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zoom RSS 感応寺 (鳥取県米子市) 米子藩主の菩提寺

<<   作成日時 : 2017/05/08 09:42   >>

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感応寺は米子藩主・中村一忠の菩提寺である。
1600年関ヶ原の戦いで、豊臣政権の三中老の一人であった中村一氏が
家康側についたことから、戦い後、一氏の嫡子・中村一忠が17万5千石の
大名として初代米子藩主に就いている。
一忠は家老・横田村詮をして感応寺を開創し、一忠の菩提寺にしている。
1609年一忠は20歳で急死し、中村氏に代わって加藤氏が藩主になったが、
1632年米子藩は廃藩となり、鳥取藩の治下に入った。
米子藩は32年の短命であった。

感応寺は静岡市、和歌山市にも感応寺があり、合わせて法華三感応寺と
いわれている。

<鳥取県のお寺一覧>参照

(1)寺名:感応寺(かんのうじ) (2)住所:鳥取県米子市祇園町1−89
(3)山号:常住山 (4)宗派:日蓮宗
(5)開山:日長 (6)開基:中村一忠 (7)開創:1600年
(8)本尊:大曼荼羅
(9)その他
1)中村一忠墓所:市指定史跡

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                        全景

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                        山門

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                        本堂

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                       裏山から

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