いた坂上田村麻呂が清水寺開山の延鎮上人を 開山として、802年本願寺として開創したことに始まると伝えられている。 998年藤原道長が恵心僧都の彫った地蔵菩薩坐像を祀って再興している。 1159年平治の乱で堂宇は焼失したが、地蔵菩薩は難を逃れ、 再び1221年承久の乱でも地蔵菩薩は無事であったと伝えられ、 この地蔵尊を不焼地蔵(やけん地蔵)と呼び、火災厄除け地蔵として 篤い信仰を集めたといわれている。 周囲でも大火が無く、地蔵尊のお陰といわれている。 ...続きを見る

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2014/06/22 09:08
極楽寺 (京都府綾部市) 花木の彩り
小高い山の麓に階段状に展開する境内に植生された花木の香が充ちて いる極楽寺は、その寺名の如く極楽世界を描こうと植栽に努力されている。 下段には水車のある休憩場、中段には大賀ハスの蓮池、上段には本堂と バランス良く配置されている。 大賀ハスの生育も京都では少なく、7月の季節にはハスを目当てに訪れる 人も多かろう。 ...続きを見る

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2014/06/17 08:59
長福寺 (京都市右京区) 
桂川と四条通に挟まれた梅津地区に広い境内を持つ長福寺の山門は 堅く閉じられている非公開寺院で、平安時代以来の文化財が維持されている。 特別公開を期待しているが、開かずの門となっている。 ...続きを見る

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2014/06/13 10:04
西運寺 (京都市伏見区) 狸寺
古い歴史のある京都には逸話に基づく通称寺が数多くあり、その中でも 雀寺(更雀寺)、猫寺(称念寺)、烏寺(専定寺)、猿寺(正行院)、狸寺(西運寺) などの生き物に関わる逸話が残るお寺がある。 狸寺と呼ばれる西運寺には、  江戸時代末期、裏山の狸に住職が餌付けして懐いてくると、<八>と名付けて かわいがり、名前を呼ぶと山から飛んで出てきて愛嬌を振りまいたと評判に なり、多くの人が訪れ何時しか<狸寺>と呼ばれた。 その後、住職は狸の置物などを収集し、狸寺の通称が固定した。 ...続きを見る

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2014/06/07 11:26
来迎寺 (京都市京田辺市) 風蘭の寺
山門を潜ると本堂前の境内に所狭しと風蘭の鉢植えが並んでいる。 花の盛りは7月上旬で、私の訪問した3月では青々とした葉が 7月を待っていた。 花の形が風に流された様に咲くことから風蘭といわれ、別名・富貴蘭 とも呼ばれている。 ...続きを見る

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2014/06/04 09:20
妙照寺 (京都府宮津市) 
妙照寺は、日養上人が丹後で初めて法華経を布教すべく宮津市府中(天橋立根元)に 1444年開創している。 府中城主・一色氏の帰依を得て4ヶ寺を開創している。 1507年一色氏と若狭武田氏との戦いで妙照寺は罹災し、1508年現在地に 移り再興されている。 ...続きを見る

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2014/05/28 09:09
興隆寺 (京都府綾部市)
市聖(いちのひじり)と呼ばれた空也上人が丹波・丹後に9ヶ寺を開創したと 伝えられる内の一つが興隆寺である。 また、1958年に合併した願成寺もその9ヶ寺の一つである。 綾部の北部にはそれらの幾つかが集中し、その中心が宝満寺といえよう。 手書きの大般若経は鎌倉時代のもので、全国から納められたものらしい。 貴重な研究資料となっている。 ...続きを見る

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2014/05/22 09:30
西生寺 (京都府城陽市) 青谷絶勝
京都府下で最大の梅林である青谷梅林は江戸時代後期から少しずつ 知れ渡り、明治29年鉄道の開通から一気に梅の名所となった。 明治33年に発行された<青谷絶勝>は、紀行文と詩画によって青谷梅林を 紹介し、梅の名所を不動のものとした。 この青谷絶勝の版木が、梅林の近くにある西生寺に保管されている。 また、西生寺は明治時代の梅林整備に大いに貢献している。 ...続きを見る

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2014/05/20 08:57
蓮乗寺 (京都府南丹市美山町大野) 野々村仁清の生誕地
江戸時代前期(17世紀)の名陶工・野々村仁清は1610年代に由良川沿いの 美山町大野庵ノ谷の山村に生まれ、篠山立杭〜京粟田口〜瀬戸と修業し、 京に戻り仁和寺前で窯を構えて本格的に陶芸の道を歩んでいる。 京焼の祖と呼ばれ、色絵陶器の先駆者である。 仁清の作品では、国宝2点・重要文化財20点と数多くの文化財作品を 誇っている。 ...続きを見る

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2014/05/14 08:56
地福寺 (京都府井手町) 橘諸兄ゆかりの寺
奈良時代、聖武天皇の左大臣として、万葉集の選者としても知られる橘諸兄 は井手の里に別荘や大伽藍の井堤寺(井手寺)などを建立し、井手を本拠 として活躍したと伝えられている。 その遺跡が井手町に多く残され、発掘調査も行われている。 東方山麓には橘諸兄の墓といわれる供養塔があり、諸兄の建立と伝わる 地福寺にも供養塔がある。 ...続きを見る

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2014/05/10 13:29
宝満寺 (京都府綾部市) 
境内の小高い所に5m近い石造多宝塔が建っているが、内には聖徳太子像 が祀られている。 年代よりもその形姿がよい。このお寺のシンボルではないだろうか。 宝満寺は、954年現在の福知山市大江町南有路に空也上人によって 開創されたと伝えられている。 1475年に現在地に移転し、その後盛衰を経て地域の人達から篤い 信仰を得たといわれている。 お寺の持つ雰囲気がそれを示しているようだ。 ...続きを見る

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2014/05/01 10:35
玉雲寺 (京都府京丹波町) 滝見寺
1枚岩を流れる落差43mの琴滝は京都府内でも有数の落差を誇る 滝で、琴の弦のように見えることから琴滝と呼ばれている。 春の桜、新緑、秋の紅葉と京丹波町の名勝であり、観光スポットと なっている。 その近くにある玉雲寺は琴滝の滝見寺と呼ばれている。 ...続きを見る

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2014/04/20 09:23
円福寺 (京都府久御山町) 竹久夢二ゆかりの寺
大正浪漫を代表する画家・竹久夢二は<大正の浮世絵師>と呼ばれ、 <夢二式美人>と称される美人画を数多く残し、現在も多くの愛好家に 魅力を与えている。 夢二と当時円福寺の住職が昵懇であったことから度々夢二は円福寺を 訪れ、1926年には1ヶ月以上逗留し絵を残している。 ...続きを見る

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2014/04/18 09:25
光林寺 (京都市下京区) 
炭太祇は江戸時代中期の俳人で、与謝蕪村と並び称される中期の大家と いわれている。江戸に生まれ後年は京都の島原に住んで、蕪村とも交流が あり、島原の女に手習いを教えていたといわれている。 炭太祇の句  <やぶ入の寝るやひとりの親の側>  <行く先に都の塔や秋の空> ...続きを見る

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2014/04/17 09:02
自得寺 (京都府綾部市) 
信州善光寺のお前立・善光寺如来が全国出開帳の際に、江戸時代末期に 自得寺においても出開帳が行われ、その時に模刻像が彫られ祀られて 善光寺如来信仰が盛り上がったといわれている。 綾部市では、自得寺の如来像が唯一のものといわれている。 全国には善光寺如来を祀るお寺は400以上あるといわれている。 ...続きを見る

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2014/04/16 09:51
龍雲寺 (京都市伏見区) 桃山善光寺
信州善光寺の前立本尊(本尊は絶対秘仏)が江戸時代には江戸・京都・大阪 などに出開帳(出張開帳で募金事業の一環)が行われたが、明治時代以降は 無くなっている。 1796年龍雲寺で出開帳が行われ、信徒などの要望で一光三尊仏の摸作仏 が造られ祀られている。 これ以降龍雲寺は<桃山善光寺>と呼ばれている。 ...続きを見る

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2014/04/13 14:56
光照寺 (京都府南丹市美山町) 
本堂裏に根元が洞穴のような穴が空いたヤマザクラが樹勢を保って青葉を 繁らせている。樹齢は不明であるが今も花を咲かせるとのこと。 樹下の自然石の墓石と共存する風景はヤマザクラの樹齢を物語って いるようだ。 ...続きを見る

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2014/04/11 09:24
鶯瀧寺 (京都府木津川市加茂町) 石造地蔵尊
海住山寺の麓に建つ鶯瀧寺は742年良弁僧正によって開創されたと 伝えられているが、詳細は不詳である。 山麓にひっそりと佇むお寺であるが、裏山には落差10mほどの鶯滝が あるらしい。(見つからず) 境内には石仏が多く安置されているが、中でも1530年造立の 石造地蔵菩薩は見ごたえがある。 ...続きを見る

