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zoom RSS テーマ「滋賀県のお寺」のブログ記事

みんなの「滋賀県のお寺」ブログ

タイトル 日 時
滋賀県のお寺  
滋賀県のお寺   滋賀県は京都・奈良に続いて古寺が多く、仏教文化財も京都・奈良に 続いて多い。 国宝・重要文化財に指定された仏像を有する寺院数は207ヶ寺にも 及び、国宝・重要文化財に指定された建造物を有する寺院数は42ヶ寺で 共に全国3番目である。 それも小さな寺院が数多くあることが京都・奈良と大いに異なる。 ...続きを見る

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2017/05/18 15:39
滋賀県大津市のお寺
滋賀県大津市のお寺 大津市には延暦寺、三井寺、石山寺など名刹・古刹が多くあり、 文化財の宝庫になっている。 大津市のお寺を紹介 ...続きを見る

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2017/05/18 15:37
浄土寺 (滋賀県大津市大鳥居)
浄土寺 (滋賀県大津市大鳥居) 浄土寺は、大戸川ダム建設工事に伴い集落全体が1998年現在地に 移転している。 大戸川ダム建設には賛否両論の中、一時停止された経緯があるが、 再び建設に向けて動き出す計画となっている。 こうした事情から、浄土寺の伽藍も新しい。 山門前の石垣上に安置されている宝篋印塔も同時に移転してきている。 この宝篋印塔は鎌倉時代後期の造塔と考えられ、廃寺となった安楽寺 からの移座といわれている。 ...続きを見る

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2017/05/18 15:32
新福寺 (滋賀県大津市月輪)
新福寺 (滋賀県大津市月輪) 新福寺の位置する大津市月輪地区は、江戸時代前期に新田開発が行われ、 ため池や田畑が造成された地区である。 現在は、住宅地として開発されている。 新福寺はこうした新田開発の当初1676年に開創されている。 本尊の阿弥陀如来は京都誓願寺からの請来仏といわれ、平安時代前期 の造像といわれている。 ...続きを見る

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2017/04/29 09:28
安楽寺 (滋賀県大津市枝)
安楽寺 (滋賀県大津市枝) 大津市南部を流れる瀬田川の東に位置する田上地区に建つ安楽寺は、 何の変哲もないお寺であるが、重要文化財に指定された薬師如来坐像 が祀られ、また鎌倉時代の石造浮彫宝塔が安置されている。 特に、石造浮彫宝塔を探したが見つからず。 ...続きを見る

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2017/04/11 09:22
滋賀県高島市のお寺
滋賀県高島市のお寺 滋賀県高島市は市町村合併で湖西地区を網羅しており、 余り知られていないお寺が多くあるが、紹介してみよう。 ...続きを見る

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2017/03/22 15:05
大泉寺 (滋賀県高島市新旭町)
大泉寺 (滋賀県高島市新旭町) 大泉寺は、965年比叡山延暦寺の中興の祖・慈恵大師良源(元三大師) が自らの生誕地に開創したと伝えられている。 良源の生誕地については、長浜市虎姫町が通説であるが、こうした伝承 もあるのだろう。 それほどに元三大師信仰が篤いのである。 境内には、良源の産湯に使われたという霊水泉が湧き出たことから 大泉寺の寺名が付けられたとか。 また、縁が叶うご利益から山号も結縁山と。 ...続きを見る

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2017/03/22 14:57
滋賀県湖北地域のお寺
滋賀県湖北地域のお寺 滋賀県湖北地域(米原市、長浜市、長浜市虎姫町、長浜市湖北町、長浜市高月町、 長浜市木之本町、長浜市余呉町、長浜市西浅井町)は観音の里と呼ばれ、特に 渡岸寺観音堂の<国宝>十一面観音立像は日本を代表する仏像である。 ...続きを見る

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2017/03/04 09:30
蓮通寺 (滋賀県長浜市西浅井町)
蓮通寺 (滋賀県長浜市西浅井町) 海津から奥琵琶湖パークウェイの月出峠を越えて、下り坂を下り切った 西浅井町岩熊の集落に、蓮通寺の本堂屋根を見る。 岩熊は琵琶湖最北端に位置し、塩津湊が目の前にある。 かっては北陸〜塩津〜琵琶湖〜京都の湖上航路の拠点として栄えたと いわれている。 この位置にある蓮通寺の由緒も塩津湊と大いに関係している。 ...続きを見る

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2017/03/04 09:13
正妙寺 (滋賀県長浜市高月町)
正妙寺 (滋賀県長浜市高月町) 琵琶湖湖北の<湖北野鳥センター>に近い長浜市高月町西野の山裾に ある日枝神社の山腹に建つのが正妙寺観音堂である。 この観音堂に祀られる<千手千足観音>は日本でも珍しい観音像と いえよう。 憤怒相の顔、17本の手、19本の足を持つ観音像である。 造像の時代は定かではないが、後年に補修されている。 集落の人々によって維持管理されている。 ...続きを見る

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2017/02/14 09:28
法證寺 (滋賀県米原市) 黒田官兵衛の先祖の菩提寺
法證寺 (滋賀県米原市) 黒田官兵衛の先祖の菩提寺 豊臣秀吉の軍師・黒田官兵衛の曾祖父・高政より前の先祖については 諸説がある。 通説としては、鎌倉時代後期に京極氏信の孫・宗満が現在の長浜市 木之本町黒田に住み、黒田氏を名乗ったのが始まりといわれている。 諸説の一つが、この宗満が現在の米原市黒田郷に住したのが始まり ともいわれている。 この説では、黒田宗満の菩提寺が法證寺である。 いずれにしても、黒田氏は滋賀県湖北を発祥としているのだろう。 ...続きを見る

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2017/01/29 09:31
滋賀県湖東地域のお寺
滋賀県湖東地域のお寺 滋賀県湖東地域(近江八幡市、竜王町、安土町、東近江市、日野町、 愛荘町、豊郷町、甲良町、多賀町、彦根市)には紅葉で有名な湖東三山 などがある。 ...続きを見る

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2017/01/12 09:30
慈眼寺 (滋賀県東近江市瓜生津) 銅造聖観音立像
慈眼寺 (滋賀県東近江市瓜生津) 銅造聖観音立像 今は慈眼寺会館となっている慈眼寺本尊・聖観音は白鳳時代の 造像と考えられ、滋賀県でも最古級の仏像である。 その由来は、近江守護・佐々木氏の持仏であったが、佐々木氏没落後、 池に投げ込まれていたが、慶長年間(1596〜1615年)になって、 慈眼寺の僧が夢告によって池から拾い上げ、本尊として祀ったとか。 別の由来説もあり、真の由来については不詳である。 ...続きを見る

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2017/01/12 09:15
昌善寺 (滋賀県東近江市)
昌善寺 (滋賀県東近江市) 田畑の拡がる集落に建つ昌善寺の地名は南菩提寺町であるが、周囲には 北菩提寺町、西菩提寺寺と菩提寺というお寺がかって存在した。 古代に、この地区の豪族・秦氏が建立したと考えられている菩提寺は、 広大な敷地に七堂伽藍を構え多くの仏像が祀られていたと思われる。 兵火によって菩提寺は壊滅したが、村人によって運び出された仏像が 数体現在も残されている。 その内の一体が昌善寺の本尊・阿弥陀如来坐像であると伝えられている。 他にも、近くの善明寺に残る阿弥陀如来坐像2体がそれである。 ...続きを見る

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2016/12/29 10:55
正寿寺 (滋賀県東近江市)
正寿寺 (滋賀県東近江市) 柏木町の畑田の中に建つ正寿寺の開創は不詳であるが、江戸時代の 再興といわれている。 境内に安置された2基の宝篋印塔の向って右の背の高い石塔には 1291年銘があり、滋賀県でも銘が入った宝篋印塔の中でも 最古類に属する。 左の石塔は南北朝時代と見られている。 この石塔で正寿寺は知られている。 ...続きを見る

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2016/12/23 09:27
大蓮寺 (滋賀県東近江市市辺町)
大蓮寺 (滋賀県東近江市市辺町) <神様の山>、<天狗が住む山>などと呼ばれる太郎坊山(赤神山)を 望む市辺の集落に建つ大蓮寺は1600年に開創されたと伝わる浄土宗の お寺である。 境内の一隅に三尊石仏、宝篋印塔などが安置されている。 三尊石仏は1321年の銘があり、石龕形式で如来三尊(阿弥陀、薬師、釈迦) が半肉彫で彫り出されている。 隣に立つ宝篋印塔は南北朝時代の造と思われる堂々とした石塔である。 ...続きを見る

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2016/12/06 09:16
滋賀県湖南地域のお寺
滋賀県湖南地域のお寺 滋賀県湖南地域(草津市、栗東市、守山市、野洲市、湖南市、甲賀市) には名刹・古刹が結構多くあり、湖南三山などの国宝伽藍も貴重な 文化遺産である。 ...続きを見る

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2016/11/16 09:40
福泉寺 (滋賀県野洲市)
福泉寺 (滋賀県野洲市) 本堂前に植生されている<ウツクシマツ(美松)>は女性的な姿を 見せる松の一種であるが、学名は同一のタギョウショウ(多行松)と 思われる。 同じ滋賀県の湖南市平松には、国の天然記念物に指定された ウツクシマツの自生地がある。 福泉寺の本堂とウツクシマツがよく調和した風景である。 ...続きを見る

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2016/11/16 09:30
広徳寺 (滋賀県栗東市) 磨崖仏
広徳寺 (滋賀県栗東市) 磨崖仏 県道12号を片山集落で左に折れ山中の走井集落に至る。 竜王山の山裾に広徳寺が建つ。 お寺から更に林道を山中へ入ると、大きな砂防ダムに辿り着く。 そのダムの上方100mほどの杉林の中に、不動明王磨崖仏が見つかる。 この岩の側面には<廿九丁>と刻まれ、丁石の役割を果たしていたのだろう。 それは、名刹金勝寺への参道があったのであろう。 不動明王像は中肉彫りで、像高は75cmほどで室町時代以前と推定 されている。 この磨崖仏は広徳寺が管理している。 ...続きを見る

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2016/10/26 19:25
西蓮寺 (滋賀県草津市) 蓮如上人ゆかりの寺
西蓮寺 (滋賀県草津市) 蓮如上人ゆかりの寺 西蓮寺は寛正年間(1460〜66年)前半に、蓮如上人の弟子・慶乗が 現在の守山市赤野井に道場を開いたのが始まりと伝えられている。 寛正の法難(1465〜67年)により、大谷本願寺が比叡山の僧兵によって 破却され、蓮如上人は摂津・河内・近江へと逃れることになる。 近江では、赤野井西蓮寺・金森など弟子や支援者の道場を転々としている。 そうした中、慶乗などは比叡山僧兵に戦いを挑んでいる。 1467年一旦和睦が成立しているが、1471年になって蓮如上人は吉崎 に御坊を建立している。 西蓮... ...続きを見る

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2016/10/01 15:04
安養寺 (滋賀県大津市逢坂) 蓮如上人ゆかりの寺
安養寺 (滋賀県大津市逢坂) 蓮如上人ゆかりの寺 百人一首にも詠われている<逢坂の関>は646年に設置され、平安時代初期に 再設置された最古類の関所である。  蝉丸の歌<これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関>  清少納言の歌<夜をこめて鳥の空音ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ> その逢坂の関近くに862年開創されたと伝わるお寺が安養寺である。 ...続きを見る

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2016/09/20 09:12
華階寺 (滋賀県大津市) イチョウ
華階寺 (滋賀県大津市) イチョウ JR大津駅から琵琶湖岸へ伸びる中央大通りは、1968年〜1981年の 工事で開通した大津市のメイン通りである。 その大通りの京町三丁目交差点の中央分離帯緑地に2本のイチョウ古木 が偉容を誇っており、一つのシンボル樹となっている。 このイチョウは、交差点角に建つ華階寺が開創された1532年に境内に 植えられたといわれ、中央大通りの建設に伴い境内が削られたが、 イチョウは分離帯に残された由縁を持つ。 ...続きを見る

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2016/09/02 09:17
阿弥陀寺 (滋賀県高島市新旭町)
阿弥陀寺 (滋賀県高島市新旭町) 阿弥陀寺は聖徳太子による開創と伝わるが、詳細は不詳である。 1322年に再興され、その後足利尊氏の祈願所となったといわれる。 1570年織田信長が越前の朝倉氏を攻めていたが、浅井長政に挟撃 され、一旦京都へ逃げ岐阜へ向う途中に、杉谷善住坊なる忍者に 鉄砲で狙われたが、無事逃れている。 その後、善住坊は高島の阿弥陀寺に隠れたが、高島領主に捕えられ、 信長に引き渡され斬首されている。 この話は小説などにも取り上げられ、阿弥陀寺の存在が明らかになった そうだ。 ...続きを見る

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2016/08/16 09:13
深高院 (滋賀県長浜市西浅井町)
深高院 (滋賀県長浜市西浅井町) 奥びわ湖の山里深く、深高院山を背にポツンと建つ風景が愛される 深高院は1547年に開創されたと伝えられ、永らく廃寺同然の状態 であったが、1934年再興されている。 特別の歴史もないが、今の風景が全てである。 ...続きを見る

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2016/07/29 09:00
妙法寺 (滋賀県長浜市) 羽柴石松丸秀勝の菩提寺
妙法寺 (滋賀県長浜市) 羽柴石松丸秀勝の菩提寺 豊臣秀吉の実子は少なく、正室ねねとの間には実子はいない。 側室との間に生まれた実子は4人ともいわれ、鶴丸・秀頼は淀殿との 間に生まれた実子であることは史実上も確認されている。 秀吉が長浜城主時代に、最初に生まれた実子が石松丸秀勝と伝承されて いるが、その真偽は諸説ある。 この石松丸秀勝が1576年に亡くなり、葬られたのが妙法寺といわれている。 発掘調査により、その墓塔と考えられている墓石が妙法寺に祀られている。 石松丸の側室も判明しておらず、その真偽のほどは現段階では不詳である。 ... ...続きを見る

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2016/07/11 13:52
弘誓寺 (滋賀県東近江市瓜生津町) 近江七弘誓寺
弘誓寺 (滋賀県東近江市瓜生津町) 近江七弘誓寺 源平合戦の武者・那須与一の子孫が開創しまたは再興した近江の七ヶ寺の 弘誓寺を近江七弘誓寺と呼んでいるようだ。  東近江市瓜生津、東近江市建部、東近江市五個荘、東近江市射光寺、  東近江市小田刈、東近江市中一色の弘誓寺と彦根市の法蔵寺 瓜生津弘誓寺は、親鸞聖人の弟子・宗信が1232年に開創したと いわれ、弘誓寺の最初の寺となる。 三代住職の愚咄が那須与一の子孫といわれ、愚咄が弘誓寺を 各地に開創する契機になり、本願寺三代覚如との結びつきも 強かった。 那須与一との関連も不詳の部分... ...続きを見る

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2016/06/22 09:01
専称寺 (滋賀県近江八幡市)
専称寺 (滋賀県近江八幡市) 近江八幡市の北部はかって内湖(大中湖、小中湖、津田内湖など)があったが、 干拓により現在は西の湖を残し農地となっている。 専称寺の位置する地もかっては島であり、島の入江にあった。 この島には長命寺や奥津島神社があり、古い歴史を有する地であった。 現在は陸地となり、琵琶湖湖岸道路がかっての島麓を通っている。 専称寺は奥津島神社の近くに建つ。 ...続きを見る

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2016/06/05 09:39
興敬寺 (滋賀県日野町)
興敬寺 (滋賀県日野町) 親鸞聖人の弟子といわれた円鸞が、1235年京都松原に親鸞聖人から 興正寺の寺号を受けて開創したのが始まりと伝えられている。 真宗興正寺派本山興正寺とは別の興正寺と思われる。 1395年に日野の地に移ったが、その後2寺に分かれ、一つが 興敬寺となっている。 興敬寺は湖東・湖南で相当の影響力を持った真宗寺院であったとも いわれている。 日野領主・蒲生氏によって再建もされている。 ...続きを見る

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2016/05/18 10:12
長徳寺 (滋賀県日野町)
長徳寺 (滋賀県日野町) 信長・秀吉に仕えた戦国大名・蒲生氏郷は日野町の礎を築いた恩人であるが、 その曽祖父・蒲生高郷の室が天文年間(1532〜55年)に開創したのが 長徳寺の始まりと伝えられている。 その後荒廃したが、1678年黄檗宗の僧によって再興されている。 1947年火災によって焼失しすっかり荒廃している。 ...続きを見る

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2016/04/30 10:37
正覚院 (滋賀県竜王町)
正覚院 (滋賀県竜王町) 国宝苗村神社の近隣にある正覚院は、かっては近江八幡市安土町の繖山中腹に 建つ桑実寺の子院であった。 子院の中で学頭の位置にあり、1531〜34年の3年間足利義晴が仮幕府を 置いた歴史を持つ。 1737年現在地に移っている。 歴史が物語る2体の仏像が重要文化財に指定されている。 ...続きを見る

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2016/04/10 09:45
来迎寺 (滋賀県野洲市)
来迎寺 (滋賀県野洲市) 来迎寺は995年、<往生要集>を著し浄土教の基礎を築いた恵心僧都源信 によって天台宗の寺として開創されたと伝えられている。 1653年再興され浄土宗に改宗されている。 天台宗時代の本尊であったと思われる聖観音立像は9世紀の造像と考えられ、 写真で見ても特異な面貌をしている。 大津市聖衆来迎寺からの請来仏ではないかと。 ...続きを見る

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2016/03/29 09:36
地蔵院 (滋賀県栗東市目川) 伊勢信仰碑
地蔵院 (滋賀県栗東市目川) 伊勢信仰碑 旧東海道の石部宿と草津宿の中間にある目川集落は、草津川へ注ぐ 金勝川沿いに旧東海道が通り、旅人に食事などを供する店などが あった。 その旧東海道に面して建つ地蔵院は1544年に禅寺として開創され、 明治時代に入って浄土宗に改宗されている。 境内に建つ<天照皇太神宮の碑>は1695年に建立された石碑で、 江戸時代にお伊勢参りが隆盛し、伊勢信仰が高まった時に東海道を 京から伊勢神宮へ向う参詣人に向けて建立された<伊勢信仰碑>の 一種と考えられるのでは。 ...続きを見る

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2016/03/24 09:20
薬師院 (滋賀県草津市)
薬師院 (滋賀県草津市) 琵琶湖東岸に位置する草津市の北山田集落の鎮守・若宮神社の隣に、 一般住居と変わらぬ佇まいの本堂がポツンと建っている。 これが薬師院である。 かっては天台宗の大寺があったが、元亀年間(1570〜73年)の兵火に 遭い廃寺となったが、石造薬師如来像が残され、1688年黄檗宗の僧 が再興し石造薬師如来を本尊として薬師院を建立している。 無住のお寺で拝観は叶わずに終わった。 ...続きを見る

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2016/03/07 09:21
善通寺 (滋賀県大津市)
善通寺 (滋賀県大津市) 樹齢300年以上といわれるイチョウが山門越しに目につく善通寺には、 朝鮮高麗王朝時代の<釈迦三尊像(画)>が伝わっている。 高麗王朝は936〜1392年の間続いた朝鮮統一王朝で、Koreaの語源 にもなった栄えた王朝である。 王朝は仏教を支援し仏教文化が栄えた中で、上記の釈迦三尊像も描かれて いる。 これは、善通寺を開創した天台宗の善慶が持ちこんだといわれている。 ...続きを見る

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2016/03/01 09:07
乗念寺 (滋賀県大津市)
乗念寺 (滋賀県大津市) 乗念寺には平安時代前期の一木造りの古様構造を持つ聖観音立像が あるが、かっては大津が天台宗支配地であったことから、天台宗のお寺 の客仏と考えられている。 乗念寺は1588年に開創されたといわれ、江戸時代には大津浄土宗の 5ヶ寺に数えられ、浄土宗拠点として活動したといわれている。 歴史は浅いが多くの寺宝を有する。 ...続きを見る

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2016/02/18 09:39
慈敬寺 (滋賀県高島市鴨)
慈敬寺 (滋賀県高島市鴨) 1465年大谷本願寺が比叡山衆徒によって破却されると、蓮如上人は 近江を中心に布教活動を続け、1471年北陸吉崎へ向う途次に、 高島舟木に慈敬寺を開創したと伝えられている。 蓮如上人は吉崎御坊で北陸に基礎を築き、1475年吉崎を退去し、 畿内に戻っている。 慈敬寺は蓮如上人開創のお寺であることから、真宗大谷派においても 重要な位置を占めて、かっては東本願寺の院家の資格を持っていた。 ...続きを見る

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2016/02/15 09:17
浄栄寺 (滋賀県高島市新旭町) 針江生水の郷
浄栄寺 (滋賀県高島市新旭町) 針江生水の郷 <日本遺産>初選定18件の一つ<琵琶湖とその水辺景観>の構成要素 である<針江・霜降の水辺景観>は高島市新旭町にあり、針江生水の郷 が中心に位置している。 2004年NHKで放映されて一躍有名になった集落である。 集落の中を巡る水路やその水を生活用水として使用するシステムを <かばた>と呼んでいる。 観光客も増えている。 その集落入口に建つのが浄栄寺である。 名もないお寺であるが、集落へのアプローチの目安になっている。 ...続きを見る

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2016/02/01 09:42
善隆寺 (滋賀県長浜市西浅井町) 和蔵堂
善隆寺 (滋賀県長浜市西浅井町) 和蔵堂 奥琵琶湖の大浦湖岸から北へ6〜7kmの山あいに位置する山門集落に 建つ善隆寺の境内に、和蔵堂と呼ぶ収蔵庫がある。 この和蔵堂には十一面観音立像と阿弥陀仏頭が祀られている。 共に、藤原時代の作で重要文化財に指定されている。 山門集落から2kmほど南の庄集落和蔵にあった天台宗の安養寺の 住職が、1396年山門集落に草庵を建て、安養寺は僧に任せて移り住んだ のが善隆寺の始まりといわれている。 その後、安養寺から十一面観音と阿弥陀仏頭を山門集落に移している。 奥琵琶湖の山あいによくぞ古仏... ...続きを見る

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2016/01/21 09:10
覚念寺 (滋賀県長浜市高月町)
覚念寺 (滋賀県長浜市高月町) 湖北の東に位置する己高山(こだかみやま)は奈良時代から修行霊場として 開かれ、平安時代初期に最澄が堂宇を建立し、観音信仰を中心にした 己高山仏教文化が開花したと伝えられている。 現在もこの地区に残る多くの観音菩薩は己高山仏教文化の名残と いわれ<観音の里>と呼ばれている。 その中にあって、己高山の惣山7ヶ寺(法華寺、石道寺、満願寺、 安楽寺、松尾寺、円満寺、鶏足寺)の一つ松尾寺(しょうびじ)の法灯を 継いでいるのが覚念寺といわれている。 ここの観音は十一面観音である。 ...続きを見る

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2016/01/15 09:15
常楽寺 (滋賀県長浜市湖北町)
常楽寺 (滋賀県長浜市湖北町) 琵琶湖岸道路に沿って、水鳥が多く集まる湖北水鳥公園がある。 その公園から東1kmほどに椀を伏せたような山本山(324m)があり、 その山腹にあるのが常楽寺である。 また、頂上附近には平安時代末期に山本義定が築城した山本城跡が ある。 当初、山本山南麓にあった常楽寺の開創については不詳であるが、 平安時代末期に山本城主・山本義定が祈願所として常楽寺伽藍を 整備し、七堂伽藍の大寺であったと伝えられている。 明治時代に現在の地に移されている。 ...続きを見る

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2015/12/28 20:39
退蔵寺 (滋賀県東近江市)
退蔵寺 (滋賀県東近江市) <宇治は茶所 茶は政所〜>と唄われたり、<幻の銘茶>といわれたり、 豊臣秀吉が愛飲したともいわれた<政所茶>は、東近江市の永源寺ダム 上流山間地の政所町特産のお茶である。 室町時代に、永源寺五世・越渓秀格が村人に薬用茶として栽培を勧めた といわれ、江戸時代には全国に知れ渡ったが、最近は人口減少で生産量 も減っている。 この越渓秀格が1390年に開創したのが退蔵寺である。 ...続きを見る

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2015/12/21 09:59
法光寺 (滋賀県日野町)
法光寺 (滋賀県日野町) 日野工業団地の近くにあり、法光寺川の流域山手に建つ法光寺は、 12世紀に万民の無病息災を祈願して、都から薬師如来を迎えて 開創されたと伝えられている。 鎌倉時代後期になって、蒲生氏一族の室木氏がこの地に移り住み、 諸木神社との神仏習合のお寺としたといわれ、室木氏の菩提寺と なったと伝えられている。 ...続きを見る

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2015/12/10 09:38
滋賀院門跡 (滋賀県大津市) 2015年の紅葉
滋賀院門跡 (滋賀県大津市) 2015年の紅葉 <2015年11月26日曇> 比叡山延暦寺の本坊で、比叡山東麓の阪本にある。 色づきは他所に比してよいほうだろう。 ...続きを見る

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2015/11/26 20:46
西教寺 (滋賀県大津市) 2015年の紅葉
西教寺 (滋賀県大津市) 2015年の紅葉 <2015年11月26日曇> 明智光秀の菩提寺・西教寺は天台真盛宗総本山である。 紅葉の名所で、夜にはライトアップされる。 見頃ピークは過ぎつつあり、色づきはイマイチかな。 ...続きを見る

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2015/11/26 19:57
安養院 (滋賀県大津市) 2015年小さな紅葉
安養院 (滋賀県大津市) 2015年小さな紅葉 <2015年11月26日曇> 西教寺の門前にある塔頭で、小さな紅葉であるが色づきはよい。 見頃ピークといえよう。 ...続きを見る

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2015/11/26 15:42
吉祥寺 (滋賀県竜王町)
吉祥寺 (滋賀県竜王町) 竜王町岡屋集落を貫く広域農道の岡屋口に建つ吉祥寺は、岡屋集落の シンボル的な位置にあり、近年新装なった山門や本堂の造りだす風景 が田園と調和している。 吉祥寺は978年天台宗・浄慶寺として開創されたと伝えられ、1664年 浄土宗に改宗し再興されている。 本尊・阿弥陀如来坐像の由来は不詳であるが、天台浄土教の教えで 造像されたと考えられている。 ...続きを見る

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2015/11/25 15:03
松源院 (滋賀県栗東市)
松源院 (滋賀県栗東市) 野洲川左岸に営まれた古墳時代前期〜平安時代の集落遺跡の傍に 建つ高野神社は、朝鮮渡来人の後裔・高野造の祖神を祀っているが、 その神社の別当であったのが松源院である。 その開創は不詳であるが、室町時代後期から天台宗の社僧が派遣 されていた。 ...続きを見る

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2015/11/24 09:46
常楽寺 (滋賀県湖南市) 2015年の紅葉
常楽寺 (滋賀県湖南市) 2015年の紅葉 国宝湖南三山(善水寺、常楽寺、長寿寺)の常楽寺のもみじ狩りを。 今年の紅葉は昨年に比して早い紅葉となっている。 色づきは昨年が良し。 最近、観光客が増えたようだ。 ...続きを見る

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2015/11/15 16:34
百済寺 (滋賀県東近江市) 2015年の紅葉
百済寺 (滋賀県東近江市) 2015年の紅葉 百済寺(ひゃくさいじ)は湖東三山(百済寺、金剛輪寺、西明寺)の一つ 庭園と眺望が見所。 今年の百済寺紅葉は部分的に見頃で、まだこれからの場所もあり、 長くもみじ狩りができそうだ。 ...続きを見る

