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正花寺 (香川県高松市) 菩薩立像
正花寺 (香川県高松市) 菩薩立像 木彫仏像は日本において飛鳥時代から彫られているが、その様式が 後々影響を与えるのは奈良・唐招提寺の木彫仏像群といわれている。 その中にあって、衆宝王菩薩像はその典型的な仏像である。 正花寺の菩薩立像は衆宝王菩薩立像を写して奈良時代後期に 造像されたと考えられている。 菩薩立像はカヤの一木造りで、衆宝王菩薩像に比べて和風が少し 入った惚れ惚れする美しい姿である。 ...続きを見る

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2017/03/31 09:04
西光寺 (兵庫県新温泉町浜坂)
西光寺 (兵庫県新温泉町浜坂) 日本海に面した浜坂は浜坂温泉で有名であるが、ホタルイカ水揚げ量でも 日本一の漁港がある。 その町中に建つ西光寺は、天正年間(1573〜92年)に寿徳庵として 開創されたのが始まりと伝えられている。 1656年西光寺と改名されている。 参道脇に建つ石燈籠は寛政年間(1789〜1801年)に建立され、 浜坂では、最古類に属する石燈籠である。 ...続きを見る

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2017/03/30 09:30
愛染院 (大阪府堺市北区)
愛染院 (大阪府堺市北区) 愛染院は奈良時代前半に行基によって開創されたと伝わる池浦観音寺が 始まりといわれている。 戦国時代には兵火により荒廃したが、江戸時代に入って、この地域を 領地としていた秋元氏などにより再興されている。 現在の本堂は1652年再建されている。 秋元氏は、江戸時代の譜代大名で川越藩、山形藩、館林藩の藩主を 経緯している。 遠方にも関わらず、松原村(堺市東部など)を領地としていた。 愛染院は秋元氏の祈願所であったといわれている。 ...続きを見る

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2017/03/29 09:34
福寿院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
福寿院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭 妙心寺塔頭の福寿院は、1619年信濃松本藩主・水野忠清の妻・福寿院殿 によって開創され、水野氏の菩提寺となっている。 福寿院殿は加賀藩始祖・前田利家の娘といわれている。 水野忠清は水野宗家6代忠重の四男で、1642年に松本藩主となっている。 福寿院の開創1619年の頃、忠清は三河刈谷藩主の時期である。 ...続きを見る

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2017/03/28 09:07
妙楽寺 (和歌山県かつらぎ町) 十五社の楠
妙楽寺 (和歌山県かつらぎ町) 十五社の楠 旧大和街道沿いの小さなお寺・妙楽寺の境内に聳える楠が、辺りを 見下ろす様に感動の声を挙げざるを得ない。 この楠は地元で<十五社(じごせ)の楠>と呼ばれ、地元のシンボル となっている。 かっては、妙楽寺に15の明神が祀られ十五社明神といわれていた。 十五社がいつしか<じごせ>と呼ばれたことから来ているとか。 楠は推定樹齢600年以上、樹高20m以上あり、和歌山県の 天然記念物に指定されている。 ...続きを見る

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2017/03/27 09:33
来迎寺 (奈良県大和郡山市)
来迎寺 (奈良県大和郡山市) 大和郡山市南部を東西に走る西名阪道の南に拡がる住宅地の中に、 鴟尾を掲げる豪壮な本堂が建つのが来迎寺である。 来迎寺の開創については不詳であるが、1697年現在地に 移ってきたといわれている。 境内も広く、伽藍も整備され堂々としたお寺の風景である。 歴史的な事象は不詳であるが、お寺の風景を堪能できるであろう。 ...続きを見る

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2017/03/26 10:12
神護寺 (兵庫県赤穂市)
神護寺 (兵庫県赤穂市) 赤穗市の高雄山中腹に廃れた神護寺があったが、2015年9月に 庫裡が火災に遭っている。 私が訪れた2013年5月には何とか健全であった。 1955年無住になって以降、荒れたままに放置されていた。 再建も考えられたが断念され、2015年の災禍に見る影もない姿に なっていまった。 ...続きを見る