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2014/04/09 09:50
長楽寺 (京都府綾部市) 
990年清和源氏3代目・源頼光が伝説上の大江山の鬼退治(酒呑童子討伐)の帰途に 長楽寺に立ち寄り、櫨の木を庭に挿したところ、大きな木に育ったといわれている。 鬼退治の成就のお礼に小さな薬師如来像を祀ったといわれ、現在の本尊胎内に 安置されていると伝承されている。 ...続きを見る

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2014/04/07 09:54
極楽寺 (京都府京田辺市天王) 九重石塔
大阪府との府境に位置する山の中腹に建つ極楽寺は、嘉暦年間(1326〜28年) に開創されたと伝えられる。 本堂前に建つ九重石塔は1464年の造立で重要美術品である。 境内からの眺望はよし。 ...続きを見る

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2014/04/05 14:06
現光寺 (京都府木津川市) 
国宝・重要文化財に指定された十一面観音像は数多くあるが、坐像の 十一面観音像は8例ほどしかない珍しい像である。 現光寺の本尊・十一面観音坐像は鎌倉時代13世紀前半の作と考えられ、 慶派の仏師作と推定されている。 坐像で有名な十一面観音像は櫟野寺の本尊であろう。 ...続きを見る

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2014/04/03 10:05
平等院 (京都府宇治市) 極楽浄土の再現
宇治は源氏物語<宇治十帖>の舞台として、2008年<源氏物語千年紀> の催しが行われたが、平安時代初期から貴族の別荘が営まれた地である。 9世紀末頃、光源氏のモデルといわれる源融の別荘が宇多天皇に渡り、 998年藤原道長の別荘<宇治殿>となった。 1027年道長が亡くなると、その子である藤原頼通は<末法思想>の末法元年 1052年<極楽浄土の再現>を願い別荘をお寺とした。 1053年には阿弥陀堂<現在の鳳凰堂>を建立し、仏師定朝に造像させた 阿弥陀如来を本尊として祀り、浄土庭園を築... ...続きを見る

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2014/04/01 12:00
龍源寺 (京都府福知山市三和町) 百観音堂
<全国歴史の道百選>に選ばれている細野峠(菟原中〜大身2km)は 百人一首にも詠まれている小式部内侍の歌  <大江山いく野の道の遠ければまだふみもみず天の橋立>のいくの道が 細野峠である。旧山陰道に属し、現在も峠道は残されている。 この細野峠頂きに1844年円通和尚が通行安全と人々の安寧を祈願して 百観音堂を設け、百観音(西国三十三観音、坂東三十三観音、 秩父三十四観音)を祀っている。 この百観音堂がその後廃れ、1920年龍源寺に移築修復されている。 ...続きを見る

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2014/04/01 11:50
もくもく探索日誌 2014年3月31日 蘇った平等院
4月1日の平等院修復法会を前に、平安時代創建の姿に蘇った鳳凰堂を 再度探索。 桜も咲き始め、彩りを増した平等院を堪能。 ...続きを見る

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2014/03/31 16:10
池上院 (京都府南丹市八木町) 四季折々の花木
八木町の筏森山(295m)山麓にこじんまりと建つ池上院の参道・境内・池 には四季折々の花木が植えられ、小さなお寺を彩っている。 春の桜・サツキ、夏の睡蓮、秋の紅葉と小さな花木の風景を見せるだろう。 私の訪れた6月は睡蓮の季節であったが、参道の桜を想像すると 見事であろう。 ...続きを見る

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2014/03/30 11:56
深広寺 (京都府城陽市) 5基の宝篋印塔
城陽市の住宅地に立つ小さなお寺・深広寺の境内に金網で囲まれた一角に 5基の宝篋印塔が無造作に安置されている。 これらの石塔はおそらく明治時代初期の神仏分離で他の寺社から移されてきた のではないだろうか。 大日堂の諸仏も近くの賀茂神社から移座されている。 宝篋印塔は鎌倉時代のものと推定されている。 ...続きを見る

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2014/03/27 09:36
西導寺 (京都府宇治市) 
西導寺は、1436年に古西越後守の菩提を弔うために夫人が広芝村に 建立した二階堂が始まりと伝えられ、1605年お寺として再興され、 1730年に現在地に移転している。 江戸時代末期は大寺であったといわれ、明治時代初期の廃仏毀釈によって 近辺の廃寺になったお寺から仏像が西導寺に移座されたのであろう。 薬師如来坐像・毘沙門天立像の重要文化財に指定された二体は貴重な 資料となっている。 ...続きを見る

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2014/03/25 11:14
春光寺 (京都府南山城村) 
南山城村は京都府最南端の府唯一の村で、人口は約3500人と山村の 典型である。 木津川上流の山斜面には宇治茶の茶畑があり、最近<村おこし>の 活動が活発に行われている。 私が陶芸道具土で使う<童仙房>土は、ここ南山城村童仙房産出の粘土 が由来となっている。 ...続きを見る

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2014/03/21 09:25
もくもく探索日誌 2014年3月15日 蘇りつつある平等院鳳凰堂
半世紀ぶりの平等院鳳凰堂の修理が1年半を経て、2014年3月末に 終わろうとしている。 3月15日現在で、足場の撤去がもう少しで完了する。 見ていると慎重に撤去作業が進められ、今日中の撤去かどうか。 金箔の鳳凰が青い空に映え、新しい瓦とベンガラの柱など平安創建時の 姿が蘇りつつあった。 桜咲く4月のお披露目が楽しみである。 ...続きを見る

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2014/03/16 15:41
福性寺 (京都府亀岡市) 牛松山の麓
丹波富士と呼ばれる牛松山(636m)は亀岡のハイキングコースとしても 親しまれ、山頂附近には珍しく金刀比羅宮が祀られている。 亀岡市街地が一望でき、雲海も見られるらしい。 その南麓の登山口に福性寺はある。 福性寺の開創については不詳であるが、参道のもみじ・境内のサツキ・ 庭園の苔と手入れが行き届いた禅寺の風景がすばらしい。 ...続きを見る

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2014/03/16 09:19
月橋院 (京都市伏見区) 秀吉月見宴の寺
1480年に開創された般舟三昧院が伏見桃山城の築城により上京の地 に移転・桃山築城後、円覚寺が跡地に開創されたのが月橋院の始まり といわれている。 その後、宇治川に架かる豊後橋(現在の観月橋)が完成した時、秀吉の 月見の宴が催され、月と橋にかけて月橋院となったといわれている。 豊後橋は明治時代に前記の月見宴にちなんで観月橋と命名されている。 秀吉は晩年、花見の宴を醍醐寺で、月見の宴を月橋院で行なった。 ...続きを見る

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2014/03/13 10:07
勝光寺 (京都市下京区) 
鎌倉時代末期から京都に法華宗(現在の日蓮宗)が広まり、室町時代には 洛中に21ヶ寺の法華宗本山が存在していた。 1536年比叡山延暦寺の圧力によって起こされた<天文法華の乱>で 21ヶ寺は悉く灰燼に帰し、以後6年間は京都において法華宗は絶えた。 1542年勅許によって再び法華宗は復活し、15ヶ寺が再興されている。 その中にあって、21ヶ寺の一つ学養寺は再興されずに廃寺となっている。 学養寺の寺格を引き継いだのが学要山勝光寺である。 ...続きを見る

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2014/03/10 09:53
十輪寺 (京都府木津川市山城町) 
十三重石塔といえば、宇治市の浮島十三重石塔、奈良市の般若寺十三重石塔 などが有名であるが、現存する最古のものは奈良時代のものである。 主に平安時代後期から造立が多くなり、鎌倉時代に盛んになっている。 十輪寺の十三重石塔も鎌倉時代後期のものと考えられている。 十輪寺には石塔・石仏・板碑などの古い石造物が残され、愛好家には 人気のお寺である。 ...続きを見る

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2014/02/28 15:30
惣持院 (京都府綾部市) 花木の山寺
小高い山の麓にクスノキが目立つ小さな山寺であるが、参道両側のサツキ、 クスノクの古木、シダレ桜、藤棚、境内のあちこちに植生された椿など境内 一面の花木が四季折々の風景を造っている。 特に、椿とシダレ桜は地元の人々を楽しませているようだ。 クスノキと藤は綾部の名木に選定されており、花木の豊富なお寺を特徴付けて いるようだ。 ...続きを見る

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2014/02/26 10:50
歓楽寺 (京都府南丹市美山町) 美山の古刹
歓楽寺は延暦年間(782〜806年)現在地から数百mの北の谷間に 桓武天皇の勅願所として開創されたと伝わる古刹で、仁王門などの 跡地などがある。 現在の丘陵地に移った時期は不詳である。 木々に覆われて参道を登って行くと仁王門に出会う。 仁王像は鎌倉時代末期の作といわれており京都府の文化財に指定されている。 静かな境内の佇まいは古刹の香りを漂わせている。 ...続きを見る

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2014/02/17 10:22
光明院 (京都市東山区) 東福寺塔頭 
東福寺塔頭・光明院の庭園は、昭和時代の代表的な庭園家・重森三玲 の初期作品で、東福寺方丈庭園と同時期の造庭になる。 洲浜型の枯池に多数の石組を配した枯山水庭園である。 周囲に植生されたもみじと一面の苔が絶妙のハーモニーを奏でている。 <苔の虹寺>と呼ばれるのも肯ける気がする。 ...続きを見る

