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徳林寺 (愛知県大口町) 山姥物語
徳林寺 (愛知県大口町) 山姥物語 大口町に昔から言い伝えられる<山姥(やまんば)物語>という伝承がある。 それは、   鎌倉幕府の御家人・梶原景時の家臣で武芸の達人・福富新蔵が、 本宮山頂で山姥と対峙し矢を放ち、確かな手ごたえを得たが、山姥は 姿を消した。しかし、山姥の血跡を追って行くと、余野村(現在の大口町余野) に住む友人の小池与八郎の屋敷前に辿り着いた。 与八郎の妻が山姥の化身であった。 与八郎の子供・与九郎は母の菩提を弔うために徳蓮寺を開創したと 伝えられている。これが徳林寺の前身といわれている。 この... ...続きを見る

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2017/02/28 09:16
妙智院 (京都市右京区) 天龍寺塔頭
妙智院 (京都市右京区) 天龍寺塔頭 妙智院は、1453年現在の宝厳院の地に開創されたと伝えられている。 戦国時代には、二度中国明へ渡った五山の名僧・作彦周良が妙智院の 住職となり、晩年はここで隠棲している。 1864年の禁門の変で、長州方の一部が天龍寺に陣を構えて幕府方と 戦った結果、天龍寺はほとんどが焼失し、妙智院も焼失している。 1877年華蔵院を妙智院として現在地に再興されている。 妙智院所蔵の<夢窓国師像(画)>は14世紀前半の作で、 夢窓国師の頂相の中でも秀作といわれている。 ...続きを見る

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2017/02/27 19:56
もくもく探索日誌 2017年2月26日 天理市〜桜井市
もくもく探索日誌 2017年2月26日 天理市〜桜井市 朝の8時半に天理市に入る。 天理市のお寺探索はひさしぶりとなる。天理市といえば、天理教の町と 思い込みがあるが、お寺も結構ある。 本日の目玉は天理市東部にある大国見山(500m)中腹の<桃尾の滝> と滝の奥の院とも呼ばれている<大観寺>である。 滝までは車で行き、そこから500mの登山で大観寺へ。 足は疲れたが、滝と大観寺の佇まいには大満足。これぞもくもく探索の 醍醐味である。 他のお寺は平地のお寺でこれぞと言う風景はなし。 万歩計1万3千歩。 もくもく探索の満足度は85点。... ...続きを見る

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2017/02/27 15:09
般若寺 (静岡県牧之原市)
般若寺 (静岡県牧之原市) 牧之原市相良地区の山手に印象的な本堂の般若寺がり、ここには 江戸時代中期の江戸幕府老中・田沼意次(たぬまおきつぐ)ゆかりの 遺品が保存されている。 意次は600石の旗本から5万7千石の相良藩主となり、幕府老中まで 昇り詰めた異例の老中である。 老中時期は田沼時代ともいわれ、幕府財政の立て直しの改革に 取り組んだが、反改革グループから<賄賂政治家>と揶揄され、 将軍死亡後には失脚している。 現在から見れば、当然の改革であるが当時の政治状況の中では 早すぎた経済政策であったのか。 ... ...続きを見る

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2017/02/27 10:01
長楽寺 (岐阜県中津川市阿木) イチョウ
長楽寺 (岐阜県中津川市阿木) イチョウ 中津川市南西部の山間にある阿木地区を流れる阿木川上流に、 イチョウの大木が目立つ長楽寺が建つ。 このイチョウは推定樹齢800年以上といわれ、一説には1100年とも いわれている。 樹高30m以上もあり、現在も成長しているとか。 天正年間(1573〜92年)武田勝頼軍による兵火で伽藍は灰燼に 帰したが、このイチョウは一部焼け焦げただけで生きながらえたと いわれている。 ...続きを見る

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2017/02/26 20:18
関昌寺 (長野県阿南町) 樹林の参道
関昌寺 (長野県阿南町) 樹林の参道 長野県南端に位置する阿南町を南北に走る国道151号(遠州街道)の 富草地区山裾に樹林に覆われた参道が印象的な関昌寺が建つ。 下条村、阿南町はかって下条郷と呼ばれ、室町〜戦国時代末期に 下条氏が支配していた。 1582年織田信長が伊那谷に侵攻した際、11代下条信正は亡くなり、 若き康長が12代目となり、1585年父の菩提を弔うために関昌寺を 開創したと伝えられている。 康長は若年ということもあり、一族内に内紛が起こり、徳川家康の 策略で下条氏は没落したといわれている。 ...続きを見る

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2017/02/25 20:13
西山光照寺跡 (福井県福井市) 石仏群
西山光照寺跡 (福井県福井市) 石仏群 JR九頭竜線一乗谷駅から南へ200mほどの田畑に面した山裾に、 覆屋に40体ほどの石仏群と西山光照寺跡が整備されている。 1994年の発掘調査で500年前の寺跡と石仏群が確認され、 一乗谷朝倉氏遺跡とともに戦国大名朝倉氏の歴史が蘇った。 石仏群は支笏石に半肉彫りされた巨像が多く、1533年銘の石仏も 見つかっている。 ...続きを見る