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2017/03/25 09:37
天台院 (大阪府八尾市) 今東光ゆかりの寺
天台院 (大阪府八尾市) 今東光ゆかりの寺 八尾市街地に建つ小さなお寺天台院は、直木賞作家・今東光が 1951〜1975年の24年間住職として居住したお寺である。 今東光は、1898年横浜で生まれ、1921年頃から作家活動に 入り、1930年天台宗僧侶として出家している。 天台院住職となってから1957年直木賞を受賞し、その後も 河内を舞台とした小説を送り出し、1977年に亡くなっている。 名物和尚として一世を風靡した。 ...続きを見る

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2017/03/24 08:58
薬師寺 (京都府京丹波町)
薬師寺 (京都府京丹波町) 京丹波町を通る国道9号の西へ1kmほどの山麓に建つ薬師寺は 小さな山寺であるが、趣のあるお寺である。 山門の前に立つもみじの木、山門の右に梵鐘が吊るされた山門の様式、 本堂へ向う登り参道と、紅葉の時期に訪れたい。 薬師寺の開創は不詳であるが、所蔵の大般若経から類推して 室町時代以前だろうか。 ...続きを見る

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2017/03/23 09:15
滋賀県高島市のお寺
滋賀県高島市のお寺 滋賀県高島市は市町村合併で湖西地区を網羅しており、 余り知られていないお寺が多くあるが、紹介してみよう。 ...続きを見る

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2017/03/22 15:05
大泉寺 (滋賀県高島市新旭町)
大泉寺 (滋賀県高島市新旭町) 大泉寺は、965年比叡山延暦寺の中興の祖・慈恵大師良源(元三大師) が自らの生誕地に開創したと伝えられている。 良源の生誕地については、長浜市虎姫町が通説であるが、こうした伝承 もあるのだろう。 それほどに元三大師信仰が篤いのである。 境内には、良源の産湯に使われたという霊水泉が湧き出たことから 大泉寺の寺名が付けられたとか。 また、縁が叶うご利益から山号も結縁山と。 ...続きを見る

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2017/03/22 14:57
龍泉寺 (三重県松阪市) 愛宕大権現
龍泉寺 (三重県松阪市) 愛宕大権現 愛宕大権現は京都市愛宕山の神仏習合の神であり、勝軍地蔵を本地仏と している。 8世紀初期に役行者と泰澄大師が愛宕山に祀ったのが始まりで、それ以降 各地に愛宕大権現が祀られた。 その一つが、現在の松阪市嬉野滝之川町に祀られた一宇であり、 龍泉寺の始まりである。 その後大平尾町を経て、1588年現在地に移っている。 明治時代初期の神仏分離によって、寺から離れて愛宕神社になっているが、 龍泉寺は現在までも愛宕大権現を本尊として祀る数少ないお寺である。 京都愛宕山も愛宕神社となっている... ...続きを見る

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2017/03/22 09:28
清涼寺 (愛知県清須市)
清涼寺 (愛知県清須市) 現在の清須市は1405年室町幕府の管領・斯波義重が清州城を築城し、 その後尾張の中心地として栄えた。 1555年織田信長が清州城に入城し、1560年の桶狭間の戦いでは、この城 から出陣している。 10年間信長が清州城を本拠とした間、城下町として栄えたが、1610年 城が廃城になると城下町としての賑わいはなくなった。 しかし、江戸時代になって、東海道・宮宿と中山道・垂井宿とを結んだ脇街道 として美濃路が整備され、清須宿が設けられて宿場町として再び賑わいを 取り戻した。 ...続きを見る