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2015/11/12 16:47
東光寺 (滋賀県東近江市) 2015年の紅葉
東光寺 (滋賀県東近江市) 2015年の紅葉 東光寺の紅葉は隠れスポットだが、イチョウと紅葉のバランスがよし。 今年のもみじ狩りは少し早すぎたかな。 11月17〜18日頃がピークとなりそう。 ケーブルテレビが撮影に来ていた。 ...続きを見る

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2015/11/12 16:47
永源寺 (滋賀県東近江市) 2015年の紅葉
永源寺の紅葉はピークを過ぎつつあり、例年に比して早い紅葉であった。 開門早々のもみじ狩りで、人気はほとんどなし。 ...続きを見る

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2015/11/12 16:46
石山寺 (滋賀県大津市) 2015年の紅葉
石山寺の今年の紅葉は例年に比して早いが、ピークは11月15日頃かな。 駐車場料金、入山料共にUP。 ...続きを見る

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2015/11/11 21:25
岩間寺<正法寺> (滋賀県大津市) 2015年小さな紅葉
岩間山の中腹に建つ岩間寺は西国三十三所観音霊場第12番である。 紅葉の名所ではないが、イチョウや長寿の桂、小さな紅葉を楽しめる。 ...続きを見る

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2015/11/11 21:24
西光寺 (滋賀県草津市)
琵琶湖岸に近い草津市南山田町の伯母川沿いに建つ西光寺は、 もと天台宗の寺として1455年開創されたと伝えられ、1731年 改宗して永観堂の末寺となっている。 永観堂62代岳陽の筆による仏涅槃図などが残っている。 他に、天台宗を想わせる不動明王像・毘沙門天像などもある。 ...続きを見る

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2015/11/11 20:45
九品寺 (滋賀県大津市)
九品寺は1215年覚明房長西によって開創されたと伝えられる。 長西は法然上人の高弟で、法然上人が四国へ配流された時に、上人に 従って身のまわりを世話し、上人が亡くなるまで側にいたといわれる。 上人が亡くなると、現在の京都市北区にあった九品寺を再興している。 京都の九品寺は現在、南区にある。 大津九品寺と京都九品寺との関係については不詳である。 ...続きを見る

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2015/11/05 13:56
即得寺 (滋賀県高島市新旭町)
琵琶湖岸の<道の駅しんあさひ風車村>から西へ500mほどに 建つ即得寺は、1470年頃念仏道場として開かれ、1502年に 即得寺として開創されている。 1470年頃は蓮如上人が湖西や湖南で布教に努めていた頃で、 金ヶ森の道西が蓮如上人を強く支援していた。 その道西の弟・正西が念仏道場を開いたと伝えられている。 ...続きを見る

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2015/10/26 09:11
泉慶寺 (滋賀県高島市今津町) お初地蔵
蓮如上人堅田の法難の頃、今津に逃れてきたが、宿の主人が上人を斬ろう として、その娘・お初が身代りとなって上人を助けた。 これが機縁となり、主人は上人の教化を受けて懺悔し、出家して念仏行者と なった。この際、上人は地蔵菩薩を彫りお初を弔い、六字名号を贈ったという 伝承がある。お初地蔵として祀られている。 ...続きを見る

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2015/10/21 09:26
正福庵 (滋賀県長浜市西浅井町)
奥琵琶湖の山間にある庄集落の山手に、ツブラジイの大木が目立つ 正福庵がある。 ツブラジイはシイの一種で、他にスタジイがある。 どちらかといえば、スタジイが長生きといわれ、正福庵のツブラジイの 推定樹齢300年以上というのは珍しいとのこと。 ...続きを見る

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2015/10/15 20:20
岩屋善光堂 (滋賀県米原市)
7世紀初頭に、信州善光寺を開創した本田善光が難波の堀から救いあげた 阿弥陀三尊像(信州善光寺の本尊善光寺如来)を背負って信州へ帰る途次 、米原のこの地に着いて仮眠をとり、その夢告により分身を祀ったと 伝えられ、後に地の有志によって小さな堂が建てられたといわれている。 平安時代に比叡山の慈恵大師が立ち寄り、石造阿弥陀如来を刻んで 祀ったとのこと。 ...続きを見る

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2015/10/10 09:12
善明寺 (滋賀県東近江市横溝)
善明寺の開創については不詳であるが、重要文化財に指定されている 2体の阿弥陀如来坐像は藤原時代の作と考えられ、一体の阿弥陀如来 の胎内には、長承二年(1133年)の銘があり、当時の豪族と思われる 依智秦公ら40数名の結縁が名を連ねている。 1671年に再興され、彦根藩主井伊直澄の母堂の帰依を受けて復興 している。 現在は立派な収蔵庫があるが、寂しい風景である。 ...続きを見る

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2015/10/01 13:50
清源寺 (滋賀県日野町)
日野を中心とする近江蒲生は、蒲生氏が室町時代から近江守護六角氏に 従いながら治め、織田信長・豊臣秀吉の家臣として活躍した。 戦国時代の蒲生定秀(蒲生氏郷の祖父)は日野城を築き、日野の 礎を築いている。 1620年、市橋長政が蒲生・野洲の仁正寺(西大路)藩主となって日野に 着任すると、蒲生定秀の別邸を市橋氏の菩提寺としている。 これが清源寺の始まりである。 ...続きを見る

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2015/09/29 09:09
観音寺 (滋賀県竜王町) 牟礼の橋立
観音寺の前に拡がる天橋立を模した<牟礼の橋立>は牟礼公園となっており、 竜王八景の一つとなっている。 夏にはハスの花が池全体を覆う風景を作りだす。私の訪問は1月で残念ながら 又の機会に譲る。 ...続きを見る

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2015/09/24 19:14
西徳院 (滋賀県野洲市)
奈良時代初期に創建されたと伝わる兵主大社(ひょうずたいしゃ)は滋賀県 でも有数の古社で、源頼朝や足利尊氏の寄進など、武士の崇敬を受けて 大いに栄えたといわれている。 現在でも参詣者が多い。 その近くに位置するのが西徳院である。 ...続きを見る

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2015/09/19 14:59
円徳寺 (滋賀県栗東市)
円徳寺に伝わる<三帖和讃>は、親鸞聖人の著作<浄土和讃>、<高僧和讃>、 <正像末和讃>の3部作を総称したものであるが、親鸞聖人の完全な真筆作は 残っていない。一部真筆のものが三重県専修寺にあり、それは国宝となっている。 円徳寺のものは、室町時代に蓮如上人が開版した写本と考えられている。 門徒が勤行に用いたといわれている。 ...続きを見る

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2015/09/15 09:19
西遊寺 (滋賀県草津市)
西遊寺の木川薬師堂に祀られている薬師如来坐像、毘沙門天立像は 重要文化財に指定されているが、この仏像は733年良弁が開創した と伝わる金勝寺(栗東市)からいつしか移座されたといわれている。 西遊寺は1510年に開創されたといわれ、織田信長の兵火に罹るまでは、 大いに栄えた大寺であったといわれている。 2体の仏像は1月8日、8月8日に公開される。 ...続きを見る

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2015/09/10 10:39
真光寺 (滋賀県大津市下阪本)
1551年に開創された真光寺には、2体の重要文化財仏像がある。 本尊の地蔵菩薩半跏像は鎌倉時代の作で、眼に特色のある像で、 あやめ地蔵とも呼ばれている。 もう1体は2014年に指定されたばかりの奈良時代作と推定される 銅造観音菩薩立像である。 ...続きを見る

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2015/09/01 09:03
徳円寺 (滋賀県長浜市西浅井町)
滋賀県最北部の奥びわこと呼ばれる西浅井町の庄集落にある 徳円寺の開創は不詳であるが、かって山中にあった天台宗のお寺の 一坊が前身といわれている。 慶長年間(1596〜1615年)に曹洞宗徳円寺として再興されたと いわれている。 本尊は馬頭観音で、滋賀県において本尊が馬頭観音というのは珍しい。 一山越えた若狭には数例見られる。 ...続きを見る

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2015/08/26 09:09
良疇寺 (滋賀県長浜市) 近江湖北27名刹第19番
良疇寺の境内西端に建つ<長浜びわこ大仏>は青銅製の総高28m 阿弥陀如来立像で、1994年に造立された2代目の像である。 初代の像は1937年コンクリート造りで建てられている。 良疇寺は1262年に開創されたと伝えられ、同年鎌倉幕府第5代執権 であった北条時頼(出家し、最明寺殿となった後)、諸国を遍歴したと いわれる廻国伝説によると、良疇寺で宿泊し、住職と昵懇となり、 弥陀三尊を贈ったと伝えられている。 最明寺殿の廻国伝説の真偽のほどは不明である。 ...続きを見る

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2015/08/10 09:44
近江孤篷庵 (滋賀県長浜市) 小室城主・小堀家の菩提寺
三大茶人(千利休、古田織部、小堀遠州)と呼ばれる大名・小堀遠州が 1647年に亡くなると、嫡子・政之は父の遺領を引き継ぎ1648年に 小室城を築城している。この城は1789年に廃城となっている。 この小室城主・小堀家の菩提寺として、また遠州の菩提寺として 1653年孤篷庵が開創されている。小堀遠州の菩提寺が大徳寺孤篷庵である ことから、こちらを近江孤篷庵と呼んでいる。 ...続きを見る

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2015/07/27 09:14
大善寺 (滋賀県高島市勝野) 近江湖西27名刹第19番
織田信長の甥・織田信澄は1578年近江高島の所領を信長から 与えられ、高島に大溝城を築城している。 その時、明智光秀の娘と結婚している。 また、帰依していた新庄大善寺の別院として、大溝城下の琵琶湖岸に 勝野大善寺を開創している。 織田信澄は1582年本能寺の変後、明智光秀が義父ということで、 織田信孝の軍によって殺害されている。 ...続きを見る

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2015/07/19 10:02
びわ湖百八霊場
びわ湖百八霊場は2009年に誕生しており、近江湖西27名刹・ 近江湖北27名刹・近江湖東27名刹・近江湖南27名刹からなっている。 湖北27名刹が1992年に発足し、順次湖東・湖南・湖西と設定されている。 琵琶湖を一周する巡礼路は近江の代表的な寺院を巡る自然との触れ合い となる。 ...続きを見る

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2015/07/11 10:35
阿弥陀寺 (滋賀県長浜市西浅井町菅浦) 近江湖北27名刹第7番
琵琶湖の北端に突き出た葛籠尾崎(つづらおざき)の根元にひっそりと佇む 湖岸の集落・菅浦は奈良時代の万葉集にも登場する歴史を重ねた集落 である。万葉集の歌  高嶋の阿渡の水門を漕ぎ過ぎて塩津菅浦今か漕ぐらむ> その菅浦集落の山麓に建つのが阿弥陀寺である。その本尊・阿弥陀如来立像 は大仏師・快慶の弟子・行快が1235年に造立した彫刻史上貴重な仏像で 秘仏となっている。 ...続きを見る

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2015/07/11 09:22
称念寺 (滋賀県高島市マキノ町) 薬師堂
<新・日本の街路樹百景>に選ばれている<メタセコイア並木道>は、 1981年にメタセコイア植樹が始まり、現在では2.4kmの道路両側に 500本が並ぶ景観は圧巻である。 その並木道東1kmの山麓に建つ称念寺薬師堂は、かって西明寺の 仏堂であったが、西明寺の廃寺によって同じ集落の称念寺に移って いる。しかし、集落の人達によって連綿と護られている。 薬師堂の本尊・薬師如来立像は1074年造立された墨書が胎内から 見つかっており、年記が明確な貴重な仏像で、重要文化財に指定 されている。... ...続きを見る

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2015/07/06 13:58
永正寺 (滋賀県栗東市)
室町幕府第9代将軍・足利義尚は、応仁の乱(1467〜77年)で諸国が 乱れ、将軍の権威が失墜する中で勢力を盛り返すべく、1487年近江の 守護大名・六角高頼征伐のために自ら直轄軍を率いて出陣した。 最初は、鈎の安養寺に陣を構え、引き続き鈎の真宝館に本陣を構えている。 ところが、1489年陣中で病死している。 25歳と若い死を悼む声が多かったといわれている。 この鈎真宝館跡地に永正年間(1504〜21年)に開創されたのが永正寺 である。 お寺周辺には陣跡の名残がのこされている。 ... ...続きを見る

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2015/06/27 13:51
光伝寺 (滋賀県草津市矢倉)
草津川沿いの草津市矢倉は、江戸時代初期に東海道草津宿の拡張のために、 若宮神社附近から30数軒が移住させられ宿場の一部を形成したことから 現在に至っている。現在は密集した住宅地となっている。 その中に住宅に囲まれ建っているのが光伝寺である。 光伝寺は承平年間(931〜938年)に開創されたと伝えられるが詳細は 不詳である。明暦年間(1655〜58年)に再興されている。 本尊の阿弥陀如来坐像は重要文化財である。 ...続きを見る

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2015/06/17 09:04
華開寺 (滋賀県大津市仰木)
清和天皇の直系で、清和源氏の流れを持つ源満仲(912〜997年)は 平安時代中期の有力武将で多田源氏の祖である。 源満仲は殺生放逸の者と呼ばれていたが、満仲の子・源賢は比叡山 で修行中の師・源信(恵心僧都)に仏の道を説話依頼し、満仲は977年 出家したといわれている。 満仲は源信に帰依し、比叡山の麓に華開寺を開創したと伝えられている (華開寺の寺伝による)。 この経緯には諸説あり、満仲が出家したのは987年ともいわれている。 いずれにしても、源満仲と源信の縁は深かったと思われる。... ...続きを見る

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2015/06/10 09:09
福善寺 (滋賀県高島市マキノ町)
マキノ町海津は、かっては琵琶湖の商業港として大いに栄えたが、 現在はその役割を終え、海津大崎の桜並木や海津浜の石積み などの観光資源が支えている。 海津浜の石積みは、重要文化財的景観としてかっての面影を残している。 その集落の中心地に建つ福善寺には<お兼伝説>が残っている。  千年前、海津にお金という湯女がおり、東国の武士が馬の足を洗って いると、その馬が突然暴れ出した。とおりかかったお金が下駄のままで 馬の手綱を踏んでとりしずめた。この女の大力をとりあげて、 長唄<近江のお兼>... ...続きを見る

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2015/05/31 10:32
西願寺 (滋賀県近江八幡市野村町)
西願寺は1516年に開創されたと伝えられる天台真盛宗のお寺である。 天台真盛宗とは、最澄を祖とする天台宗の一派であるが、弥陀本願の 念仏を根本とする真盛上人を祖とする宗派で、明治11年に天台宗から 独立している。 滋賀県、三重県、福井県に多く、西教寺(大津市)を総本山としている。 本尊も阿弥陀如来である。 ...続きを見る

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2015/05/26 09:54
養泉寺 (滋賀県日野町)
室町時代の武将で歌人でもあった蒲生貞秀は、1467〜86年に現在の 日野町音羽に音羽城を築き、蒲生郷を統治していた。 貞秀の三男・秀順は音羽秀順となり、音羽の雲迎寺や養泉寺と関わりを 持ったといわれている。 両寺の境内は音羽城の外周に接していることからも大いに関係したであろう。 養泉寺の開創については不詳であるが、1573年頃には浄土真宗の 中心道場であったといわれている。 ...続きを見る

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2015/05/12 09:03
龍光寺 (滋賀県大津市仰木)
比叡山系東麓の里山に建つ龍光寺の太鼓楼が目につく。 太鼓楼(鼓楼)は真宗系のお寺に多く見られ、太鼓楼の歴史には 真宗の迫害にあったといわれている。 中世、真宗が庶民の間に浸透するに及び、他宗派の迫害や武士集団 の破壊行為などに対して自治組織を組んで防備せざるをえず、その警報 装置的役割を果たしたといわれる。 その後、真宗系寺院の伽藍構成の一要素として建立されてきた。 龍光寺の太鼓楼は伽藍構成の一部で、時を告げる役割を果たしのであろう。 ...続きを見る

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2015/05/04 15:29
真広寺 (滋賀県米原市)
真広寺は、1259年天台宗のお寺として開創されたと伝えられ、16世紀初頭 に浄土真宗に改宗したといわれている。 恐らく、蓮如上人に帰依しての改宗といわれている。 1570年織田信長の兵火によって焼失したが再興され、11代住職として 竹中半兵衛の弟・釋浄念が就いたといわれ、竹中半兵衛の書状が残っている。 ...続きを見る

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2015/04/28 09:30
浄光寺 (滋賀県栗東市下鈎)
浄光寺の所在地名・下鈎と上鈎の鈎(まがり)という地名の由来は どこから来ているのだろう。栗東市の資料によると、 栗東市十里遺跡から発掘された木簡に685年の年号と勾連渚の 豪族名が記されており、<勾>が<鈎>の地名になったのであろうと 推測している。 鈎地区は7世紀に遡る由緒を持つのであろう。 ...続きを見る

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2015/04/12 10:31
慈眼庵<慈眼寺> (滋賀県大津市伊香立)
比叡山系北麓の山あいにヒッソリと建ち、訪れる人もほとんどない慈眼庵の 山額には<慈眼寺>の寺名が記されている。 地図上では<慈眼寺>、大津市文化財では<慈眼庵>と記されている。 本尊・聖観音は<高観音>と呼ばれ観音信仰に支えられているが、 資料上では、比叡山横川飯室谷から移座された帝釈天像と考えられている。 11世紀初頭の造像と考えられ、重要文化財に指定されている。 ...続きを見る

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2015/03/31 10:35
真照寺 (滋賀県竜王町鏡)
竜王町鏡の里は歴史と文化に彩られた地で、万葉集などにも多く詠まれた 地で、源義経が元服したと伝承される地でもある。 平安時代末期から室町時代には街道宿場として賑わいをみせたといわれている。 大伴家持の歌  <吾妹子が鏡の山のもみぢ葉のうつるときにぞ物はかなしき> 万葉歌人・額田王は、鏡神社の神官であったといわれる鏡王の娘で、鏡の里 出身と伝えられている。鏡王は壬申の乱で戦死し、真照寺の地に葬られたと 伝えられている。 額田王は天武天皇の妃になっている。 額田王の歌  <茜指す... ...続きを見る

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2015/03/17 09:03
正源寺 (滋賀県大津市真野)
琵琶湖を北湖と南湖に分ける琵琶湖大橋の西端に位置する真野の地は、 1960年頃から住宅地として開発が進み、琵琶湖大橋が建設されて 一挙に都市化されている。 真野を詠った歌   <うづらなく真野の入江の浜風に尾花波よる秋の夕暮れ> 真野浜に近い正源寺は1504年開創されている。 ...続きを見る

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2015/03/03 09:20
常勝寺 (滋賀県栗東市)
栗東市小柿には東方寺、常勝寺の時宗寺院があるが、東方寺の開創が 先行しているのであろう。常勝寺の開創は不詳であるが、14世紀中頃に 再興されている。 常勝寺の梵鐘は1631年の鋳造で、3人の鋳物師名も銘記されている 貴重な資料となっている。 ...続きを見る

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2015/02/17 09:17
寂光寺 (滋賀県大津市藤尾) 藤尾磨崖仏
大津と京都山科を結ぶ小関越えの山科側・大津市藤尾に鎌倉時代の 磨崖仏がある。 この磨崖仏は寂光寺観音堂の中に取り込まれた形で存在する。 高さ3m弱、横に6m弱の花崗岩に15体の大小の仏が彫られ、 中尊の阿弥陀如来坐像は像高148cmで1240年に彫られたと考えられて いる。他の仏は後世のものと考えられている。 堂内で見る磨崖仏は屋外磨崖仏と相当異なる様相を示している。 ...続きを見る

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2015/02/03 08:57
西光寺跡 (滋賀県竜王町)
竜王町鏡の里は源義経が元服した地として伝承され、歴史に彩られた地として 知られている。 その中で、鏡山十二峰の一つ星ヶ峰の麓に残る西光寺跡には重要文化財に 指定されている宝篋印塔と石燈籠が異彩を放つ。 818年伝教大師最澄が開創したと伝えられる西光寺は僧坊300坊といわれた 大寺であった。 1060年焼失したが再興され、大いに栄えたと言われているが、1571年 織田信長の兵火により灰燼と帰し、その後廃寺となったといわれている。 ...続きを見る

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2015/01/17 09:23
興仙寺 (滋賀県日野町)
日野祭は800年以上の歴史を持つといわれる馬見岡綿向神社の春の 例大祭で、5月2〜3日に行われる湖東最大の祭といわれている。 3基の神輿を中心として16基の曳山が登場する。 その巡行の中心に建つのが興仙寺で、その地の曳山が1861年建造の <龍虎車>である。 ...続きを見る

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2015/01/05 10:05
東方寺 (滋賀県栗東市) 多数の文化財仏像
薬師堂のみが建つ東方寺は、平安時代10世紀頃天台宗のお寺として 開創されたと伝えられ、戦国時代の兵火で焼失したが多くの仏像は 避難され、1675年薬師堂が建立されて仏像は戻ったといわれている。 江戸時代後期には無住となり、村人の管理により仏像は護られてきた。 境内は地域の広場として活躍しているのであろう。 ...続きを見る

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2014/12/21 15:35
普門寺 (滋賀県大津市藤尾)
芭蕉が<野ざらし紀行>で伏見から大津に入る際、小関越えの道を通り、 その時の句<山路来て何やらゆかしすみれ草>が残っている。 その小関越えの西側(藤尾地区)入口にあるのが普門寺である。 小関越えを超えた所に三井寺があり、三井寺の支院が藤尾地区にも 建立されており、その一つが普門寺の始まりと伝えられている。 ...続きを見る

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2014/12/06 10:08
滋賀県の紅葉
紅葉狩りの年次は異なるがお寺を中心に紹介する。 湖東三山(百済寺、金剛輪寺、西明寺)と永源寺は多くの観光客で賑わう。 ...続きを見る

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2014/11/27 14:56
興聖寺 (滋賀県高島市朽木) 2010年の紅葉
2010年11月25日紅葉狩り ...続きを見る

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2014/11/27 14:54
石道寺 (滋賀県長浜市木之本町) 2010年の紅葉
2010年11月26日紅葉狩り ...続きを見る

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2014/11/27 14:22
西明寺 (滋賀県甲良町) 2010年の紅葉
2010年11月26日紅葉狩り 湖東三山の一山で観光客多し ...続きを見る

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2014/11/27 14:05
正法禅寺 (滋賀県大津市)
瀬田川に架かる南郷洗堰の近くに建つ正法寺(正法禅寺)は、もともと天台宗 のお寺であったが、織田信長の兵火にかかり廃寺同然であったらしい。 1689年に再興され、非難していた仏像も戻されたといわれている。 その仏像こそが帝釈天立像である。 藤原時代の典雅な風を備え、重要文化財に指定されている。 ...続きを見る

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2014/11/22 09:04
永源寺 (滋賀県東近江市) 2014年の紅葉
2014年11月15日(土)紅葉狩りの第1号となる永源寺へ。 毎年訪れているが、今年は少し早めの訪問。 見頃の少し前の状態といえよう。 11月20〜23日が見頃ではないか。 朝9時に入山したが多くの人人〜。 愛知川を渡る旦度橋から境内最奥の裏参道まで順に歩いて紅葉狩り。 ...続きを見る

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2014/11/15 21:08
常楽寺 (滋賀県湖南市) 2014年の紅葉
2014年11月15日の紅葉狩り。 湖南三山(善水寺、常楽寺、長寿寺)の中でも紅葉狩りが盛んなお寺である。 昨年より少し早く訪れたが、見頃近しの状態。 裏山には紅葉若木が植生され、10年後には風景が変わるだろう。 本堂・三重塔が国宝。 ...続きを見る

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2014/11/15 21:07
東光寺 (滋賀県東近江市) 2014年の紅葉
2014年11月15日の紅葉狩り。 毎年、永源寺と東光寺を訪問するが、今年は早めの訪問であった。 見頃は11月20〜23日頃かな。 東光寺は隠れ紅葉狩りの静寂なお寺。 カメラ愛好家には人気があるらしい。 ...続きを見る

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2014/11/15 20:01
法楽寺 (滋賀県大津市大石) 
瀬田川鹿跳橋の東400m、国道422号沿いに建つ法楽寺は、平安時代初期に 文徳天皇の勅願で慈覚大師円仁が開創したと伝わる古刹である。 1684年に再興されている。 本尊薬師如来坐像は藤原時代の定朝様で国の重要文化財に指定されている。 12年に一度開扉される秘仏である。 ...続きを見る

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2014/11/04 15:00
長勝寺 (滋賀県東近江市)
小高い丘陵に建つ長勝寺は、平安時代初期に慈覚大師円仁によって 開創されたと伝えられるが詳細は不詳である。 正保年間(1644〜48年)に再興され、臨済宗になっている。 参道に建つ石造宝塔は鎌倉時代末期の石塔で銘文が刻まれている。 閻魔堂に祀られる閻魔像は1572年の造像で彩色が残っている。 ...続きを見る

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2014/10/21 08:55
妙楽寺 (滋賀県東近江市伊庭町)
妙楽寺は奈良時代初期に藤原不比等によって開創されたと伝えられ、 建武年間(1334〜38年)に仏光寺の僧・了念によって再興されている。 妙楽寺に残る絵系図は、念仏の教えが親鸞聖人から了念にどのように 伝わっていったかを説明したもので、歴代住職の肖像も著されている。 1739年真宗仏光寺派から西本願寺派に転向している。 ...続きを見る

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2014/10/02 09:23
大聖寺 (滋賀県日野町) 日野商人の帰依
日野商人は近江商人のふるさと(近江八幡、五個荘、日野)の一つで、 江戸時代に隆盛を極めた。 その日野商人の帰依を得て、大聖寺は整備されてきた。 中でも、日野商人屈指の豪商・中井源左衛門によって一切経を納める経蔵が 建立されている。 中井源左衛門の<金持商人一枚起請文>は有名な家訓として知られている。 ...続きを見る

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2014/09/18 09:42
来照寺 (滋賀県米原市) 
1795年書院を建立した時に西方浄土の庭として造られたといわれ、 昔は西日が沈む琵琶湖が望めたと伝えられている。 こじんまりとした枯山水庭園である。 ...続きを見る

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2014/08/30 09:03
光明寺 (滋賀県東近江市下羽田町) 
七福神の一尊・大黒天は商売繁盛・豊穣の神として親しまれているが、 古くは憤怒相で三面の姿の三面大黒天が見られる。 日本の重要文化財として指定されている大黒天は8体ある。  金剛輪寺(滋賀県)、延暦寺(滋賀県)、光明寺(滋賀県)、興福寺(奈良県)、 西大寺(奈良県)、松尾寺(奈良県)、観世音寺(福岡県)、 セゾン現代美術館(長野県) ...続きを見る

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2014/08/17 09:42
慈眼院 (滋賀県日野町) 宝篋印塔
20数年前に植生されたシャクナゲが季節を迎えると大きな花を 咲かせ、近在の人々を楽しませているだろう慈眼院は1772年尼僧 によって開創されている。 本堂前の松の根元に安置されている宝篋印塔は1339年の建立で、 元の建立場所は不詳である。 ...続きを見る

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2014/08/05 08:45
光明院 (滋賀県米原市) 
近江守護・佐々木信綱の長男・佐々木重綱(大原信綱)は佐々木氏が四派に 別れた内の一つ大原氏の祖であり、承久の乱での<宇治川の戦い>では 戦功を果たし、鎌倉幕府に貢献している。 大原庄を与えられ、大原城を築城している。 光明院はこの大原重綱が開創したのが始まりといわれ、1264年大原氏3代・ 大原時綱が現在地に移して大伽藍を建立し中興したといわれている。 ...続きを見る