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2014/02/16 10:20
三縁寺 (京都府城陽市) 
桃山時代の建立と考えられている三縁寺の大門(山門)は、1884年 京都建仁寺の護国院表門を移築したもので、唐風の屋根を持つ向唐門 である。城陽市では貴重な優美の代表的門であろう。 ...続きを見る

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2014/02/14 10:24
恋塚寺 (京都市伏見区) 
文覚上人(出家前は遠藤盛遠)は平安時代末期〜鎌倉時代の僧で、 京都・神護寺の中興の祖であり、東寺・高野山・東大寺などの再建に 尽力した人物である。 また、源頼朝とも通じて幕府の要人としても活動している。 出家する前の遠藤盛藤は、北面武士で活動していたが、同僚の 妻・袈裟御前に横恋慕し、誤って袈裟御前を殺してしまった罪を償う 為に19歳で出家し、袈裟御前の菩提を弔うために恋塚寺を開創した と伝えられている。 ...続きを見る

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2014/02/08 13:57
月真院 (京都市東山区) 高台寺塔頭 
新撰組の伊東甲子太郎は近藤勇らと意見が合わず離反して、同志らと共に 孝明天皇の御陵衛士として月真院に屯所を設けている。 1867年6月〜11月にかけてである。 1867年11月18日甲子太郎は新撰組に謀殺され、御陵衛士も解散している。 ...続きを見る

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2014/02/06 09:55
春光院 (京都市東山区) 高台寺塔頭 
ねねの道南端に茅葺の山門が建つ春光院は高台寺の塔頭で、1627年 ねねの甥で大名・歌人でもある木下勝俊が娘の菩提を弔うために開創 した塔頭である。 瀟洒な佇まいは、周囲の環境に調和しており、観光客の写真のスポット にもなっている。 ...続きを見る

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2014/02/03 13:46
最勝院 (京都市左京区) 南禅寺塔頭
最勝院は南禅寺の塔頭で、南禅寺境内の東奥に位置し、水路閣の東端にある。 最勝院の紅葉はあまり知られていないが、多彩な紅葉に彩られる隠れた見所 といえよう。 境内の<縁結びの松>は、推定樹齢300年の百日紅の木に松の木が宿り、 100年ほど経過した松で、百日紅と松が縁を結んだ縁起の良い松である。 ...続きを見る

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2014/01/23 14:47
東光院 (京都府綾部市) 
綾部・甲ヶ岳(290m)山麓に建つ東光院は673年に開創されたと伝えられ、 七堂伽藍を備えた大寺であったといわれている。 度々の罹災により再建を繰り返している。 静かな山あいに佇む古刹らしい風景を持ち、アジサイの寺としても知られている。 古木の百日紅も風景を造っている。 ...続きを見る

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2014/01/21 09:59
蔵林寺 (京都府宇治市) 宇治十三社寺まいり
宇治市に新たな観光ルートを設けようと設定された社寺まいりで、 毎年春に団体で十三社寺まいりを行っているとのこと。 宇治十三社寺  橋姫神社、県神社、恵心院、宇治神社、宇治上神社、直行寺、  子守神社、許波多神社、願行寺、御蔵山聖天、萬福寺、  萬松院、蔵林寺 ...続きを見る

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2014/01/15 13:52
龍穏寺 (京都府南丹市園部町) 新緑と紅葉の風景
龍穏寺は京都丹波では紅葉の名所といわれ、境内全体が紅葉に埋め尽くされる 風景は圧巻である。それだけに、新緑の風景はそれにも増してすばらしい。 最近は京阪神からも紅葉狩りに参拝する人が増えているそうだ。 私の最初の訪問は新緑の時期で、その風景に感動し、その年の晩秋に 再度参拝している。 お奨めの新緑・紅葉の名所である。 ...続きを見る

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2014/01/12 10:34
一華院 (京都市東山区) 東福寺塔頭 
東福寺塔頭の一華院は1382年に開創されたと伝えられる。 秋の紅葉シーズンに公開され、お茶席も設けられる。 枯山水の庭園の真中に、一枝が横に長く伸びた依稀松と呼ばれる松が アクセントをつけ、額縁庭園を構成している。 ...続きを見る

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2014/01/02 10:27
最勝金剛院 (京都市伏見区) 多彩な紅葉
東福寺の塔頭で特別寺院でもある最勝金剛院は、1150年に開創され、 その後摂政関白であった九条兼実の菩提寺となり、以降九条家の菩提寺 として栄えたといわれている。 東福寺境内の東端に位置し目立たないが、多彩な紅葉を楽しめる隠れ紅葉 のスポットといえよう。 梅も見所といえよう。 ...続きを見る

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2013/12/23 10:21
随心院 (京都市山科区) 2013年の紅葉
2013年12月1日紅葉狩り 紅葉狩りの最後になるであろう今日は、京都市山科区の随心院へ。 小町祭の最終日で、手づくり市が境内で催されていた。 小野小町ゆかりの寺として、梅の名所として知られ、紅葉は無名であるが、 塔頭・大乗院の紅葉が、赤と黄色の混ざった葉が気にいっている。 また、庭園の山茶花と紅葉の取り合わせもよい。 庫裡の前に建つ小町歌碑 <花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに> ...続きを見る

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2013/12/01 17:05
興聖寺 (京都府宇治市) 2013年紅葉
2013年11月30日訪問 紅葉見頃 興聖寺の参道・琴坂はもみじ参道として知られているが、近年その輝きが 薄れているのではないだろうか。 大木が紅葉の木を覆うことから、日当たりが弱いのでは。 山門前や参道脇の境内では以前と変わらず、五色の色彩が見られる。 ...続きを見る

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2013/12/01 13:29
一休寺<酬恩庵> (京都府京田辺市) 2013年の紅葉
2013年11月29日紅葉狩り 京田辺市の一休寺(酬恩庵)は一休和尚のお寺で、紅葉の名所にも なっている。紅葉は見頃を過ぎようとしている。 今日はテレビ放映が夕方の番組で生放送の予定で、その準備で機材が あちこち設置され、珍しい光景となっている。 入山料500円 ...続きを見る

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2013/11/29 16:22
光明寺 (京都府長岡京市) 2013年紅葉
2013年11月27日訪問 紅葉見頃 西山浄土宗総本山光明寺の開山は法然上人で、浄土門根元地とされている。 紅葉の名所で、特に<もみじ参道>は色々な色彩に染まり、紅葉狩りの 醍醐味が味わえる。 入山料500円 ...続きを見る

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2013/11/28 19:52
醍醐寺 (京都市伏見区) 2013年の紅葉
2013年11月28日醍醐寺の紅葉狩り。 紅葉は見頃 醍醐寺は桜の名所であるが、伽藍と紅葉の取り合わせが面白い。 上醍醐(醍醐山頂)と下醍醐(山麓)がるが、今日は下醍醐を探索。 平日にも拘わらず参拝者が多く、遠方からの観光バスも見かける。 入山料600円   <醍醐寺の桜>参照 ...続きを見る

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2013/11/28 14:40
勝持寺 (京都市西京区大原野) 2013年紅葉
2013年11月27日訪問 紅葉見頃真只中 勝持寺は通称・花の寺と呼ばれ四季折々の風景を作りだしている。 僧で歌人でもある西行が出家したお寺で、西行が手植えしたといわれる 西行桜が花の寺と言わしめたと伝えられている。 桜と紅葉が勝持寺の典型的な風景を作っている。 入山料400円 ...続きを見る

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2013/11/27 22:10
金蔵寺 (京都市西京区大原野) 2013年紅葉
2013年11月27日訪問 紅葉見頃過ぎる 西山連山の小塩山(642m)山頂近くに建つ古刹で、山道参道は狭く 車での参拝は難渋する。 ハイキングコースになっており、境内東端の展望台から京都市街地を 望める。 金蔵寺の紅葉は隠れ見所。 緑の季節もお寺の風格を見せる。 入山志納200円 ...続きを見る

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2013/11/27 21:06
神蔵寺 (京都府亀岡市) 2013年紅葉
2013年11月24日訪問 見頃を過ぎつつある 後1週間 本堂前の紅葉の大木は過ぎて、葉は変色 入山料は志納300円 亀岡では紅葉スポットとなっている ...続きを見る

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2013/11/24 20:09
苗秀寺 (京都府亀岡市) 2013年紅葉
2013年11月24日訪問 見頃 落葉の参道もいいのでは。 拝観者少ない。 入山料不要 賽銭わすれずに ...続きを見る

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2013/11/24 19:51
積善寺 (京都府亀岡市)2013年紅葉
2013年11月24日訪問 見頃 隠れた紅葉見所 拝観者少ない 入山料不要 賽銭は忘れずに ...続きを見る

