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タイトル 日 時
法泉寺 (三重県多気町) 天啓公園
法泉寺 (三重県多気町) 天啓公園 法泉寺は、1659年僧・填啓が庵を開いたことに始まり、1715年梅嶺和尚が 黄檗宗のお寺として開創している。 その後、黄檗宗の名刹として名を馳せたが、いつしか廃れ廃寺となった。 その境内を多気町が引き継ぎ、現在は天啓公園(のびのびパーク天啓)として 町民の憩いの場となっている。 しかし、旧法泉寺の黄檗宗特有の山門(牌楼型)や本堂が残っており、 本堂は町施設・天啓の家となって利用されている。 また、境内にあった法泉寺庭園(公園に一体化している)は三重県の名勝 となっている。 ...続きを見る

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2018/02/28 09:12
崇覚寺 (名古屋市中区)
崇覚寺 (名古屋市中区) 名古屋東別院(真宗大谷派名古屋別院)の西側に建つ崇覚寺は、 江戸時代初期に水谷重直によって現在の三重県桑名市長島町に 開創されている。 水谷重直は、織田信長と石山本願寺との戦いに本願寺の一信徒として 参戦し、討ち死にした安養坊(水谷可高)の子である。 ...続きを見る

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2018/02/27 09:27
宝善院 (京都府宇治市) 萬福寺の塔頭
宝善院 (京都府宇治市) 萬福寺の塔頭 萬福寺の北西に建つ宝善院は、1690年現在の京都大学防災研究所地に 開創され、1875年現在地に移転している。 開基・独振性英は長崎出身で、1676年萬福寺の独吼禅師に師事し、 宝善院を開創している。 また、長崎の石橋三橋などの設計に関わったといわれている。 ...続きを見る

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2018/02/26 09:16
納願寺 (三重県明和町)
納願寺 (三重県明和町) 明和町といえば、天皇に代わり伊勢神宮に仕えた斎王の宮殿などがあった 斎宮跡(現在は、さいくう平安の杜)である。 斎王への海の幸を獲ったり、貝拾いなどしたといわれる大淀浜へ立ち寄り、 斎宮跡へと向かう。 その途中で、クスノキの巨木が目立つ納願寺へ立ち寄る。 お寺の縁起は不詳であるが、しばし風景を楽しむ。 ...続きを見る

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2018/02/25 22:13
名古屋東別院 (名古屋市中区) 真宗大谷派名古屋別院
名古屋東別院 (名古屋市中区) 真宗大谷派名古屋別院 名古屋市中区に広い境内と壮大な伽藍を持つ東別院は真宗大谷派名古屋別院 で、1690年京都東本願寺の16代一如上人によって開創されている。 境内は、織田信長の父・信秀が1534年築城し、1548年廃城した古渡城の跡地 で、尾張藩主から寄進を受けている。 1945年名古屋大空襲によって、ほとんどの伽藍が焼失している。 境内の東隣にある名古屋市下茶屋公園は、江戸時代後期に造園された 東別院新御殿の後庭で、市民の散策の場となっている。 ...続きを見る

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2018/02/24 19:44
龍泉寺 (静岡県浜松市東区) 阿弥陀堂
龍泉寺 (静岡県浜松市東区) 阿弥陀堂 東区半田緑地の一角に建つ龍泉寺は奈良時代の開創と伝えられているが、 詳細は不詳である。 1574年村人の協力のもと再興されている。 境内に建つ阿弥陀堂には、徳川家康に纏わる伝承がある。  1573年1月の三方ヶ原の戦いにおいて、武田軍に敗れて敗走した 家康が阿弥陀堂に身をひそめ阿弥陀如来に念じて、その後の無事と 浜松城の落城を免れたといわれている。 現在の阿弥陀堂には葵の紋がついている。 浜松市には数多くの家康伝説があり、その内の一つである。 ...続きを見る