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2017/03/21 11:18
能満寺 (静岡県吉田町) 大ソテツ
能満寺 (静岡県吉田町) 大ソテツ 駿河湾に面した吉田町の能満寺山頂に建っていた吉田小山城は、 1571年武田信玄が築城し、徳川家康と12年間に亘り攻防を繰り返し、 1582年落城した山城である。 この小山城跡の麓に建つ能満寺の大ソテツは日本三大ソテツの一つに 数えられる名木である。 日本三大ソテツとは、  堺市妙国寺、静岡市龍華寺、吉田町能満寺の大ソテツで国の 天然記念物に指定されている。 能満寺ソテツは、推定樹齢が千年といわれ、陰陽師の安倍晴明が 植樹したとも伝承されている。 この古樹も狭い境内にあって窮屈... ...続きを見る

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2017/03/20 09:55
春谷寺 (三重県松阪市飯南町) 青春桜
春谷寺 (三重県松阪市飯南町) 青春桜 飯南町粥見の山麓に建つ春谷寺のエドヒガン桜は推定樹齢400年と いわれる古木であるが、松阪では一番早く満開になり、それもお彼岸の 頃で、彼岸桜ともこの地では青春桜と呼ばれている。 近年は周囲に多数の桜・桃も植生され彩り賑やかになっている。 私の訪れた時期は青葉の頃であるが、古木の威厳を印象づけられた。 春谷寺の史料は皆無に近く、無住で開創について不詳である。 ...続きを見る

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2017/03/19 10:29
円通寺 (愛知県稲沢市)
円通寺 (愛知県稲沢市) 円通寺は、1337年比叡山の僧・定宗法印が故郷の丹羽郡川井村 (現在の岩倉市川井町)に天台宗・霊照院を開創したのに始まると 伝えられている。 1540年浄土真宗に改宗と同時に円通寺と名を変えている。 その時に、本願寺から阿弥陀如来像(画)を与えられている。 1541年鎌倉街道沿いの現在地に移転している。 周囲はビニールハウスが拡がる農地で、お寺の存在感が目立つ。 ...続きを見る

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2017/03/18 15:00
如是院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
如是院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭 ヨガと坐禅を体験できるお寺として知られる如是院の詳細は 不詳であるが、1450年龍安寺を開いた妙心寺8世・義天玄詔が 開創したのが大愚庵である。 1462年再興され如是院となっている。 ...続きを見る

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2017/03/17 14:30
林広院 (岐阜県郡上市美並町)
林広院 (岐阜県郡上市美並町) 郡上市美並町は、長良川が南北に流れる山あいの町である。 円空仏の円空が1632年誕生したといわれる地が美並町でも ある。(円空の生誕地・年については諸説あるが、美並説は 有力な説といわれている) 美並には、<円空のふるさと>として円空ふるさと館があり、 円空仏を90数体展示している。 その中には、林広院の円空仏も含まれている。 ...続きを見る

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2017/03/16 09:51
自慶院 (長野県天龍村)
自慶院 (長野県天龍村) 天龍村は長野県南端に位置し、村の中心部を南北に天竜川が流れる 渓谷の村である。 アクセスは不便であるが、川と自然とブッポウソウ(仏法僧)の村として 知られ、5月〜7月上旬の期間はブッポウソウが飛来し、野鳥愛好家 には人気のスポットとなっている。 ブッポウソウは長野県の天然記念物であり、天龍村の村鳥に指定 されている。 天龍村役場の屋上に巣箱が設けられ、役場の下に建つ自慶院から 観察する愛好家が多いと聞く。 私の訪れた7月下旬は、既に巣立ちした後で観察ができず残念。 また、自慶... ...続きを見る

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2017/03/15 09:30
義宣寺 (福井県勝山市)
義宣寺 (福井県勝山市) 1573年織田信長は朝倉義景を滅ぼし、続いて越前一向一揆を治め、 1576年柴田勝家が北陸の統治者として任命されている。 その勝家に信頼を得ていた家臣の柴田勝安(勝政)は勝山地区を統治し、 1580年勝山城を築城している。 この勝安が養父の柴田義宣の菩提を弔うために1577年義宣寺を 開創したといわれている。 勝安は1583年の賤ヶ岳の戦いで戦死したとも生き永らえたとも いわれているが詳細は不詳である。 勝安の菩提も義宣寺で弔らわれいる。   勝安の勝山での活躍も短いが、勝山... ...続きを見る