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2014/07/22 09:09
西光寺 (滋賀県近江八幡市) 織田信長ゆかりの寺
1579年安土・浄厳院で織田信長の命により、浄土宗の僧(玉念、貞安など)と 法華宗の僧(日諦、日淵など)の宗論が行われた。(安土宗論) この宗論においては浄土宗の勝となったが、その勝に貢献した僧・貞安に 信長は安土に寺地を与えて西光寺を開創したといわれている。 後に、豊臣秀次が近江八幡城を築城した時に、西光寺を近江八幡の 現在地に移させ、秀次は祈願寺としている。 ...続きを見る

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2014/07/10 09:26
照光寺 (滋賀県日野町) 蓮如桜
1251年鎌倉幕府第5代執権・北条時頼が上洛の際、当地に逗留し庭の 山桜を愛でて、<近江なる桧物の里のかば桜散らぬは花の閉じぬなりけり> と詠み、佐々木の姓を花木と替えたらどうかと。 佐々木氏は花木と喜んで替えたといわれている。 1467年蓮如上人が当地を訪れた時に、同じく庭の山桜を愛で、花木氏は 蓮如上人の教えに帰依し、翌年花木寺を開創している。 その山桜は蓮如桜と呼ばれるようになったといわれている。 その何代目かの桜が現在も本堂前に残っている。 その後、花木寺は照光寺と改名し... ...続きを見る

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2014/07/01 08:49
円満寺 (滋賀県長浜市高月町) 
近江の鬼門に位置する己高山(こだかみやま)<923m>は奈良時代に 泰澄や行基によって開かれた山岳信仰の霊地であり、その後最澄が再興 していったといわれている。 己高山縁起(1407年)によれば、<惣山之七箇寺>として観音寺、法華寺、 石道寺、満願寺、安楽寺、松尾寺、円満寺があったと伝えている。 また、興福寺の古資料(1441年)によれば、<己高山五箇寺>として 法華寺、石道寺、観音寺、高尾寺、安楽寺があり、観音寺の別院として 飯福寺、鶏足寺、円満寺があったと伝えている。 資料に... ...続きを見る

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2014/06/22 09:08
円満寺 (滋賀県近江八幡市) 
江戸時代前期に松前交易で財をなした近江商人の西川伝右衛門の松前屋 (住吉屋)が1851年に円満寺鎮守・金毘羅社に航海安全を祈願して、 千石船絵馬額を奉納している。 同時に、千石船の模型も奉納されている。 船絵馬の貴重な資料として市の文化財に指定されている。 ...続きを見る

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2014/06/13 10:03
正覚寺 (滋賀県日野町) 板碑
板碑は供養塔として建てられたものが多く、石碑の一種で板石卒塔婆とも 呼ばれる。 主に関東地方に分布しているが全国的に散在し、中世の代表的な石碑である。 正覚寺の板碑は本堂前に安置され、南北朝時代1370年の建立である。 正覚寺の開創は1522年と伝えられ、開創前の板碑の由来は不詳である。 ...続きを見る

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2014/06/04 09:19
大澤寺 (滋賀県長浜市木之本町) 近江西国三十三ヶ所観音霊場第10番
大澤寺の位置する長浜市木之本町黒田は黒田官兵衛の先祖発祥の地 といわれ、初代黒田家の黒田宗満(伝1357年没)がよって立った地で あると。 賤ヶ岳の戦い(1583年)では、柴田勝家軍の佐久間盛政が大澤寺の鐘 を叩いて秀吉軍の来襲を報せたともいわれている。 この賤ヶ岳の戦いで大澤寺は壊滅している。 ...続きを見る

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2014/05/27 09:20
東光寺 (滋賀県近江八幡市浅小井町) 足洗い地蔵尊
江戸時代、耕作が終わると村人が手足を洗う足場があったが、明治元年に その洗い場の石を掘り起こしたところ、石造地蔵尊が掘り出され、その地蔵尊 がいつしか東光寺に祀られ、<足洗い地蔵尊>と呼ばれて信仰を集めたと いわれている。 ...続きを見る

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2014/05/19 09:15
善願寺 (滋賀県甲賀市甲南町) 杣の六地蔵
792年伝教大師最澄が延暦寺根本中堂を建立するために用材を求めて 杣の庄(甲賀の地域)を訪れ、杣人に依頼して多くの木材を切り出して いる時、1本の大木が倒れ杣人を恐れさせたことから、その大木から 6体の地蔵菩薩を刻み、杣の庄の各村に祀ったと伝えられている。 その六地蔵の一つが善願寺の地蔵尊といわれ、<杣の六地蔵第2番> となっている。 ...続きを見る

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2014/05/10 13:28
赤分寺 (滋賀県長浜市高月町) 花の木
花の木(ハナノキ)はカエデの仲間の中でも珍しく3月下旬〜4月上旬の 1週間ほど真紅の花を咲かせる。葉が出る前に花を咲かせるので、 私が訪問した4月19日は花も葉も無い枯木のような状態であった。 滋賀県では、東近江市の北花沢・南花沢の花の木が国の天然記念物に 指定されている。 ...続きを見る

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2014/04/30 09:34
金龍寺 (滋賀県東近江市) 木地師発祥の地
愛知川の上流・蛭谷集落は木地師発祥の地といわれているが、これは 859年惟喬親王がこの地に幽棲し、君ヶ畑の金龍寺を開創したり、集落 の人にロクロを使って木の椀を作る術を教えたりしたと伝えられている。 それが木地師としての職人へと発展し、全国に普及したといわれている。 現在も蛭谷・君ヶ畑集落には木地師の伝統がいきずいている。 惟喬親王は木地師の祖といわれている。 ...続きを見る

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2014/03/31 13:42
会勝寺 (滋賀県近江八幡市安土町) 安土城跡西麓
1576年織田信長によって築かれた安土城は1582年本能寺の変後、 間もなく火災によって焼失しているが、現在も石垣などが残され、当時の 城の様がCGなどにより復元され、その偉容が想像されている。 城跡は特別史跡として整備され、観光地ともなっている。 その西麓に建つ会勝寺の千手観音立像は、もと安土山にあったお寺の 本尊であったといわれている。 安土城が焼失した後に、観音堂が建立され千手観音が安置されたらしい。 明治時代以降に、会勝寺が観音堂の隣に移転し、観音堂を管理するように なっ... ...続きを見る

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2014/03/09 14:31
智禅院 (滋賀県甲賀市水口町) 子安地蔵尊
古くから安産を願う者は霊験あらたかで、子安地蔵尊として信仰の篤い 智禅院の本尊・地蔵菩薩は鎌倉時代の造像で、国の重要文化財に 指定されている。 智禅院は、通称・元三大師と呼ばれ比叡山延暦寺の中興の祖である 慈恵大師良源によって976年開創されたと伝えられている。 同じ境内には、三十八神を祀った三十八社が開創時に鎮守として 勧請されたといわれている。 境内の黒松は水口町の名木と選定されている。 ...続きを見る

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2014/02/25 09:28
善徳寺 (滋賀県近江八幡市安土町) <重文>梵鐘
滋賀県には国宝1件・重要文化財9件の梵鐘・銅鐘があり、その内の1件が 善徳寺の梵鐘である。 善徳寺の梵鐘は京都大原の勝林院・梵鐘(重要文化財)と相似した鐘で 平安時代前期の様式を持った藤原時代の作と考えられている。 善徳寺の梵鐘の由来については不詳であるが、安土の小さなお寺に どのように伝わったか興味がつきない。 ...続きを見る

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2014/02/13 10:49
清福寺 (滋賀県甲賀市水口町) 宝篋印塔
水口町伴中山集落には中世の城跡、西出城跡・伴中山城跡があるらしいが 詳細は不詳とのこと。 その一画にある清福寺の開創についても不詳であるが、鎌倉時代といわれる 宝篋印塔が安置され、ちょっと歴史を感じさせる。 ...続きを見る

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2014/02/02 10:28
西栄寺 (滋賀県甲賀市水口町) 
水口町の山間集落にこじまんりと建つ西栄寺に、2体の重要文化財の仏像 が残されている不思議は滋賀県のお寺では不思議でもない。 それほどに滋賀県には文化財に指定された仏像が多いということと、 何気ないお寺に広く分布しているのが特徴であろう。 西栄寺の薬師如来と阿弥陀如来は藤原〜鎌倉時代初期の造像と いわれている。 ...続きを見る

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2014/01/20 13:48
念法寺 (滋賀県日野町) 
念法寺の起源は現在地より北の山麓にあった天台宗蒲公寺と伝えられ、 その後焼失して1584年現在地に浄土真宗の道場として再興されている。 1641年頃に念法寺の寺名を称している。 鐘楼脇に安置されている石造宝塔は南北朝時代のものといわれ、 薬師堂とともに、近くの賀川神社から移されている。 ...続きを見る

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2014/01/11 11:13
心光寺 (滋賀県甲賀市水口町) 
1634年徳川家光が上洛の際に宿館として築かれた城で、小堀遠州が 作事奉行にあたっている。 水口は徳川将軍の直轄地であったが、1682年水口藩として加藤家が 藩主となり明治維新まで続いている。 1873年に廃城となっている。 城のすぐ傍に、上部が丸く刈られたイチョウの木が目立つ心光寺がある。 ...続きを見る

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2014/01/01 15:24
車谷不動磨崖仏 (滋賀県湖南市)
湖南三山の一つ善水寺の裏手に、十二坊(405m)から野洲川へ注ぐ 谷川沿いの中腹に6m余りの岩に彫られた車谷磨崖仏は迫力がある。 何故ここに彫られたかは不詳であるが、恐らく江戸時代に彫られたと 考えられている。 岩根小学校の東側から登る道があるが、車では難渋するかな。 ...続きを見る

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2013/12/22 09:10
富川磨崖仏 (滋賀県大津市大石) 
大津市大石の瀬田川鹿跳橋から国道422号線を滋賀県甲賀市信楽町へ 3km弱の信楽川に架かる岩屋不動橋を渡った山腹に、富川磨崖仏は 30mほどの花崗岩に刻まれている。 この附近は、715年義淵によって開創されたと伝わる岩屋不動院明王寺 が存在した跡地である。 ...続きを見る

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2013/12/12 09:45
西教寺 (滋賀県大津市) 2013年紅葉
2013年11月20日入山 紅葉見頃 例年と変わらず鮮やかな紅葉 参拝者は多い 紅葉の名所・日吉大社に近く、紅葉が二重に楽しめる ...続きを見る

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2013/11/25 14:36
三井寺 (滋賀県大津市) 2013年紅葉
2013年11月20日入山 紅葉見頃 三井寺(園城寺)の紅葉は例年に比べて変わらず。 琵琶湖の眺望がすばらしい。 入山料500円 ...続きを見る

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2013/11/25 11:09
石山寺 (滋賀県大津市) 2013年紅葉
2013年11月20日拝観 見頃 多宝塔の修理も終わり、紅葉に映える姿を久しぶりに拝見。 今年の紅葉は例年に比べて色が映えない。猛暑の影響かな。 入山料500円 ...続きを見る

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2013/11/25 10:36
もくもく探索日誌 2013年11月20日 石山寺、三井寺、西教寺の紅葉
京滋バイパスIC石山を8時半に出る。 快晴に恵まれた紅葉狩りになりそうだ。 滋賀県大津市の紅葉名所を巡る探索になる。 紫式部ゆかりの西国三十三所観音霊場第13番石山寺から始まる。 早朝故に参拝者は少なし。 石山寺は四季折々の花木が風景を作るが、紅葉は見頃を迎えて石山寺を 紅く染めている。 芭蕉の句<石山の石にたばしる霞みかな> ...続きを見る

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2013/11/20 19:53
永源寺 (滋賀県東近江市) 2013年の紅葉
2013年11月16日訪問。紅葉は見頃真只中。 臨済宗永源寺派大本山で有数の紅葉名所。特に真紅の紅葉が見られる。 滋賀県でも少し早い見頃を迎える。 永源寺コンニャクは名産品。 芭蕉の句<こんにゃくのさしみもすこし梅の花> 駐車場は市営・民間完備 駐車料金500円。 入山料500円。 遠方からの拝観者の感想では紅葉のすばらしさに料金は苦にならずと。 ...続きを見る

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2013/11/17 16:43
百済寺、東光寺 (滋賀県東近江市) 2013年の紅葉
2013年11月16日訪問。百済寺・東光寺共に見頃近し。 百済寺は門前までで見頃を待つことにし、東光寺へ。 東光寺は本堂修理中で入山規制。 山門近辺で引き返す。 ...続きを見る

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2013/11/17 14:21
金剛輪寺 (滋賀県愛荘町) 2013年の紅葉
2013年11月16日訪問。見頃近し。 湖東三山(百済寺、金剛輪寺、西明寺)の一山で、紅葉の名所。 本堂が国宝で、庭園は国指定の名勝。 総門から本堂まで長い登りの参道が続く。 駐車場完備。入山料500円。 ...続きを見る

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2013/11/17 13:54
金勝寺 (滋賀県栗東市) 2013年の紅葉
2013年11月16日訪問。見頃は過ぎし。 金勝山頂上近くに位置する奈良時代開創の古刹。 近江における仏教文化の中心地であった。 紅葉の葉が縮れ、落葉が始まっている。山寺の典型で、その風景は またよし。 駐車場は10台ぐらい。入山料500円。 ...続きを見る

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2013/11/17 11:07
長寿寺 (滋賀県湖南市) 2013年の紅葉
2013年11月16日訪問。境内は見頃だが紅葉の木々が多い参道は もう少し先か。 湖南三山(善水寺、長寿寺、常楽寺)の一山で、本堂が国宝。 参道の紅葉はまだだが、イチョウの見頃は今だ。 駐車場完備。入山料500円。 ...続きを見る

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2013/11/17 10:48
常楽寺 (滋賀県湖南市) 2013年の紅葉
2013年11月16日訪問。見頃。 湖南三山(善水寺、長寿寺、常楽寺)の一山で、本堂・三重塔が国宝。 紅葉の木々は少ないが、堂宇と調和した紅葉の風景が見ものである。 本堂前の石燈籠も見逃せない。 入山料は500円。駐車場完備。 ...続きを見る

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2013/11/17 10:32
遠久寺 (滋賀県日野町) 芭蕉句碑
遠久寺境内に建つ小さな芭蕉句碑  <葱白く洗ひあげたる寒さ哉>の句は、芭蕉が1691年美濃垂井の 本龍寺を訪れた際に、近くの垂井の泉で詠んだと思われる作で、芭蕉の 秀句の一つにあげられている。 この句がどうして遠久寺に句碑として残っているのかは不詳である。 滋賀県は芭蕉ともゆかりが深く、県内各地に芭蕉句碑がある。 ...続きを見る

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2013/11/14 09:40
伊崎寺 (滋賀県近江八幡市) 伊崎の竿飛び
<伊崎の竿飛び>は毎年8月1日に行われる伊崎寺の行事で、 13mの角材が琵琶湖に突き出た竿の上から修行僧が飛びこむ 勇壮な行事である。 平安時代に始まったと伝えられる修行僧の修行の一つといわれている。 数年前までは、一般の人も参加していたが、現在は僧に限定されている。 琵琶湖の風物詩となっている。 ...続きを見る

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2013/11/02 10:19
持宝寺 (滋賀県甲賀市水口町) 
滋賀県甲賀市は仏教文化の宝庫で、特に仏像においては国の 重要文化財に指定されている仏像は66体に及ぶ。 その中にあって持宝寺の如意輪観音坐像は唯一の如意輪観音である。 藤原期の風を残す鎌倉時代の仏像である。 如意輪観音は別に持宝金剛とも呼ばれ、寺名はここから来ている。 ...続きを見る

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2013/10/20 09:10
永昌寺 (滋賀県甲賀市水口町) 
永昌寺の地蔵菩薩立像は美術史上も価値のある仏像ということで、 あちこちの美術館に出展されることが多いらしい。 平安時代10世紀末頃の作と考えられているが、姿態は僧形で均整 のとれた姿は平安初期の仏像を想わせる。 国の重要文化財に指定されている。 ...続きを見る

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2013/10/08 09:05
泉福寺 (滋賀県甲賀市水口町) クスノキとカヤの木
泉福寺の鎮守・日吉神社と境内を共有する本堂前に30mを超えるクスノキと 20m弱のカヤの木がお寺と神社の風景を作っている。 樹齢は不明であるが、100年を超える古木で、水口町の名木になっている。 こうした風景がお寺探索の大きな魅力でもある。 ...続きを見る

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2013/09/27 09:51
永雲寺 (滋賀県甲賀市土山町) 土山茶の普及
土山茶の起源は、1356年土山町・常明寺の住職・鈍翁が京都・大徳寺 から茶の実を持ちかえって寺で栽培したのが始まりと伝えられている。 江戸時代初期に永雲寺の住職・天嶺が茶の樹をお寺で植えて、村人に 製法を教えたのが土山茶の普及の始まりといわれている。 <あけぼの茶>は一大銘柄となり、土山茶は土山町の主要な産品と なっている。 ...続きを見る

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2013/09/16 13:41
多羅尾磨崖仏 (滋賀県甲賀市信楽町多羅尾)
信楽町最南端の集落・多羅尾は御斉峠(おとぎとうげ)で三重県伊賀市上野 と接しており、この多羅尾と御斉峠を歴史的に有名にしているのが、 1582年の<本能寺の変>後、徳川家康が堺〜枚方〜宇治田原〜多羅尾 〜御斉峠〜伊賀上野〜三河の経路を逃避し、無事三河に辿り着いたことが、 家康の運命を左右したといわれている。 その<家康の伊賀越え>で尽力したのが、多羅尾の豪族・多羅尾氏で、 江戸時代になって多羅尾氏は多羅尾代官(近江・大和・美濃・伊勢の代官 を統括)となり大いに栄えたといわれている。... ...続きを見る

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2013/09/05 09:52
息障寺 (滋賀県甲賀市甲南町) 不動明王磨崖仏
三重県境の岩尾山(471m)頂に近い巨石が多い山腹に建つ息障寺は、 山岳信仰の名残を色濃く残す山奥のお寺である。 石段を登り詰めた最奥に屏風状の巨石があり、この岩に5mはある 不動明王が線刻されている。 室町時代初期の線刻と考えられている。この不動磨崖仏から息障寺は 岩尾の不動と呼ばれている。 この巨石への登り口にある地蔵菩薩磨崖仏は1385年の銘が刻まれて おり、不動磨崖仏と近い年代であろう。 ...続きを見る

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2013/08/26 09:34
福龍寺 (滋賀県甲賀市甲南町) 甲賀西国観音霊場第12番
福龍寺の開創は不詳であるが、1725年に天台宗から浄土宗のお寺として 再興されている。 観音堂に祀られている十一面観音立像は、藤原時代の作で重要文化財に 指定されている。 ...続きを見る

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2013/08/15 09:37
妙音寺 (滋賀県甲賀市甲賀町) 甲賀西国観音霊場第24番
1712年に始まったといわれる甲賀の観音霊場第24番・妙音寺は、 現在は無住で小佐治の集落で観音堂と収蔵庫を護持している。 以前は茅葺の観音堂であったが、現在はトタンが上から張られている。 妙音寺はかって天台宗のお寺であったが、現在は浄土宗のお寺に なっている。 ...続きを見る

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2013/08/05 09:11
長福寺 (滋賀県甲賀市甲賀町田堵野) 
甲賀には文化財に指定された観音像が多くあり、その中でも長福寺の 聖観音坐像は秀逸と言われている。 坐像の聖観音は珍しく、藤原時代の優美な姿がその坐像に生きている。 恵心僧都の作と伝承されている。 ...続きを見る

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2013/07/25 10:01
元龍寺 (滋賀県甲賀市甲賀町) 
近年、集落で護るお寺をよく見かけるが、元龍寺の佇まいはまさにその 典型といえるのではないだろうか。 屋根も修復され、その維持管理も集落で行われているのだろう。 元龍寺は1285年の開創と伝えられている。 ...続きを見る

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2013/07/15 09:36
称名寺 (滋賀県甲賀市甲賀町) 芭蕉句碑
芭蕉最晩年の1694年51歳の句    <灌佛や皺手合する数珠の音>の句碑が称名寺境内にある。 特に、この句が称名寺と関係するとは思われないが、最晩年に詠われた 句だけに心に響くものがある。 芭蕉はこの年の10月に大阪で亡くなり、芭蕉の遺言により大津の義仲寺 に葬られている。 芭蕉最後の句    <旅に病で夢は枯野をかけ廻る> 義仲寺のこの句碑を詠むと、芭蕉の旅俳人の想いが心を打つ。 ...続きを見る

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2013/07/05 09:36
善応寺 (滋賀県甲賀市甲賀町) 油日神社の一坊
油日岳山麓に位置する油日神社は、油日大神を主神とする県社であった。 神社の創建は諸説あるが、聖徳太子による創建ともいわれる古社で、 878年の史料にはその存在が確認されている。 神社の建物はほとんどが重要文化財に指定されている古建築である。 ...続きを見る

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2013/06/22 09:26
阿弥陀寺 (滋賀県甲賀市甲賀町) 文化財仏像
甲賀町の名刹櫟野寺のすぐ近くに位置する阿弥陀寺は、戦国時代1569年 に焼失するまでは櫟野寺の塔頭であったが、1609年再興された時に 天台宗から浄土宗に変わっている。 櫟野寺には多数の文化財仏像があるが、ここ阿弥陀寺にも4体の仏像が 文化財に指定されている。 ...続きを見る

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2013/06/12 09:27
福田寺 (滋賀県米原市) 長沢御坊
福田寺は、683年天武天皇の勅願により地元豪族・息長宿禰が施主となって 布施寺として開創したと伝えられている古刹である。 鎌倉時代末期に本願寺覚如上人が訪れ、当時の住職が上人に帰依して 浄土真宗に改宗している。 延徳年間(1489〜92年)には蓮如上人が逗留し、湖北に浄土真宗を 広く浸透させている。 ...続きを見る

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2013/05/31 09:32
了徳寺 (滋賀県米原市醒井) お葉付きイチョウ
お葉付きイチョウは、他のイチョウに比べて葉が細長く、葉にギンナンを 付けるのが特徴である。 これは葉脈が次第に大きくなり葉の先端にできるらしい。 お葉付きイチョウは珍しくあまり存在しないが、山梨県身延町では見事な お葉付きイチョウが数例見られる。 了徳寺のお葉付きイチョウは、推定樹齢150年以上といわれ、国の 天然記念物に指定されている。 ...続きを見る

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2013/05/20 09:27
永明寺 (滋賀県米原市柏原) 柏原三山
米原市柏原の三名刹である柏原三山(成菩提院、徳源院、永明寺) はハイキングコースにも指定され、三山の歴史を通じて柏原地区を 知るコースにもなっている。 特に、永明寺の本堂は中国・明朝様式の典型的な黄檗宗本堂である。 杉林に覆われた本堂の姿は重厚感が漂っている。 ...続きを見る

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2013/05/07 09:31
常光寺 (滋賀県甲賀市甲賀町) 文化財仏像群
常光寺には重要文化財の十一面観音立像を始めとして、甲賀市の 文化財に指定されている聖観音立像・毘沙門天立像・地蔵菩薩半跏像 が蔵されている。 滋賀県によく見られる小さなお寺に文化財が豊富に存在する典型的な 事例である。 ...続きを見る

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2013/04/25 09:09
長福寺 (滋賀県甲賀市甲賀町大原中) <重文>仏頭
滋賀県には重要文化財に指定された仏像が多く、特に甲賀市は61体の 仏像が重要文化財である。 こじんまりとした境内の長福寺の開創は不詳であるが、本尊・阿弥陀如来坐像 と仏頭が重要文化財である。 滋賀県のこうした名も知られないお寺に貴重な文化財が存在する例が多い。 ...続きを見る

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2013/04/12 09:39
多聞寺 (滋賀県甲賀市甲賀町) 近江篠山城主・篠山景春の菩提寺
甲賀の近江篠山城主・篠山景春といえば、豊臣家五奉行の長束正家が 上杉討伐に向けて石部宿にいた徳川家康を暗殺する策略から家康を 救ったことで知られている。 篠山氏など甲賀衆は、後の甲賀忍者の先触れである。 篠山景春は1600年伏見城籠城で討ち死している。 ...続きを見る

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2013/04/01 21:13
大福寺 (滋賀県甲賀市甲賀町) 徳本桜
1800年代初期に徳本念仏と呼ばれて、大奥や大名を始めとして庶民に 熱狂的に崇敬された念仏聖・徳本上人が甲賀岩室に立ち寄った際に、 信者が記念に桜を植えたのが、大福寺徳本桜と呼ばれているしだれ桜である。 推定樹齢は200年といわれている。 ...続きを見る

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2013/03/26 09:19
宝満寺 (滋賀県愛荘町愛知川) 親鸞聖人ゆかりの寺
宝満寺は、宝亀年間(770〜781年)に大国寺として開創されたのが 始まりと伝えられている。 786年豊満神社の別当寺となり、豊満寺となっている。 1212年親鸞聖人が関東から京へ帰る途中に愛知川が氾濫して渡ることが 出来ず、豊満寺に逗留し、住職が親鸞聖人に帰依して浄土真宗に改宗した といわれている。 その際に、聖人が植えられた紅梅が何代か経て、現在も花を咲かせるらしい。 (手水舎の横に) 1372年に宝満寺と改名している。 ...続きを見る

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2013/03/19 09:09
唯念寺 (滋賀県豊郷町) 行基開創の江州四十九院
奈良時代の名僧・行基が開創した畿内四十九院はよく知られているが、 近江に開創した江州四十九院は余り知られていない。 唯念寺は、江州四十九院の最後に四十九院の名前で開創されたと伝わる 古刹で、この寺名が地名・四十九院として残されている。 ...続きを見る

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2013/03/11 09:14
近江西国三十三ヶ所観音霊場
近江西国三十三ヶ所観音霊場は、西国三十三所観音霊場に倣って開設 されたが、江戸時代には霊場巡りが行われていたといわれている。 琵琶湖を時計廻りに巡る霊場となっている。 ...続きを見る

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2013/03/10 09:35
超光寺 (滋賀県東近江市) 安土城ゆかりの山門
超光寺の山門は、安土城内に織田信長が開創したハ見寺の裏門(台所門)を 1880年に移築したもので貴重な資料となっている。 山門の横には樹齢200年といわれる<いぶきの樹>が旺盛な姿を見せ、 小さな山門を往時の姿に感じさせている。 ...続きを見る

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2013/03/02 09:06
千光寺 (滋賀県甲賀市水口町) 近江西国三十三ヶ所観音霊場第27番
749年に行基の開基で橘諸兄が造立したと伝えられる甲賀六大寺の 一つで、大いに栄えたといわれているが、織田信長の兵火に遭い、 全てが灰燼に帰したといわれている。 現在は、小さな観音堂と収蔵庫が残るのみである。 <甲賀六大寺>   櫟野寺、千光寺、善水寺、大岡寺、檜尾寺、永照院 ...続きを見る

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2013/02/28 15:05
東光寺 (滋賀県守山市) 近江湖南27名刹第26番
開創については不詳であるが、1509年真慧上人によって再興されたと 伝えられている。 境内に安置されている五輪石塔は観音寺城主であったといわれている 佐々木六角義実の墓碑と伝えられ、義実の菩提寺であったといわれている。 佐々木六角義実は佐々木六角氏綱の嫡男であるが、その詳細は不詳な ところが多い人物である。<1500年代前半> ...続きを見る

