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タイトル 日 時
東海北陸のお寺
東海北陸のお寺 東海北陸の訪問回数は数十回になり、富山県・石川県・静岡県の訪問 が少し残っている。 ...続きを見る

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2017/05/31 09:34
正道寺 (岐阜県池田町)
正道寺 (岐阜県池田町) 正道寺が建つ池田町六之井は、江戸時代初期に旗本・加藤氏が 領主となって六之井陣屋を築いている。 その陣屋跡(現在は公民館)の前に建つのが正道寺である。 正道寺山門の横に建つ閻魔堂は、寛文年間(1661〜73年)に 江戸から十王を請来し、1947年に建てられ安置されている。 六之井地区の篤い信仰を受け、地区の人々によって護られている。 正道寺の開創については不詳である。 ...続きを見る

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2017/05/31 09:22
関東甲信越のお寺
関東甲信越のお寺 関東甲信越の訪問はこれからといえる。 群馬県は念願の訪問を果たした。 ...続きを見る

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2017/05/30 14:20
龍光寺 (群馬県富岡市) 富岡製糸場工女の墓
龍光寺 (群馬県富岡市) 富岡製糸場工女の墓 2014年世界遺産に登録された富岡製糸場は、1872年(明治5年)明治政府 により設立され、近代製糸業の模範として日本近代化のシンボルとなった。 日本全国から集まった工女の勤務条件も良かったが、途中で病に斃れる 工女も出た。 明治6年〜34年の間に60人の工女が亡くなり、龍光寺と海源寺に葬られ、 龍光寺には30基の墓石が建てられている。 現在、富岡製糸場には多くの観光客が訪れるが、工女のお墓を訪れる人は どれくらいいるのだろうか。 ...続きを見る

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2017/05/30 14:00
檀渓寺 (福井県おおい町) 若狭三十三観音霊場第26番
檀渓寺 (福井県おおい町) 若狭三十三観音霊場第26番 西の鯖街道と呼ばれる周山街道(国道162号)は若狭と京都を結ぶ 幹線道路で、周辺には美山かやぶきの里など観光スポットがあり、 休日は交通量も多い。 若狭と京都との境にある名田庄の里にあるのが檀渓寺である。 開創については不詳であるが、室町時代に現在地より山奥に開創 されたと伝えられている。 1990年現在地に移転しており、伽藍もまだ新しい。 ...続きを見る

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2017/05/30 09:10
もくもく探索日誌 2017年5月28日 丹波亀岡
もくもく探索日誌 2017年5月28日 丹波亀岡 京都縦貫道篠ICを早朝6時半に出る。 本日は亀岡市の中心部〜東山麓〜北部〜西山麓〜南山麓と亀岡の 周縁部を巡る。何度来ても亀岡はいいね〜 亀岡といえば、明智光秀が基礎を造り、亀山城を築いている。 保津川が南北に流れ、保津川下りの起点となっている。 市としても観光に力を注いでおり、施設(神社仏閣など)の説明板が 行き届いている。 南山麓に入る前に訪れた<真福寺>では、住職との談笑が印象に 残り、水琴窟の音が仏の声のように響いた。 ...続きを見る

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2017/05/29 11:00
西養寺 (石川県金沢市)
西養寺 (石川県金沢市) 西養寺は、寛正年間(1460〜65年)に越前府中(現在の越前市)に 開創されたと伝えられている。 加賀藩始祖の前田利家が1575年越前府中城を築き、府中を拠点とした頃に 西養寺住職・真運に帰依したことから、前田家からの支援が続き、前田利長 の移転に伴い、西養寺も移転している。 1602年金沢に移り、1612年現在の卯辰山に移転している。 加賀藩から天台宗の触頭に任じられている。 ...続きを見る