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2018/02/23 09:09
華蔵院 (京都府宇治市) 萬福寺塔頭
華蔵院 (京都府宇治市) 萬福寺塔頭 萬福寺裏の丘陵上に建つ民家風の建物が華蔵院である。 華蔵院は1668年南源性派の隠遁所として開創されている。 南源は隠元禅師と供に中国明から渡来し、萬福寺の建立に 尽力している。 摂津国分寺の住持にもなっている。 ...続きを見る

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2018/02/22 15:36
楞厳寺 (岐阜県本巣市)
楞厳寺 (岐阜県本巣市) 大名茶人・古田織部の生誕地本巣市文殊地区一帯には小規模な古墳群 が残っており、その古墳群に囲まれた法林寺集落山麓に建つのが 楞厳寺である。 25基ある古墳群の中でも<法林寺此奥古墳群>は古墳時代後期の もので、石室内からは須恵器などの出土品が見つかっている。 楞厳寺は無住でその縁起など不詳である。 山あいの静寂に包まれた風景である。 ...続きを見る

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2018/02/22 09:35
清月寺 (福井県若狭町)
清月寺 (福井県若狭町) 若狭町杉山地区の山麓に整然と建つ清月寺は、箱ヶ嶽城主・内藤佐渡守国高 によって1521年開創されたと伝えられている。 佐渡守は若狭守護・武田氏の重臣で、若狭堤、若狭杉山などを領した。 1527年桂川の戦いで敗れ、同年亡くなり、以降内藤佐渡守の系統は 廃れたといわれている。 ...続きを見る

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2018/02/21 09:07
洞源寺 (三重県松阪市飯高町)
洞源寺 (三重県松阪市飯高町) 和歌山街道(国道166号)沿いの乙栗子集落山麓に建つ洞源寺には、 地元で評判の白藤があると聞き立ち寄ってみた。 時期が少し遅く、花は終わりつつあり、見事な花に間に合わず。 洞源寺は無住で、開創については不詳である。 ...続きを見る

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2018/02/20 09:20
長松院 (京都府宇治市) 萬福寺塔頭
長松院 (京都府宇治市) 萬福寺塔頭 萬福寺塔頭・長松院は、鉄牛道機が1678年美濃加納藩2代藩主・松平光永 の正室・長松院の菩提を弔うために開創している。 鉄牛道機は長門出身で、隠元禅師に参禅し萬福寺の造営に尽力し、 その後関東に赴き黄檗禅の普及に努め、下総椿海の干拓を成し遂げている。 ...続きを見る

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2018/02/19 09:38
円盛寺 (名古屋市中川区)
円盛寺 (名古屋市中川区) 円盛寺と速念寺が並んで建つ地は、加賀藩祖・前田利家の本家筋の 前田城跡といわれ、利家はここで誕生後、荒子城に移ったと伝承されて いるが、通説では荒子城で生まれている。 また、利家の先祖は岐阜県安八町出身ともいわれている。 利家の父・利昌(利春)以前の来歴については不詳の部分が多い。 現在の地名<前田西町>は上記の伝承によるものだろう。 ...続きを見る

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2018/02/18 20:52
善龍寺 (静岡県御殿場市) 富士山東麓
善龍寺 (静岡県御殿場市) 富士山東麓 富士山東麓の中畑地区に建つ善龍寺は600年以上前、富士山中に 開創されたと伝えられるが、詳細は不詳である。 1489年火災に遭い廃れたが、1708年現在地に再興されている。 善龍寺の喚鐘は1749年、富士山頂の浅間神宮に寄進されたもので、 明治時代の廃仏毀釈により善龍寺に移されている。 喚鐘は梵鐘より小さく、堂内に安置され、法要などの開始を告げる ために打たれる。 ...続きを見る

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2018/02/18 11:22
法暎寺 (岐阜県本巣市)
法暎寺 (岐阜県本巣市) 物部氏ゆかりの物部神社の近くに護摩堂が建つのが法暎寺である。 法暎寺の開創は不詳で、現在は地区の人々によって維持されている。 護摩堂には本尊の阿弥陀如来が祀られている。 法暎寺の観音堂は物部神社境内に移設されている。 護摩堂と観音堂は江戸時代前期の建立で、岐阜県の文化財に指定 されている。 ...続きを見る