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2013/11/24 19:34
西光寺 (京都府南丹市八木町) 2013年紅葉
2013年11月24日訪問 紅葉は見頃を過ぎようとしている まだ1週間は紅葉狩りができそう。 隠れた紅葉見所。拝観者が少なくゆっくりと癒せる。 駐車場は少し。 入山料不要 お賽銭は忘れずに。 ...続きを見る

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2013/11/24 16:53
もくもく探索日誌 2013年11月24日 南丹・亀岡市の西光寺・龍穏寺・積善寺などの紅葉
京都縦貫道・西八木ICを10時過ぎに出る。 今日は南丹市・亀岡市の隠れた紅葉を探索してみよう。 過去に緑の季節に訪れたお寺で、緑が印象に残っているお寺で、 きっと紅葉もすばらしいと想像して出かける。 どこもほとんど人影がなくゆっくりと紅葉狩りができた。 想像以上の紅葉に大満足。 ...続きを見る

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2013/11/24 16:16
清水寺 (京都市東山区) 2013年紅葉
2013年11月23日訪問 紅葉見頃 昨年に比して紅葉は鮮やか。 堂宇の修理が行われており、境内は混雑。 本堂の舞台脚も工事中。 拝観料300円 ...続きを見る

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2013/11/23 21:45
高台寺 (京都市東山区) 2013年紅葉
2013年11月23日訪問 紅葉見頃 豊臣秀吉とねねの菩提寺 積極的なお寺で、前衛アートを庭園で実施。 拝観料600円 ...続きを見る

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2013/11/23 21:19
圓徳院 (京都市東山区) 2013年紅葉
2013年11月23日訪問 紅葉見頃 高台寺の塔頭でねねの寺。 庭園が見もの。 拝観料400円 ...続きを見る

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2013/11/23 20:59
知恩院 (京都市東山区) 2013年紅葉
2013年11月23日訪問 紅葉見頃 紅葉は少ないが是非参拝したい。 御影堂(国宝)は大々的な修理中。 三門(国宝)から市街地を望むのがよし。 拝観料不要。 ...続きを見る

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2013/11/23 20:38
青蓮院 (京都市東山区) 2013年紅葉
2013年11月23日訪問 紅葉見頃 青蓮院の紅葉の葉は猛暑の影響か少し弱い。 クスノキは益々旺盛。 拝観料500円 ライトアップ実施中。 ...続きを見る

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2013/11/23 20:20
金戒光明寺 (京都市左京区) 2013年紅葉
2013年11月21日訪問 紅葉見頃 金戒光明寺(黒谷さん)は紅葉の見所ではないが、塔頭の栄摂院の 紅葉はお奨めである。 拝観料不要 但し、庭園拝観は600円 今回は庭園拝観せず。 ...続きを見る

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2013/11/22 16:56
真如堂 (京都市左京区) 2013年紅葉
2013年11月21日訪問 紅葉見頃 真如堂(真正極楽寺)の紅葉は名所と呼ばれる所に匹敵する お奨めのお寺といえよう。 拝観料不要 ...続きを見る

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2013/11/22 16:34
永観堂 (京都市左京区) 2013年紅葉
2013年11月21日訪問 紅葉見頃 京都の紅葉名所で境内一面が紅葉で色ずく。 今年の紅葉は例年と変わらず。 拝観料千円はちと高いかな。 拝観者の声はそれ相応の価値ある紅葉を楽しんだと。 ...続きを見る

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2013/11/22 10:45
南禅院 (京都市左京区) 2013年紅葉
2013年11月21日訪問 紅葉見頃 南禅院は南禅寺塔頭で、水路閣の側に建つ。 池泉回遊式庭園が見ものである。池には鴨が。 落ち着いた庭園で好みの庭園である。 例年の紅葉と変わらず。 入山料300円 ...続きを見る

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2013/11/22 09:23
天授庵 (京都市左京区) 2013年紅葉
2013年11月21日訪問 紅葉見頃 南禅寺の塔頭で庭園が見ものである。 東庭:枯山水  南庭:池泉回遊式庭園 本堂内は拝観不可。順路に従っての拝観となる。 入山料400円 ...続きを見る

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2013/11/21 20:55
南禅寺 (京都市左京区) 2013年紅葉
2013年11月21日訪問。 紅葉見頃。 例年のように紅葉狩りの観光客多し。 一部に紅葉葉の弱さがあるのも今年の猛暑かな。しかし、紅葉の 状況は例年と変わらない。 水路閣周辺の紅葉が減った感を受ける。台風の影響かな。 庭園拝観はせず。 ...続きを見る

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2013/11/21 20:30
東福寺 (京都市東山区) 2013年の紅葉
2013年11月18日訪問 見頃 東福寺は京都では有数の紅葉の名所で、多くの観光客が訪れる。 今日も人人人〜。 今年の紅葉は猛暑の影響もあって、部分的に葉が縮れている。 臥雲橋から通天橋を望む風景、通天橋から臥雲橋を望む風景 洗玉澗から見上げる通天橋と趣の異なる風景を楽しむ。 駐車場なし 入山料400円 ...続きを見る

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2013/11/18 22:03
即宗院 (京都市東山区) 2013年の紅葉
2013年11月18日訪問 紅葉見頃 即宗院は東福寺塔頭で薩摩藩の京都菩提所である。 西郷隆盛はこのお寺で倒幕の策を練ったといわれている。 駐車場なし 入山料200円 ...続きを見る

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2013/11/18 20:06
同聚院 (京都市東山区) 2013年の紅葉
2013年11月18日訪問 紅葉見頃 同聚院は東福寺の塔頭 平安時代中期の不動明王像は火災除けのお不動さんとして信仰が篤い。 駐車場はなし 拝観料不要 ...続きを見る

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2013/11/18 19:19
栗棘庵、善慧院 (京都市東山区) 2013年の紅葉
2013年11月18日拝観 紅葉見頃。 栗棘庵、善慧院(明暗寺)共に東福寺の塔頭。 数本の紅葉であるが、印象に残る紅葉である。 善慧院は尺八の寺で、苔も印象に残る。 駐車場なし。 拝観料なし。 ...続きを見る

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2013/11/18 19:04
積善寺 (京都府亀岡市) 桜石
積善寺の境内に鎮守社として祀られている桜天満宮の場所には、 断面が桜模様を浮き彫りにした岩石(菫青石)があり、菅原道真の桜にちなみ 桜石と名付けられたといわれている。 湯の花温泉などこの一帯で桜石は見られるらしいが、私は見られ なかった。 <薭田野の菫青石仮晶>は国の天然記念物となっている。 全国的にも非常に珍しい鉱物なので是非見てみたいものだ。 ...続きを見る

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2013/11/15 09:52
興雲寺 (京都府福知山市三和町) 
稲葉紀通は、<今弁慶>と呼ばれた美濃の稲葉一鉄のひ孫にあたり、 1624年福知山藩主になるが、領民に重税を課したり、領民を多数殺害 したりの悪政がたたり、1648年福知山城内で自害している。 遺体は福知山の外れにある興雲寺に葬られている。 その後、遺骨は京都妙心寺の雑華院へ移されている。 ...続きを見る

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2013/11/03 10:00
千手院 (京都府綾部市) 石楠花
地元では花の寺と呼ばれる千手院の境内には、四季折々の花木が 植生され、綾部市街地を見下ろす眺望と共に憩いの場として親しまれて いる。 特に、石楠花の見頃は欠かせないそうだ。 ...続きを見る

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2013/10/22 09:19
甘南備寺 (京都府京田辺市) 
生駒山系の北端に位置する甘南備山(221m)山頂に、729年行基が 開創した神奈比寺が始まりと伝えられている。 今も山頂には甘南備神社があるが、神奈比寺はその神宮寺であったらしい。 1686年に薪村庄屋の吉川氏が、現在の薪山垣にお寺を再興し甘南備寺と している。 本尊薬師如来は山頂から移され、<耳の薬師さん>と呼ばれ、耳の病に ご利益があると信仰を集めている。 ...続きを見る

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2013/10/09 09:03
双林院 (京都市山科区) 山科聖天
門跡寺院であった毘沙門堂の塔頭である双林院は、1665年公海によって 毘沙門堂境内に開創されている。 公海大僧正は天海僧正の弟子で、徳川幕府において大いに権勢を揮った といわれている。 歓喜天を本尊に祀り、通称山科聖天と呼ばれ、紅葉の時期には多くの 参拝者が訪れる。 ...続きを見る

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2013/09/28 19:31
深見寺 (京都府南丹市美山町) 茅葺の本堂・庫裡
美山町野添の静かな集落に、茅葺の本堂と庫裏を持つ深見寺の 前身は野添の隣の集落・深見にあった極楽寺といわれている。 その極楽寺を1573年再興して深見寺としたのが始まりと伝えられている。 1595年に現在地に移転している。 ...続きを見る

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2013/09/17 09:31
西福寺 (京都府木津川市山城町) 環濠集落の中核寺院
山城町上狛は、中世に勢力を持った国人・狛氏の居館を中心にした 環濠集落を形成していたといわれ、現在も環濠の一部が用水路として 使用されている。 その集落の中心にある西福寺は狛氏の菩提寺である。 西福寺周辺は道路も狭く、古の街並みを色濃く残している。 ...続きを見る