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2017/05/29 09:16
専教寺 (岡山県矢掛町) 臥龍松
専教寺 (岡山県矢掛町) 臥龍松 専教寺の臥龍松は推定樹齢が300年といわれ、北へ伸びる枝は15mほど あり、龍が寝そべっている姿から臥龍松と呼ばれている。 一般に、高さが低い幹に比べて、枝が横に伸びている松を臥龍松と呼んで、 各地に見受けられる。 特に、有名な臥龍松は山形県村山市の高谷家と京都市善峯寺の松であろう。 善峯寺では遊龍の松と呼んでいる。 ...続きを見る

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2017/05/28 19:41
香川県のお寺
香川県のお寺 香川県のお寺を紹介 ...続きを見る

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2017/05/27 10:30
玉泉寺 (香川県さぬき市)
玉泉寺 (香川県さぬき市) 四国八十八ヶ所霊場第87番長尾寺の奥の院であり、新四国曼荼羅霊場第9番 でもある玉泉寺の本尊・地蔵菩薩は<日限地蔵>と呼ばれ信仰を集めている。 日限地蔵とは、<日を限って祈願すると願いが叶えられる>といわれ、 全国各地に日限地蔵信仰がある。 この信仰の始まりは、天正年間(1573〜92年)会津若松・西光寺に3体の 地蔵菩薩を日限地蔵として祀ったことから日限地蔵信仰が全国に広まった といわれている。 ...続きを見る

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2017/05/27 09:26
帝釈寺 (兵庫県香美町香住区)
帝釈寺 (兵庫県香美町香住区) 香住の古刹・帝釈寺は、聖徳太子が刻んだと伝承される帝釈天像が、 676年下浜枕ノ崎に漂着し、地元の漁夫が救いあげて堂宇を建て 祀ったのが始まりと伝えられている。 552年仏教公伝以来、朝鮮から仏像が伝来したが、廃仏派の物部氏と 崇仏派の蘇我氏が対立し、物部氏は多くの仏像を難波の堀や海に 放棄したといわれている。 こうした仏像の一つが山陰海岸まで流れ着いたと伝承されているのである。 例えば、長野善光寺の本尊・善光寺如来も難波の堀から救いあげられた 仏像だと伝承されている。 ...続きを見る

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2017/05/26 09:27
長泉寺 (大阪府堺市堺区)
長泉寺 (大阪府堺市堺区) 長泉寺は1501年衆徳恩冏(しゅうとくおんけい)によって開創されている。 恩冏は戦乱の世を憂い、浄土三部経、妙典十萬部を書写し、これを 人は十萬上人と称した。 長泉寺はその後、南北に分かれ、北のお寺(悲田院)を北十萬、南のお寺 (長泉寺)を南十萬と称している。 ...続きを見る

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2017/05/25 09:32
徳雲院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
徳雲院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭 徳雲院は、1506年妙心寺25世大休宗休が土佐守護代・細川勝益の 三男・刑部宗晋の支援により開創したと伝えられている。 細川勝益は遠州細川氏当主であり、土佐守護代を務めている。 室町時代の管領を務めた細川氏の庶流であるが、代々遠州守を 冠したことから遠州細川氏と呼ばれている。 刑部宗晋については不詳である。 ...続きを見る

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2017/05/24 20:24
高野山のお寺
高野山のお寺 和歌山県高野山のお寺紹介 ...続きを見る

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2017/05/23 09:30
明王院 (和歌山県高野町高野山) 赤不動
明王院 (和歌山県高野町高野山) 赤不動 弘法大師空海は816年高野山に真言密教の修行道場として、 一寺を建立する計画を立て、それが現在の高野山の始まりと なった。 その時、空海は丘陵上に五大明王を祀る五大堂を建立したと 伝えられ、それが後の明王院の始まりといわれている。 明王院の本尊・赤不動は日本三不動の一つにあげられ、 貴重な不動明王像(画)となっている。 日本三不動とは、  京都・青蓮院青不動(不動明王二童子像(画)):国宝 平安時代後期  大津・三井寺黄不動(不動明王立像(画)):国宝 9世紀  高野山明王院... ...続きを見る