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2018/02/17 09:45
別峯院 (京都府宇治市) 萬福寺塔頭
別峯院 (京都府宇治市) 萬福寺塔頭 萬福寺の南に建つ別峯院は、九州にある現在のみやま市出身の 鉄文道智によって1675年開創されている。 鉄文和尚は柳川2代藩主・立花忠茂の招きを受けて、立花家の 菩提寺・福厳寺の中興開山となり、藩主の帰依を受けている。 その支援によって別峯院は創建されている。 ...続きを見る

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2018/02/16 10:10
一心寺 (長野県根羽村)
一心寺 (長野県根羽村) 全国で6番目の巨木といわれる<月瀬の大杉>から根羽川を挟んだ 高台に建つのが一心寺である。 月瀬の大杉は推定樹齢が1500〜1800年といわれ、長野県最大の 巨木として国の天然記念物に指定されている。 一心寺の建つ高台は、南北朝時代に築城されたといわれる月瀬城の 跡地で、三河足助氏の支城と思われる。 一心寺は、月瀬城が落城した跡地に1521年開創されたと伝えられている。 ...続きを見る

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2018/02/15 08:57
平等会寺 (福井県鯖江市)
平等会寺 (福井県鯖江市) 田畑を背に建つ平等会寺の伽藍は一際目立つ。 平等会寺は、弘仁年間(810〜824年)天台密教のお寺として開創されたと 伝えられているが詳細は不詳である。 1376年平等会寺と改名し法華宗となっている。 1488年日真上人が京都本隆寺を開創し、北陸布教の折に平等会寺は 日真に帰依し、日真門流に属している。 それが今日の法華宗真門流である。 ...続きを見る

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2018/02/14 09:15
観音院 (石川県金沢市東山) 四万六千日
観音院 (石川県金沢市東山) 四万六千日 観音院は卯辰山の麓、ひがし茶屋街の近くに建つ。 観音院は、金沢の地名発祥の人と伝承される芋堀藤五郎が、 現在の野々市市に天平年間(729〜749年)開創したと伝えられている。 1601年現在地に移転している。 観音院を知らしめているのは、<四万六千日>と呼ばれる行事で、 ひがし茶屋街も一体で参加している。 <四万六千日>は旧暦7月9日に行われ、当日観音院の長谷観音に お参りすれば4万6千日分の功徳があると、江戸時代から続く風習である。 ...続きを見る

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2018/02/13 14:06
緑樹院 (京都府宇治市) 萬福寺塔頭
緑樹院 (京都府宇治市) 萬福寺塔頭 萬福寺の南に建つ緑樹院は、1674年潮音道海によって開創されている。 潮音禅師は、後の徳川5代将軍・徳川綱吉が上野館林藩主の頃、請われて 館林の広済寺を開創し、他に多くのお寺を開創している。 現代では、村瀬玄妙が1971年青少年文化研修道場を開き、青少年の 心身練磨の道場として企業研修などにも利用されている。 ...続きを見る

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2018/02/13 09:15
長谷寺 (大阪府堺市堺区)
長谷寺 (大阪府堺市堺区) 大和長谷寺の開創について諸説あるが、8世紀前半には存在し、 天平年間(729〜749年)に聖武天皇が参拝されたといわれている。 それを受けて、徳道上人が753年堺に長谷寺を開創したと伝えられている。 平安時代になると、長谷観音信仰が普及し、全国に長谷寺が開創された。 その先駆けが堺長谷寺である。 現在、全国には250数ヶ寺の長谷寺が存在し、その本尊は十一面観音が 多数占めている。 ...続きを見る

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2018/02/12 19:30
妙覚寺 (岡山県岡山市北区)
妙覚寺 (岡山県岡山市北区) 岡山市北部に建つ妙覚寺は、数少ない日蓮宗不受不施派の祖山(本山)である。 不受不施派とは、日蓮聖人の教義である法華経を信仰しない者から不施を 受けたり、不施をしないとの原理を守ろうとする日蓮宗の一派である。 この宗派の起こりは、桃山時代の京都妙覚寺の住持・日奥にはじまり、 備前に浸透したが、江戸時代にはキリシタンと不受不施派が弾圧を受けた。 明治時代の1876年になって許可され、岡山の地に妙覚寺が祖山として 開創された。 ...続きを見る