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2013/09/06 09:24
西福院 (京都府綾部市) 兵学者・山鹿素水の菩提寺
幕末の兵学者・山鹿素水は山鹿流の兵学者で、一時期吉田松陰にも兵学を 教えている。 1843年〜1857年の間、綾部藩に仕え最期を綾部で迎えている。 西福院は綾部藩主の菩提寺である隆興寺の隣にあり、山鹿素水は西福院に 眠っている。 ...続きを見る

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2013/08/27 09:10
西岸寺 (京都府亀岡市) 丹波丸岡城跡
丹波丸岡城の築城については不詳であるが、15世紀後半の応仁の乱 の時には東軍の一拠点としての役割を果たし、その後福井貞政が城主 となっている。 1578年、織田信長の命を受けた明智光秀により落城している。 光秀は亀岡の基盤を築いた亀山城を築城している。 ...続きを見る

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2013/08/16 09:14
玉台寺 (京都府木津川市山城町) 狛弁財天社
狛弁財天社は、上狛周辺を領していた興福寺の関連で室町時代初期に 創建されたと伝えられ、その頃勢力を伸ばしてきた国人・狛氏の 守護神となったといわれている。 狛弁財天社の宮寺としていつごろか玉台寺が開創されている。 ...続きを見る

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2013/08/06 09:41
宝住寺 (京都府綾部市) 十八羅漢
本堂の裏山にそって造られた庭園に、十八の羅漢像がバランスよく安置され、 十八羅漢大心字庭と呼ばれている。 羅漢像群には、十六、十八、五百などの羅漢があり、禅寺によく見かける。 庭園の上部には薬師堂があり、本尊薬師如来はきゅうり封じ薬師として 信仰を集めている。 ...続きを見る

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2013/07/26 14:40
聖隣寺 (京都府亀岡市) 織田信長の供養塔
大山崎の合戦で明智光秀が敗れ、秀吉の養子・羽柴秀勝(信長の四子) が亀山城に入った時に、秀勝が建立したといわれる供養塔(五輪石塔) が聖隣寺墓地にある。(撮影できず) 光秀が築いた亀山城のお膝元に信長の供養塔があるのも歴史の 移り変わりを想う。 ...続きを見る

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2013/07/16 14:17
大徳寺 (京都府京田辺市) 茅葺本堂
京田辺市の大徳寺本堂は、この地区では珍しい茅葺本堂であるが、 この建物は1856年八幡市の建物を移築したもので、民家風の本堂 である。 大徳寺の前身は、鰐口の銘(大日堂 永享二年)から集落の大日堂で あったと思われている。 1571年に再興されて大徳寺となったといわれている。 ...続きを見る

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2013/07/06 09:43
正法寺 (京都府和束町) 隠れた紅葉の名所
京都府南部の宇治茶の産地・和束町は山間の集落で、交通の便も 悪く余り訪れる人も少ないが、宇治茶の半分を生産する宇治茶拠点 である。 仏法寺山麓に建つ正法寺は、744年聖武天皇の第2皇子・朝積親王 が亡くなり、その菩提を弔うために行基を開基として開創されたと 伝えられている。 朝積親王の陵墓は正法寺の西北500mの処にある。 ...続きを見る

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2013/06/23 09:24
養仙寺 (京都府亀岡市) 布袋さんのお寺
本堂内や境内のあちこちに布袋さんが安置され、その数500〜体と いわれている。 先代の住職が<明るく笑って元気に>と昭和初期から収集されたのが 始まりで現在も収集が続いているらしい。 丹波七福神霊場の第2番布袋尊の霊場でもある。 境内に安置された清水焼の大布袋尊は是非参拝を。 ...続きを見る

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2013/06/13 09:36
華台寺 (京都府久御山町) 蓮の寺
かっては広大な巨椋池があったが、1941年に完成した干拓事業によって 田園が拡がる一画に華台寺はある。 山門に到る参道の両脇に並べられた蓮の鉢からは可憐な花が咲き、 参拝のなごみを与えている。 華台寺には、昭和初期からの<華台寺白蓮>と呼ばれる蓮があるらしいが。 この蓮は巨椋池の蓮の一種らしく、広く普及している。 ...続きを見る

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2013/06/01 09:06
隆興寺 (京都府綾部市) 綾部藩主・九鬼家の菩提寺
綾部市四尾山の東麓に建つ隆興寺は、綾部初代藩主・九鬼隆季が1633年 に綾部に入って、九鬼氏によって九鬼氏の菩提寺として開創されている。 九鬼隆季は、戦国時代に伊勢鳥羽を拠点に活躍した水軍領袖・九鬼嘉隆 の孫である。 また、三田藩主九鬼久隆とは兄弟である。 ...続きを見る

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2013/05/21 09:16
光瑞寺 (京都府南丹市美山町) 蓮如の滝
美山かやぶきの里近く、由良川沿いの美山内久保の白尾山(749m)を 源流とする<蓮如の滝>は、落差が70m近くにわたって小滝が連なりながら 落ちている可愛い滝である。 水量は少なく、水の流れが無い時もある。 名前の由来は、蓮如上人が吉崎御坊から小浜を経由して摂津に向う途中に、 美山の光瑞寺に逗留した時に、この滝を愛でたことから、後に<蓮如の滝> と呼ばれるようになったといわれている。 ...続きを見る

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2013/05/08 10:02
龍福寺 (京都府城陽市) 歯痛地蔵
城陽市黒土の小高い丘陵麓に建つ龍福寺には、左手で頬を抑える仕草の 石造地蔵菩薩坐像が小さな祠に祀られている。 この姿からお地蔵さんが歯痛で悩む人の身代りで、お地蔵さんが歯痛に 悩んでいると思えてくる。 まさしく<歯痛地蔵尊>といえよう。 このお地蔵さんにお参りされる人も結構おられるそうだ。 ...続きを見る

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2013/04/26 08:58
西蓮寺 (京都市下京区) 西市屋道場
平安京には、左京と右京にそれぞれ一つの市(市場)が設けられ、東市は 現在の西本願寺あたり、西市は西大路七条の東北あたりである。 この二つの市は平安京の繁華街であった。 西蓮寺は、939年空也上人が念仏道場として西市に近いこの地に 開創したことから、西市屋道場と呼ばれている。 東市の近くには、同じく空也上人が市屋道場を開いている。 ...続きを見る

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2013/04/13 09:05
苗秀寺 (京都府亀岡市) 亀岡の古刹
亀岡コスモス園の花が盛りの時10月中旬に訪れた苗秀寺は、奈良時代の 開創と伝えられているが、1577年明智光秀の丹波攻めにより焼失し、 資料もなくなっている。 1625年になって曹洞宗の祖海などの三禅師によって再興されている。 ...続きを見る

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2013/04/06 09:44
慈照院 (京都市上京区) 相国寺塔頭
相国寺境内の最北にある慈照院は、1405年頃大徳院として開創された のが始まりと言われている。 1490年足利義政の菩提寺となり、義政の法号から慈照院となっている。 また、1671年には桂宮家の位牌所となり、境内の周りは桂宮家の墓所 となっている。 ...続きを見る

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2013/03/27 09:57
若王寺 (京都府精華町) 精華の古刹
若王寺は、天平年間(724〜749年)に行基によって開創されたと伝えられ、 仁寿年間(851〜854年)に三井寺の智証大師円珍を勧請開山に迎えて 七堂伽藍が建立されたといわれている。 平安時代末期に平重衡の兵火によって灰燼に帰したが、鎌倉時代末期に 京都永観堂の僧によって再興されている。 ...続きを見る

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2013/03/20 09:34
正寿院 (京都府宇治田原町) 快慶作の不動明王坐像
宇治田原町の山間にひっそりと佇む小さなお寺・正寿院に、 鎌倉時代の大仏師・快慶の仏像があるとは誰が想像するだろう。 快慶の仏像は如来や菩薩が多く、明王や天部は数少ない。 その少ない一つがこの不動明王であるから価値が高いといえよう。 現在は、奈良国立博物館に保管されている。 ...続きを見る

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2013/03/12 09:18
普明寺 (京都府南丹市美山町) 美山かやぶきの里
日本の原風景を色濃く残す<美山かやぶきの里>は、68棟の内 33棟の茅葺が残り、40%の建物が江戸時代建立といわれている。 茅葺民家群では、飛騨白川と福島県大内宿と共にその原風景を 残している。 重要伝統的建造物群保存地区と指定され、観光客も多い。 ...続きを見る

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2013/03/03 10:16
栗棘庵 (京都市東山区) 東福寺塔頭
栗棘庵は、1294年東福寺四世・白雲慧暁が西陣に開創し、 1385年には能登温井氏の祖といわれる覚山空性によって 再興されている。 応仁の乱後に能登守護・畠山氏を檀越として東福寺境内の現在地に 再建されている。 その後は、栗棘庵は畠山氏の京都における拠点となっている。 ...続きを見る