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2017/05/23 09:22
もくもく探索日誌 2017年5月21日 名古屋
もくもく探索日誌 2017年5月21日 名古屋 東名阪道西名古屋ICを早朝6時半に出る。 4年ぶりの名古屋市内探索となる。 中川区〜熱田区〜中区〜中村区と巡る。 熱田区と中区では、徒歩と地下鉄での探索となったが、思いもよらない 風景に出会う。 しかし、足がぱんぱん。明日はこたえるかな。 ...続きを見る

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2017/05/22 14:03
奈良県のお寺
奈良県のお寺 奈良県のお寺を紹介 ...続きを見る

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2017/05/22 09:04
菅生寺 (奈良県吉野町)
菅生寺 (奈良県吉野町) 菅生寺は、7世紀後半に義淵僧正が竜門岳山腹に開創したと伝える龍門寺の 塔頭・龍華院が始まりと伝えられている。 龍門寺は岡寺と共に、開創された古代寺院であるが、応仁の乱(1467〜77年) の後に廃れ、現在は塔跡などが残されている。 龍華院も同様の道をたどったが、1808年再興され菅生寺として再出発し、 1980年尼僧によって再興されている。 なお、この地は菅原道真の生誕地という伝承があり、寺名もそこから 来ているらしい。 ...続きを見る

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2017/05/22 09:00
丹波、但馬のお寺 (兵庫県)
丹波、但馬のお寺 (兵庫県) <丹波のお寺> ...続きを見る

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2017/05/21 20:52
観正寺 (兵庫県豊岡市) 但馬三庭園
観正寺 (兵庫県豊岡市) 但馬三庭園 円山川を挟んで城崎温泉の東に位置する気比地区の山麓に新しい 伽藍が建つのが観正寺である。 観正寺の庭園は枯山水庭園で、1807年造庭といわれ、兵庫県の 名勝に2015年指定されている。 私の<但馬の三庭園>とは、古庭園を挙げる。  旧大岡寺庭園(豊岡市日高町):国指定名勝  宗鏡寺庭園(豊岡市出石町):県指定名勝  観正寺庭園(豊岡市気比):県指定名勝 ...続きを見る

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2017/05/21 20:32
西恩寺 (大阪府千早赤阪村)
西恩寺 (大阪府千早赤阪村) 歴史と自然あふれる大阪府南東部に位置する千早赤阪村は、大阪府唯一の 村であり、南北朝時代初期の武将・楠木正成の出生地であり、南部には 金剛山、日本棚田百選の下赤阪棚田と大阪の別天地である。 そうした村の西部にひっそりと佇むのが西恩寺である。 紅葉の時期になると、紅葉狩りの人で賑わうスポットとして知られる。 私の訪問時期が10月と1ヶ月早かった。 ...続きを見る

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2017/05/20 08:46
海眼寺 (京都府福知山市)
海眼寺 (京都府福知山市) 福知山市の寺町が形成されたのは、1579年明智光秀が福知山城を 築城したが、城下町が完成したのは関ヶ原の戦い後、有馬豊氏が福知山藩主 として入って以後といわれている。 この頃から寺町が形成され始めたと思われる。 海眼寺がこの寺町に創建されたのが、元和年間(1615〜24年)と伝わるが、 詳細は不詳である。 何故かといえば、この一帯は由良川の氾濫に何度となく襲われ、史料がない ことからきている。 現在も由良川の氾濫があり、時々浸水被害が出ている。 本堂も高床式の鉄筋コンクリート造... ...続きを見る

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2017/05/19 10:36
もくもく探索日誌 2017年5月18日 京都洛北
もくもく探索日誌 2017年5月18日 京都洛北 早朝7時前に京都市北区に入る。 今日は快晴となり暑さを感じる。 今日は比叡山を望みながらの探索となる。 京都洛北の未知のお寺探索となる。京都は900を超えるお寺を探索済であるが、 まだまだ未知のお寺が残っている。 北区の<上品蓮台寺塔頭・真言院>がスタート。 なんと、本堂が解体され更地となっている。目当ての頼光塚は残っていた。 <大徳寺塔頭・来光寺>を経て、<金蓮寺>、<招善寺>、<瑞芳寺> を経て、光悦寺西側の狭い鏡石通を下って<吟松寺>へ。 吟松寺は紅葉の隠れスポットで、新... ...続きを見る