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2013/02/17 10:26
弘誓寺 (滋賀県東近江市建部) 近江湖東27名刹第23番
弘誓寺(建部)の始まりは、791年建部社の神宮寺・大願寺として開創 されたことにあると伝えられている。 その後、源平合戦の武者・那須与一の七人の子孫が近江に建立したといわれる 弘誓寺七ヶ寺の一つとして、1259年に大願寺を再興して 弘誓寺を建立している。 那須与一との関係は不詳の部分が多い。 <近江の七弘誓寺>   報身山弘誓寺:東近江市建部    浄土宗   金剛山弘誓寺:東近江市瓜生津   浄土真宗本願寺派   石畠山弘誓寺:東近江市五箇荘   真宗大谷派   石畠山弘誓... ...続きを見る

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2013/02/14 09:23
善勝寺 (滋賀県東近江市) 近江湖東27名刹第15番
猪子山(268m)山麓にある善勝寺は、聖徳太子が開創し、太子の叔父・良正を 開基としたと伝えられる古刹で、平安時代初期には坂上田村麻呂の篤い帰依を 得て、伽藍も整備されたといわれる。 また、猪子山の山頂附近にある北向岩屋観音も坂上田村麻呂が 十一面観音を祀ったともいわれている。 善勝寺は大いに栄え、猪子山一帯が境内で、北向岩屋観音は奥の院 として篤い信仰を得ていた。 ...続きを見る

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2013/02/11 09:27
千樹寺 (滋賀県豊郷町) 江州音頭発祥の寺
1568年織田信長の兵火で焼失した観音堂を、1586年近江商人の 先祖・藤野常美が観音堂を再建した遷仏式が行われた。 その際の余興に住職が地元の人達を集め、手振り・足ぶり揃えて円陣を作り 踊らせたのが江州音頭の始まりとなったといわれている。 現在では、8月17日に観音盆踊りが行われている。 ...続きを見る

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2013/02/06 09:11
長寿寺 (滋賀県東近江市池之脇町) 近江湖東27名刹第12番
鈴鹿山脈に近い池之脇集落に建つ長寿寺は、751年現在地より1kmほど 離れた山中に良弁僧正が開創したと伝えられている。 その後慈覚大師円仁が訪れて天台宗の寺となったと伝えられている。 七堂伽藍を備えた大寺であったらしい。 戦国時代には佐々木氏の祈願所として大いに栄えたといわれている。 織田信長によって焼失したが、1659年現在地に再興されている。 ...続きを見る

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2013/02/02 09:52
安楽寺 (滋賀県東近江市能登川町) 近江湖東27名刹第13番
聖徳太子は近江の地に48ヶ寺を開創されたと伝承されているが、その最初に 開創されたのが安楽寺と伝えられている。 安楽寺は繖山(きぬがさやま)の麓に位置し、繖五山の一つに数えられる古刹 である。 繖五山:観音正寺、石馬寺、桑実寺、安楽寺、善勝寺 ...続きを見る

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2013/01/22 09:16
願隆寺 (滋賀県甲賀市水口町) 近江湖南27名刹第1番
水口町松尾山の山腹に建つ願隆寺の本堂に祀られている薬師三尊像 の中尊・薬師如来は何度か火災に遭って損傷しているらしいが秘仏で ある。 脇侍の日光・月光菩薩は藤原時代末期の作と考えられ、悠然とした 中に穏やかな相好をした藤原時代の典型的な菩薩像である。 重要文化財に指定されている。 ...続きを見る

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2013/01/15 09:48
律院 (滋賀県大津市坂本) 近江湖西27名刹第10番
比叡山延暦寺の里坊の一つである律院は、1583年に松禅院として開創されたと 伝えられ、大いに栄えたといわれている。 大正時代末期に地元の民間人に渡ったが、1949年千日回峰行者 の叡南祖賢大阿闍梨によって再興されている。 ...続きを見る

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2013/01/13 11:05
腹帯観音堂 (滋賀県長浜市西浅井町) 近江湖北27名刹第6番
琵琶湖最北端に位置する大浦集落にポツンと建つ観音堂に祀られている 十一面観音は通称腹帯観音と呼ばれ、安産にご利益があるとパワースポット にもなっているらしい。 観音の腹に1週間巻かれた腹帯を妊婦が着用すると安産できるといわれ、 美智子皇后にも献上されお礼状が送られてきたことから、一躍名が知られ 全国からお参りがあるらしい。 ...続きを見る

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2013/01/11 10:35
生源寺 (滋賀県大津市坂本) 伝教大師最澄誕生の地
比叡山延暦寺の開祖・伝教大師最澄は767年古市郷(現在の大津市膳所近辺) で生まれたとする説と坂本の説があるが、延暦寺では坂本の生源寺の地で 誕生したと伝えられている。 最澄の父・三津首百枝の居館跡に最澄が生源寺を開創したと伝えられている。 境内には最澄産湯の井戸といわれる旧跡が残っている。 ...続きを見る

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2013/01/08 09:40
高源寺 (滋賀県多賀町) 近江湖東27名刹第7番
びわ湖百八霊場・近江湖東27名刹第7番の高源寺は、鎌倉時代に 近江守護・佐々木氏の家臣で楢崎城主・楢崎氏の菩提所・十福寺として 開創されたと伝えられている。 楢崎城跡は高源寺裏山にあたるらしい。 室町時代末期に佐々木氏が滅亡すると楢崎氏も離れ、高源寺も衰退 したといわれている。 江戸時代初期に彦根藩家老の菩提寺として再興され、高源寺となった。 その後、湖東の名刹として大いに栄えたといわれているが、1876年 火災で総門を残して全焼している。 ...続きを見る

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2013/01/05 09:51
明性寺 (滋賀県彦根市) 江州六大坊
近江で由緒ある真宗寺院を江州六大坊と呼んでいるらしいが、その一つが 彦根城の傍にある明性寺である。 明性寺は、法善和尚が蓮如上人に帰依して1487年に、現在の大阪市西部 に明性坊を開創したのが始まりである。 その後、近江日野に移り、1606年彦根藩主・井伊直孝によって現在地に 移っている。 ...続きを見る

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2012/12/28 10:16
江国寺 (滋賀県彦根市) 大石内蔵助ゆかりの大黒天
江国寺に安置されている大黒天は、大石内蔵助が常に念じたといわれる 仏で、比叡山の大阿闍梨が開眼した仏像らしい。 大石内蔵助が描いた大黒天像(画)が赤穂の高光寺に所蔵されていることからも、 内蔵助の大黒天信仰が篤かったのであろう。 ...続きを見る

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2012/12/21 09:39
大信寺 (滋賀県彦根市) 牛蒡積の石垣
山門の両翼に連なる石垣は、彦根城築城のときの残石で、彦根城天守閣石垣 と同じ牛蒡(ごぼう)積でなされている。 牛蒡積とは、胴長の石を使用し、積む際に面積の広い面を内側に長く押し込む 方式で、見栄えはスッキリしないが頑丈といわれている。 同じ方式は浜松城などに見られる。 ...続きを見る

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2012/12/13 09:27
来迎寺 (滋賀県彦根市) 四番町スクウェアのお寺
彦根市場商店街を再開発して、2006年大正時代の町並みを再現した 四番町スクウェアに隣接して建つのが来迎寺である。 <ひこにゃん>人気と大正ロマンを漂わせる町並みが観光客を集めて 四番町スクウェアは賑わっている。 ...続きを見る

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2012/12/05 09:55
近江湖東の紅葉 2012年11月21日 永源寺
永源寺の紅葉は見頃のピークを過ぎていた。 1週間前がピークのようだ。 それでも人人人〜。 参道から歩いていこう。 拝観料500円。 ...続きを見る

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2012/11/22 16:40
近江湖東の紅葉 2012年11月21日 東光寺(東近江市)
東光寺の紅葉も見頃ピークを過ぎていた。 鐘楼近辺の紅葉や山門を額縁とする紅葉がすばらしく、カメラ愛好家の 隠れた紅葉名所となっている。 3年続けてのお参りであるが、紅葉狩りの人が増えている感がある。 初めて観光バスの観光客を見かけて驚く。 私の隠れたスポットと思っていたが。 ...続きを見る

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2012/11/22 16:35
近江湖東の紅葉 2012年11月21日 金剛輪寺
金剛輪寺も見頃ピークを過ぎていた。 湖東三山(百済寺、金剛輪寺、西明寺)の紅葉はすっかり全国的な 紅葉名所となってしまった。 年々観光客が増加し、観光バスも遠方から来ており、乗用車も 驚く遠方のナンバー。 湖東三山+永源寺の4箇所の紅葉と山腹に広がる境内の解放感は なんともいえない。 私は新緑と紅葉の季節にほぼ毎年訪問しているが、緑と紅葉の対比 がなんともいえない。 新緑時の解放感は抜群である。 拝観料500円。 山門から山腹の本堂まで歩いてみよう。 運動には丁度よい。 ... ...続きを見る

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2012/11/22 16:30
高源寺 (滋賀県多賀町) 2012年の紅葉
2012年11月21日紅葉狩り ほとんど知られていないお寺であるが、石田三成の佐和山城の門を 移築して山門にした多賀町の高源寺は、紅葉のライトアップも行われている。 私が訪れた時は静かな佇まいを紅と銀杏の黄色が染めていた。 ...続きを見る

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2012/11/22 16:25
明照寺 (滋賀県彦根市) 芭蕉ゆかりの寺
俳聖・芭蕉のお墓は芭蕉の願いにより、大津・義仲寺にあるが、芭蕉は 近江に最もゆかりがあり、最も近江の地を愛したといわれている。 1691年秋、芭蕉は大津から江戸に向う途次に、芭蕉の弟子で住職 でもあった李由の明照寺に立ち寄り、お寺の庭園を愛でて句を残している。  <百歳の景色を庭の落葉かな> 李由は芭蕉から遺品としてもらった笠を埋めて笠塚を建てている。 ...続きを見る

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2012/11/18 14:32
北野寺 (滋賀県彦根市) 近江西国三十三所観音霊場第14番
日本最古の巡礼霊場・西国三十三所観音霊場に倣って設けられた 近江西国三十三所観音霊場は琵琶湖を時計周りに巡る霊場で、江戸時代初期 には始まったといわれている。 彦根城の西に位置する北野寺は第14番札所になっており、720年に彦根山 (彦根城の地)に彦根寺として開創されたと伝えられている。 彦根城の築城にともない、現在地に移転している。 かっては信仰のお寺として多くの参拝者がお参りしたと言われる名刹で、 現在の寂しい風景が悲しい。 ...続きを見る

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2012/11/12 09:30
慈眼寺 (滋賀県彦根市) 金毘羅さんの三本杉
多賀大社の近くに位置する野田山の里にある慈眼寺は、金毘羅大権現を 祀っていることから金毘羅宮慈眼寺と呼ばれ、金毘羅信仰の参詣が 多い。 観音堂の前に聳える三本の杉は<金毘羅さんの三本杉>として 親しまれ、伝承では1200年の樹齢といわれている。 (実際はもっと若いと思われる) 滋賀県が由緒ある名木などに指定している<自然記念物>として 保護されている。 ...続きを見る

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2012/11/06 09:07
千手寺 (滋賀県彦根市) 荒神山の古刹
彦根市南西部の独立峰・荒神山(284m)の山麓から石段らしき参道 を登って行くと、左手に大きな岩に彫られた磨崖地蔵尊と六地蔵板碑 に出くわす。室町時代ともいわれる磨崖仏である。 更に登って杉林の合間に山門が見えてくる。 森閑とした山寺の風景は古刹そのものである。 ...続きを見る

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2012/10/27 09:01
長松院 (滋賀県彦根市) 彦根初代藩主・井伊直政の荼毘所
徳川四天王の一人に数えられた井伊直政は、1600年関ヶ原の戦い後、 高崎藩主から彦根初代藩主として佐和山城に入ったが、1602年亡くなり 長松院の地で荼毘に付され、その地に直政の菩提を弔うために、 長松院が開創されている。 境内墓地に、荼毘碑が建てられている。 菩提寺は彦根市清涼寺であり、そこに墓所がある。 ...続きを見る

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2012/10/12 08:59
蓮華寺 (滋賀県彦根市) 朝鮮通信使の宿所
朝鮮通信使は室町時代の1375年足利義満によって派遣された日本国王使 に対して、朝鮮から遣わされた使者が始まりといわれている。 しかし、実質的な通信使は江戸時代1607年に再開され、1811年までの 12回の通信使が朝鮮と日本との国交を促進したといえる。 蓮華寺は彦根における朝鮮通信使の宿所となった。 ...続きを見る

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2012/10/08 13:41
高宮寺 (滋賀県彦根市) 高宮地頭・高宮氏の菩提寺
中山道高宮宿にある高宮寺は、731年行基が十一面観音を本尊として 開創した称讃院が始まりと伝えられている。 平安時代後期に焼失し衰退していたが、鎌倉時代に紀州から移ってきた 地頭・高宮宗忠が一遍上人に帰依して、一遍上人の弟子・他阿真教を 開基として、1279年称讃院を時宗の高宮寺として再興している。 それ以降、高宮氏の菩提寺となっている。 その後、南殿高宮氏は室町時代に高宮城を築いているが、1573年には 落城している。 ...続きを見る

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2012/10/03 09:09
済福寺 (滋賀県彦根市) 彦根大仏
1807年彦根第11代藩主・井伊直中が夢告により、姫の念持仏である 安産地蔵尊を寄進し、京都の仏師に一丈六尺の地蔵菩薩を造らせ、 姫の念持仏を胎内に納めている。 以来、子宝・安産の地蔵として、彦根大仏として信仰を集めている。 ...続きを見る

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2012/09/29 14:43
圓常寺 (滋賀県彦根市) 快慶作の阿弥陀如来立像
圓常寺(円常寺)の本尊・阿弥陀如来立像は快慶の作で、40数体現存する 快慶仏の中でも後期の作と考えられている。 快慶は運慶と共に、鎌倉時代を代表する仏師で、生没年は不詳である。 快慶の仏像で最も特徴のあるのが、三尺前後の阿弥陀如来立像で、数も 多く、圓常寺の本尊もその内の一つである。 通常は非公開であるが、時々特別公開がある。 ...続きを見る

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2012/09/24 08:58
大師寺 (滋賀県彦根市) 寝弘法
大師寺に安置されている弘法大師の寝姿像は全国的にも珍しく、恐らく 唯一の像ではないだろうか。 最近では、パワースポットとして若者も参拝するらしい。 寝弘法の頭や体を撫でてお願いすると、願いごとが叶うといわれている。 ...続きを見る

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2012/09/19 09:02
延寿寺 (滋賀県彦根市) 荒神山の古刹
彦根市の南東部、琵琶湖岸に近い独立した荒神山(284m)は、奈良時代に 行基が三宝大荒神を祀った(荒神山神社)ことから荒神山と呼ばれ、 その山麓には行基が開創したと伝えられる延寿寺がある。 延寿寺の境内は山麓から中腹にかけて広がり、木々に覆われた境内は 鬱蒼とした風景を造っている。 秋の紅葉は期待できそうだ。 ...続きを見る

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2012/09/11 10:02
大清寺 (滋賀県高島市) 近江湖西27名刹第20番
びわ湖百八霊場・近江湖西27名刹第20番の大清寺は、1508年天台真盛宗 第三世真恵上人が安曇川の豪族・万木高光の帰依を受けて開創されている。 現在の山号・高光山はそれに由来する。 その後、1572年頃廃城となった横山城後背地の現在地に移ってきたのであろう。 万木氏(ゆるぎし)は近江源氏佐々木氏の支流になるらしい。 高島市安曇川町の西万木遺跡は万木氏の居館跡と推定されている。 ...続きを見る

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2012/09/07 08:54
長谷寺 (滋賀県高島市音羽) 近江西国三十三所観音霊場第7番
琵琶湖を西から一周する<近江西国三十三所観音霊場>は室町時代 から始まったと伝えられているが、江戸時代初期には霊場の資料が 存在するらしい。 近江(滋賀県)には古仏の観音が多く、国宝・重要文化財に指定された 仏像は京都・奈良に次いで多い。 近江西国観音霊場のお寺も名刹・古刹で、これらを巡る旅は近江の歴史 を巡る旅となるであろう。 ...続きを見る

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2012/09/03 08:39
来迎寺 (滋賀県高島市安曇川町) 近江湖西27名刹第22番
びわ湖百八霊場・近江湖西27名刹第22番の来迎寺は1502年に 天台真盛宗第3世・真恵によって開創された天台真盛宗のお寺である。 この高島市安曇川・新旭町には天台真盛宗のお寺が他の地域に 比べて多いといえそうだ。 ...続きを見る

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2012/08/28 08:50
玉泉寺 (滋賀県高島市安曇川町) 近江湖西27名刹第21番
びわ湖百八霊場・近江湖西27名刹第21番の玉泉寺は、奈良時代に行基 によって開創されたと伝わる古刹で、阿弥陀山山麓に多くの石仏・石塔類 が安置されていることでも知られている。 それらの中でも、石造五智如来像は丸彫りの室町時代の作と考えられている。 ...続きを見る

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2012/08/24 13:32
玉林寺 (滋賀県高島市安曇川町) 近江聖人・中江藤樹の墓所
近江聖人と呼ばれる中江藤樹は1608年高島安曇川の地に農家の長男 として生まれ、祖父に才能を見込まれ米子藩へ向い、その後大洲藩に 転じ、藩主からもその才能を高く評価されていた。 しかし、母のこともあり、27歳の時に藩を辞して高島の地に戻り、陽明学 の追求と同時に多くの門下生を生んでいる。 日本陽明学の祖と呼ばれた中江藤樹は41歳という若さで亡くなっている。 ...続きを見る

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2012/08/20 10:01
保福寺 (滋賀県高島市新旭町) <重文>釈迦如来坐像
大宝寺山(226m)山麓にある保福寺の本尊・釈迦如来坐像は、かって 大宝寺山頂にあった大宝寺の本尊といわれ戦国時代の兵火により 焼失したが、本尊は無事運び出されて保福寺に難を逃れたといわれている。 平安時代11世紀の作と考えられる秀作といわれている。 ...続きを見る

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2012/08/16 09:28
西江寺 (滋賀県高島市今津町) 藤原頼通の開創
1052年別荘を改造して平等院を開創した藤原頼通は、1068年に関白を 退き宇治の別荘に閑居し、延久年間(1069〜74年)に頼通の荘園であった 今津の荒谷山に祈願所として開創した釈迦堂が西江寺の始まりと 伝えられている。 1363年に大亀和尚が再興し中興開山となっている。 ...続きを見る

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2012/08/12 12:47
願慶寺 (滋賀県高島市マキノ町) 老紅梅
境内にある紅梅(訪れた時期が緑の時期)は、木曽義仲の側室・山吹御前 の子供が出家した後に、義仲の菩提を弔うために植えたと伝承される 梅の木である。 ...続きを見る

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2012/08/07 21:21
正行院 (滋賀県高島市マキノ町) 近江湖西27名刹第26番
びわ湖百八霊場・近江湖西27名刹第26番の正行院は、1486年に 開創され、この地域における浄土宗拠点であった。 幕末、朝廷と長州藩の調停に努力したが、禁門の変が起こり朝敵の 汚名を着せられた加賀藩士・松平大弐が自害したお寺でもある。 当時、この海津の地は加賀藩の飛地領地であった。 ...続きを見る

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2012/08/03 09:58
大善寺 (滋賀県高島市新旭町) <重文>大日如来坐像
大善寺は、平安時代に最澄によって饗庭丘陵に開創されたと伝えられている。 その後、新庄城のあった現在の地に移転したが、織田信長の兵火で 新庄城とともに焼失したが、その後再興されている。 なお、1578年に別院が建立され、高島市勝野にその大善寺がある。 ...続きを見る

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2012/07/27 09:44
覚伝寺 (滋賀県高島市新旭町) 近江湖西27名刹第24番
びわ湖百八霊場・近江湖西27名刹第24番札所の覚伝寺は、開創に ついては不詳であるが、1429年西林坊義光によって再興されたと伝えられ、 お寺の風景は参道のあるらしさを備えている。 また、境内に安置された楽寿観音(ぼけ封じ観音)は近畿楽寿観音霊場の 一つに数えられている。 ...続きを見る

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2012/07/23 13:29
報恩寺 (滋賀県高島市) 近江湖西27名刹第23番
びわ湖百八霊場の近江湖西27名刹第23番報恩寺は、饗庭の丘陵上に ある小さなお寺であるが、その境内からは琵琶湖が一望できる札所である。 境内一帯は室町時代後期に存在した五十川城の跡地にあり、高島市の 史跡にもなっている。 開創については不詳であるが、戦国時代以降の開創と考えられる。 車で訪れるには、裏参道の山道を使うと境内へ到る。 ...続きを見る

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2012/07/19 12:51
西徳寺 (滋賀県大津市) 近江湖西27名刹第4番
瀬田川の東にある西徳寺は1602年に開創された天台真盛宗のお寺で あるが、特に何かがあるとか、歴史的な事項があるとか言えない普通の お寺である。 しかし、境内の整備や伽藍の整備を見ると瀬田地区の代表として 近江湖西27名刹に数えられる根拠が理解できる。 境内に細長く伸びるクスノキはお寺のシンボルともなっている。 ...続きを見る

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2012/07/13 09:05
安養院妙見堂 (滋賀県大津市) 近江湖西27名刹第14番
安養院は、比叡山延暦寺の中興祖・良源(慈恵大師・元三大師)が955年 母の居家として比叡山山麓に草庵を構えたのが始まりと伝えられている。 966年母が亡くなると、妙見堂を建てて母の霊を弔っている。 妙見堂の裏には母の墓が据えられ廟所となっている。 このように元三大師にとっては重要な場所であり、延暦寺にとっても縁起の 深い地である。 ...続きを見る

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2012/07/09 09:49
真迎寺 (滋賀県大津市) 近江湖西27名刹第15番
びわ湖百八霊場の湖西27名刹の一つである真迎寺は、 993年に恵心僧都によって開創されたと伝えられる古刹である。 真迎寺に伝わる地蔵菩薩は、かって存在した星林院の諸仏の 一つで重要文化財に指定されている。 星林院の仏は他に、東林寺・専念寺・華開寺などに移座されている。 ...続きを見る

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2012/07/05 09:25
東光寺 (滋賀県大津市仰木) 近江湖西27名刹第16番
びわ湖百八霊場の近江湖西27名刹霊場の一つである東光寺は、 室町時代末期に比叡山の僧の隠居所として開創されたと伝えられている。 本堂は江戸時代に奈良のお寺の書院を移築したといわれ、本堂らしくない 構造となっている。 庭園は江戸時代後期に作庭されたといわれ、落ち着いた風景が心をやすめる。 ...続きを見る

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2012/06/29 09:23
浄土寺 (滋賀県大津市大石) 大石内蔵助良雄の祖先の菩提寺
室町時代、大石内蔵助良雄の先祖は大津市大石の地で豪族として大石を 名乗っていたが、応仁の乱で没落したが、大石良雄の五代祖・大石良信の時 復活し、四代祖・大石良勝が浅野家に仕え家老となり、浅野家が赤穂藩主と なると、大石良勝は筆頭家老となり、大石内蔵助良雄も筆頭家老となっている。 五代祖・大石良信の菩提寺・十禅寺の跡地に1616年再興されたのが浄土寺 であり、良信などの供養塔が建てられている。 ...続きを見る

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2012/06/23 10:53
若王寺 (滋賀県大津市) 貴重な大日如来坐像
近年、若王寺の大日如来坐像の胎内から1080年に造立された銘が 発見され、滋賀県内では5番目に古い造立銘であることが判明している。 大日如来像としては、日本で2番目に古い造立銘といわれ、貴重な資料 となっている。 ...続きを見る

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2012/06/19 09:26
龍音寺 (滋賀県大津市) 近江湖西27名刹第3番
2009年に近江湖西27名刹が設定され、湖北・湖東・湖南の各27名刹と 合わせて<びわ湖百八霊場>が発足している。 琵琶湖を一周する霊場巡礼の旅も大いに楽しめるものになった。 龍音寺は湖西霊場の最南端にあり、瀬田川沿いの旧田原道にある。 古代の主要な幹線道であったことから、この大津市大石地区には寺院も 多くあったらしい。龍音寺の本尊・阿弥陀如来も平安時代中期の作で、 その古様が注目を浴びている。 ...続きを見る

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2012/06/15 09:25
西岸寺 (滋賀県大津市) 安阿弥様の阿弥陀如来像
運慶と並ぶ鎌倉時代の大仏師・快慶の仏像には3尺前後の阿弥陀如来像 が多くあり、その繊細で絵画風な仏像から安阿弥様の作風と呼ばれている。 快慶やその一派の鎌倉時代前期における特徴といえる。 快慶の仏像に<アン阿弥陀仏>などの銘があることから安阿弥様とよばれた といわれている。 ...続きを見る

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2012/06/11 09:04
長福寺 (滋賀県東近江市) 近江西国三十三ヶ所観音霊場第28番
日本最古の巡礼霊場・西国三十三所観音霊場に倣って、江戸時代に 設けられたといわれる近江西国三十三ヶ所観音霊場は琵琶湖を一周 する霊場構成になっている。 第28番札所の長福寺は783年に開創されたと伝わる古刹で、 十一面観音を本尊としている。 ...続きを見る

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2012/06/07 10:03
養源寺 (滋賀県東近江市) 鎌倉時代の宝篋印塔
養源寺の宝篋印塔は2mを超える完形の姿を保っており、鎌倉時代の 造立と推定されていて、東近江市の文化財に指定されている。 お寺の開創は1648年と伝えられ、宝篋印塔の由来が気になる。 ...続きを見る

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2012/06/03 09:19
善勝寺 (滋賀県東近江市青山町) 地蔵石仏
善勝寺の地蔵石仏は、花崗岩に頭部は肉彫り胴体は線彫りの石仏で、 1336年の銘が刻まれている。 地蔵石仏の横には、1354年の石造笠塔婆、その前には鎌倉時代の 宝篋印塔が安置され、墓所に同じく鎌倉時代の宝篋印塔が安置されている。 これらの石造物から善勝寺は鎌倉時代には存在したのではないだろうか。 1648年に天台宗から浄土宗に改宗している。 ...続きを見る

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2012/05/29 09:43
曹源寺 (滋賀県東近江市) 鎌倉時代の石塔
曹源寺の石造宝塔と宝篋印塔は共に鎌倉時代の作と考えられ、 曹源寺の開創(室町時代)よりも古く、合併した龍吟庵の石塔と 考えられる。 共に東近江市の文化財に指定されている。 ...続きを見る

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2012/05/23 09:40
嶺南寺 (滋賀県甲賀市甲南町) <重文>地蔵菩薩坐像
嶺南寺の本尊・地蔵菩薩坐像は鎌倉時代後期の作と考えられるが、 衣文は流麗な翻波式で古風な様を残している。 嶺南寺は725年安養院として開創され、江戸時代に現在地で再興 されている。 ...続きを見る

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2012/05/18 09:25
慈音院 (滋賀県甲賀市甲南町) 交差点に建つ六角堂
JR寺庄駅の南西200mほどにある県道123号線の交差点に建つ 六角地蔵堂は、慈音院から少し離れた飛地堂宇である。 この六角堂は1788年の建立で、本尊地蔵菩薩立像が祀られ、 この地域の六地蔵巡拝の第一札所として信仰を集めている。 交差点に建つだけに目立った六角堂となっており、この地域の シンボルとなっている。 ...続きを見る