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2013/02/23 10:16
霊鑑寺 (京都市左京区) 尼門跡
京都市左京区の<哲学の道>東にある霊鑑寺は、1654年後水尾上皇の 皇女・多利宮(宗澄尼)が平安時代に建立された円成寺跡(応仁の乱で廃寺) に開創し、1687年現在地(創建地の少し北)に移転している。 代々皇女が住職を務め尼門跡(正式には比丘尼御所)として<谷の御所> <鹿ヶ谷比丘尼御所>と呼ばれ、明治時代まで尼門跡として続いた。 ...続きを見る

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2013/02/18 09:24
勝林寺 (京都市東山区) 東福寺毘沙門天
勝林寺は東福寺の塔頭で1550年に開創されている。 本尊の毘沙門天像は、もともと東福寺の仏殿の天井内に秘かに 安置されていたが、江戸時代に発見され勝林寺に移座された。 平安時代10世紀後半の造像と考えられている。 東福寺の毘沙門天と呼ばれている。 ...続きを見る

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2013/02/15 08:55
法音院 (京都市東山区) 洛陽三十三所観音霊場第25番
1326年泉涌寺塔頭として開創されたが、応仁の乱で焼失し1664年頃 大身旗本・本多正貫によって再興され、それ以降田中藩主・本多家の 菩提寺となった。 法音院の書院一部は伏見桃山城の遺構といわれている。 なお、泉涌寺内の泉山七福神の寿老人を祀っている。 ...続きを見る

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2013/02/08 19:26
真如堂新長谷寺 (京都市左京区) 洛陽三十三所観音霊場第5番
859年京都吉田神社を開創した藤原山蔭が、長谷寺十一面観音の信仰が 篤く、元慶年間(877〜884年)に吉田神社の麓に新長谷寺を開創し、 長谷寺式十一面観音を祀っている。 明治時代の神仏分離により、新長谷寺は真如堂の境内に一堂宇として 移転している。 ...続きを見る

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2013/02/04 08:52
清水寺泰産寺 (京都市東山区) 洛陽三十三所観音霊場第14番
泰産寺の子安の塔(三重塔)は、聖武天皇と光明皇后が子授かりと 安産(泰産)が叶えられて、清水寺仁王門下の地に建立されたと伝承 されている。1911年になって現在地に移築されている。 現在の子安の塔は江戸時代初期の建立である。 産寧坂の由来は泰産寺・子安の塔から来ているといわれている。 ...続きを見る

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2013/02/01 09:52
清水寺朝倉堂 (京都市東山区) 洛陽三十三所観音霊場第13番
越前守護大名・朝倉貞景(1473〜1512年)は幼くして守護職を引き継いだが、 越前朝倉氏全盛期の基礎を築き、また信仰心が篤かったといわれている。 応仁の乱で清水寺が焼失した後、貞景は清水寺の再興に寄与し、1510年に 舞台造りの法華三昧堂を寄進している。 現在の朝倉堂(法華三昧堂)は1629年の大火後、1633年に再建され 朝倉堂と通称されている。 本尊は清水寺式千手観音で秘仏である。 ...続きを見る

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2013/01/28 09:49
清水寺本堂 (京都市東山区) 洛陽三十三所観音霊場第12番
清水寺は778年延鎮上人によって開創されたと伝えられ、798年坂上田村麻呂 によって本堂などの伽藍が建立されたといわれている。 その後、6度の火災によって本堂は再建を繰り返し、現在の本堂は1633年に 将軍・徳川家光によって再建されたものである。 ところで、現在の舞台造り本堂のような構造はいつ頃建てられたのであろうか。 明確な時期は判明していないが、平安時代後期には舞台造りの本堂が建って いたのではないかといわれている。 ...続きを見る

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2013/01/26 10:18
清水寺奥の院 (京都市東山区) 洛陽三十三所観音霊場第11番
清水寺の音羽の滝の崖上に舞台造りで建つ奥の院は、778年延鎮が音羽山 を訪れて行叡居士に出会い修行した草庵跡に建立されたといわれている。 清水寺では、行叡居士を元祖、延鎮を開山とし、清水寺の開創を778年と している。 奥の院は本堂と同時期の1633年に再建されており、本尊は三面千手観音 で秘仏である。 ...続きを見る

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2013/01/23 09:35
東海庵 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
京都市右京区にある妙心寺には46ヶ寺の塔頭があり、東海庵は 法堂の東側にある妙心寺四派の一つ東海派の本庵である。 <妙心寺四派本庵:龍泉庵、東海庵、霊雲院、聖澤院> ...続きを見る

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2013/01/20 19:59
清水寺善光寺堂 (京都市東山区) 洛陽三十三所観音霊場第10番
清水寺仁王門の左手前に建つ清水寺の善光寺堂は、本尊が地蔵菩薩で 如意輪観音と善光寺式阿弥陀三尊が祀られている。 16世紀中頃には地蔵堂が建っており、その後如意輪観音も祀られて 洛陽観音霊場として参拝されている。 明治時代に入って阿弥陀三尊(善光寺如来)も祀られ、善光寺堂となったらしい。 ...続きを見る

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2013/01/16 09:44
水薬師寺 (京都市下京区) 京都十二薬師霊場第3番
京都十二薬師霊場は、  1番:平等寺(下京区) 2番:東寺(南区) 3番:水薬師寺(下京区)  4番:壬生寺(中京区) 5番:地福寺(上京区) 6番:福勝寺(上京区)  7番:隻林寺(東山区) 8番:大超寺(左京区) 9番:薬師院(中京区)  10番:大福寺(中京区) 11番:西光寺(中京区) 12番:蛸薬師堂(中京区) から成り、江戸時代には薬師霊場記が著されている。 ...続きを見る

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2013/01/06 10:55
成願寺 (京都府南丹市美山町) 中風寺
美山町の最北端にある成願寺は中風寺と通称され、中風除け祈願の お寺として信仰を集めている。 全国からご利益を求めてお参りされるとのことであるが、交通アクセスは 不便であるにも関わらずの信仰が支えているらしい。 訪問はしていないが、奥の院は少々変わった風情があるらしい。 ...続きを見る

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2012/12/29 10:31
遍照院 (京都府宇治田原町) 家康<伊賀越え>ゆかりの寺
1582年本能寺の変に際して、明智光秀の武者狩りを避けるために 徳川家康一行35名が大阪四条畷から宇治田原を経て伊賀(三重県)・ 白子に出て海路三河へ帰還したのを<家康伊賀越え>と称し、 家康の三大危機の一つに数えられている。 宇治田原では、遍照院で休憩し新しい案内人に導かれて信楽・朝宮を 経て信楽・多羅尾に入り一泊している。 ...続きを見る

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2012/12/22 09:42
梅林寺 (京都市下京区) 陰陽師・土御門家の菩提寺
陰陽師・安倍晴明の14代子孫・安倍有世(南北朝時代)から陰陽師・土御門家 として明治維新まで続いた公家であるが、江戸時代に土御門家の邸が 梅小路に定まり、元禄年間(1688〜1703年)に土御門家の菩提寺として 梅林寺が開創されたといわれているが詳細は不詳である。 ...続きを見る

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2012/12/14 09:34
宝泉寺 (京都府南丹市美山町) 由良川沿いの山寺
美山町芦生を源流として舞鶴市若狭湾へ注ぐ由良川沿いの山麓に佇む 宝泉寺は、神亀年間(724〜729年)にインドからの渡来僧・法道仙人 によって開創されたと伝えられている。 山麓にバランスよく配置された堂宇が趣を醸し出している山寺である。 大師堂は1707年の建立で京都府登録文化財になっている。 ...続きを見る

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2012/12/06 10:00
京都の紅葉 2012年11月28日 興聖寺 東禅院
1233年曹洞宗開祖・道元禅師が伏見に開創した道場が始まりと なった興聖寺は、宇治の紅葉名所の一つであり、参道に隣接する 東禅院はその塔頭である。 今年の紅葉は平均的な色づきといえよう。 今が見ごろのピークといえよう。 宇治川対岸から興聖寺総門・東禅院を遠望し、観流橋から総門へ ...続きを見る

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2012/11/28 19:06
京都の紅葉 2012年11月24日 大谷本廟〜鴨川
親鸞聖人がねむる大谷本廟から五条坂を下り鴨川に出る。 今日の万歩計1万5千歩。 ...続きを見る

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2012/11/24 21:59
京都の紅葉 2012年11月24日 二寧坂〜清水寺
観光客が最も多い二寧坂から産寧坂を経て清水寺の紅葉を見る。 見頃のピークであるが、色づきは平均的といえよう。 ...続きを見る

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2012/11/24 21:36
京都の紅葉 2012年11月24日 高台寺界隈
ねねの道から2年坂に到る高台寺界隈は色々な風景を見せてくれる。 今日は高台寺の拝観を抜いて、界隈を歩いてみよう。 紅葉は見頃のピークである。 ...続きを見る

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2012/11/24 17:41
京都の紅葉 2012年11月24日 安養寺(吉水草庵)
円山公園に面して建つ安養寺は、法然上人が30数年間根拠にした 吉水草庵を前身とするお寺で、親鸞聖人も大いにゆかりがある。 円山公園の紅葉と安養寺の銀杏が見頃となっている。 ...続きを見る