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2017/05/18 19:49
滋賀県大津市のお寺
滋賀県大津市のお寺 大津市には延暦寺、三井寺、石山寺など名刹・古刹が多くあり、 文化財の宝庫になっている。 大津市のお寺を紹介 ...続きを見る

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2017/05/18 15:37
浄土寺 (滋賀県大津市大鳥居)
浄土寺 (滋賀県大津市大鳥居) 浄土寺は、大戸川ダム建設工事に伴い集落全体が1998年現在地に 移転している。 大戸川ダム建設には賛否両論の中、一時停止された経緯があるが、 再び建設に向けて動き出す計画となっている。 こうした事情から、浄土寺の伽藍も新しい。 山門前の石垣上に安置されている宝篋印塔も同時に移転してきている。 この宝篋印塔は鎌倉時代後期の造塔と考えられ、廃寺となった安楽寺 からの移座といわれている。 ...続きを見る

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2017/05/18 15:32
長円寺 (愛知県西尾市) 京都所司代・板倉勝重の菩提寺
長円寺 (愛知県西尾市) 京都所司代・板倉勝重の菩提寺 京都所司代2代目・板倉勝重は現在の岡崎市に生まれ、幼少にして 永安寺の僧となったが、父や家督を継いでいた弟が亡くなり、徳川家康の 命を受けて、板倉氏の家督を継いでいる。 家康が1590年江戸に赴任すると、勝重は江戸町奉行として務めている。 1600年の関ヶ原の戦い後、1601年京都所司代2代目になり、1619年まで 20年弱務め、1620年嫡男・重宗に職を譲り、1624年亡くなっている。 勝重は評判の高い町奉行であり、所司代であった。 ...続きを見る

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2017/05/18 13:48
普門寺 (静岡県掛川市)
普門寺 (静岡県掛川市) 普門寺は、704年文武天皇の勅願により、行基が千手峰に開創したのが 始まりと伝えられている。 千手峰(182m)は現在の普門寺から北東1kmほどに位置する小山である。 1177年、平清盛の嫡男で、評判も良かったといわれる平重盛が現在地に 普門寺を移し再興したといわれている。 平重盛は2年後に病死し、平氏の滅亡へとつながって行く。 戦国時代の兵火により壊滅するが、その後横須賀城主・大須賀氏によって 再興されている。 この地域において古刹の名に恥じない歴史を誇っている。 ...続きを見る

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2017/05/17 10:47
明覚寺 (岐阜県大垣市上石津町)
明覚寺 (岐阜県大垣市上石津町) 明智光秀の出生地については諸説あり、 @可児市瀬田 A恵那市明智町 B山県市美山町 C大垣市上石津町 などがあげられ、可児市瀬田が通説としてあげられている。 そうした説の中にある上石津町に明覚寺は位置している。 明覚寺は、1465年道場として開創されたのが始まりと伝えられている。 1591年現在地に移っている。 その時植えられたと伝わるイヌマキが、本堂裏に樹勢衰えずに伸びている。 樹高15mを越え、本堂屋根の一部を突き抜けている。 ...続きを見る

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2017/05/16 09:16
もくもく探索日誌 2017年5月14日 京都周山街道
もくもく探索日誌 2017年5月14日 京都周山街道 早朝6時半に周山街道に入る。 周山街道は国道162号であり、西の鯖街道とも呼ばれている。 京都市北区最北に位置する小野郷〜京北〜美山〜福井県名田庄と 周山街道周辺の未知のお寺探索となる。 ほとんどが無住の小さなお寺である。 ...続きを見る