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2012/05/10 09:36
勢田寺 (滋賀県甲賀市甲南町) 2基の宝篋印塔
2基の宝篋印塔は共に鎌倉時代の造立で、山門近くの塔は1316年の銘 があり相輪が一部欠けている。 本堂近くの塔は相輪が欠けている。 勢田寺は伝教大師最澄の創建と伝えられているが詳細は不詳である。 1602年に再興され浄土宗になっている。 ...続きを見る

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2012/05/04 20:28
誓光寺 (滋賀県甲賀市信楽町) <重文>十一面観音立像
2007年に国の重要文化財に指定された誓光寺・十一面観音立像は 藤原時代に京の仏師によって造られたものと考えられている。 修理の際に、胎内から観音の顔を描いた木札が発見され、御衣木 (仏像の木材料)の一部が発見され歴史的な価値が認められている。 ...続きを見る

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2012/04/30 09:06
仙禅寺 (滋賀県甲賀市信楽町) 磨崖仏
朝宮茶の産地・信楽町朝宮の山間部にポツンと建つ観音堂の床下に ある3mの巨岩に刻まれた薬師三尊の磨崖仏は1249年の銘があり、 鎌倉時代のものとしては2番目に古い磨崖仏といわれている。 摩耗が進んでおり少し見難い。 ...続きを見る

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2012/04/26 09:09
浄顕寺 (滋賀県甲賀市信楽町) 天領代官・多羅尾氏の菩提寺
1291年関白を辞して信楽小川に隠棲した近衛家基の孫・左近将監師俊 を祖とする多羅尾氏は信楽多羅尾を拠点に活躍した豪族で、江戸時代には 信楽・甲賀・神崎・蒲生などの天領代官として、代官の中でも首席代官の 地位を占めていた。その多羅尾氏の菩提寺が浄顕寺である。 ...続きを見る

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2012/04/21 09:04
大光寺 (滋賀県甲賀市信楽町) 関白・近衛家基の菩提寺
鎌倉時代の公卿・近衛家基は右大臣を経て、1289年関白となり、 1291年に関白を辞して信楽荘小川に隠居し1296年この地で 亡くなっている。 家基の孫がこの地の豪族・多羅尾氏の始祖になる。 大光寺には近衛家基の墓があり菩提寺となっている。 ...続きを見る

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2012/04/17 10:14
西光寺 (滋賀県竜王町山之上) 鎌倉時代の石塔
竜王町の西光寺には鎌倉時代の2基の石塔があるが、石造宝塔は 1312年、五重石塔は1319年の造立と考えられている。 本堂も再建され、境内も整備されて2基の古塔が新しい風景の中で 異色な存在を示している。 ...続きを見る

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2012/04/12 09:34
光明寺 (滋賀県東近江市蒲生堂) 鎌倉時代の七重石塔
蒲生堂の光明寺に建つ2基の七重石塔は鎌倉時代の造立と考えられ、 共に東近江市の文化財に指定されている。 2基の間に立つ地蔵尊とバランスよく配置され一つの風景を作っている。 ...続きを見る

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2012/04/08 16:01
吉善寺 (滋賀県東近江市) 石造宝塔
吉善寺の石造宝塔は1318年造立で各部が完存する美形を保っている。 滋賀県に多く見られる孔雀文様の装飾が施されている。 ...続きを見る

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2012/04/04 16:09
立善寺 (滋賀県東近江市) 宝篋印塔
立善寺は、1615年大阪城落城の後、地元の西田氏が豊臣秀頼の 菩提を弔うために1634年開創したと伝えられている。 墓地にある宝篋印塔は1318年に造立されたもので、お寺が開創 された年よりも古く、どこからか移されたものであろう。 ...続きを見る

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2012/03/29 09:09
法森寺 (滋賀県東近江市) 鎌倉時代の石燈籠
石燈籠の歴史は古く、飛鳥時代に仏教の広まりとともに百済から導入され、 仏堂前に仏の礼拝や供養のために安置されたといわれている。 現存する最古の石燈籠は奈良県・當麻寺の白鳳時代のもので、鎌倉時代 以前の石燈籠は近畿で100点以上残っているらしい。 室町時代になると照明燈籠として神社・寺院・庭園など多くの所で普及 している。 法森寺の石燈籠は、もともと近くの神社に安置されていたのが維持管理上 移されたもので、鎌倉時代末期の作である。 ...続きを見る

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2012/03/25 08:13
法雲寺 (滋賀県東近江市) <重文>帝釈天立像
観音堂に祀られている帝釈天立像は、もとは甲賀市の飯道寺に祀られていたが、 元禄年間に移座されたといわれている。 10世紀後半の作と推定されており、地方の色彩が強い。 ...続きを見る

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2012/03/21 09:00
冷泉寺 (滋賀県近江八幡市) 藤原時代の仏像群
冷泉寺の七体の仏像群はどれも藤原時代(平安時代後期)の仏像で、 七体が重要文化財に指定されている。 この仏像群は、この地域にあった808年開創の千僧供廃寺(後の曼荼羅坊) の遺仏と伝えられている。 千僧供廃寺は七堂伽藍を備えた天台宗の大寺であったと伝えられ、その一坊 として残った曼荼羅坊が仏像群を引き継ぎ、1670年に冷泉寺が現在地に 開創され仏像群を継承している。 小さなお寺ではあるが、仏像が歴史を語っている。 ...続きを見る

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2012/03/17 09:01
真光寺 (滋賀県近江八幡市) 近江守護代・馬淵氏の菩提寺
鎌倉〜戦国時代に近江の守護であった六角氏に仕え、南北朝時代から 守護代を務めた馬淵氏の菩提寺が近江八幡市の真光寺である。 開創については不詳であるが、恐らく馬淵氏が開創したと考えられている。 境内には馬淵氏の墓塔であろう五輪石塔群が安置されている。 馬淵氏は1568年六角氏とともに織田信長と戦い敗れ、一族は四散して 終わりを迎えている。 ...続きを見る

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2012/03/13 09:48
荘厳寺 (滋賀県近江八幡市) <重文>空也上人立像
市聖(いちのひじり)と呼ばれた空也上人の彫像は余り多くは存在しないが、 京都・六波羅蜜寺、京都・月輪寺、松山市・浄土寺、近江八幡市・荘厳寺の 像が知られ重要文化財に指定されている。 荘厳寺の空也上人像は鎌倉時代の作で、像高84cmである。 ...続きを見る

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2012/03/09 09:09
延光院 (滋賀県近江八幡市) 石造宝塔・石仏
近江八幡市の西の湖に近い島町の郷にある延光院にある石造宝塔は、 1307年の造立で完全な姿で残っている。 隣に石造阿弥陀如来あり、南北朝時代の厚肉彫りの姿は堂々とした 石仏である。 ...続きを見る

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2012/03/05 09:32
妓王寺 (滋賀県野洲市) 妓王・妓女ゆかりの地
平家物語に登場する妓王・妓女姉妹の生誕地といわれる野洲市中北の地に、 姉妹の菩提を弔うために後世建立されたのが妓王寺であると伝えられている。 妓王・妓女(祇王・祇女とも称する)のお墓は京都市右京区の祇王寺にあり、 祇王寺は余りにも有名であるが、野洲市の妓王寺はほとんど知られていない。 妓王の歌  <萌えいづるも枯るるも同じ野辺の草いずれか秋にあわではつべき> ...続きを見る

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2012/02/29 09:27
正福寺 (滋賀県近江八幡市魚屋町) 安土問答ゆかりの寺
1579年正福寺の開山・霊誉玉念が安土で辻説法をしていて、法華宗の 若僧と問答となり、それを契機として織田信長の仕掛けにより浄厳院で 浄土宗と法華宗(日蓮宗)の宗論が行われ、浄土宗が勝って玉念上人は 信長から褒美を貰い、正福寺は安土の大寺となっている。 この安土問答は信長の法華宗を諌める目的があったといわれている。 ...続きを見る

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2012/02/25 09:17
蓮乗寺 (滋賀県野洲市) <重文>毘沙門天立像
毘沙門天は須弥山を仏敵から守る四天王の内の多聞天で、独立して いる時に毘沙門天と呼んでいる。 蓮乗寺の毘沙門天立像は、像高48cmと小さな仏像であるが、その 迫力は相当なものである。 平安時代中期の作と推定されている。 ...続きを見る

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2012/02/21 09:31
仏性寺 (滋賀県野洲市) <重文>阿弥陀如来坐像
本尊阿弥陀如来坐像は281cmの高さがあり、いわゆる丈六の阿弥陀如来 であり、県下でも有数の阿弥陀如来といわれている。 藤原時代の作で定朝様のゆったりした表情である。 ...続きを見る

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2012/02/19 14:28
西得寺 (滋賀県野洲市比留田) <重文>薬師如来坐像
西得寺の近くにある薬師堂に安置されている薬師如来像は藤原時代 の作で定朝様を示し秘仏となっている。 もとは比留田薬師堂として独立していたが、薬師如来像は西得寺の 所管となっている。 ...続きを見る

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2012/02/16 09:26
蓮長寺 (滋賀県野洲市比留田) <重文>十一面観音立像
収蔵庫に安置されている十一面観音立像は平安時代中期の作と推定されて いる一木造りの姿は妖艶な雰囲気を漂わせる仏である。 どこか渡岸寺観音堂の<国宝>十一面観音立像を想起させるものがある。 滋賀県には十一面観音像が多く残されているが、この仏はその中でも秀逸 な部類に入るのではないだろうか。 ...続きを見る

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2012/02/14 09:34
法蔵寺 (滋賀県野洲市) 五重石塔
石造の多層塔には三重、五重、七重、九重、十二重などあり飛鳥時代 からのものもある。 最も顕著に造立されるのは鎌倉時代以降で供養塔として建立されている。 法蔵寺の五重石塔は鎌倉時代のもので市の文化財に指定されている。 ...続きを見る

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2012/02/09 09:16
仏法寺 (滋賀県野洲市) 宝篋印塔
宝篋印塔はもともと印陀羅尼経を納める石塔として造られたが、鎌倉時代中期 以降は墓塔や供養塔として造立されている。 <宝篋印塔>クリック参照 仏法寺の宝篋印塔は1319年に造立されており、優美な形を持ち、欠損した ところが少ない石塔として貴重である。 ...続きを見る

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2012/02/07 11:11
安楽寺 (滋賀県野洲市吉川) 石造宝塔
滋賀県の湖東・湖南地域には文化財に指定された仏像や石造物が多く 存在し、日本では有数の仏教文化を伝えている。 安楽寺の石造宝塔も鎌倉時代中期の石塔と推定されている。 安楽寺の開創は不詳であるが、本尊や石造宝塔などから鎌倉時代中期 の開創ではないだろうか。 小さな本堂がポツンと建つお寺であるが、何かを語る風景を呈している。 ...続きを見る

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2012/02/04 09:51
上乗寺 (滋賀県湖南市三雲) <重文>十一面観音立像
湖南市三雲の上乗寺は、鎌倉時代後期に南禅寺住持の仏燈国師が 天号寺として開創したと伝えられている。 江戸時代後期に現在地に移り上乗寺としている。 本尊十一面観音立像は藤原時代の作で重要文化財に指定されている。 ...続きを見る

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2012/02/02 09:20
大徳寺 (滋賀県甲賀市水口町) 水口岡山城主の菩提寺
1585年秀吉の命により中村一氏が甲賀支配の拠点として水口岡山城を 築き、3代にわたって岡山城は続いたが1600年関ヶ原の戦いで西軍が 敗れると同時に廃城となっている。 1588年中村氏の菩提寺として浄慶寺が開創され、以降3代の岡山城主 の菩提寺となっている。 1600年徳川家康が上洛の際、家康幼少時に教えた叡誉上人に会うべく 浄慶寺に立ち寄り、家松山の山号を与えている。 1602年大徳寺と改名している。 ...続きを見る

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2012/01/29 09:26
長光寺 (滋賀県近江八幡市) 近江湖東27名刹第22番
1992年近江湖北27名刹が設けられ、つづいて湖東・湖南と設定され、 2009年に湖西が設定されるに至って<びわ湖百八霊場>が創設 されている。 長光寺は、びわ湖百八霊場の内の近江湖東27名刹第22番霊場と なっている。 長光寺は聖徳太子によって武作寺として開創されたと伝えられ、 聖徳太子建立46院の一つである。 ...続きを見る

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2012/01/27 09:23
宗安寺 (滋賀県彦根市) 彦根藩主井伊家ゆかりの寺
彦根初代藩主・井伊直政が1590年群馬の上野箕輪城の城主になった時、 正室・東梅院の両親の菩提を弔うために荒廃していた安国寺を再興している。 これが宗安寺の始まりといわれている。 関ヶ原の戦い後、1600年彦根藩主(佐和山城)になった井伊直政は1602年 に亡くなり、1603年安国寺を分割して彦根に宗安寺が開創されている。 以降、井伊家の支援を受けて大いに栄えたといわれている。 ...続きを見る

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2012/01/25 09:12
誓願寺 (滋賀県長浜市) 湖北一向一揆の拠点
16世紀に入り浄土真宗(一向宗)の衆徒による一揆が増えるが、 近江湖北における湖北一向一揆は織田信長に対する一揆で、 浅井氏と連携して湖北10ヶ寺が対抗している。 その中核となった寺が米原市の福田寺と誓願寺である。 誓願寺は別名・内保城とも呼ばれ、土塁を築いて一揆に備えている。 現在もその名残が見られる。 ...続きを見る

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2012/01/20 09:17
光信寺 (滋賀県長浜市) <重文>大日如来坐像
光信寺は元は天台宗の大福寺で、1505年に浄土真宗に改宗している。 その時、本尊であった大日如来像を中山神社へ移し、明治時代に入って 再び光信寺に移座されている。 この大日如来坐像は11世紀後半の作と考えられており、定朝様を 踏襲する様式に近い。 長浜市高月町の向源寺大日如来像と近い時期と推定されている。 ...続きを見る

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2012/01/14 09:40
珀清寺 (滋賀県長浜市) 海北友松ゆかりの地
安土桃山時代の画家・海北友松(1533〜1615年)は近江浅井瓜生に 生まれたといわれており、父・海北綱親(浅井長政の家臣)の居館が あった地に、珀清寺が1881年移転してきている。 海北友松筆の<禅僧故事図>が珀清寺に残されている。 ...続きを見る

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2012/01/08 10:04
西円寺 (滋賀県米原市) 近江湖北27名刹第26番
竜宮門と龍が迎える西円寺の入口に拝観料自動徴収機が据えられる 珍しいお寺である。 西円寺は、1352年近江守護・京極氏の重鎮・今井氏が開創し、今井氏 の菩提寺にしている。 その後、織田信長の兵火により廃寺同然となるが、江戸時代に黄檗宗 のお寺として再興されている。 ...続きを見る

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2012/01/02 08:48
総寧寺 (滋賀県米原市) 新庄直忠の菩提寺
戦国から江戸時代前期に活躍した近江の武将で、近江新庄城主であった 新庄直忠の菩提寺が総寧寺である。 総寧寺は、1383年近江守護・佐々木六角氏頼によって開創されたが、 1530年戦乱により焼失し、住職は静岡の掛川に退避し、そこに常安寺を 創建している。常安寺はその後転々と移転し、最終的には総寧寺として 千葉県市川市に存在している。 ...続きを見る

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2011/12/27 09:56
理覚院 (滋賀県長浜市高月町) 浅井三姉妹の祖母の郷
浅井三姉妹の祖母・阿古は浅井長政の母であり、浅井久政の妻であり、 浅井氏の重臣であった井口弾正経元の娘である。 井口経元は久政の父・亮政の忠臣で、合戦で亮政の身代りに討ち死にし、 その忠義に応えて久政は妻として阿古を迎えたといわれている。 井口氏は井口郷の豪族であり、理覚院は井口氏の菩提寺である。 ...続きを見る

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2011/12/21 08:44
醍醐寺 (滋賀県長浜市) 近江湖北27名刹第14番
近江湖北27名刹霊場第14番の醍醐寺は、1160年頃開創されたと 伝えられている。それ以前に役行者が行場を開いたのが始まりとも いわれている。 1500年に新義真言宗根来寺の覚遍上人が再興したのが醍醐寺の 隆盛に繋がり、この地域随一の大寺となったといわれ、近江醍醐寺と 呼ばれた。 文化財も多く残り、その繁栄が偲ばれる。 山腹にはかって本堂があった奥の院、仁王門跡など広い寺域が 想像される。 ...続きを見る

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2011/12/15 09:27
長久寺 (滋賀県彦根市) 近江湖東27名刹第4番
びわ湖百八霊場の内の湖東地区が近江湖東27名刹である。 他に、湖北27名刹、湖南27名刹、湖西27名刹から成っている。 長久寺は1042年頃高野山の学僧・善応僧都によって開創 されたと伝えられている。 江戸時代には彦根城鎮護の祈願寺として藩主の帰依も深かった といわれている。 ...続きを見る

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2011/12/09 09:28
教林坊 (滋賀県近江八幡市安土町) 2011年の紅葉
2011年11月29日紅葉狩り 白洲正子の<かくれ里 石の寺>で知られる教林坊。 若い住職が廃寺同然の状態から再興させた教林坊の蘇りは 驚嘆に値する。 ここ数年の知名度の向上により、今や紅葉の名所として知る人ぞ知る。 お寺へのアプローチが改善されればなおよし。 これで4度目の訪問となるが、予想以上の紅葉といえよう。 ...続きを見る

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2011/11/29 21:35
百済寺 (滋賀県東近江市) 2011年の紅葉
2011年11月29日紅葉狩り 湖東三山(百済寺、金剛輪寺、西明寺)の百済寺はすでに多くの 紅葉狩りの人達で溢れていた。 百済寺は湖東三山の中では紅葉が少ない感があるが、庭園と 眺望がすばらしい。 聖徳太子開創と伝わる名刹だけに、古の伽藍を想像するのも 楽しみである。 今年の紅葉は少し鈍い感がある。 ...続きを見る

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2011/11/29 20:15
もくもく探索日誌 2011年11月29日 滋賀県の紅葉 金剛輪寺
J&Bメンバー6人での紅葉狩り。 <金剛輪寺>に着いたのが早く、我々がトップの入山者となった。 今年の紅葉は色づきもよく、例年と変わらない鮮やかさを示している。 湖東三山(金剛輪寺、西明寺、百済寺)の紅葉はどこにも負けない 豪華さと色づきで人気が高まっている。 私の好きな新緑の風景と紅葉を対比しながら見るのも面白い。 ...続きを見る

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2011/11/29 17:37
比叡山延暦寺 (滋賀県大津市) 2011年の紅葉
2011年11月24日紅葉狩り 京都大原から山越えで滋賀県に入り、奥比叡ドライブウェイを延暦寺に向う。 延暦寺の境内は広く、奥比叡ドライブウェイを入った途端に延暦寺の 領域となる。 奥比叡ドライブウェイの紅葉はまだ残っており、例年の紅葉と変わっていない。 今が見頃ではないか。 ...続きを見る

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2011/11/24 22:06
もくもく探索日誌 2011年11月23日 近江大津の紅葉
薄曇りの早朝スタート。紅葉探索の第2段は大津市へ。 まずは石山寺へ向う。 祝日とあって朝早くから人出も多い。 紅葉の程度は見頃の段階といえよう。但し,例年に比して色が鈍い感がある。 国宝・多宝塔の屋根葺き替えでいつもの風景は見られず。 初めて来られた人には残念至極。 薄曇りのこともあり、紅葉も冴えないのが。   芭蕉の句<石山の石にたばしる霰かな> ...続きを見る

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2011/11/23 17:03
鶏足寺 (滋賀県長浜市木之本町) 近江湖北27名刹 紅葉の名所
琵琶湖湖北地区の紅葉の名所として知られ、シーズンには多くの 紅葉狩りの人で賑わう。 己高山(923m)の山麓に鶏足寺・石道寺と十一面観音立像の観音の寺として も親しまれている。 鶏足寺の仏像群は収蔵庫<己高閣・世代閣>に安置され、拝観も可能になっている。 ...続きを見る

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2011/11/21 09:22
多田幸寺 (滋賀県長浜市) <重文>薬師如来坐像
多田幸寺の本尊・薬師如来坐像は平安時代前期10世紀の作と いわれ、京都・神護寺の薬師如来立像と同系統の密教彫刻の 代表作といわれている。 50年に1回の開帳の秘仏で、その神秘性が魅力を増している。 ...続きを見る

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2011/11/12 08:33
黒田観音寺 (滋賀県長浜市木之本町) 平安初期の<重文>千手観音立像
秀吉の参謀・黒田官兵衛の祖先が出た木之本町黒田の山裾に ポツンと建つ黒田観音寺は奈良時代に行基によって開創された と伝えられるが詳細は不詳である。 本尊千手観音は伝教大師最澄の作ともいわれ、平安時代初期の 貴重な仏像である。 瀬戸内寂聴も愛する仏像といわれている。 准胝観音ともいわれるが、地元の人達に護持されてきた千手観音 である。 無住のため集落の人達により管理され、拝観は観光協会などに 予約すれば可能である。 ...続きを見る

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2011/10/30 12:39
全長寺 (滋賀県長浜市余呉町) 余呉三山
余呉三山の一つに数えられる全長寺は余呉湖の北にあってアジサイの 寺として知られている。 1469年全長和尚が浄土宗のお寺として開創したが、亡くなる前に 禅宗に傾倒し亡くなった後引き継いだ2代住職が曹洞宗に改め、 全長寺と改名している。 明治維新まで大いに栄えたといわれ、境内はその時の繁栄を彷彿と させる趣が残っている。 特に、推定樹齢500年といわれる大杉が往時の歴史を語っているようだ。 ...続きを見る

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2011/10/20 09:08
洞寿院 (滋賀県長浜市余呉町) 余呉三山
長浜市余呉町の高時川上流の山間にある洞寿院は余呉三山の 一つに数えられる名刹であり、かっては曹洞宗の近江における中心寺 として多くの修行僧を育成していた。 <余呉三山>:洞寿院、全長寺、菅山寺 ...続きを見る

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2011/10/12 14:37
滋賀院門跡(滋賀県大津市) 延暦寺本坊
比叡山延暦寺の里坊(塔頭)54ヶ寺が連なる坂本の里の中心に位置する 滋賀院門跡は延暦寺の本坊(歴代住職の住まい)であり、天台宗の事務本拠地 でもある。 坂本には穴太(あのう)積み石垣の寺や屋敷が多くあり、お寺集団のイメージが 他とは少し異なる風景である。 中でも滋賀院門跡の石垣は立派な風格を持っていて城郭の匂いがする。 ...続きを見る

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2011/05/22 11:13
永照院 (滋賀県湖南市) 甲賀六大寺
永照院は、724年行基によって開創された三雲寺が始まりと伝えられている。 その三雲寺は甲賀六大寺の一つに数えられる名刹であった。 甲賀六大寺とは、現在の寺名でいうと   <櫟野寺、千光寺、善水寺、大岡寺、檜尾寺、永照院> 1504年に永照院とし、1628年再興され浄土宗になっている。 現在は本堂など伽藍は再建され新しいお寺となっている。 ...続きを見る

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2011/05/19 16:00
観音寺 (滋賀県湖南市) 近江湖南27名刹霊場第11番
湖南市夏見の山麓にある観音寺の開創については不詳であるが、享保年間 (1716〜36年)に再興されている。 木々に覆われてヒッソリと建つ小さな伽藍と多くの石造物が安置された境内は 何か不思議な雰囲気を感じる。 ...続きを見る

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2011/05/17 19:46
南照寺 (滋賀県湖南市) 近江湖南27名刹霊場第12番
夏の盛りに、男女のシンボルを作って集落を子供たちがかついで練り歩く 祭<ぼんのこへんのこ祭>が行われる松尾神社と同居している南照寺は、 もともと神仏習合のお寺である。 805年伝教大師最澄が阿星山の麓に開創したと伝えられているが、 1575年現在地に移転したといわれている。 近江湖南27名刹第12番になっているが、歴史を感じるものがある。 それは、松尾神社と同居している関係かもしれない。 ...続きを見る

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2011/05/17 08:50
菩提禅寺 (滋賀県湖南市) 名刹・少菩提寺跡
湖南市の菩提寺山(363m)山麓には、戦国時代の兵火で廃寺となった 少菩提寺があったが、731年良弁僧正によって開創された少菩提寺は それまで大寺として栄えたといわれている。 廃寺となる前の1500年頃の絵図が残っており、七堂伽藍が揃い37坊 の坊舎が存在し、野洲川の対岸にある金勝山・金勝寺(大菩提寺)と 並び称された。 ...続きを見る

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2011/05/13 09:03
報恩寺 (滋賀県野洲市) 白鳳時代の聖観音像
菩提寺山(363m)北麓にある報恩寺は目立たない場所にある小さなお寺 であるが、1760年地元の広幡家から授けられた聖観音立像は県内でも 少数の白鳳時代仏像である。 報恩寺の開創は不詳であるが、室町時代に再興されている。 ...続きを見る

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2011/05/11 09:00
多聞寺 (滋賀県野洲市) 石造宝塔・宝篋印塔
近江富士<三上山>(432m)南麓にある多聞寺の宝篋印塔は小さな堂に 安置されていて風化は少なく保存状態は良好である。 こうした良好な維持管理はお寺の努力による。 1522年銘が刻まれた貴重な資料である。 本堂裏手に、同じく室町時代の石造宝塔があり、これも石柵で囲い 維持管理がなされている。 他にも石造物が何点か存在する石造塔のオンパレードを示している。 ...続きを見る

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2011/05/09 11:03
宗泉寺 (滋賀県野洲市) 鎌倉時代の石燈籠
野洲市の妙光寺山(267m)山麓にある宗泉寺は、688年に開創された 東光寺の一坊が始まりと伝えられている。 東光寺は平安時代には百坊を数える大寺であったと伝えられるが、比叡山との 確執や織田信長の兵火などにより1573年廃寺となっている。 その東光寺の宝物は宗泉寺の薬師堂に引き継がれ、薬師如来坐像などの 貴重な仏像が伝来している。 薬師堂の前に立つ石燈籠は鎌倉時代の作で、重要美術品に指定されている。 ...続きを見る

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2011/05/03 10:07
正楽寺 (滋賀県栗東市) 近江湖南27名刹霊場第22番
栗東市の市街地にある正楽寺の創建は古く、平安時代後期に遡ると 伝えられているが、詳細は不詳である。 1732年現在の霊仙寺跡に移転してきたが、長い間無住の状態が 続き荒れ放題になっていた。 2002年に大阪田辺の法楽寺が手を差し伸べ、法楽寺の別院として 再興されている。 ...続きを見る

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2011/05/01 09:01
福正寺 (滋賀県栗東市) 蓮如上人ゆかりの寺
栗東市を通る旧東海道沿いの六地蔵集落にある福正寺は、金勝寺25別院の 一つ多喜寺の一院で六体の地蔵菩薩が祀られていたと伝えられている。 その六体地蔵菩薩の一体が現在も残っており、福正寺で維持管理されている。 1461年蓮如上人に帰依した住職・正善が浄土真宗に改宗し、その後の 寛正の法難で逃れた蓮如上人は一時、福正寺に逗留している。 ...続きを見る

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2011/04/29 09:38
徳生寺 (滋賀県栗東市) 鎌倉時代の宝篋印塔
栗東市伊勢落を通る旧東海道沿いにある徳生寺は、中世に浄土真宗の 道場として開かれたと伝わるが詳細は不詳である。 ただし、徳生寺には鎌倉時代後期の宝篋印塔や室町時代の方便法身尊像が 伝わることから、室町時代には開創されていたと推定される。 ...続きを見る