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2018/02/11 09:13
興雲寺 (鳥取県智頭町) 智頭宿
興雲寺 (鳥取県智頭町) 智頭宿 <杉の里>と呼ばれる智頭町は、因幡街道と備前街道の結節点にあり、 因幡街道の一部・智頭往来の宿場町として栄えてきた。 現在は、人口8千人強の杉生産地として知られている。 智頭宿は、江戸時代には参勤交代の宿場で、現在もその面影を残している。 その宿場町に建つのが興雲寺である。 ...続きを見る

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2018/02/10 09:12
紫雲院 (京都府宇治市) 萬福寺塔頭
紫雲院 (京都府宇治市) 萬福寺塔頭 萬福寺総門の左手に、黄檗宗では窟門と呼ばれる丸門が見える。 黄檗宗のお寺ではよく見かける門で、萬福寺内でも見かける。 萬福寺総門と窟門が黄檗宗特有の門形式といえよう。 ...続きを見る

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2018/02/09 21:38
安禅寺 (岡山県赤磐市)
安禅寺 (岡山県赤磐市) 備前国分寺跡の西に位置し、龍王山(289m)山麓に建つ安禅寺は、 慶長年間(1596〜1615年)に現在の岡山市富田町に開創され、 岡山藩主・池田輝政の菩提寺・国清寺とは関係が深かった。 太平洋戦争で焼失したが、1972年現在地に再興されている。 その際、国清寺の五輪石塔1基が移され安置されている。 ...続きを見る

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2018/02/08 19:35
霊芝寺 (香川県さぬき市) 高松藩主の菩提寺
霊芝寺 (香川県さぬき市) 高松藩主の菩提寺 香川県はため池が多い県であるが、その一つ野間池の傍らにある 小高い山の山腹に建つのが霊芝寺である。 霊芝寺は、弘仁年間(810〜824年)弘法大師空海によって開創されたと 伝えられている。 戦国時代、長宗我部元親の兵火に罹り焼失したが、1662年高松藩主 松平頼重の命により再興されている。 高松藩は生駒氏から始まったが、1642年水戸藩主徳川頼房の長男 頼重が藩主として移封している。 ...続きを見る

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2018/02/08 09:22
常行寺 (和歌山県和歌山市加太) ビャクシン
常行寺 (和歌山県和歌山市加太) ビャクシン 紀淡海峡に面した加太は、万葉の時代から景勝地として潟見の浦と 詠まれ、江戸時代には紀伊国屋文左衛門がここから江戸へ出港している。 現在の加太は魚釣りのメッカとなっている。 この港町に建つ常行寺のビャクシンは、異形を放ち虜にさせる木だ。 推定樹齢400年といわれ、北側は枯木となっているが、南側は緑旺盛な 姿である。 常行寺の開創は不詳であるが、天正年間(1573〜92年)に再興されている。 ...続きを見る

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2018/02/07 09:20
法林院 (京都府宇治市) 萬福寺塔頭
法林院 (京都府宇治市) 萬福寺塔頭 法林院は、1655年中国明から渡来した喝禅道和が1669年開創した 萬福寺の塔頭である。 江戸幕府第5代将軍徳川綱吉の生母・桂昌院の支援を受けている。 桂昌院は京都出身で、3代将軍家光の側室となって1646年綱吉を 生んでいる。 桂昌院は京都出身ということもあり、京都の多くの寺社を支援している。 ...続きを見る

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2018/02/06 09:22
岡本寺 (奈良県明日香村)
岡本寺 (奈良県明日香村) 岡寺参道に建つ岡本寺は、飛鳥時代の舒明天皇の飛鳥岡本宮跡に建つと いわれたことから岡本寺と呼ばれたと伝えられている。 飛鳥岡本宮跡は岡本寺の北西500mほどにあったと推定される。 本堂の観音堂と本坊は少し離れて建ち、本坊には弘法大師を祀り、 あすか大師と呼ばれ信仰を集めている。 岡本寺の開創は不詳である。 ...続きを見る