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2017/05/15 16:05
田宮寺 (三重県玉城町)
田宮寺 (三重県玉城町) 伊勢神宮内宮から西へ10kmほどに建つ田宮寺は、天平年間(729〜749年) 聖武天皇の勅願により行基が神宮法楽寺として開創したと伝えられ、 平安時代初期に弘法大師空海が再興したといわれている。 伊勢神宮内宮の禰宜を代々務めた荒木田氏の氏寺でもあった。 紀州藩などの庇護もあり、大いに栄え大伽藍を誇ったといわれている。 明治時代の廃仏毀釈により、伽藍も取り壊され、現在では観音堂・大師堂 のみになり、無住の状態の中、地元の人々により護持されている。 ...続きを見る

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2017/05/15 09:06
西福寺 (愛知県刈谷市) 三河三弘法
西福寺 (愛知県刈谷市) 三河三弘法 815年弘法大師空海は東国巡錫の折、三河の地に1ヶ月逗留し、 三体の弘法大師像を彫って祀ったと伝承されている。 現在は、 一体は、別れを惜しんで見返った姿の像(見返弘法大師)で、  遍照院(知立市)に。 一体は、別れを惜しんで見送った姿の像(見送弘法大師)で、  西福寺(刈谷市)に。 一体は、別れの涙を流した姿の像(流涕弘法大師)で、密蔵院(刈谷市)に。 これを<三河三弘法>と呼んでいる。 ...続きを見る

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2017/05/14 19:32
春光院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
春光院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭 妙心寺塔頭・春光院は、1590年に堀尾吉晴が小田原の戦いで亡くなった 長子・金助の菩提を弔うために開創している。 堀尾吉晴は豊臣政権の中老を務めたが、関ヶ原の戦いで徳川方に ついたことから、次男の忠氏が松江藩主となって、吉晴が支えた。 1604年忠氏が急逝し、その子・忠晴が継ぐが、幼少であったことから 吉晴が実質的には藩主役を務め、1611年松江城を築城している。 堀尾吉晴は<松江開府の祖>と呼ばれ、松江の基礎を築いている。 ...続きを見る

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2017/05/13 16:07
積雲院 (静岡県袋井市) 源朝長の菩提寺
積雲院 (静岡県袋井市) 源朝長の菩提寺 1160年の平治の乱で敗れた源義朝父子(義朝、義平、朝長、頼朝)は 東国へ逃れる途中、頼朝は近江で行方不明、義平は東山道へ、義朝・朝長 は東海道へと逃れようとするが、朝長が大垣青墓で負傷のため動けなくなり、 父の介錯で命を落としている。 朝長の守役が首級を、守役の故郷である袋井に葬ったといわれている。 1185年になって、源頼朝が朝長の埋葬地に積雲院を開創し、朝長の 菩提寺としている。 朝長の胴は大垣青墓に埋葬され、円興寺が菩提寺になっている。 ...続きを見る

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2017/05/12 09:50
円長寺 (岐阜県安八町) 牧村城跡
円長寺 (岐阜県安八町) 牧村城跡 牧村城の築城時期については不詳であるが、戦国時代に斎藤竜興の家臣で あった牧村政倫が居城していた。 1559年織田信長によって岩倉城が落城し、山内一豊の父と兄は討ち死にし、 一豊は15歳で牧村城に身を寄せ、後に秀吉の家臣となり、江戸時代には 土佐藩主となっている。 1626年この牧村城跡に円長寺が再興されている。 円長寺は1447年真言宗の道場として開創され、1461年蓮如上人に帰依し、 浄土真宗に改宗している。 ...続きを見る

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2017/05/11 09:04
長福寺 (長野県木曽町) 木曽三大寺
長福寺 (長野県木曽町) 木曽三大寺 信濃国木曽といえば、源義仲(木曽義仲、木曽次郎)が頭に浮かぶ。 この義仲を祖と自称する木曽氏が、南北朝〜戦国時代の長き期間に亘り、 木曽谷を支配している。 木曽氏の出自は明確ではないが、義仲の末裔といわれる沼田氏が 上野国から木曽谷に入って木曽氏を名乗ったといわれている。 この義仲を祖とする木曽氏13代・木曽豊方が長福寺を再興し、 木曽氏の菩提寺となり、興禅寺・定勝寺と共に木曽三大寺と呼ばれている。 ...続きを見る