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2017/03/14 08:30
もくもく探索日誌 2017年3月12日 大阪堺市
もくもく探索日誌 2017年3月12日 大阪堺市 阪和道松原ICを9時に出る。 予定では、愛知県北部を探索する積りが、朝寝坊のために大阪府堺市の 探索となる。 絶えず探索計画が十数プランあり、こうした時も臨機応変の対応可能。 本日は、堺市の北、南の2つの寺町探索となる。 堺市も5度目の訪問となる。 まずは、羽曳野市に入ったが、狭い迷路に往生する。 <明教寺>にやっと到着したが、山門が閉じられ拝観できず。 出だしが最悪。 西へ進路をとり、松原市に入る。ここでも細い道と一方通行に悩ませられる。 <栄久寺>、<大林寺>を経て、堺市... ...続きを見る

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2017/03/13 14:27
誓願寺 (石川県金沢市東山)
誓願寺 (石川県金沢市東山) 誓願寺は、かっては浅野川地区の商人が商売繁盛を願い、東茶屋街の 芸妓が芸能上達を祈願した弁財天のお寺として栄えたといわれている。 誓願寺は1636年金沢六枚町に開創され、1671年現在地に移転している。 現在は、かっての賑わいはないようである。 ...続きを見る

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2017/03/13 09:24
長川寺 (岡山県浅口市)
長川寺 (岡山県浅口市) 長川寺の裏山には、1407年備中分郡守護・細川満国が築城した鴨山城が あった。 細川満国は細川本家から分流した細川野洲家の祖といわれ、野洲家は 7代に亘って鴨山城主として備中分郡を統治している。 戦国時代に7代城主・細川通薫は長川寺を菩提寺として整備している。 その長川寺は、源平合戦の端緒となった源頼政の末裔・西山宗久によって 鎌倉時代末期に建立された草庵が始まりで、1412年開創されていると 伝えられている。 ...続きを見る

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2017/03/12 19:53
願興寺 (香川県さぬき市)
願興寺 (香川県さぬき市) さぬき市を流れる鴨部川中流にある願興寺は、現在地より南100mほどの 地に、奈良時代に開創されたと推定されている。 その地からは奈良時代の古瓦が出土しており、大寺であったともいわれている。 史料からは830年創建となっているが、再建された年紀かも。 戦国時代兵火により焼失し、現在地に移転している。 なんと言っても、所蔵されている<脱活乾漆造聖観音坐像>がこのお寺の 寺宝であろう。 ...続きを見る

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2017/03/11 20:12
因念寺 (兵庫県たつの市)
因念寺 (兵庫県たつの市) たつの市中央を流れる揖保川右岸に建つ因念寺は1494年に開創 されたと伝わる。 山門と太鼓楼が印象的なお寺である。 その山門は、江戸時代後期に建立された龍野城の大手門を1879年 移築したものといわれている。 龍野城の遺構としては、東門が浄栄寺山門と因念寺山門といわれて いるが、それ意外に城門が2門お寺山門として移築されたとも。 ...続きを見る

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2017/03/11 09:22
敬応寺 (大阪府枚方市) 寺内町
敬応寺 (大阪府枚方市) 寺内町 枚方市北部の招提地区は、かって招堤村と呼ばれ、戦国時代は 敬応寺の前身であった浄土真宗の招堤道場を中核とした寺内町 であった。 1543年地元領主が荒地を開拓し、蓮如上人の六男・蓮淳を 招いて念仏道場を建立し、それを中核とした寺内町を形成した。 しかし、豊臣秀吉と明智光秀との戦いにおいて、招堤村は光秀側 を支援したことから、1582年頃寺内町としての特権が奪われ、 寺内町として終了している。40年間の寺内町であった。 1621年以降に道場は敬応寺となっている。 ...続きを見る