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2011/04/27 08:59
善勝寺 (滋賀県栗東市) 仏足石
栗東市御園にある無住の善勝寺は、977年天台宗の寺院として開基された と伝えられているが詳細は不詳である。 本尊千手観音は11世紀の造立と考えられ、金勝寺との関係があったと推定 されている。 江戸時代になり浄土宗となったといわれている。 ...続きを見る

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2011/04/24 09:02
金勝寺(滋賀県栗東市) 湖南仏教文化の中心であったお寺
金勝山(こんぜやま)の頂上近くに位置する金勝寺(こんしょうじ)は733年良弁に よって開創されたと伝わるが、伽藍が建立されたのは833年頃といわれる。 この頃は<大菩提寺>と呼ばれ、野洲川を挟んだ向かい側にある今は廃寺となった <少菩提寺>とともに国に認められた大寺であった。 ...続きを見る

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2011/04/23 20:46
常念寺 (滋賀県野洲市) 地元豪族・永原氏の菩提寺
常念寺は平安時代初期に慈覚大師円仁によって開創されたと伝えられているが、 南北朝時代に焼失し、1396年再興され浄土宗となり、室町時代末期に地元の 豪族・永原氏の菩提寺として再建されている。 ...続きを見る

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2011/04/20 09:08
阿弥陀寺 (滋賀県栗東市) 近江湖南27名刹霊場第16番
石塔・石燈籠・石仏など多くの石造物が見られる阿弥陀寺は、 1413年金勝山の僧・隆堯が麓の地に開いた草庵が始まりと伝えられている。 その後、厳誉上人が戦国大名・六角氏の支援を受けて1485年にお堂を建立し、 近江浄土宗の中核として阿弥陀寺は栄えたといわれる。 織田信長の時代に安土・浄厳院に近江浄土宗の中核が移るまで続いた。 ...続きを見る

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2011/04/13 09:04
西方寺 (滋賀県草津市) 由緒ある鐘楼
草津市青地町にある西方寺は912年天台宗の寺として開創されたと 伝えられている。 その後衰退したが1643年浄土宗の寺として再興されている。 鐘楼は1604年建仁寺塔頭・常光院に木下家定によって建立され、 檀王法輪寺を経て、1962年に西方寺に移築されている由緒を持つ。 風格のある鐘楼で中世的要素を持ち、近世への過渡期の鐘楼として 資料的に価値を持つ。 ...続きを見る

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2011/04/07 09:05
敬恩寺 (滋賀県栗東市) 近江湖南27名刹霊場第18番
近江湖南27名刹霊場は、びわこ百八霊場の一地域であり、湖北・湖東・湖南・ 湖西の4地域・各27名刹からなっている。 敬恩寺は金勝山山麓に位置し、開創については不詳であるが1524年に 再興されている。 本尊・阿弥陀如来立像は鎌倉時代の作で重要文化財に指定されている。 ...続きを見る

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2011/04/03 11:51
金胎寺 (滋賀県栗東市) <重文>阿弥陀三尊像
金勝山(264m)山麓にある金胎寺は、白鳳時代に金勝寺の別院として 開創され義淵僧正が金胎浄願寺としたと伝えられている。 戦国時代に浄土宗となっている。 ...続きを見る

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2011/03/31 09:14
観音寺 (滋賀県守山市水保町) 源頼朝ゆかりの寺
観音寺は奈良時代に開創された円通寺が始まりと伝えられ、1535年頃 天台真盛宗の寺として観音寺が誕生している。 平治の乱で敗れた源頼朝が伊豆へ逃れる途中にこの寺に立ち寄り、 再起を願って植えたと伝えられている藤の木が残っている。 ...続きを見る

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2011/03/29 09:14
称名院 (滋賀県守山市) 近江小浜城の跡地
称名院を中心として戦国時代に進藤貞春が近江小浜城を築いており、 その遺構である石垣の一部が残されている。 称名院の前身は石川寺と言い、奈良時代に開創されたと伝えられている。 小さなお寺ではあるが、参道なども整備された佇まいはかっての小浜城を 連想させるものがある。 ...続きを見る

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2011/03/27 09:22
西蓮寺 (滋賀県守山市) 鎌倉時代の板碑
西蓮寺の板碑は鎌倉時代後期の板碑と考えられているが、板碑とは 方柱状の石の頂部を山形に刻み、肩部に切り込みと前方に突き出た 額部を造り、下を身部とする石造塔婆である。 板碑は関東地方に多く見られ、古い文化財的な板碑も関東地方に多い。 西蓮寺の板碑はこの地域では貴重な資料となっている。 ...続きを見る

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2011/03/25 10:00
聞光寺 (滋賀県守山市) 蓮如上人ゆかりの寺
1464年蓮如上人が近江の布教活動を行っている時、守山の石原新左衛門が 蓮如上人の弟子となり、蓮如上人から大谷本願寺親鸞聖人御影と十字名号を 下付され荒見道場を開いたのが始まりと伝えられている。 蓮如上人が造ったと伝わる枯山水庭園も残っている。 茅葺の本堂がその当時を連想させる風景である。 ...続きを見る

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2011/03/23 09:38
本像寺 (滋賀県守山市) 石造題目塔
<南無妙法蓮華経>の題目が刻まれた鎮魂供養塔を<題目塔>と 呼んでいるが、日蓮宗のお寺や街道に見受けられる。 本像寺の石造題目塔は1367年と1524年の2基が残っており、 本像寺の歴史を物語っている。 ...続きを見る

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2011/03/21 15:37
守善寺 (滋賀県守山市) ホタル観賞スポット
最近は清流が戻り、あちこちでホタルの飛翔が見られるが、守善寺の門前を 流れる金森川はホタル観賞スポットとして名所になっている。 守山は守山ホタルで知られ、皇室に献上された歴史を持っている。 毎年5月中旬〜6月上旬に<守山ほたるパークアンドライド>を行い、 自家用車の規制とシャトルバスの運行が行われるほどである。 ...続きを見る

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2011/03/20 11:07
西隆寺 (滋賀県守山市) 茅葺の本堂
茅葺の堂宇が少なくなっている今日、この地域では希少な本堂となって いる西隆寺であるが、境内には多くの古い石造物が拝観できる。 特に、鎌倉時代後期の半肉彫石造阿弥陀如来坐像は貴重な 文化財である。 ...続きを見る

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2011/03/09 09:27
最勝寺 (滋賀県草津市) 推定樹齢350年の椿
本堂裏手の道路脇にニョッキリと生える椿は、京都・宝鏡寺の椿を母樹とする <熊谷>という品種で、推定樹齢350年といわれ樹高9mを超えている。 草津市の天然記念物にもなっており、毎年春には大きな花をさかせる。 ...続きを見る

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2011/03/07 09:25
無量寿寺 (滋賀県草津市) 1302年の宝篋印塔
草津市青地町の無量寿寺は、630年頃藤原鎌足の長子・定恵の師・慧隠に よって開創されたと伝えられている古刹である。 1532年行誉浄運によって中興され浄土宗になっている。 ...続きを見る

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2011/03/05 09:38
教善寺 (滋賀県草津市) 近江湖南27名刹霊場第21番
20年前に<びわ湖百八霊場>の企画が立てられ、最初に <近江湖北27名刹霊場>が設立し、続いて<近江湖東27名刹霊場> <近江湖南27名刹霊場>が誕生した。 2009年に<近江湖西27名刹霊場>が成り、<びわ湖百八霊場>がスタートした。 ...続きを見る

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2011/03/03 08:43
蓮海寺 (滋賀県草津市) 俳諧の祖・山崎宗鑑の生誕地
琵琶湖が湖上海運に利用されていた頃、比叡山の対岸に位置する志那港 があった湖辺に建っていた蓮海寺の本尊・地蔵菩薩は水難除けの地蔵として 信仰を集めていたそうだ。 ...続きを見る

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2011/03/01 09:18
最明寺 (滋賀県草津市) 鎌倉時代の五重石塔
滋賀県には多くの石塔があるが、最明寺(草津市)の五重石塔は文化財指定 はされていないがそれに匹敵する石塔と言えよう。 守山市の最明寺・五重石塔は重要文化財に指定されていて、その相違が 不詳である。 同じ寺名で、お寺の創建もほぼ同じ年代、五重石塔の年代もほぼ同じと 考えられているのに。不思議。 ...続きを見る

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2011/02/27 09:28
宝光寺 (滋賀県草津市) 白鳳時代の古刹
草津市の浜街道沿いにある宝光寺は675年天武天皇の勅願で開創されたと 伝えられているが、周辺を含めた境内の発掘調査によって大量の古瓦が発掘 され、その文様から白鳳時代の瓦と考えられている。 また、大津のその時代の廃寺と同様の瓦と考えられ、この草津の地に何故 これだけの寺院があるのだろうか。 現在の宝光寺は小さなお寺であるが、その当時の姿を想像したくなる。 ...続きを見る

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2011/02/13 09:58
真光寺 (滋賀県守山市) <重文>聖観音坐像
滋賀県守山市の真光寺は819年弘法大師空海によって開創されたと 伝えられているが詳細は不詳である。 江戸時代初期に真宗大谷派となっている。 聖観音坐像は1029年の銘があり貴重な資料となっている。 ...続きを見る

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2011/02/09 09:36
妙感寺 (滋賀県近江八幡市) 石組の庭園
近江八幡市南東の岩倉山(220m)山麓にある妙感寺の庭園は、岩倉山の 良質な石を多用し石組の特徴を持った江戸時代中期の池泉観賞式庭園であるが、 サツキが大きく成長し石組の良さが失われているのが少し残念である。 しかし、サツキの季節はまた見ごたえがあるのだろう。 ...続きを見る

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2011/02/04 09:12
立木観音 <安養寺>(滋賀県大津市) 厄除け観音
瀬田川(淀川の最上流)沿いの山上へ700段の石段を登るとそこに立木観音が 現れるという表現がピッタリの厳しい運動の爽やかさ。 厄除け観音としてつとに有名で、老若男女がご利益を願って参拝される姿を 見ていると700段の石段もなんのその。 ...続きを見る

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2011/01/31 11:20
福寿寺 (滋賀県近江八幡市) <重文>千手観音立像
近江八幡市の南東にある岩倉山(220m)は良質な岩石が採れることで 知られ、秀吉時代には大阪城築城にかなりの石材が運ばれたと言われている。 その岩倉山の山麓から中腹に向かって展開する福寿寺の境内には、多くの 石が使われ、江戸時代前期の庭園にもふんだんに石が使われている。 ...続きを見る

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2011/01/31 09:38
小谷寺 (滋賀県長浜市湖北町) 北近江の戦国大名浅井氏ゆかりの寺
滋賀県長浜市湖北町にある小谷寺は、728年泰澄大師が開いた山岳仏教の 霊場小谷山の一つの坊である常勝寺が始まりと伝えられている。 戦国時代に浅井氏の祈願所となって小谷寺と改名し、浅井氏の庇護 のもと栄えたが、浅井氏が滅びると共に小谷寺も荒廃した。 その後、豊臣秀吉によって現在地に再興され今日に至っている。 お寺は少し荒れているが、文化財は豊富であり、本尊如意輪観音は 可憐な姿と手先の表情に浅井氏の悲劇を映しているよ ...続きを見る

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2011/01/27 12:41
上品寺 (滋賀県大津市小野) 小野篁ゆかりの寺
滋賀県大津市小野の小野神社は、飛鳥時代から平安時代に活躍した 小野妹子や小野道風、小野篁、小野小町などの 小野氏の氏神神社であるが、その参道入口に接して建つ上品寺は 平安時代前期の官人・学者・歌人でもある小野篁が開創したと伝えられている。 小野篁を祀る小野篁神社が小野神社内にあり、上品寺と小野神社は 昔は関係が深かったのではないだろうかと想像したい。 江戸時代初期に再興されている。 ...続きを見る

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2011/01/27 09:33
玉桂寺(滋賀県甲賀市信楽) 江戸時代の名刹
奈良時代末期、淳仁天皇が造営した離宮<保良宮>の跡に 弘法大師空海が一宇を建立したのが玉桂寺の始まりと伝えられている。 江戸時代には3万石の寺領を持った名刹として栄えた。 ...続きを見る

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2011/01/25 16:05
岩間寺(滋賀県大津市) 西国三十三所観音霊場第12番
岩間山(443m)の山上にある岩間寺の境内に、芭蕉池と名づけられた小さな 池があり、その傍に芭蕉の句碑<古池や 蛙飛び込む 水の音>がある。 芭蕉が岩間寺にお参りした折、詠んだ句と伝えられているそうです。 こうした言い伝えは各地にありそうな話であるが、芭蕉が大津の地に縁が 深いことからまんざらでもないだろう。 ...続きを見る

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2011/01/25 11:15
福領寺 (滋賀県大津市) <重文>阿弥陀如来坐像
滋賀県大津市雄琴の雄琴城址に隣接している福領寺は、江戸時代初期 に廃城になった雄琴城址に隣接して開創されたと伝えられている。 詳細は不詳である。 ...続きを見る

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2011/01/13 09:39
法光寺 (滋賀県大津市) 小槻今雄宿禰の菩提寺
滋賀県大津市雄琴の山手にある法光寺は、863年平安時代初期の 貴族・小槻今雄宿禰によって小槻氏の菩提寺として、また鎮護国家の 道場として開創された。 平安時代初期に小槻一族の礎を築いた今雄宿禰は主要な官職を占め、 現在の雄琴の地を与えられ開発に力を注いだと言われる。 <雄琴>の雄は今雄から取って名付けられたといわれ、後に雄琴神社 に祀られている。 ...続きを見る

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2011/01/09 10:00
縁心寺 (滋賀県大津市) 膳所藩主本多家の菩提寺
滋賀県大津市の膳所にある縁心寺は、1601年に徳川家康が膳所城を築き、 その初代城主となった戸田一西が1602年に開創したと伝えられている。 1617年三河西尾藩から移ってきた本多康俊が膳所藩主となり、縁心寺を 本多家の菩提寺とした。 (一説には、縁心寺は1602年本多康俊が三河西尾に菩提寺として開創し、 1617年膳所へ移った時に縁心寺も膳所へ移した。その後、西尾にも縁心寺が 新たに開創されている。) ...続きを見る

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2011/01/04 09:52
石塔寺(滋賀県東近江市) 日本最古の石塔
数万基の石塔・石仏が境内所狭しと並ぶ石塔寺の風景にはただただ圧倒されるのみ。 その中心に建つ三重石塔(別名:阿育王塔<あしょかおうとう>)の風格と造形の 美しさには感銘を憶えるが、それもこの数万基の石造物の中に建っているからであろう。 私の好きなお寺のひとつであるが、是非訪問してみてください。 ...続きを見る

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2010/12/31 13:20
光徳寺・等正寺 (滋賀県大津市) 蓮如上人ゆかりの寺
滋賀県大津市の光徳寺と等正寺は<堅田源兵衛の首>伝承で知られる。 1469年蓮如上人は三井寺の万徳院住職の支援を得て、三井寺境内に坊舎 を設けそこに親鸞御影を安置して北陸へむかった。 その後、蓮如上人は山科本願寺を1480年創建すると、親鸞御影を三井寺から 山科本願寺へ移すべく三井寺に申し出たが、三井寺側は生首二つ持ってくれば 御影を返すと難題を持ちかけた。 これを聞いた蓮如上人に帰依していた堅田の漁師・堅田源右衛門が倅の 源兵衛の首を切り落として三井寺に持って行き、自分の首と倅の... ...続きを見る

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2010/12/31 09:29
本願寺近松別院 (滋賀県大津市) 蓮如上人ゆかりの寺
滋賀県大津市の三井寺(園城寺)近くにある近松別院は、1469年三井寺の万徳院 住職の支援を受けて、三井寺五別所の一つ近松寺境内の一角に蓮如上人が 坊舎を建立して親鸞御影を安置したのが始まりと伝えられている。 ...続きを見る

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2010/12/30 09:24
本福寺 (滋賀県大津市本堅田) 蓮如上人ゆかりの寺
滋賀県大津市本堅田にある本福寺は、正和年間(1312〜17年)に善道が 本願寺の覚如上人に帰依して開創したと伝えられている。 1465年大谷本願寺を比叡山衆徒に破壊され、蓮如上人は親鸞御影を持って 堅田の本福寺へ一端非難し、ここを拠点に布教と比叡山衆徒との戦いに挑んだ。 しかし、1468年には比叡山衆徒によって本福寺も焼失し、その後蓮如上人は 金森・大津と転々とし1471年に越前吉崎へと旅する。 ...続きを見る

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2010/12/26 09:40
大練寺 (滋賀県大津市) 練貫の井
滋賀県大津市の琵琶湖疏水の近くにある大練寺は876年円海和尚によって 開創されたと伝えられている。 境内には<大津三名水>の一つ練貫水の井戸があったが、1887年の 琵琶湖疏水の掘削工事で水脈が切断され、現在は井跡が残されている。 伝承では天智天皇はこの水で練った絹の衣を着用されたことから、この 水を練貫水と呼んだといわれている。 また、豊臣秀吉はこの水で点てたお茶を好んだといわれている。 ...続きを見る

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2010/12/20 09:08
近松寺 (滋賀県大津市) 近松門左衛門ゆかりの寺
滋賀県大津市の三井寺(園城寺)南にある近松寺は904年安然和尚によって 開創され、三井寺三別所の一つとして栄えたと言われている。 三井寺三別所(微妙寺、尾蔵寺、近松寺)は鎌倉時代の古絵図にも 表れている。 ...続きを見る

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2010/12/16 09:30
五村別院 (滋賀県長浜市)
真宗大谷派東本願寺の別院である五村別院は1597年教如上人 によって開創されたお寺であるが、本願寺が西本願寺と東本願寺に 分かれる前の、教如上人安住のお寺になるはずであった。 ...続きを見る

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2010/12/15 20:02
西勝寺 (滋賀県大津市) <重文>阿弥陀如来立像
滋賀県大津市真野にある西勝寺は、天台真盛宗の開祖・真盛上人によって 1494年開創されたと伝えられている。 本尊阿弥陀如来立像は1203年に京都仏師によって造像され、年代の明確な 阿弥陀如来立像として貴重な仏像である。 ...続きを見る

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2010/12/10 09:29
湖東三山と永源寺 (滋賀県)
滋賀県湖東の鈴鹿山系山麓にある湖東三山と永源寺は紅葉の名所として また、緑が映える奥深い懐を有する名刹である。 湖東三山とは   西明寺、金剛輪寺、百済寺の天台宗寺院を呼称する通称名で、 <紅葉の湖東三山>として広く知られている。 ...続きを見る

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2010/12/01 19:36
明王寺 (滋賀県甲賀市甲南町) 
滋賀県甲賀市甲南町の山中にある明王寺は、811年円瑞上人によって 開創されたと伝える古刹である。 五大明王を本尊とする祈祷祈願の信仰篤く、庭園も整備されほっと一息 つける空間を作っている。 ...続きを見る

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2010/03/24 08:31
伊勢廻寺 (滋賀県甲賀市甲南町) 湖国十一面観音霊場
滋賀県甲賀市甲南町にある伊勢廻寺は806年に開創されたと 伝えられているが詳細は不詳である。 本尊十一面観音は不動明王と毘沙門天を脇侍とした天台宗形式 の三尊構成になっているが、その造像時期は異なっている。 ...続きを見る

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2010/03/22 09:45
檜尾寺 (滋賀県甲賀市甲南町) 近江西国三十三ヶ所観音霊場第30番
滋賀県甲賀市甲南町にある檜尾寺は、806年伝教大師最澄によって 火尾寺として開創されたと伝わるが詳細は不詳である。 853年円仁によって再興され、檜尾寺として隣地の檜尾神社の神宮寺 の神仏習合のお寺として明治維新まで続いた。 ...続きを見る

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2010/03/19 15:38
龍福寺 (滋賀県甲賀市) 近江湖南27名刹霊場
滋賀県甲賀市甲賀町にある龍福寺は、平安時代初期に比叡山延暦寺の 根本中堂建立に必要な用材調達のためにこの地を訪れた最澄が、悪疫に 苦しむ人々の平癒を祈願して薬師如来を祀ったのが始まりと伝えられている。 ...続きを見る

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2010/03/12 08:56
清涼寺 (滋賀県甲賀市土山町) 
滋賀県甲賀市土山町の青土ダム下流にある清涼寺は、1265年 尺八や味噌を中国から持ちこんだ興国寺の法燈国師によって開創されたと 伝えられている。 その後兵火により荒廃したが、1659年遠州・方広寺の僧・大海 によって再興され今日に至っている。 本尊釈迦如来坐像は鎌倉時代の作で重要文化財に指定されており、 毎年10月10日に開扉される。 ...続きを見る

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2010/03/10 09:04
見性庵 (滋賀県甲賀市土山町) <重文>長屋王願経
滋賀県甲賀市土山町にある見性庵は、文保年間(1317〜19年)に 南禅寺第5世住持の佛燈国師によって開創されたと伝えられている。 その後、盛衰を経て1840年頃再興され今日に至っている。 ...続きを見る

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2010/03/08 09:25
太平寺 (滋賀県甲賀市土山町) <国宝>長屋王願経
滋賀県甲賀市土山町にある太平寺は1491年高岳禅師によって開創 されたと伝えられている。 太平寺には長屋王願経と呼ばれる<国宝>大般若経142帖が伝わって いる。 長屋王願経は、奈良時代前期の皇族で政治の中枢にいたが、藤原一族 の謀略により自害したといわれる長屋王が願主となって写経させた 大般若経である。 長屋王願経には<和銅経:和銅5年(712年)>と<神亀経:神亀5年 (728年)>の各々600巻があるが、和銅経は220巻が現存しており、 その内212巻が土山町の3ヶ寺に存... ...続きを見る

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2010/03/06 09:15
長松寺 (滋賀県甲賀市土山町) 近江湖南27名刹霊場
滋賀県甲賀市土山町の長松寺は、元天台宗大日寺の塔頭であったが、 1571年織田信長の兵火により大日寺は焼失したが、大日堂と当塔頭は 難を免れた。 1624年賢叟和尚が再興し、永源寺から仏頂国師を中興開山として 迎え、臨済宗の長松寺として今日に至る。 ...続きを見る

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2010/03/04 09:19
常明寺 (滋賀県甲賀市土山町) <国宝>長屋王願経
滋賀県甲賀市土山町にある常明寺は、和銅年間(708〜715年)文武天皇の 供養追善のため元明天皇が開創したと伝えられているが、詳細は不詳である。 1349年東福寺の鈍翁禅師が現在地に再興し、1356年には京都から茶種を 持ちこみ植栽したのが現在の土山茶の起源と言われている。 ...続きを見る

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2010/03/01 09:05
東光寺 (滋賀県東近江市) 紅葉の古刹
滋賀県東近江市の白鹿背山(はっかせやま 755m)別名東光寺山の 山麓にある東光寺は、聖徳太子の開創と伝えられているが詳細は 不詳である。 慶長年間(1596〜1615年)に天台宗から浄土宗に改宗している。 ...続きを見る

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2010/02/22 09:09
引接寺 (滋賀県東近江市) 数千体の石塔・石仏
滋賀県東近江市の湖東三山の一つ百済寺の近くにある引接寺は、 開創については不詳であるが、江戸時代1650年頃に百済寺を再建した 亮算の弟子・亮誉によって現在地に再興されたと伝えられている。 百済寺一帯は織田信長の兵火により焼失しており、引接寺もその 一寺として難を受けている。 亮算は天海僧正の高弟で、明正天皇の命を受けて百済寺の復興に 着手し、1650年頃復興がなっている。 ...続きを見る

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2010/01/26 09:17
東南寺 (滋賀県近江八幡市安土町) 
滋賀県安土町のJR安土駅の近くにある東南寺は、江戸時代前期に 天海僧正によって開基されたと伝えられている。 1737年繖山桑実寺の塔頭正覚院が浄土宗に転宗して竜王町へ 移ったため、東南寺が正覚院の寺格を引き継ぎ<重文>地蔵菩薩立像 や織田信長・足利義晴文書などを同時に引き継いだ。 繖山の正覚院は桑実寺の別格塔頭で、室町将軍第12代足利義晴が 1532年から3年間京都から逃れ仮幕府を正覚院に置いた歴史がある。 ...続きを見る

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2010/01/24 08:55
梵釈寺 (滋賀県東近江市) 古代梵釈寺との関係
滋賀県東近江市にある梵釈寺は、天和年間(1681〜83年)に領主奥田家 が日野正明寺の晦翁を開山に迎えて開創され、1728年に黄檗宗になっている。 ...続きを見る

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2010/01/22 08:53
誓安寺 (滋賀県東近江市) 
滋賀県東近江市の旧蒲生町にある誓安寺は、995年頃花山法皇 によって開創されたと伝わる。 1492年六角征伐の兵火によって焼失したが、1545年上南城主の 安部井秀家一族によって再興され、安部井氏の菩提寺となった。 ...続きを見る

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2010/01/20 09:22
正念寺 (滋賀県竜王町) 
滋賀県竜王町は源義経が鏡の宿で元服したと伝わる田園の郷で、 その中央地域にある正念寺の開創は不詳であるが、当初は真宗 であったが宝永年間(1704〜11年)に是運によって再興され 浄土宗になっている。 ...続きを見る

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2010/01/18 09:15
涌泉寺 (滋賀県東近江市鋳物師町) <重文>九重石塔
滋賀県東近江市鋳物師町にある涌泉寺は聖武天皇の勅願によって 開創されたと伝えられるが詳細は不詳である。 天正年間(1573〜1592年)に実厳によって再興され、1692年臨済宗 になったと言われている。 ...続きを見る

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2010/01/16 09:00
大覚寺 (滋賀県東近江市) 近江西国三十三ヶ所観音霊場第17番
滋賀県東近江市の湖東三山の一つ百済寺の近くにある大覚寺は、 奈良時代前期に行基によって開創されたと伝えられている。 1573年織田信長の兵火により焼失したと言われているが、仏像 などは村人により運び出され、近隣の寺院に匿われ現在も残っている。 現在の境内はこじんまりとした山麓の地にあるが、元は山上に 展開していたと考えられている。 ...続きを見る

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2010/01/13 08:58
願成寺 (滋賀県東近江市) 人魚伝説
滋賀県東近江市川合にある願成寺は聖徳太子によって 開創されたと伝えられ、本尊聖観音菩薩は太子の母の姿を映した ものと伝えられている。 戦国時代織田信長の兵火に遭い壊滅したと言われたが、その後 曹洞宗の寺として再興されている。 ...続きを見る

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2010/01/10 10:11
興福寺 (滋賀県東近江市) 五智如来の寺
滋賀県東近江市五智町にある興福寺は、聖武天皇の勅願寺として 行基によって739年開創されたと伝えられている。 本尊大日如来と薬師・宝生・釈迦・阿弥陀の各如来を併せて <五智如来の寺>と呼ばれて地名にもなっている。 ...続きを見る

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2010/01/08 07:29
常善寺 (滋賀県草津市) 
滋賀県草津市のかって草津宿本陣のあった近くにある常善寺は、 735年良弁僧正が開創したと伝わる古刹で、室町時代には 草津御所と呼ばれ足利将軍の宿舎にもなった。 また、徳川家康や秀忠の宿舎にもなり、徳川家の支援も得て草津宿の 重要な寺院として栄えた。 明治時代以降衰微したが、浄土宗の地区指導を担っている。 ...続きを見る

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2010/01/06 07:16
蓮生寺 (滋賀県守山市) 
滋賀県守山市三宅にある蓮生寺は、690年代湯生寺として開創された と伝えるが詳細は不詳である。その後長楽寺となり比叡山に属していたが、 1460年了西が蓮如に帰依して浄土真宗に改め、本願寺再興に尽力した。 その後、長楽寺を城郭化し(三宅城)、一向衆徒の一拠点として信長軍と 戦い奮迅している。 江戸時代に入り真宗大谷派となり、蓮生寺と改名している。 ...続きを見る