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2017/05/10 13:27
覚成寺 (福井県若狭町) 熊川宿
覚成寺 (福井県若狭町) 熊川宿 古代から、若狭の魚介類を京へ運んでいたが、その中でも鯖が主流を占めて いたことから、その街道を<鯖街道>と呼んでいた。 そのルートはいくつかあったが、主なルートが小浜〜三宅〜熊川〜朽木〜 途中〜大原〜京のルートで、現在では<若狭鯖街道>と呼んでいる。 そのルート上に位置する<熊川宿>は、1589年浅野長政が熊川宿として 諸役免除し、以降江戸時代を通じて大いに繁栄している。 現在は、観光ルートとして整備され、熊川宿も観光拠点として賑わいを 見せている。 ...続きを見る

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2017/05/10 09:04
宝勝寺 (石川県金沢市寺町)
宝勝寺 (石川県金沢市寺町) <忍者寺>として知られる妙立寺にほど近い宝勝寺が<寺カフェ>を 開いているのは見事な経営センスと言えよう。 近年、観光客が多く大いに繁盛しているようだ。 私もその一人となった。 ...続きを見る

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2017/05/09 08:53
鳥取県のお寺
鳥取県のお寺 鳥取県のお寺を紹介 ...続きを見る

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2017/05/08 09:47
感応寺 (鳥取県米子市) 米子藩主の菩提寺
感応寺 (鳥取県米子市) 米子藩主の菩提寺 感応寺は米子藩主・中村一忠の菩提寺である。 1600年関ヶ原の戦いで、豊臣政権の三中老の一人であった中村一氏が 家康側についたことから、戦い後、一氏の嫡子・中村一忠が17万5千石の 大名として初代米子藩主に就いている。 一忠は家老・横田村詮をして感応寺を開創し、一忠の菩提寺にしている。 1609年一忠は20歳で急死し、中村氏に代わって加藤氏が藩主になったが、 1632年米子藩は廃藩となり、鳥取藩の治下に入った。 米子藩は32年の短命であった。 ...続きを見る

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2017/05/08 09:42
三宝寺 (香川県東かがわ市) 菩提樹
三宝寺 (香川県東かがわ市) 菩提樹 三宝寺の境内は樹木が豊富で、ボダイジュ、チシャノキ、イチョウなどの 古木が目を楽しませてくれる。 ボダイジュは、1834年下野国(栃木県)の人が苗木を境内に植えたとの 記録が残る200年の古木である。 チシャノキは、柿の木に似ていることからカキノキダマシともいわれ、 大宰府神社のチシャノキが代表的な古木である。 イチョウは、落葉して境内一面を黄色く染める風景が地元のスポット となっているらしい。 ...続きを見る

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2017/05/07 09:54
蓮成寺 (兵庫県豊岡市城崎町)
蓮成寺 (兵庫県豊岡市城崎町) 道智上人が720年<まんだら湯>を発見して以降、温泉地として少しずつ 名が知られ、江戸時代の温泉番付では西の関脇として名を馳せた 城崎温泉の温泉街西部に位置するのが蓮成寺である。 城崎温泉には、七つの外湯があり、その一つ<御所の湯>に隣接して 蓮成寺が建っている。 お寺の開創については不詳である。 春にはツツジの見どころとなっている。 ...続きを見る

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2017/05/06 13:18
浄谷寺 (大阪府富田林市)
浄谷寺 (大阪府富田林市) PLの塔を望む富田林寺内町西端に建つ浄谷寺は、1286年毛人谷(えびたに) <現在の富田林毛人谷地区>に開創されたと伝えられ、1560年寺内町が 開発されると、1574年に現在地に移転している。 浄谷寺二尊堂内に祀られている石造地蔵菩薩は、1311年に造像された、 大阪府内でも古い部類の石造地蔵菩薩といわれている。 ...続きを見る