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2017/03/10 09:30
等観院 (京都市右京区) 天龍寺塔頭
等観院 (京都市右京区) 天龍寺塔頭 等観院は1386年守護大名・細川満元が開創したと伝えられる 天龍寺塔頭である。 細川満元(1378〜1426年)は摂津・土佐・讃岐・丹波の守護大名であり、 室町幕府の管領を務め、公家や武家からも評価が高く重鎮として存在を 示したといわれる。 開山は徳叟周佐で、天龍寺20世でもある。 ...続きを見る

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2017/03/09 09:52
西門院 (和歌山県高野町) 高野山子院宿坊
西門院 (和歌山県高野町) 高野山子院宿坊 西門院は高野山のほぼ中心に位置し、本通りから参道の奥に竜宮門 が望める子院である。 樹林が生い茂る中に、推定樹齢200年の高野槙が竜宮門の上に 顔を出している。 西門院は延久年間(1069〜73年)に釈迦院として開創されたと 伝えられ、鎌倉時代に西門院となっている。 <南総里見八犬伝>で知られる房総半島の戦国大名・里見氏と 西門院は関係が深く、里見氏が西門院から借金したこともあるらしい。 ...続きを見る

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2017/03/08 09:04
極楽寺 (奈良県天理市)
極楽寺 (奈良県天理市) 天理市櫟本町といえば、万葉集の歌聖と呼ばれた柿本人麻呂の生誕地 といわれている。生誕地については諸説があるが、櫟本町は有力な説と いわれている。 そして、奈良時代に開創されたと伝えられる柿本氏の氏寺・柿本寺が 櫟本町に存在したが、明治時代の廃仏毀釈により廃寺となっている。 極楽寺には、柿本寺(しほんじ)の人麻呂ゆかりの寺宝が引き継がれて 極楽寺人麻呂顕彰会によって保管されている。 柿本寺跡は残されている。 柿本人麻呂の辞世の句  <石見のや高角山の間より我が振る袖を妹見つらむか... ...続きを見る

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2017/03/07 15:04
もくもく探索日誌 2017年3月5日 滋賀県湖南
もくもく探索日誌 2017年3月5日 滋賀県湖南 大津市瀬田地区〜草津市〜守山市と平地のお寺を巡る。 この地区も何度目かの訪問となる。お寺の風景は平凡であるが、 文化財に指定された仏像が多い地区でもある。 湖南地区から望む比叡山や比良山系、特に雪を戴いた比良の 山並は滋賀県の風景だろう。 ...続きを見る

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2017/03/06 15:13
徹心寺 (兵庫県神河町)
徹心寺 (兵庫県神河町) 姫路の北30kmに位置する神河町福本に、古雅な風情を醸し出している 茅葺の山門と本堂が建っている。それが徹心寺である。 徹心寺は、福本藩初代藩主・池田政直が父・輝澄の菩提を弔うために 1660年代前半に開創して以降、藩主池田氏の菩提寺となっている。 池田輝澄は姫路藩主・池田輝政の四男で、母は徳川家康の次女・督姫 で家康の外孫になる。 ...続きを見る

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2017/03/06 09:35
理安寺 (大阪府高槻市)
理安寺 (大阪府高槻市) 理安寺の開創時期は不詳であるが、1619年松平家信が高槻藩主に 赴任すると、家信は亡き妻の菩提を弔うために理安寺を再興している。 松平家信は、徳川家康の祖先・松平氏の同族で、形原松平氏と呼ばれ、 その子孫は家康に従っている。 家信は1691年〜1635年高槻藩主を務め、下総佐倉藩主に転封している。 ...続きを見る

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2017/03/05 16:03
金蔵院 (京都府木津川市加茂町)
金蔵院 (京都府木津川市加茂町) 加茂町当尾(とおの)地区の石仏、石塔など石造物で知られる中の一つで ある金蔵院には、六字名号板碑・十三重石塔・阿弥陀如来石像など 石造物が境内狭しと安置されている。 金蔵院の開創は不詳であるが、本尊銅造十一面観音像は白鳳時代に 中国からの渡来仏ともいわれている。 静寂に包まれた風景と石造物の取り合わせが妙である。 ...続きを見る