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2009/08/28 08:39
赤野井別院 (滋賀県守山市) 蓮如上人ゆかりの寺
滋賀県守山市にある赤野井別院は西本願寺赤野井西別院と 東本願寺赤野井東別院の2院があり、本願寺派と真宗大谷派 の別院となっている。 1465年延暦寺によって大谷本願寺が破壊され、蓮如は近江に 逃れ堅田・金森・赤野井などを拠点に真宗の布教に努めた。 赤野井別院は蓮如の六男蓮淳によって開創されたと伝えられ、 江戸時代以降に東西の別院に分かれている。 ...続きを見る

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2009/08/27 09:38
万年寺 (滋賀県栗東市) 
滋賀県栗東市小野にある万年寺は、835年小野光房によって開創された 小野寺が元亀(1570〜73年)の兵火によって焼失したが、1683年 黄檗宗の裕堂禅師によって再興され万年寺となった。 ...続きを見る

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2009/08/26 15:31
東本誓寺・西本誓寺 (滋賀県日野町) 
滋賀県日野町にある東本誓寺と西本誓寺は、江戸時代以前は 本誓寺1ヶ寺で奈良時代行基によって開創されたと伝えられている。 その後、1364年真宗の道珍上人を迎えて天台宗から真宗に 改宗し、日野を中心に真宗の布教拠点として活動した。 江戸時代に入り、真宗が東西に分かれたのを受けて、本誓寺は 東本誓寺に引き継がれ、新たに西本誓寺が開創された。 ...続きを見る

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2009/08/26 09:29
雲迎寺 (滋賀県日野町) 日野さつき寺
滋賀県日野町にある雲迎寺は、12世紀天台宗の僧了空上人によって 開創され、宝殿岳にあった綿向宝殿権現の神宮寺であったと伝えられて いる。中世以降蒲生氏の庇護を受けて音羽城の支城として城郭様の 様式を備えたが、蒲生氏郷が伊勢松阪に移って以降衰えたと言われる。 1683年になって大徳上人が再興し、浄土宗の雲迎寺となった。 ...続きを見る

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2009/08/25 10:57
正法寺 (滋賀県日野町) 
滋賀県日野町鎌掛にある正法寺は、奈良時代行基が開創したと 伝えられているが詳細は不詳である。 1692年普存禅師が再興し臨済宗として今日に至っているが、 その時普存禅師が植えた藤が現在も花を咲かせ、 <鎌掛の藤寺>として知られている。 <重文>石造宝塔は1315年の刻銘があり、その当時の 美しい姿を維持している。 ...続きを見る

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2009/08/24 09:18
金剛定寺 (滋賀県日野町) 
滋賀県日野町中山にある金剛定寺は、聖徳太子の開創と伝えるが、 752年東大寺の実忠が四月堂を建立したのが開山と言われている。 1342年の伽藍図では金堂・三重塔など多くの堂塔が建ち並ぶ大寺 であったが、1500年代に入って兵火などで焼失し、その後衰退して いった。 ...続きを見る

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2009/08/23 09:19
信楽院 (滋賀県日野町) 日野城主蒲生家の菩提寺
滋賀県日野町にある信楽院は、奈良時代に聖武天皇の勅願により 開創されたと伝えられているが詳細は不詳である。 中世この地の領主で、後に日野城主となった蒲生家の菩提寺として 1349年蒲生高秀が再興している。 この地で生まれた蒲生氏郷は信長・秀吉の家臣として功なり、 秀吉から松阪城主・会津城主となっている。 信楽院には氏郷の遺髪墓がある。 ...続きを見る

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2009/08/22 09:07
飯道寺 (滋賀県甲賀市) 
滋賀県甲賀市の飯道山(664m)の麓にある飯道寺は、 奈良時代初期に山岳信仰の道場として飯道山山上に開創された飯道寺 中腹に開創された道徳寺、山麓に開創された薬王寺(飯道山三大寺)の 僧坊不動堂が始まりと伝えられている。 中世には飯道神社の神宮寺として、神仏一体の山岳信仰の拠点となり、 江戸時代には本覚院として山上の飯道寺の里坊として、修験道の 道場となった。 明治時代の神仏分離によって、飯道寺は廃寺となったが、1892年 本覚院がその法灯を継いで飯道寺となった。 ...続きを見る

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2009/08/21 15:47
寂照寺 (滋賀県日野町) <重文>宝篋印塔
滋賀県日野町にある寂照寺は、寂照法師が開創したと伝わるが 詳細は不詳である。 1713年全応和尚が再興し臨済宗となっている。 <重文>宝篋印塔と町指定文化財の石造宝塔は、東隣にある金峯神社 から1913年移設されている。 ...続きを見る

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2009/08/20 19:43
新善光寺 (滋賀県栗東市) 
滋賀県栗東市にある新善光寺は、平重盛の一族である高野宗定が平家 一門の菩提を弔うために48度の信州善光寺詣りを成就し、善光寺の 如来分身を勧請して、1253年開創したと伝えられている。 本尊銅造阿弥陀三尊(善光寺式)の最近の調査により、13世紀中頃の 造像と判明し、寺伝の史実を裏付けているのではないかと言われている。 ...続きを見る

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2009/08/20 09:05
福林寺 (滋賀県守山市) 天平の貴人といわれた十一面観音
滋賀県守山市の琵琶湖大橋東に位置する福林寺は、 伝教大師最澄が開創したと伝わるが、詳細については不詳である。 小さなお寺であるが、ここには有名な十一面観音立像が本尊 として祀られており、井上靖は<天平時代の貴人>と表現している。 また、鎌倉時代の石造宝塔2基は貴重な資料である。 ...続きを見る

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2009/08/19 09:58
西明禅寺 (滋賀県日野町) 近江西国三十三ヶ所霊場第23番
滋賀県日野町の竜王山(826m)の麓にある西明寺の前身は、 奈良時代竜王山に建てられたお堂と伝えられているが、1053年 聖源阿雑梨の開創をもって始まりと伝えられている。 戦国時代、兵火により焼失したが、江戸時代初期に永源寺の僧に よって再興され、天台宗から臨済宗に変わっている。 ...続きを見る

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2009/08/18 09:20
園養寺 (滋賀県湖南市) 近江西国三十三ヶ所観音霊場第32番
滋賀県湖南市三雲の烏ヶ嶽(485m)山麓の山腹に沿って開ける 園養寺は、延暦年間(782〜806年)最澄によって開創されたと 伝えられ、創建にあたって用材の運搬に苦労したことから牛馬の 安全を願い大日如来を祀り、牛の寺と呼ばれている。 ...続きを見る

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2009/08/17 08:57
妙感寺 (滋賀県湖南市) 近江西国三十三ヶ所観音霊場第33番
滋賀県湖南市三雲の阿星山(693m)山麓にある妙感寺は、 後醍醐天皇の側近であった万里小路藤房(藤原藤房)が出家し、 南北朝時代に開創したと伝えられる名刹である。 藤房は後に授翁宗弼禅師として妙心寺第2世となる。 墓所はここ妙感寺に設けられ、昭和天皇により微妙大師の号を 授けられている。 ...続きを見る

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2009/08/16 11:46
西応寺 (滋賀県湖南市) 少菩提寺なごりの寺
滋賀県湖南市の菩提寺山(233m)の麓にある西応寺は、731年 興福寺別院として良弁が開創した少菩提寺の37坊の一つ禅祥坊を 前身として、1520年に開創された。 少菩提寺は七堂伽藍・37坊を備えた大寺であったが、徐々に衰退し、 1570年織田信長の兵火によって焼失し廃寺となった。 現在は廃少菩提寺跡として史跡に指定されている。 ...続きを見る

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2009/08/15 19:46
正福寺 (滋賀県湖南市) 
滋賀県湖南市にある正福寺は、743年聖武天皇の勅願を受けて 良弁によって開創されたと伝えられ、七堂伽藍を完備した大寺として 栄えたといわれる。 戦国時代織田信長の兵火により悉く焼失したが、17世紀の中頃 浄土宗となり念仏道場として再興された。 兵火に遭いながらも、平安時代の仏像など7体の重文指定仏像が 難を逃れ今日まで維持されている。 ...続きを見る

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2009/08/14 09:11
大岡寺 <岡観音>(滋賀県甲賀市水口町) 水口藩主加藤家の祈願所
滋賀県甲賀市水口町にある大岡寺は、686年行基によって開創された と伝える古刹であるが、1574年の兵火で堂宇を悉く失った。 1716年現在地に再興され、水口藩主加藤家の祈願所となった。 水口藩は加藤明友を初代藩主として1682年に立藩しているが、 水口城築城奉行は大名茶人で有名な小堀遠州である。 ...続きを見る

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2009/05/30 10:58
正福寺 (滋賀県甲賀市甲南町) 世継ぎ観音
滋賀県甲賀市甲南町にある正福寺は、聖徳太子によって開創されたと 伝えられている古刹であり、江戸時代には徳川第5代将軍綱吉に世継ぎ がなく、命により出生祈願を本尊十一面観音菩薩にされると徳松公が授かり、 これ以降正福寺は徳川家の祈願所となり、本尊は世継ぎ観音と呼ばれ 信仰を集めている。 ...続きを見る

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2009/05/28 11:48
広徳寺 (滋賀県甲賀市) 真鍮の祖神
滋賀県甲賀市にある庚申山(420m)山頂に建つ広徳寺は、 783年最澄が開創したと伝わる古刹である。 1593年麓の藤左衛門という男が広徳寺に籠り、家運の隆盛を祈願した ところ、真鍮の製法を感得し1599年京都で成功し、1616年本堂を 再建して以降、本尊青面金剛は真鍮の祖神として信仰を集めた。 ...続きを見る

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2009/05/27 09:15
曹沢寺、正伝寺 (滋賀県高島市) 道元禅師を慕う釈迦三十二禅刹
滋賀県高島市にある曹沢寺と正伝寺は、<道元禅師を慕う釈迦三十二禅刹> の曹洞宗のお寺である。 ...続きを見る

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2009/05/25 10:28
幡岳寺 (滋賀県高島市マキノ町) 柴田勝家夫妻の菩提寺
滋賀県高島市にある幡岳寺は、慶長年間(1596〜1615年)に柴田勝家夫妻の 菩提を弔うために佐久間安政が開創した曹洞宗のお寺である。 佐久間安政は柴田勝家に衆属していたが、後徳川家康に従い近江高島藩主 となっている。この時かっての主である勝家夫妻の菩提寺として幡岳寺を開いた。 ...続きを見る

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2009/05/24 09:26
常栄寺 (滋賀県高島市マキノ町) 湖西随一の楼門
滋賀県高島市マキノ町の山間にある常栄寺は、1601年旭洲禅師によって 開創された曹洞宗のお寺で、<道元禅師を慕う釈迦三十二禅刹>の 札所にもなっている。 湖西随一といわれる楼門の天井絵が鮮やかに残り、その威容を 和らげている。 常栄寺への道程途中にある<メタセコイア並木>は、直線2.4kmの 道路の両側に約500本が並び、新緑・紅葉と変化する風景は圧巻である。 ...続きを見る

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2009/05/23 16:34
宝幢院、宗正寺 (滋賀県高島市マキノ町) 海津集落の古刹
滋賀県高島市マキノ町の海津集落にある宝幢院と宗正寺は、 親子関係にあり、宗正寺が宝幢院の末寺である。 海津の水辺景観は国の重要文化的景観に指定されている。 ...続きを見る

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2009/05/22 16:48
大崎寺 <大崎観音>(滋賀県高島市マキノ町) 海津大崎の崖上に建つ
滋賀県高島市の桜並木で有名な海津大崎の断崖上に建つ大崎寺は、 白山を開いた修験道の僧泰澄大師によって奈良時代に開創されたと 伝えられている。 大崎寺は大崎観音と呼ばれ、近江西国三十三ヶ所霊場第9番の札所 にもなり、桜の時期は桜並木を訪れる人で大いに賑わう。 ...続きを見る

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2009/05/22 09:02
瑞龍寺 <村雲御所>(滋賀県近江八幡市) 豊臣秀次の生母日秀の菩提寺
滋賀県近江八幡市の八幡山(272m)山頂にある瑞龍寺は、 1596年豊臣秀次が高野山で自害させられた後、その生母智(日秀)<秀吉の姉> が出家し京都嵯峨に秀次一族の菩提を弔うために瑞龍寺を開いたのに始まる。 以後、門跡寺院となり日秀の菩提寺となった。 昭和時代に入り衰微し、1961年秀次が築城した八幡山城の跡地に 移転し今日に至っている。 豊臣秀次の菩提寺は京都の瑞泉寺・善正寺であり、日秀の墓は善正寺にある。 ...続きを見る

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2009/04/25 09:30
願成就寺 (滋賀県近江八幡市) 近江八幡の古刹
滋賀県近江八幡市にある願成就寺は、617年聖徳太子誓願によって 八幡山麓に開創されたと伝わる古刹である。 聖徳太子誓願48ヶ寺の最後のお寺と言われている。 1585年羽柴秀次が八幡山城築城にともなって、現在地に移転している。 ...続きを見る

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2009/04/16 09:23
本願寺八幡別院 <金台寺>(滋賀県近江八幡市) 西本願寺別院
滋賀県近江八幡市にある本願寺八幡別院は、本願寺11代顕如上人が 1558年蒲生野に金台寺を開創し、1580年安土に移りその後、 羽柴秀次が八幡山城築城の際1592年安土から近江八幡に移転 している。 徳川家康が宿所に使ったり、朝鮮通信使の宿泊所にもなっている大寺である。 ...続きを見る

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2009/04/13 16:38
松尾寺 (滋賀県米原市) 飛行観音
滋賀県米原市の醒ヶ井養鱒場から松尾山を1.5km登った山中に、 1981年豪雪により倒壊した本堂跡と山門、<重文>九重石塔のみが かっての山岳仏教の大寺の名残として寂しく残っている。 680年頃役行者が入山し行場を開き、769年宣教上人が松尾寺を 建立したと伝えられている。 その後、江戸時代中期頃まで山岳仏教の大寺として栄えたが徐々に 衰微し、1981年の豪雪で本堂は倒壊し今日に至っている。 本尊十一面観音は祈願中に雲中から飛来したとの伝承から飛行観音 と呼ばれ、飛行機関係の人た... ...続きを見る

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2009/04/04 09:31
徳勝寺 (滋賀県長浜市) 北近江の戦国大名浅井氏の菩提寺
滋賀県長浜市の市街地にある徳勝寺は、北近江の戦国大名浅井亮政 が1518年小谷城築城の時医王寺を小谷城下に移して菩提寺として 以降3代の菩提寺となった。 浅井氏3代目長政は織田信長と戦い敗れ、小谷城は壊滅し浅井氏は 途絶えた。 秀吉は1595年徳勝寺を長浜城下に移転し、江戸時代になると 彦根藩主井伊家の庇護を受けている。 ...続きを見る

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2009/04/02 09:32
長寿寺(滋賀県湖南市) <国宝>本堂
長寿寺は湖南三山(長寿寺、常楽寺、善水寺)のひとつで、東寺とも呼ばれる。 もともとは三重塔があったが、織田信長が安土のハ見寺に移築した(現在も 健在である)。しかし、鎌倉時代初期の本堂は風格が漂っている。 ...続きを見る

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2009/04/01 11:26
常楽寺(滋賀県湖南市) <国宝>本堂・三重塔
常楽寺は湖南三山(常楽寺、長寿寺、善水寺)のひとつで西寺とも呼ばれる。 閑散とした寂しげな境内に根を張って建つ本堂と三重塔(共に国宝)の 威風堂々とした姿は境内の風景を救ってくれている。 紅葉の時期はその風景が一変するらしい。紅く染まる境内には多くの 拝観者が訪れ、お堂にその紅が映えることであろう。 ...続きを見る

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2009/04/01 10:34
成菩提院 (滋賀県米原市) 天海僧正ゆかりの寺
滋賀県米原市柏原にある成菩提院は、815年伝教大師最澄が東国に 向う途中この地に草庵を築き逗留したのに始まると伝えられている。 その後、天台宗の学問所にもなり栄え、豊臣秀吉・徳川家康からの 支援を受け、徳川家康の参謀とも言われた天海僧正が20代の 住職に就いている。天海僧正からは家康像(画)も贈られており、 17世紀半頃は最盛期を迎えている。 ...続きを見る

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2009/03/28 09:03
惣持寺 <長尾寺>(滋賀県米原市) 伊吹山岳仏教の名残
滋賀県米原市の伊吹山の北西山麓にある惣持寺(通称長尾寺)は、 白鳳時代に開かれた山岳霊場伊吹山寺(長尾寺、太平寺、高弥寺、 観音寺の総称)の一つ長尾寺の一坊で、伊吹山岳仏教の名残を 継いでいる。 伊吹山寺は平安時代に三修上人によって整備され、護国寺として 栄えた。 現在、太平寺は廃寺となり他の3ヶ寺は各々法灯が引き継がれている。 ...続きを見る

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2009/03/26 10:52
悉地院 (滋賀県米原市) 伊吹山岳仏教の名残
滋賀県米原市の伊吹山麓にある悉地院は、役行者が開いた霊場伊吹山 の山岳仏教の名残としてその佇まいを今も引き継いでいる。 奈良時代には伊吹山寺(弥高寺、長尾寺、太平寺、観音寺の総称)の 堂宇も一部建立され、平安時代になり三修上人が伊吹山寺を整備し、 四ヶ寺は護国寺として栄えた。 悉地院は弥高寺の一坊として、今は廃寺となった弥高寺の法灯を引き継ぎ 伊吹山仏教の名残を伝えている。 <なお、伊吹山寺の太平寺は廃寺となっているが、他の三ヶ寺はその 法灯が引き継がれている> ...続きを見る

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2009/03/25 09:41
玉泉寺 (滋賀県長浜市) 元三大師生誕の地
滋賀県長浜市三川町にある玉泉寺は、981年慈恵大師良源(通称:元三大師) によって開創されたと伝えられている。 良源は912年この虎姫に生まれ、12歳で比叡山に入り出家し、986年 天台座主に就き伽藍の整備・天台教学の興隆などを行い延暦寺の 基礎を固めたことで、延暦寺中興の祖と呼ばれている。 慈恵大師良源は通称元三大師と呼ばれることが多く、これ以外にも 角大師・豆大師などとも呼ばれている。 ...続きを見る

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2009/03/23 13:49
知善院 (滋賀県長浜市) 長浜六瓢箪
滋賀県長浜市にある知善院は、もとは浅井氏の小谷城下にあったが、 秀吉が1574年長浜城築城と同時に城の鬼門の鎮護として移築した と伝えられている。 長浜市は秀吉の築城以降栄えていくが、秀吉ゆかりの6社寺を <長浜六瓢箪>と呼び、6社寺をお参りし瓢箪6個そろえば願いが 叶うといわれその信仰は篤い。 <長浜六瓢箪:神照寺、長浜八幡宮、知善院、舎那院、豊国神社、総持寺>   (1)寺名:知善院(ちぜんいん) (2)住所:滋賀県長浜市元浜町29−10 (3)山号:宝生山 (4)宗派:天... ...続きを見る

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2009/03/22 09:40
千手院 (滋賀県長浜市) 川道観音
滋賀県長浜市川道町の千手院は、本尊<重文>千手観音立像が 川道観音として地元の人達に篤い信仰がある。 この本尊は、田舟に乗せられて川を流れているのを地元の漁師が見つけ、 村人がお堂を建ててお祀りし大事に護られてきたと言い伝えられている。 ...続きを見る

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2009/03/22 09:33
大吉寺 (滋賀県長浜市野瀬町) 源頼朝ゆかりの寺
滋賀県長浜市野瀬の天吉寺山(918m)山麓にある大吉寺は、 865年安然上人によって地元の土豪浅井治家と共に、天吉寺山の 頂上付近(750m)に開創された。 平治の乱(1159年)で敗れた源義朝郎党が東国へ逃れて行く途中、 頼朝は一行とはぐれ、この寺に難を逃れたと言われている。 その後、鎌倉幕府になって頼朝は大吉寺を支援し、堂宇の再建や 寺領を与え、虫供養の文書などを送っている。 1500年代になり戦火のため荒廃し、現在は大吉寺跡として本堂跡、塔跡、 仁王門跡などの堂塔跡が残され... ...続きを見る

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2009/03/17 09:36
安楽寺 (滋賀県長浜市細江町) 足利尊氏ゆかりの寺
滋賀県長浜市細江町にある安楽寺には、足利尊氏の爪を埋葬したと 伝わる爪墓がある。 これには次のような伝承がある。  尊氏が北国街道を進軍中、馬が動かなくなり安楽寺の住職に  どうしたらいいか尋ねたところ、石に祟りがあると言われ、その石を  寺に納めて供養すると馬が動きだした。  尊氏はその後安楽寺を支援し、自分の死後爪を埋葬するよう遺書に  記し、自画像と位牌が納められた。 ...続きを見る

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2009/03/15 16:51
龍王寺 (滋賀県竜王町) 大蛇伝説の<重文>梵鐘
滋賀県竜王町の古刹龍王寺にある<重文>梵鐘には悲しい伝説がある。 小野時兼のところへ妻にしてほしいと美しい女性が来て、その後3年間 幸せな日を送っていたが、その女性はどうしても平木の池に戻らねば ならないと去って行った。 時兼はどうしても忘れられず平木の池に行ってみると、女性は大きな 蛇となって現れ玉手箱を渡し池の中に消えた。 それに驚いて家に帰り、玉手箱を開けると立派な鐘が出てきて、 龍王寺に献納したと伝えられている。 ...続きを見る

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2009/03/14 09:05
新知恩院 (滋賀県大津市) 知恩院の疎開本山
滋賀県大津市比叡山系の北麓にある新知恩院は、 応仁の乱(1467〜1477年)で1468年知恩院が火災に遭い その時の22世周誉上人は法然上人の御影を始め寺宝を大津の 伊香立に移し、新知恩院を建立して避難した。 1478年戦火も治まり、京都へ戻り知恩院の復興が行われている。 この11年間は本山が新知恩院に疎開した歴史を記している。 ...続きを見る

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2009/03/13 13:34
赤人寺 (滋賀県東近江市) 万葉歌人山部赤人ゆかりの寺
滋賀県東近江市を流れる日野川流域にある赤人寺は、奈良時代の 万葉歌人で三十六歌仙の一人に数えられ、柿本人麻呂とともに 歌聖と称されている山部赤人が開創したと伝わるお寺である。 山部赤人は生没年は不詳であり、詳しいことが余りわかっていない 歌人であるが、歌はあまりにも有名である。  万葉集の代表的な歌 <田子の浦ゆうち出でてみれば真白にそ富士の高嶺に雪は降りける>  百人一首では <田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りける> ...続きを見る

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2009/03/13 09:32
法明院 (滋賀県大津市) フェノロサの墓
滋賀県大津市長等山(354m)の中腹にある法明院は1723年に開創された 三井寺(園城寺)の塔頭で、日本美術の研究・収集を通じて諸外国に日本美術 を紹介したフェノロサの墓がある。 フェノロサは生前、法明院庭園からの琵琶湖の眺望を愛し、遺書にもこの 法明院の地で死を迎えることを望んでいたと言われている。 ロンドンで客死後、遺言通り法明院に墓が造られた。 ...続きを見る

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2009/03/12 09:24
雲住寺 (滋賀県大津市) ムカデ退治の俵藤太ゆかりの寺
滋賀県大津市の瀬田川に架かる瀬田の唐橋は<日本三名橋>に 数えられているが、その辺にある雲住寺は瀬田の唐橋の守り寺で あり、民話<三上山のムカデ退治>の主人公俵藤太(藤原秀郷) の追善供養のために開創されたお寺である。 藤原秀郷は生没年は不詳であるが10世紀実在の人物で、平将門の 乱を平定している。この平定の活躍からムカデ退治の伝説が生まれた と推定されている。 藤原秀郷の14代目蒲生高秀が1408年秀郷追善供養のために 雲住寺を開創し、1440年頃唐橋を架け替えた時隣に秀郷と乙... ...続きを見る

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2009/03/11 11:50
桑実寺(滋賀県近江八幡市安土町) <重文>本堂
滋賀県安土町の繖山(433m)の中腹にある桑実寺へは600段余りの 石段を登って行く。石を積み上げた石段は下りる時に足に負担がかかる 厳しさを備えている。 本堂にたどり着いた時の爽快感と境内の風景が醸し出す静寂が 体の奥に沁み込む。 ...続きを見る

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2008/12/09 20:13
百済寺(滋賀県東近江市) 紅葉の風景
滋賀県東近江市にある紅葉の名所湖東三山(百済寺、金剛輪寺、西明寺) のひとつ百済寺に11月14日お参りしたが、紅葉には少し早かった。 陽当たりの良いところは紅葉していたが、本堂近くは未だしであった。 ...続きを見る

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2008/11/27 14:08
石山寺(滋賀県大津市) 紅葉の風景
滋賀県大津市を流れる瀬田川の畔にある名刹石山寺は 紫式部が源氏物語の構想を練ったと伝えられるお寺であり、 西国三十三所観音霊場第13番札所として観音信仰の篤い お寺でもある。 ...続きを見る

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2008/11/26 16:57
神照寺(滋賀県長浜市) 長浜六瓢箪
滋賀県長浜市の神照寺は、秀吉の再興により秀吉ゆかりの寺として、 長浜六瓢箪(神照寺、八幡宮、知善院、舎那院、豊国神社、総持寺) の一つに数えられ、萩の名所である。 ...続きを見る

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2008/10/30 14:53
舎那院(滋賀県長浜市) 長浜六瓢箪
滋賀県長浜市の舎那院は、長浜城主であった秀吉が再興したお寺で、 長浜六瓢箪(神照寺、八幡宮、知善院、舎那院、豊国神社、総持寺) のひとつで、六瓢箪が揃うと無病息災のご利益があると信仰が篤い。 舎那院は芙蓉の花で有名で、六瓢箪の四季折々の花巡りになっている。 ...続きを見る

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2008/10/30 11:21
総持寺(滋賀県長浜市) 長浜六瓢箪
滋賀県長浜市の総持寺は、長浜城主であった秀吉ゆかりのお寺で、 長浜六瓢箪(神照寺、八幡宮、知善院、舎那院、豊国神社、総持寺) の一つで、六つ揃った六瓢箪で無病息災のご利益があると信仰が篤い。 また、六瓢箪寺社は四季の花が有名で、総持寺はボタンの寺である。 ...続きを見る

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2008/10/30 10:29
国宝建造物があるお寺 滋賀県
滋賀県には国宝のお堂があるお寺は9ヶ寺(15棟)あり、全国3番目の県です。 織田信長の時代に壊滅的な破壊にあった近江の国ですが、よく残った ものです。 ...続きを見る

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2008/10/25 14:20
極楽寺、酒波寺(滋賀県高島市) 湖西の古刹
極楽寺には県指定名勝の枯山水庭園、酒波寺は桜の名所と 見どころのある湖西の古刹である。 ...続きを見る

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2008/10/22 15:52
興聖寺(滋賀県高島市)
若狭小浜から京都へ魚介類(鯖が多かった)を運んだ街道<鯖街道>の中間に 位置する朽木の里にある興聖寺は、曹洞宗開祖道元禅師が1237年近江守護職 佐々木信綱の招請によって開創された禅寺である。 1729年当初開創された上柏村から現在の地にあった秀隣寺に移ってきて 今日にいたっている。 旧秀隣寺にあった庭園は、1528年足利12代将軍義春が乱を逃れて秀隣寺 に3年間滞在した時に作庭された借景式の池泉回遊庭園で、現在も興聖寺の風景 を生み出している。 なお、この庭園は旧秀隣寺庭園とし... ...続きを見る