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2017/05/05 09:00
雲祥院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
雲祥院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭 雲祥院の開創について2説があるが、開創は1598年といわれている。 そのひとつは、後の熊本藩家老・長岡是庸が海山元珠を開山として 亀仙庵を開創したといわれている。 海山元珠は祥雲寺(豊臣秀吉の開創)住職でもあったが、1615年 徳川家康が祥雲寺を廃寺にして智積院に寺地を提供したことに 抵抗を示すために、亀仙庵を雲祥院と改名したと伝えられている。 ...続きを見る

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2017/05/04 20:28
阿弥陀寺 (和歌山県紀の川市広野) モッコク
阿弥陀寺 (和歌山県紀の川市広野) モッコク 小さなお寺の境内隅に、モッコク(木斛)としては樹高が10m近い巨樹が 存在感を示している。 推定樹齢は300年以上といわれ古樹である。 阿弥陀寺は無住で、その開創などお寺の概要は不詳である。 ...続きを見る

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2017/05/04 09:48
楽田寺 (奈良県田原本町) 田原本の古刹
楽田寺 (奈良県田原本町) 田原本の古刹 田原本町の市街地に建つ楽田寺は、729年開創されたと伝えられ、 823年弘法大師が訪れ真言密教の道場としたといわれている。 中世においては、興福寺の末寺として大いに栄えたといわれ、 室町時代には門前町を形成し、田原本町の基礎が築かれたと いわれている。 また、津島神社の神宮寺でもあった。 1685年に融通念仏宗のお寺になっている。 ...続きを見る

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2017/05/03 08:40
もくもく探索日誌 2017年5月2日 若狭
もくもく探索日誌 2017年5月2日 若狭 西近江路を北上し、8時前に敦賀市に入る。 若狭の探索は1年ぶりとなるが、十度以上の訪問となる。 快晴に恵まれ、快適なドライブも楽しむ。 若狭湾、三方五湖を経て、鯖街道の熊川宿・朽木宿を探索。 ...続きを見る

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2017/05/02 21:26
本行寺 (兵庫県朝来市生野町)
本行寺 (兵庫県朝来市生野町) 生野銀山は戦国時代から1973年まで400年以上活動した銀山で、 江戸時代には幕府直轄で代官が派遣されている。 鉱夫や役人などの菩提を弔うために異なる宗派のお寺8ヶ寺を生野に 集めて寺町を形成している。 その寺町の東端に建つのが本行寺である。 本行寺には、明治時代にフランスから7年間生野銀山に努めた ポール・レムルの娘の墓がある。 その母は本行寺に縁故の日本人ではないかといわれている。 ...続きを見る

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2017/05/02 19:01
もくもく探索日誌 2017年4月30日 濃尾三川
もくもく探索日誌 2017年4月30日 濃尾三川 名神大垣ICを7時前に出る。 濃尾三川(木曽川、長良川、揖斐川)は木曽三川とも呼ばれるが、この三川に 囲まれた羽島市、安八町、輪之内町、海津市を訪れる。 この地域は昔から水害に悩まされた歴史を持っている。 江戸幕府は薩摩藩に命じて、堤を築くべく<宝暦の治水>工事を進めて きている。しかし、難工事により多くの犠牲者が出ている。 これらの犠牲者を弔うお寺が、今回訪問するお寺にいくつか含まれている。 その代表的なお寺が、羽島市の<竹鼻別院>である。 竹鼻別院では、恒例の藤まつりが行われ... ...続きを見る

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2017/05/01 15:14
専称寺 (大阪府堺市堺区)
専称寺 (大阪府堺市堺区) 堺市堺区の南旅篭町、新在家町は、南宗寺・大安寺といった名刹を中心とした 寺町を形成している。 大安寺に北面して建つ専称寺は、慶長年間(1596〜1615年)の始め頃に、 専称庵として開創されたといわれ、1639年に専称寺となっている。 本尊の阿弥陀如来は、旱魃の時に水をもたらす水牽如来と呼ばれ、篤い 信仰を集めたといわれている。 ...続きを見る

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2017/05/01 09:05

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