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2012/11/24 17:08
京都の紅葉 2012年11月24日 知恩院
知恩院は紅葉の名所とは呼ばれていないが、東山全体が紅葉に彩られて おり、立ち寄って法然上人をお参りするのもよし。 御影堂は修理中。 ...続きを見る

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2012/11/24 16:47
京都の紅葉 2012年11月24日 青蓮院
親鸞聖人が得度した青蓮院は天台宗5箇院門跡の一つで、京都庭園の 典型といえる庭園が楽しめる。 大クスの木と紅葉のアンサンブルがすばらしい。 ...続きを見る

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2012/11/24 16:22
巌松院 (京都府宇治田原町) 聖徳太子開創と伝わる山寺
宇治茶の産地・宇治田原町の山腹に建つ巌松院は聖徳太子の 開創と伝えられているが、詳細は不詳である。 1636年京都の喜誉理慶尼が廃れていた巌松院を再興し、東福門院 も深く信仰を傾けたと言われている。 ...続きを見る

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2012/11/23 09:33
京都の紅葉 2012年11月19日 東福寺
見頃が始まったと言え、23〜25日の三連休がピークとなるだろう。 紅葉の色合いは平均的といえよう。 毎年、臥雲橋から通天橋を望む紅葉の色合いをみているが。 なにしろ人人人〜。 流れに沿って紅葉狩り。 東福寺さんもホクホク。 ...続きを見る

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2012/11/22 17:46
泉涌寺 (京都市東山区) 2012年の紅葉
2012年11月19日紅葉狩り 泉涌寺は紅葉の名所とは言われていないが、庭園や塔頭・来迎院の 紅葉は見ごたえがある。 東福寺の混雑とは違った落ち着いた紅葉狩りが楽しめる。 菊花展や生け花展が開かれており、趣のある紅葉風景となった。 ...続きを見る

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2012/11/22 17:31
京都の紅葉 2012年11月20日 南禅寺
今日は南禅寺〜永観堂〜哲学の道〜霊鑑寺〜安楽寺〜法然院〜 真如堂〜金戒光明寺〜岡崎公園と歩く。 万歩計1万7千歩であった。 南禅寺の境内は広く、自然の紅葉に近い風景といえよう。 今日は見頃が始まり、3連休は見頃のピークを迎えそうだ。 紅葉の色づきは平均的といえそうだ。 ...続きを見る

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2012/11/22 17:25
京都の紅葉 2012年11月20日 南禅寺塔頭・天授庵
久しぶりに南禅寺塔頭の天授庵の庭園を拝観してみよう。 紅葉がピッタリの庭園といえよう。 丁度見頃を迎えていた。 拝観料は400円。 順路に従って歩いてみよう。 ...続きを見る

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2012/11/22 17:20
京都の紅葉 2012年11月20日 南禅寺塔頭・南禅院
南禅寺水路閣の近くにある南禅院の庭園は池泉回遊式の典型的な 庭園で、京都庭園の標準的庭園ともいえよう。 拝観料は300円。 順路に従って歩いてみよう。 ...続きを見る

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2012/11/22 17:15
京都の紅葉 2012年11月20日 永観堂(禅林寺)
南禅寺から徒歩5分永観堂に入る。 京都紅葉名所の一つ。 与謝野晶子の歌 <秋を三人椎の実なげし鯉やいづこ池の朝かぜ寺と手つめだき> 今年の紅葉は色づきが良いようだ。 境内全体が紅葉に染まる風景は紅葉疲れしそうだ。 拝観料千円は少し高い。 ...続きを見る

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2012/11/22 17:10
霊鑑寺 (京都市左京区) 2012年の紅葉
2012年11月20日紅葉狩り <谷の御所>と呼ばれる尼門跡寺院・霊鑑寺の秋の特別公開があり、 紅葉のお寺を拝観する。 このお寺の春椿は特に有名で、京都の名木に数えられている。 椿の開花に合わせて特別公開がある。 紅葉も京都のお寺らしく、庭園と紅葉が調和した風景を生み出している。 順路に従って散策。 拝観料600円。 ...続きを見る

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2012/11/22 17:00
安楽寺、法然院 (京都市左京区) 2012年の紅葉
2012年11月20日紅葉狩り 哲学の道から大文字山山麓に歩を進める。 山麓に建つ法然上人ゆかりのお寺安楽寺と法然院の紅葉を。 色々な観光ポスターに取り上げられる茅葺の山門が特色。 ...続きを見る

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2012/11/22 16:55
京都の紅葉 2012年11月20日 真如堂(真正極楽寺)
見頃のピークを迎えている真如堂の紅葉。 平均的な色づきかな。 境内全体が色づいている。 拝観料もなく、庶民的な雰囲気が漂う。 ...続きを見る

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2012/11/22 16:50
京都の紅葉 2012年11月20日 金戒光明寺〜岡崎公園
金戒光明寺の庭園が特別公開中であるが、2011年、2010年と鑑賞 しているので今年はパスしてみよう。 塔頭を訪れる。 岡崎公園へもくもくと歩く。 岡崎公園にある名物・うどん屋は午後3時前でも行列。 ...続きを見る

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2012/11/22 16:45
権現寺 (京都市下京区) 安寿と厨子王ゆかりの寺
山椒太夫の手から弟・厨子王を逃した姉・安寿は拷問を受けたが、 厨子王は丹後国分寺から山陰道を京に入り、山陰道の入口にある 権現寺に逃れた。 山椒太夫の追手が追いつき、厨子王が隠れていたつづらを槍で 突いたが、厨子王が大事に持っていた小さな地蔵さんが受け止め 、厨子王は難を逃れたと伝えられている。 その身代り地蔵が権現寺に祀られているとのこと。 安寿と厨子王の物語は各地に伝承を残し、森鴎外の小説はその 悲話を広めた。 ...続きを見る

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2012/11/13 13:18
成就院 (京都府南丹市日吉町) 丹波日吉の古刹
日吉ダムに近い山手にある成就院は、717年に開創されたと伝えられて いる。日吉町の資料では鎌倉時代中期の開創ともいわれているが、 いずれにしても30数院の塔頭を擁する大寺であったらしい。 しかし、数度の火災でその面影は無くなったが、広大な境内には 昔日の隆盛が漂っているようだ。 ...続きを見る

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2012/11/07 08:43
妙楽寺 (京都府宇治田原町) 蕪村句碑
江戸時代中期の俳人・画家で有名な与謝蕪村が、1783年68歳の晩年に 宇治田原の門人・奥田毛条の招きで宇治田原を家族と共に訪れ、 松茸狩りを楽しんでいる。 帰宅後、毛条に礼状とそのときの様子を詠った<宇治行>を送っている。 そこに詠われた句   <君見よや拾遺の茸の露五本>   <きぬを裂く琵琶の流れや秋の声>など。 この年の12月に蕪村は生涯を閉じている。 ...続きを見る

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2012/10/28 09:25
正行院 (京都市下京区) 輪形地蔵
輪形地蔵尊護持会の説明立札によると、竹田街道の敷石の一つが 立派な地蔵尊であったので、村人が街道の安全祈願のためにその 地蔵尊を祀ったと伝えられている。 その地蔵堂が正行院にある。 ...続きを見る

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2012/10/13 10:08
曹源寺 (京都府南丹市日吉町) 丹波猿楽の拠点
現在の南丹市日吉町殿田は、鎌倉時代以降、丹波猿楽梅若家の拠点で、 曹源寺はかって梅若家の菩提寺であった。 猿楽は平安時代から始まり、大和猿楽・近江猿楽・丹波猿楽などが生まれて いる。 室町時代に世阿弥を中心として、猿楽を現代の能楽に発展させていった。 梅若家は現在も観世流の一家として活躍している。 ...続きを見る

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2012/10/09 15:30
西岸寺 (京都市伏見区深草) 玉日姫の廟所
2012年6月8日の新聞で掲載された<親鸞の妻?玉日姫の骨か>の 記事が、久しぶりに親鸞聖人の妻に関する話題を巻き起こした。 親鸞聖人の妻は<恵信尼>というのが通説になっているが、親鸞聖人が 越後から向った関東では、長らく<玉日姫>が妻といわれてきた。 玉日姫は九条兼実の娘とも伝承されており、その史実は定かでない。 ...続きを見る

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2012/09/30 09:00
本教寺 (京都市伏見区) 徳川家康次女・督姫ゆかりの寺
徳川家康の次女・督姫(良正院)は、1983年小田原城主・北条氏直に嫁ぐが、 1591年氏直が亡くなると、家康の元に戻り、伏見に居を構えている。 1594年豊臣秀吉の仲介で、池田輝政に嫁ぐが、その年に開創された本教寺の 住職・日受上人に帰依し、自らの土地・屋敷を本教寺に提供したと伝えられて いる。日受上人は譲られた土地に1614年本教寺を移している。 ...続きを見る