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2017/03/04 14:46
滋賀県湖北地域のお寺
滋賀県湖北地域のお寺 滋賀県湖北地域(米原市、長浜市、長浜市虎姫町、長浜市湖北町、長浜市高月町、 長浜市木之本町、長浜市余呉町、長浜市西浅井町)は観音の里と呼ばれ、特に 渡岸寺観音堂の<国宝>十一面観音立像は日本を代表する仏像である。 ...続きを見る

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2017/03/04 09:30
蓮通寺 (滋賀県長浜市西浅井町)
蓮通寺 (滋賀県長浜市西浅井町) 海津から奥琵琶湖パークウェイの月出峠を越えて、下り坂を下り切った 西浅井町岩熊の集落に、蓮通寺の本堂屋根を見る。 岩熊は琵琶湖最北端に位置し、塩津湊が目の前にある。 かっては北陸〜塩津〜琵琶湖〜京都の湖上航路の拠点として栄えたと いわれている。 この位置にある蓮通寺の由緒も塩津湊と大いに関係している。 ...続きを見る

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2017/03/04 09:13
全昌寺 (愛知県北名古屋市)
全昌寺 (愛知県北名古屋市) 師勝幼稚園と並んでこじんまりと建つ全昌寺は1691年に開創されたと いわれ、この地は室町時代後期にあった井関城跡と推定されている。 何の変哲もない風景のお寺ではあるが、室町時代の珍しい 鋳鉄地蔵菩薩立像が祀られていること。 ...続きを見る

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2017/03/03 10:08
もくもく探索日誌 2017年2月28日〜3月1日 城崎温泉
もくもく探索日誌 2017年2月28日〜3月1日 城崎温泉 今年の日本海岸地区は大雪に見舞われたが、2月28日〜3月1日は 久しぶりの好天に恵まれ、J&Bクラブのメンバー6人も城崎温泉を満喫。 私の目当ては、城崎温泉の発見僧・道智上人が開創した<温泉寺>の 探索である。 道智上人が720年<まんだら湯>を見出したのが城崎温泉の 始まりと伝承され、江戸時代には温泉番付で<西の大関>に位置する 名湯である。 7つの外湯を擁する<外湯巡りの温泉>として、近年外国人や若者にも 人気が高まっている。 訪れた日も、卒業旅行の学生と外国人が多く目にと... ...続きを見る

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2017/03/02 15:19
医王寺 (静岡県島田市金谷) 薬師堂
医王寺 (静岡県島田市金谷) 薬師堂 2016年11月に医王寺を訪れた時は、薬師堂が解体修理中で拝観できず、 工事中の説明板から想像するに留まった。 工事完了は2017年中とのこと。 医王寺は、弘仁年間(810〜824年)弘法大師空海が薬師如来像を彫って 祀った薬師堂に始まると伝えられている。 1596年に曹洞宗になり、1692年に薬師堂は再建されている。 薬師堂の天井画<雲龍図>、<天女図>は渡辺崋山の弟子である 永村茜山が1860年に描いた作品である。 ...続きを見る

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2017/03/02 09:45
来迎寺 (三重県伊賀市上友田)
来迎寺 (三重県伊賀市上友田) 伊賀市の北東部、滋賀県境に近い上友田地区に建つ来迎寺は、 1964年現在地にあった林泉寺と北に300mほどの坊ヶ谷集落に あった阿弥陀寺が合併して誕生している。 林泉寺、阿弥陀寺の由緒については不詳である。 しかし、境内に安置されている石造宝塔には<1312年に阿弥陀寺に造立> と銘があり、阿弥陀寺から移された宝塔であり、阿弥陀寺は1312年には 存在していた。 この石造宝塔は在銘宝塔としては三重県最古といわれ、三重県文化財に 指定されている。 姿形も端正な宝塔である。 ...続きを見る

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2017/03/01 21:52

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お寺の風景と陶芸 2017年3月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
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