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2008/10/16 13:29
金剛輪寺(滋賀県愛荘町) 湖東三山
金剛輪寺は741年行基によって開創されたと伝えられているが、 800年代の中頃慈覚大師円仁によって再興され、多くの近江の寺院と 同様に天台宗となっている。 その後、織田信長の兵火により本坊などは罹災したが、山腹にある本堂・ 三重塔は兵火から免れた。 ...続きを見る

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2008/10/11 20:54
徳源院<清滝寺徳源院>(滋賀県米原市) 近江守護大名京極氏の菩提寺
徳源院は京極氏の菩提寺であるが、京極氏は鎌倉時代の近江守護職 佐々木氏の氏信を祖として始まり、鎌倉末期には<ばさら大名>で 有名な京極高氏(佐々木道誉)などを経て、戦国時代を生き延び、 江戸時代には四国丸亀藩主になり明治維新まで続いた。 ...続きを見る

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2008/10/08 11:24
勝楽寺(滋賀県甲良町) ばさら大名佐々木道誉の寺
勝楽寺は<ばさら大名>と言われた佐々木道誉(京極氏)によって開創され、 裏山の勝楽寺城を根拠として活躍した。 鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて足利尊氏を助け、室町幕府を 支えた守護大名であるが、一方、文化面(茶道、連歌、立花など)での 活動も活発に行い、華美な催しなどハデ好みであったことから <バサラ大名(婆沙羅大名)>と呼ばれた。 ...続きを見る

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2008/10/06 14:35
善水寺(滋賀県湖南市) <国宝>本堂
湖南三山と呼ばれる古刹のひとつ善水寺は文化財の宝庫で、信長時代の 焼き討ちからも逃れたお寺である。 ...続きを見る

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2008/10/05 22:58
弘誓寺(滋賀県東近江市) 近江商人発祥地のお寺
近江商人のルーツは、鎌倉時代に五個荘の地を本拠に活躍した 小幡商人であり、行商(てんびんのルーツ)スタイルを基本にした 商人であった。 江戸時代に入り、今日言われる近江商人が近江八幡、日野、五個荘 から本格的な活動が始まった。 五個荘は江戸時代後期から優れた近江商人が輩出し、明治・大正・昭和 と多くの企業人も出た。 ...続きを見る

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2008/10/04 18:01
教林坊(滋賀県近江八幡市安土町) 紅葉の庭園
教林坊は西国三十三所観音霊場第32番観音正寺の塔頭で、 観音正寺のある繖山(きぬがさやま)の麓にある庭園と紅葉の お寺で、最近観光客が多くなっている。 紅葉の時期にはライトアップも行われている。 ...続きを見る

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2008/10/02 17:26
金剛輪寺(滋賀県愛荘町) その2
湖東三山 紅葉の名所 ...続きを見る

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2008/10/01 21:00
金森御坊<善立寺>(滋賀県守山市) 蓮如ゆかりの寺
1465年大谷を追われた蓮如は湖西の堅田と湖東の金森を拠点として 布教に努めた。金森の道西上人とともに金森御坊を築き、城塞都市を 築いていった。 また、比叡山と対抗し、史上はじめての一向一揆といわれる金森合戦を 行っている。 江戸時代になるとその勢力も衰え、金森御坊も衰退していった。 ...続きを見る

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2008/09/16 22:22
東門院<守山観音>(滋賀県守山市) 東端の延暦寺守り寺
延暦寺3000坊の東の門として開創されたと伝えられ、東門院守山寺と 名付けられたことから、この地域を守山と呼ぶようになった。 ...続きを見る

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2008/09/16 21:46
石津寺(滋賀県草津市) <重文>本堂だけが残る無住の寺
伝教大師最澄が1本の木から彫った2体の薬師如来の内、1体は 延暦寺の本尊に、1体は石津寺を建立し本尊として祀ったと伝えられて いる。 石津寺の本尊は江戸時代初期に天海僧正によって上野寛永寺の 本尊として祀られている。 ...続きを見る

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2008/09/02 20:13
最明寺(滋賀県守山市) 北条時頼ゆかりの寺
鎌倉幕府第5代執権北条時頼は、執権としての地位を盤石なものとし、 <廻国伝説>で諸国を旅して民情視察を行ったとつたわる。 その途次に1250年最明寺<北条時頼は最明寺道崇ともいう>を建立し、 <重文>五重石塔も同時に建立したと伝えられている。 ...続きを見る

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2008/09/02 19:53
盛安寺(滋賀県大津市) <重文>十一面観音立像
盛安寺の<重文>十一面観音立像は、比叡山南麓にあった崇福寺 (室町時代に廃寺)から移された仏像と伝えられている。 平安時代10世紀末の作と推定され、大仏師定朝(平等院阿弥陀如来坐像 の作)の父康尚の作風を持つ貴重な資料仏像となっている。 湖国の観音を一躍有名にした井上靖著<星と祭>にも登場する仏像である。 ...続きを見る

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2008/09/01 14:36
西教寺(滋賀県大津市) 天台真盛宗総本山
西教寺の開創は聖徳太子と伝わる伝承があるが不詳なところが多く、 平安時代中頃の開創だろうと推定されている。 実質的には、中興の祖真盛上人が1486年比叡山から入寺して、 戒律と念仏を唱え現在の天台真盛宗の基礎を築いた。 延暦寺や三井寺は密教的色彩が強いが、西教寺は浄土的色彩の 天台宗であり、念仏が唱えられている。 ...続きを見る

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2008/09/01 13:43
大津別院(滋賀県大津市) 東本願寺別院
大津市街地のど真ん中に広い境内と大きな堂宇を持つ大津別院は 東本願寺の別院で、1600年教如上人(東本願寺誕生の上人)に よって開かれ、大津の豪商などによって堂宇が建立された。 現在は少し寂れた感じもある。 ...続きを見る

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2008/09/01 10:33
円満院(滋賀県大津市) 大津絵美術館の寺
江戸時代初期、大津宿追分で絵師や画商が軒を連ねて売っていた 仏画などの民画(鬼の念仏、藤娘、座頭、槍持奴など)で、日本の 代表的な民画である。 芭蕉の<大津絵の筆のはじめは何仏>などにも読まれている。 この大津絵を収集し展示しているのが円満院の大津絵美術館である。 ...続きを見る

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2008/09/01 10:05
石山寺(滋賀県大津市) 日本最古の<国宝>多宝塔
日本の数ある多宝塔の中で、最古で最も美しい多宝塔が石山寺の <国宝>多宝塔である。 1194年源頼朝による建立と伝えられる多宝塔には快慶作の <重文>大日如来坐像が本尊として祀られ、四天柱には仏画が 描かれている。 ...続きを見る

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2008/08/31 13:47
長安寺(滋賀県大津市) 日本最古・最大の<重文>石造宝塔
<関寺の牛塔>と呼ばれる長安寺の<重文>石造宝塔は高さが 3.3mあり、日本最古・最大の石造宝塔である。 更級日記にも登場する関寺は平安時代の<日本三大仏>のひとつ 関寺大仏があった大寺であった。 1018〜22年に恵心僧都が再興した折に、牛が大いに働き、 その牛の供養のために造立されたのが関寺の牛塔と伝えられている。 ...続きを見る

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2008/08/28 17:39
櫟野寺(滋賀県甲賀市) 巨大な<重文>十一面観音坐像
櫟野寺の本尊<重文>十一面観音坐像は平安時代前期の作で、 像高312cmの巨像で日本最大の十一面観音坐像である。 櫟野寺には20体の重文仏像があり、長い年月にわたる維持管理の 凄さに驚かされる。 ...続きを見る

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2008/08/27 21:43
錦織寺(滋賀県野洲市) 真宗木辺派本山
親鸞聖人を祖とする真宗十派(浄土真宗本願寺派、真宗大谷派、真宗高田派など) のひとつ真宗木辺派の本山錦織寺は末寺250と小さな本山であるが、 親鸞聖人が関東から京都に帰る途次にいつも持っていた阿弥陀如来を 祀り、浄土真宗を説いてから湖東における真宗の中心地となった。 ...続きを見る

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2008/08/26 21:30
蓮華寺(滋賀県米原市) 六波羅探題北条仲時一族432人が自刃したお寺
1333年鎌倉幕府最後の六波羅探題であった北条仲時一族は 足利尊氏の逆襲を受け、鎌倉へ落ち延びる途中ここ番場宿で佐々木道誉の 軍勢に阻まれ、一族432人が蓮華寺で自刃した。 その時の過去帳である<重文>陸波羅南北過去帳が寺に残っており、 墓石が境内に並んでいる。 ...続きを見る

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2008/08/26 14:55
天寧寺(滋賀県彦根市) 彦根藩主井伊家ゆかりの寺
天寧寺は彦根藩主13代井伊直中が、腰元の不義を諌めたが、 後に相手が息子と分かり腰元の霊を弔うために建てたといわれるお寺である。 井伊直弼の父が直中であるが、上記の息子は直弼ではなく直清であった。 ...続きを見る

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2008/07/11 20:27
龍潭寺(滋賀県彦根市) 彦根藩主井伊家ゆかりの寺
1600年関ヶ原の戦い後、井伊直政が佐和山城主となった時、 現在の静岡県浜松市にあるそれまでの井伊家菩提寺であった 龍潭寺の分寺を佐和山麓に創建された。 1602年以降は井伊家の菩提寺は隣にある清涼寺になったが、 井伊家の庇護を受けて栄えた。 ...続きを見る

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2008/07/11 15:48
清涼寺(滋賀県彦根市) 彦根藩主井伊家の菩提寺
関ヶ原の戦い後、徳川四天王の一人井伊直政はそれまで石田三成の 居城であった佐和山に18万石を与えられた。 1602年直政死後、佐和山の麓にあった三成の重臣島左近の屋敷跡に 清涼寺を創建し、直政の墓所を設け、以後井伊家の菩提寺となった。 ...続きを見る

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2008/07/11 15:05
長寿院<大洞弁財天>(滋賀県彦根市) 彦根藩主が創建したお寺
彦根藩第4代藩主井伊直興が1695年、彦根城の鬼門の厄除け・ 藩の鎮護に願いを込めて大洞山の中腹に創建した彦根藩のお寺である。 創建にあたって、藩内のすべての人に一文寄進を勧め、約26万人の 寄進と藩からの多額の出費により創建された。 26万人の奉加帳が今もお寺に残っているとのこと。 ...続きを見る

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2008/07/11 09:46
西明寺(滋賀県甲良町) その1 深緑の風景
紅葉の名所湖東三山(西明寺、金剛輪寺、百済寺)は紅葉の時期は 人人人〜で、お寺の伽藍・仏像や庭園をゆっくり拝観することもできないが、 この深緑の時期は人影もまばらでゆっくり拝観できるし、 緑のすばらしさを満喫できる。 ...続きを見る

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2008/07/05 15:20
西明寺(滋賀県甲良町) その2 紅葉の風景
紅葉の名所湖東三山(西明寺、金剛輪寺、百済寺)のひとつ西明寺の 紅葉境内を歩いてみよう。 ...続きを見る

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2008/07/05 15:14
西明寺(滋賀県甲良町) その3 <国宝>本堂、三重塔
湖東三山(西明寺、金剛輪寺、百済寺)は天台寺院ということもあって 織田信長の兵火に遭っているが、西明寺・金剛輪寺の本堂・三重塔は その難から逃れている。百済寺は全てが灰塵と帰している。 ...続きを見る

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2008/07/05 15:13
青岸寺(滋賀県米原市) <名勝>枯山水庭園
青岸寺は南北朝時代にバサラ大名と呼ばれた近江守護職の佐々木道誉 によって開創され、その後戦国時代に兵火によって灰塵に帰したが、 江戸時代の1650年彦根藩主井伊直澄により再興された。 庭園は1678年に再築されている。 ...続きを見る

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2008/07/03 10:59
百済寺(滋賀県東近江市) 湖東三山
湖東三山(百済寺、金剛輪寺、西明寺)の最古刹百済寺は606年 聖徳太子の創建と伝わり、史料上の初見でも1089年と古く、寺名からも 百済からの渡来系氏族の氏寺ではないかと考えられている。 この湖東地区には百済からの渡来人が多く住んだ史実からも推定できる。 ...続きを見る

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2008/07/02 22:35
大通寺<長浜御坊>(滋賀県長浜市) 真宗大谷派長浜別院
長浜は1573年羽柴秀吉が築城して以後、1615年廃城になるまで 城下町として栄えたが、長浜城がなくなった後は長浜御坊が大いに 栄えると同時に長浜は門前町として形成されていった。 ...続きを見る

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2008/07/01 13:45
円光寺<圓光寺>(滋賀県野洲市) 珍しい切妻造りの<重文>本堂
円光寺は江戸時代、長福寺と円光坊が合体した天台真盛宗の お寺である。 本堂は長福寺の本堂であり、鎌倉時代の1257年に造られた 神社建築に見られる流造り・切妻の銅板葺で、お寺の本堂としては 珍しい構造になっている。 <重文>本尊阿弥陀如来は1996年盗難に遭ったが、その後 発見され無事であった。 ...続きを見る

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2008/07/01 10:55
浄厳院(滋賀県近江八幡市安土町) 織田信長が開創した数少ないお寺
織田信長によって災禍を受けたお寺は数多くあるが、信長が創建した お寺は数少なく、その内のひとつが浄厳院である。 1578年佐々木氏頼の菩提寺であった慈恩寺の旧地の一角に、 金勝山の浄土宗僧浄厳坊明感上人を招き浄厳院を開創している。 この時も本堂・本尊は他寺から移転している。 安土城の一角に信長が創建したハ見寺も他寺から堂塔を移築している。 ...続きを見る

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2008/06/30 12:26
正明寺(滋賀県日野町) 御所風の<重文>本堂
聖徳太子の創建と伝わる正明寺であるが、戦国時代には壊滅状態となり、 わずかな仏像を地区の人々が護る状態であった。1640年代に村人が永源寺の 一絲文守を動かし後水尾上皇の叡慮を得て、御所の一棟がここ正明寺に 移され本堂となった。 その後、1664年萬福寺から龍渓禅師を中興開山として迎え、黄檗宗となった。 ...続きを見る

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2008/06/25 16:28
義仲寺(滋賀県大津市) 木曽義仲と芭蕉が並んで眠るお寺
1184年大津の粟津で討ち死にした木曽義仲の霊を弔うために、 巴御前が創建したと伝えられる義仲寺は1553年に再興されている。 実質の創建は佐々木六角によって、義仲の塚があるこの地に寺を 創建したといわれている。 ...続きを見る

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2008/06/20 22:22
長命寺(滋賀県近江八幡市) 西国三十三所観音霊場第31番
長命山(333m)の山腹にある長命寺へは麓から808段の石段を登る のが普通であるが、自動車道もあって境内近くまで車でも可能である。 昔は、船で参道入口まで行き山を登ったそうだ。 ...続きを見る

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2008/06/14 13:32
聖衆来迎寺(滋賀県大津市) 比叡山の正倉院
聖衆来迎寺は天台宗にもかかわらず、織田信長の兵火に罹らなかったのは、 信長の小姓といわれる森蘭丸の父森可成の墓があったためといわれている。 (森可成も信長の家臣であった。) それ故、多くの文化財(国宝1点重要文化財20点)が残っていることから、 <比叡山の正倉院>と呼ばれている。 ...続きを見る

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2008/06/06 22:13
延暦寺(滋賀県大津市) その7 里坊(塔頭)
比叡山の東麓、大津市坂本の広大な一角を占める地域に約56の里坊があり、 里坊は延暦寺の僧の隠居房で、その中の滋賀院門跡は延暦寺の本坊でもあり、 その境内には天台宗の宗務庁もある。 ...続きを見る

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2008/06/06 15:38
延暦寺(滋賀県大津市) その6 酒井大阿闍梨の住房がある飯室谷
横川から琵琶湖へ下りた比叡山山麓にある飯室谷は、第19代天台座主 慈忍和尚(尋禅)が989年に開いたところで、不動堂がその中核となっている。 ...続きを見る

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2008/06/06 13:21
延暦寺(滋賀県大津市) その5 横川の伽藍
東塔(とうどう)から北へ約5kmほどのところにある横川は 850年慈覚大師円仁が開き、その後慈恵大師(元三大師)良源に よって整備された地区である。 ...続きを見る

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2008/06/06 11:18
延暦寺(滋賀県大津市) その4 西塔の伽藍
西塔(さいとう)は東塔(とうどう)から北西に1.5kmほど離れた静寂の空気が 漂う拝観者も少ない地域である。 最澄の高弟円澄(天台座主第2世)が開創したところで、釈迦堂(転法輪堂)を 始めとして延暦寺の中では古い建物が多い。 瑠璃堂は織田信長の焼討ちで唯一残ったといわれる建物である。 ...続きを見る

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2008/06/05 22:10
延暦寺(滋賀県大津市) その3 無動寺谷と千日回峯行
無動寺谷は千日回峯行の拠点で、865年回峯行の創始者といわれる 相応和尚が開いた所である。 根本中堂から1.5kmほど南に離れた谷間に位置している。 ...続きを見る

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2008/06/05 20:08
延暦寺(滋賀県大津市) その2 東塔の伽藍
東塔(とうどう)は延暦寺発祥の地であり、本堂にあたる根本中堂のある 中心地区である。 ...続きを見る

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2008/06/05 16:44
延暦寺(滋賀県大津市) その1 比叡山延暦寺の風景
大津市と京都市にまたがる比叡山(848m)全域と山麓にある大津市坂本の 里坊を含めた広大な霊場延暦寺をシリーズで紹介してみよう。 ...続きを見る

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2008/06/05 13:59
総見寺<ハ見寺>(滋賀県近江八幡市安土町) 織田信長が安土城の一角に創建
織田信長は安土山(199m)の頂上に1576年から3年かけて安土城を 築城したが、その一角にほぼ同時期に総見寺を創建している。 信長は何故お寺を城の一角に設けたのであろうか。 信長が宗教弾圧をし、あちこちのお寺を壊滅状態にしてきた経緯を 見ると頷けないものがある。 信長も人々の信仰心に耳を傾けようとしたのだろうか。 ...続きを見る

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2008/06/04 22:29
園城寺<三井寺>(滋賀県大津市) 西国三十三所観音霊場第14番
三井寺の南院伽藍は西国三十三所観音霊場第14番の観音堂を中心としている。 観音堂はかって正法寺と呼ばれ、長等山山頂にあったが1481年に現在地に 移っている。 ...続きを見る

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2008/05/25 17:36
園城寺<三井寺>(滋賀県大津市) その2 主な伽藍(1)
三井寺の伽藍はほとんどが、1600年前後に再建されたか、もしくは 他所から移築されたものである。 比叡山延暦寺との長年の抗争で幾度となく焼失・再興を繰り返し、 1600年頃に再興されて以来現在に至っている。 ...続きを見る

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2008/05/25 17:34
三井寺<園城寺>(滋賀県大津市) その1 新緑の風景
琵琶湖の南西に位置する長等山の中腹にある三井寺<正式名:園城寺>は、 672年に勃発した<壬申の乱>で敗れた大友皇子の子大友与多王が、 父の菩提を弔うために建立したと伝わるお寺である。 その後、智証大師円珍が比叡山延暦寺の天台別院として中興し、東大寺・ 興福寺・延暦寺とともに<四大寺>と呼ばれるほどに大きなお寺になった。 ...続きを見る

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2008/05/25 13:48
西徳寺(滋賀県長浜市木之本町) <重文>本堂
真宗本堂では珍しい茅葺屋根が周りの風景にピッタリと 合う西徳寺は静寂の中に包まれている。 <惣>という自治組織に根付いた真宗道場の典型的な造りを 残した貴重な遺産である。 ...続きを見る

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2008/03/26 10:45
木之本地蔵院<浄信寺>(滋賀県長浜市木之本町) 日本三大地蔵
地蔵菩薩は<最も弱い立場の人々を最優先で救済する>菩薩として、古来より 絶大な信仰の対象となってきた。 日本全国お地蔵さんを見かけないところはないと言っても過言でない地蔵信仰 の親しみ、難しい理屈抜きの親しみ−−−自然を愛する気持ちと共通する何かが ある。 日本のお寺にお参りすると、ほとんどのお寺で地蔵尊にお会いできる共通の 仏さんなのである。 ...続きを見る

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2008/03/25 21:03
赤後寺、西野薬師堂(滋賀県長浜市高月町)
湖北<観音の里>巡りの二つのお寺赤後寺と西野薬師堂を紹介しよう。 どちらのお寺も地元の人たちが交代で案内役を務めておられ、 村人との関わりが深いお寺である。 ...続きを見る

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2008/03/25 16:37
石道寺、己高閣、世代閣(滋賀県長浜市木之本町)
渡岸寺観音堂の(国宝)十一面観音立像と並んで、湖北<観音の里>を 代表する(重文)十一面観音立像のある石道寺は村人が守る無住の お寺である。 この観音さまは彩色が残り、唇の鮮やかな色が印象的な観音さまである。 ...続きを見る

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2008/03/24 22:38
渡岸寺観音堂<向源寺>(滋賀県長浜市高月町) <国宝>十一面観音立像
2006年末に東京国立博物館で催された<仏像展>で絶大な人気を 集めた<国宝>十一面観音立像のあるお寺が渡岸寺観音堂である。 仏像人気ランキングでもいつも上位にランクされる観音さまである。 ...続きを見る

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2008/03/24 20:59
観音寺(滋賀県米原市)
観音寺といえば羽柴秀吉と石田三成(佐吉)の出会いのお寺として 知られるが、伊吹修験の伊吹山四大護国寺として栄えたお寺でもある。 <伊吹山四大護国寺:観音寺、長尾寺、弥高寺、太平寺> ...続きを見る

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2008/03/24 17:24
石馬寺(滋賀県東近江市) <馬の寺>
<馬の寺>と呼ばれる石馬寺は聖徳太子の開基といわれる山寺で、 11体の重要文化財仏像を擁している。 この東近江には聖徳太子開基と伝わるお寺が結構あり、百済からの 帰化人も多く住んだ地でもある。 ...続きを見る

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2008/03/24 16:10
芦浦観音寺(滋賀県草津市)
通常は公開されていない(予約で拝観可能)芦浦観音寺にはどこか 魅力を感じるお寺である。 それはお寺というよりも小さな城郭址を想像させる濠に囲まれた石垣や 土塁、城門そのものの門構えが想像を掻き立てる。 5月の連休に一般公開される機会に訪れてみたが、外から見える 厳しさと内部の境内が醸し出す風景は全く異なる世界であった。 ...続きを見る

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2008/03/23 22:23
石山寺(滋賀県大津市) その2 源氏物語千年紀
世界最古の長編小説<源氏物語>がいつごろ完成したかは正確に判明していないが、 <紫式部日記>の中で、1008年11月頃には宮中で読まれていたという記述が ある。2008年を<源氏物語千年紀>として京都や大津を中心として 色々な行事や源氏物語を通じた日本文化の再発見を行おうというのである。 ...続きを見る

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2008/03/20 12:00
石山寺(滋賀県大津市) その1 3月の風景
今の石山寺は早春から春にかけての花木が競うように色の香を 漂わせている。 腰の痛みにもかかわらず、お参りせずにいられない気持ちに急かされて 18日の好天を逃さず出かけた。 実は18日から<源氏物語千年紀>の催しがここ石山寺でも始まったことも あって。 <源氏物語千年紀>については<石山寺 その2>で触れてみよう。 3月の石山寺風景をのぞいてみよう。 ...続きを見る

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2008/03/19 21:18
観音正寺(滋賀県近江八幡市安土町) 西国三十三所観音霊場第32番
1993年観音正寺は失火により、本堂と重要文化財に指定されていた本尊 千手観音立像が焼失した。 本堂は2004年再建され、本尊は白檀製像高3.6mの千手観音坐像として 松本明慶の手によって蘇えったのである。 この白檀は住職がインド政府に20数回の懇請により、輸出許可を得て 運ばれた23トンもの貴重な白檀である。 ...続きを見る

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2008/03/04 21:57
瓦屋寺(滋賀県東近江市) 静寂に包まれた葦葺の本堂
紅葉の季節には観光客も含めて大勢の参拝者があるそうです。 箕作山の山上にある瓦屋寺は静寂に包まれた木々の中のお寺 であるが、山麓で白鳳時代の瓦窯が発掘され相当古い歴史を 秘めたお寺といわれている。 ...続きを見る

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2008/03/04 20:29
永源寺(滋賀県東近江市) その2 あらまし
鎌倉時代から戦国時代にかけて近江の守護大名であった佐々木六角氏 の五代佐々木六角氏頼が寂室元光禅師を迎えて1361年開創したのが 永源寺の始まりである。 その後、幾度かの兵火にあいながら寛永年間(1624〜44年)に一絲文守に より再興され、彦根藩主井伊家の庇護を受けて今日にいたっている。 ...続きを見る

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2008/03/04 14:40
永源寺(滋賀県東近江市) その1 緑と紅葉の風景
永源寺から湖東三山にかけての東近江の一帯は紅葉の名所として 全国的にも有名な地域である。 <湖東三山:百済寺、金剛輪寺、西明寺> また、古刹・名刹の由緒を持つお寺が数多く存在する地域でもある。 ...続きを見る

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2008/03/04 12:46
安養寺(滋賀県栗東市)
名神高速道路沿いの安養寺山の麓に位置する安養寺は奈良時代に開創された 古刹であるが、何度かの火災にあいながら本尊薬師如来(鎌倉時代)は無事で 難を逃れてきた。 見ごたえのある庭園で近年拝観者も増えているそうです。 ...続きを見る

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2008/02/10 19:22
葛川明王院(滋賀県大津市)
葛川明王院は延暦寺の塔頭で、比叡山無動寺の奥の院になる。 このお寺は天台宗の回峰行参籠霊場で、有名な千日回峰行でもこの 地を回峰する。 お堂は随分と傷んでいるが、神聖な場としてその威厳を漂わせている。 ...続きを見る

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2008/02/07 23:20
祥瑞寺(滋賀県大津市)
一休禅師が修行された祥瑞寺は堅田の浮御堂の近くに位置し、禅寺らしく 瀟洒な佇まいの風景である。芭蕉も1690年に訪れている。 ...続きを見る

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2008/02/07 21:16
浮御堂(滋賀県大津市)
近江八景<堅田の落雁>で有名な浮御堂は琵琶湖観光のスポットのひとつに なっているが、江戸時代芭蕉も訪れて句を詠んでいる。 ...続きを見る

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2008/02/07 15:57
大池寺(滋賀県甲賀市)
小堀遠州が作庭したと伝わるサツキの蓬莱庭園で有名なお寺 ...続きを見る

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2008/01/09 20:12
宝厳寺(滋賀県長浜市) その3 西国三十三所観音霊場第30番
琵琶湖の北に浮かぶ竹生島にある西国三十三所観音霊場第30番札所 ...続きを見る

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2008/01/09 14:15
宝厳寺(滋賀県長浜市) その2 西国三十三所観音霊場第30番
琵琶湖の北に浮かぶ竹生島にある西国三十三所観音霊場第30番札所 ...続きを見る

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2008/01/09 14:01
宝厳寺(滋賀県長浜市) その1 竹生島
琵琶湖の北に浮かぶ周囲2kmあまりの小さな島 それが竹生島(ちくぶしま) ...続きを見る

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2008/01/09 11:29

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