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2018/02/05 09:25
常楽寺 (兵庫県尼崎市寺町)
常楽寺 (兵庫県尼崎市寺町) 桃山時代〜江戸時代初期にかけて、城の築城と同時に城下町や寺町の 整備が行われている。 寺町の整備は、宗教統制や城下町防護といった目的があり、お寺を 移転させている。 例えば、豊臣秀吉の京都大改造計画がその先駆けで、大規模な寺町 が形成されている。 尼崎においても、1617年尼崎藩主・戸田氏鉄が尼崎城の築城と同時に 城下町と寺町の整備に着手している。 現在、尼崎寺町には11ヶ寺が残っている。その一寺が常楽寺である。 ...続きを見る

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2018/02/04 16:02
薬王寺 (大阪市中央区) 赤穗義士・大高源吾の菩提寺
薬王寺 (大阪市中央区) 赤穗義士・大高源吾の菩提寺 薬王寺に墓がある赤穗義士・大高源吾(忠雄)は大石内蔵助(良雄)の 信頼厚く、赤穗〜京〜江戸と重要な局面で走り回っている。 吉良邸討ち入りの契機となった茶会の情報も源吾がもたらしたものである。 源吾は俳人・其角とも交流がある俳諧者でもあった。 また、討ち入りの協力者として歌舞伎などで登場する天野屋利兵衛の モデルとなった天川屋利兵衛の菩提寺でもある。 ...続きを見る

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2018/02/04 10:14
東林院 (京都府宇治市) 萬福寺塔頭
東林院 (京都府宇治市) 萬福寺塔頭 萬福寺の南隣に建つ東林院は1662年中国明代の僧大眉性善によって 開創されている。 大眉性善は1654年萬福寺開祖・隠元禅師に従って渡来し、萬福寺に 入り、隠元禅師の法を継いでいる。 著作には、<東林大眉和尚夢語>などがある。 東林院は通常は非公開である。 ...続きを見る

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2018/02/03 16:12
大立寺 (和歌山県和歌山市) 山門
大立寺 (和歌山県和歌山市) 山門 大立寺の山門は、戦国時代に活躍した太田衆の本拠太田城の大門の 遺構といわれている。 1585年豊臣秀吉の紀州攻めに対して抵抗した太田衆・雑賀衆・根来衆の 一翼であった太田衆の太田城は、水攻めによって落城している。 この水攻めは日本三大水攻め(備中高松城、武蔵忍城、紀州太田城)の 一つで、秀吉の得意な戦法であった。 その太田城大門は功徳寺に移され、太平洋戦争後に大立寺に移築されている。 ...続きを見る

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2018/02/02 09:23
京都市伏見区・山科区・西京区のお寺  
京都市伏見区・山科区・西京区のお寺   <青字をクリックすると詳細へ> ...続きを見る

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2018/02/01 14:16
極楽寺 (京都市山科区) 大石内蔵助ゆかり
極楽寺 (京都市山科区) 大石内蔵助ゆかり 山科区西端、東山東麓に建つ極楽寺の南100mほどに建つ大石神社は、 大石内蔵助を祀る神社であるが、この辺りに、1701年7月赤穗を離れ 1702年9月まで隠棲した大石内蔵助の居宅があった。 この間に、内蔵助は浅野内匠頭の位牌を極楽寺に収めている。 何故、内蔵助が山科に隠棲したのか諸説ある。 ...続きを見る

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2018/02/01 14:10
正覚寺 (奈良県橿原市十市町)
正覚寺 (奈良県橿原市十市町) 小さいけれども瀟洒な阿弥陀堂だけの正覚寺には、奈良県指定文化財の 大日如来坐像が祀られている。 無住であるが、地域の人々によって維持管理されている。 お寺の開創や宗派は不詳で、宗派が不詳というのは珍しい。 橿原市教育委員会に予約すれば大日如来像を拝観できるとか。 ...続きを見る

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2018/02/01 09:25

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お寺の風景と陶芸 2018年2月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
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