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2012/09/25 09:16
玄忠寺 (京都市伏見区) 伏見義民・小林勘次の碑
元和年間(1615〜24年)に淀川船の通行料が値上げされ、伏見の 商人や町民が困り果て、その困窮を援けようと薪炭商の小林勘次が 幕府に直訴して、値下げが認められて、伏見に戻る途中暗殺されて いる。しかし、あらかじめ小林は朱印状を別便で伏見に送っていた ことから値下げが実行されている。 この義民としての行為を顕彰して石碑が玄忠寺に建てられた。 ...続きを見る

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2012/09/20 09:35
西福寺 (京都市南区西九条) 綜芸種智院跡
828年頃弘法大師空海は、庶民を対象として仏教などを教える私立学校 を西九条に設立しているが、これが綜芸種智院である。 この学校は20年程で空海没後廃校となっている。 その跡地に建つのが西福寺であるが、その開創については不詳である。 ...続きを見る

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2012/09/12 10:19
一心院 (京都市東山区) 浄土宗捨世派本山
1175年法然上人が比叡山から下りて、専修念仏の道に入って行った 年が浄土宗の始まりといわれている。 その後、浄土宗も種々の教えが生まれ、現在は5つの宗派がある。  浄土宗:総本山知恩院  西山浄土宗:総本山光明寺  浄土宗西山禅林寺派:総本山禅林寺(永観堂)  浄土宗西山深草派:総本山誓願寺  浄土宗捨世派:本山一心寺 ...続きを見る

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2012/09/08 11:31
本光寺 (京都市下京区) 新撰組・油小路事件
新撰組最後の内部抗争といわれる油小路事件は、新撰組を離脱し倒幕運動 に向った新撰組参謀・伊東甲子太郎などの御陵衛士を新撰組が本光寺の前 で暗殺した事件である(1867年)。 近藤勇は策士であった伊東を恐れて暗殺を企てたといわれている。 伊東甲子太郎の供養塔が本光寺に建てられている。 ...続きを見る

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2012/09/04 10:48
極楽寺 (京都市下京区) 六条河原院の跡地
極楽寺の位置する下京区本塩竈町の町名である<塩竈>は、平安時代に 源氏物語の主人公・光源氏のモデルといわれる源融が六条河原院と呼ばれる 邸宅を造り、同時に陸奥の塩竈の風景を模して庭園を造っている。 その名残から町名に塩竈を付けている。 ...続きを見る

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2012/08/29 09:10
空也寺 (京都市下京区) 空也上人ゆかりの寺
空也上人(903〜972年)は醍醐天皇の落胤ともいわれているが、その実は 不詳である。 20歳頃尾張国分寺で出家し、空也と名乗ったといわれている。その後、諸国 を念仏布教しながら巡り、社会事業にも大いに貢献している。 36歳頃京都に入り、庶民に念仏を布教し、この頃踊念仏を広めたと いわれている。 このように一般民衆への念仏布教を中心に活動したことから、<市の聖> などと呼ばれた。 ...続きを見る

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2012/08/25 12:51
京都六地蔵巡り (京都市)
8月22・23日の京都風物詩の一つとなっている<京都六地蔵巡り>も 年々賑やかになり、観光バスの団体が多くお参りする光景が目につく。 <京都六地蔵巡り>   伏見六地蔵(伏見区・大善寺) 奈良街道の入口   鳥羽地蔵(南区・浄禅寺)    西国街道の入口   桂地蔵(西京区・地蔵寺)    丹波・山陰街道の入口   常盤地蔵(右京区・源光寺)  周山街道の入口   鞍馬口地蔵(北区・上善寺)  鞍馬街道の入口   山科地蔵(山科区・徳林庵)  東海道の入口 の地蔵尊を巡って家内... ...続きを見る

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2012/08/23 20:57
聖光寺 (京都市下京区) 鎮西上人ゆかりの寺
鎮西上人(聖光房弁長)は浄土宗第二祖で、現在の知恩院浄土宗の宗派 の基礎を造っている。 鎮西は1197年九州から京都に入り、法然の教えに帰依して法然の弟子と なり8年間法然の教えを受ける。 その時、住まいとした草庵が現聖光寺の地であり、その地は仏師康慶の住居 の一角であった。<康慶は運慶の父で奈良で活動している> ...続きを見る

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2012/08/21 09:26
不動堂明王院 (京都市下京区) 空海作の三体不動尊
弘法大師空海が刻んだと伝えられる三体不動尊(高野山南院の浪切不動尊、 成田新勝寺の成田山不動尊、不動堂明王院の霊石不動尊)の一つが 井戸底深く埋められ封印されていると伝承される霊石不動尊である。 823年東寺を嵯峨天皇から授かった空海は、鬼門の方向にあたるこの地 に石に不動尊を刻んで井戸深く埋めて東寺守護を祈ったといわれている。 ...続きを見る

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2012/08/17 09:23
勧持院 (京都市下京区) 加藤清正ゆかりの寺
勧持院は、日蓮宗大本山・本圀寺の塔頭であったが、現在は本圀寺が 山科区に移転して旧塔頭の位置にある。 本圀寺は、日蓮聖人が鎌倉に法華堂を開創し、後1345年天皇の命に より京都六条に移転してきて本圀寺は大寺となっている。 その移転時に勧持院も一緒に移転してきたと伝えられている。 ...続きを見る

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2012/08/13 15:47
光縁寺 (京都市下京区) 新撰組ゆかりの寺
光縁寺は新撰組の屯所があった壬生に近く、新撰組の馬屋が門前近くに あったことや、新撰組副長の山南敬助の家紋と寺の寺紋が同じであった ことなどから山南と住職が懇意になったらしい。 そんな関係から新撰組の亡くなった隊士などを弔い、山南も光縁寺に 葬られている。 20数名の隊士・関係者が埋葬されている。 ...続きを見る

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2012/08/08 10:11
瑞雲院 (京都市下京区) 小早川秀秋の準菩提寺
豊臣秀吉の甥であり、秀吉の養子にもなった小早川秀秋は、1600年の 関ヶ原の戦いで西軍を裏切り東軍に寝返って、東軍の勝利に貢献した ことで徳川家康の論功行賞により岡山藩主となっている。 その2年後若くして亡くなり、日蓮宗大本山・本圀寺の塔頭・玉陽院を 秀秋の菩提を弔うために瑞雲院と改め、家康から百石を受けている。 このことから瑞雲院を百石寺とも呼んでいる。 墓所は岡山市の瑞雲寺にある。 ...続きを見る

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2012/08/04 14:01
長香寺 (京都市下京区) 京都大工頭・中井家の菩提寺
京都大工頭の職は、江戸時代に徳川幕府の大工頭として朝廷や幕府の 建築・再建に携わった職で、中井正清を初代として江戸時代末まで 続いている。 中井家は徳川家康に重んじられ、江戸城・日光東照宮など多くの作事に あたっている。 ...続きを見る

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2012/07/29 08:26
浄国寺 (京都市下京区) 罪人受戒の寺
浄国寺は1560年五條東洞院に開創されたが、豊臣秀吉の京都改造計画 により寺町が造られ、1585年に現在の寺町に移転している。 江戸時代、京の罪人は、市中を引き回された後浄国寺で受戒し、末期の 水を与えられて六条河原の処刑場へと連行されたといわれている。 現在のお寺からそうした江戸時代の物語を想像することはできない。 ...続きを見る

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2012/07/24 14:34
新徳寺 (京都市中京区) 新撰組発祥の地
壬生の新徳寺・旧八木邸・壬生寺などは新撰組ゆかりの旧跡であるが、 新徳寺は1863年清河率いる浪士組が京都に入って拠点とした最初の 場であり、その後浪士組から新撰組が発祥して八木邸・壬生寺が拠点 として使われている。 ...続きを見る

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2012/07/20 09:12
大福寺 (京都市中京区) 京都七福神・布袋尊
今や全国にある七福神信仰は、室町時代後期に京都で始まり、 七福神巡りなどの形で浸透していった。 京都にも多くの七福神巡りがあるが、その中でも代表的なものとして、 都七福神と京都七福神がある。 京都七福神とは、   恵比寿神:清荒神護浄院  大黒天:松ヶ崎妙円寺  弁財天:妙音堂   毘沙門天:蘆山寺  布袋尊:大福寺  福禄寿:遣迎院  寿老人:革堂 ...続きを見る

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2012/07/14 15:45
薬師院 (京都市中京区) こぬか薬師
伝教大師最澄が彫ったと伝承される薬師院の薬師如来は、延暦寺の 薬師如来と同木の薬師(七体の薬師如来)と言い伝えられ、岐阜県 横倉の医徳堂に安置されていたといわれる。 1230年疫病が流行り、この薬師如来が<一切の衆生よわが前に 参ぜよ、諸病ことごとく除くべきに、こぬか、こぬか>と告げたところ 人々が参じ、ことごとく諸病が治ったといわれ、それ以降この薬師如来 を<こぬか薬師>と呼んだと。 その後、織田信長が現在の地に移座したと伝えられている。 ...続きを見る

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2012/07/10 16:10

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