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2017/02/25 09:34
浄安寺 (石川県金沢市寺町) 金沢四大仏
浄安寺 (石川県金沢市寺町) 金沢四大仏 金沢には<金沢四大仏>と呼ばれる丈六の仏像があり、金沢市観光コース の一つに数えられている。 金沢四大仏   極楽寺・阿弥陀如来坐像(寺町)   浄安寺・阿弥陀如来坐像(寺町)   玄門寺・阿弥陀如来立像(東山)   蓮昌寺・釈迦如来立像(東山) その一つが浄安寺である。 ...続きを見る

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2017/02/24 09:20
禅源寺 (岡山県矢掛町) ふくふく地蔵
禅源寺 (岡山県矢掛町) ふくふく地蔵 禅源寺の境内には、かって六道地蔵が祀られ、土造地蔵尊が6万体埋められ 霊場を造ったと伝承されていた。 1983年境内整備の工事に際して、土中から首なし地蔵が掘り起こされた。 <こ地に祀られるならご利益があるだろう>との天の声で祀ったところ 色々なご利益が見られるようになった。 いつしか<ふくふく地蔵>と呼ぶようになり信仰を集めている。 ...続きを見る

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2017/02/23 09:53
徳島県のお寺
徳島県のお寺 徳島県のお寺を紹介 ...続きを見る

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2017/02/22 13:45
童学寺 (徳島県石井町) 四国別格二十霊場第2番
童学寺 (徳島県石井町) 四国別格二十霊場第2番 徳島県石井町南端に位置する山裾に建つ童学寺は、白鳳時代末に 開創されたと伝えられ、弘法大師空海が7〜15歳の間このお寺で 学び、<いろは48文字>を創作したとも伝承されている。 この伝承から<童学寺>と呼ばれたともいわれている。 童学寺から東北300mほどに<石井廃寺跡>があり、この石井廃寺は 地元の豪族によって白鳳時代末期に建立されたと推定されており、 これが童学寺の前身との説もある。 発掘調査によって、石井廃寺は三重塔を備えた伽藍で、阿波では最古類 の寺院と見られている。 ... ...続きを見る

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2017/02/22 09:37
尊宝寺 (兵庫県篠山市) 山門彫刻
尊宝寺 (兵庫県篠山市) 山門彫刻 尊宝寺は、1506年現在の篠山市日置に天台宗尊宝院として開創されたのが 始まりと伝えられ、1512年浄土真宗に改宗し尊宝寺となっている。 1599年八上城下に移り、1608年篠山城築城に際して鬼門除けとして 来迎寺と共に現在地に移っている。 1807年篠山の大火によって尊宝寺も山門を残して焼失したといわれている。 山門に左甚五郎が彫ったと伝承される唐獅子が火を吹き消したと 言い伝えられている。 ...続きを見る

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2017/02/21 09:30
安養寺 (大阪府枚方市)
安養寺 (大阪府枚方市) 枚方市楠葉の住宅街に建つ安養寺は、天平年間(729〜749年)行基 によって開創されたと伝える古刹であるが、現在は鉄筋コンクリートの 本堂が狭い境内に窮屈そうに建っている。 しかし、保存されている<石製露盤>は平安時代のものと推定されている。 露盤とは、屋根の頂部に乗せられ、相輪などを支え雨仕舞の役割を果たす。 一般には、青銅・鉄・瓦製だが石製は珍しく、大阪府文化財に指定されている。 下記の写真で、屋根頂部の四角な部分が露盤である。 ...続きを見る

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2017/02/20 15:36
三秀院 (京都市右京区) 天龍寺塔頭
三秀院 (京都市右京区) 天龍寺塔頭 三秀院は1363年夢窓国師の法嗣・不遷法序(1313〜83年)によって 開創されたが、その後廃れ、寛文年間(1661〜73年)後水尾天皇によって 再興され、天皇の持仏・大黒天像が祀られたといわれている。 この大黒天が天龍寺七福神の一つである。 ...続きを見る

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2017/02/20 09:36
応其寺 (和歌山県橋本市)
応其寺 (和歌山県橋本市) 応其寺が建つ橋本市は、応其上人(木食応其)が紀ノ川に橋を架けたことから 地名が由来するといわれ、その時の上人の草庵を寺として開創されたと 伝えられている。 応其上人は、1585年豊臣秀吉の紀州攻めに際して、高野山の使者3人の 一人として秀吉に会い、深い帰依を受け高野山を安堵されている。 高野山の再興や他の多くの寺院の再興に、秀吉の支援を受けて活動し、 高野山の伽藍中興といわれ、奥の院に応其の廟がある。 ...続きを見る

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2017/02/19 09:23
もくもく探索日誌 2017年2月16日 大阪枚方〜高槻市
もくもく探索日誌 2017年2月16日 大阪枚方〜高槻市 一瞬の小春日和の中、大阪府北東部に位置する大阪のベッドタウン枚方市〜 高槻市〜島本町と平地のお寺を巡る。 住宅街や市街地の変化に乏しい風景を巡る。 8時半に枚方市楠葉に入り、住宅街の狭い道を進む。 奈良時代の開創といわれる<安養寺>を皮切りにスタート。 浄土真宗<敬応寺>を中核としたかっての招提寺内村はその面影は ほとんど残さない状態であるが、一昔の姿は残っている。 枚方市の11ヶ寺を巡ったが、最後の枚方寺内町も面影はほとんどない。 ...続きを見る

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2017/02/18 15:09
国分寺 (奈良県橿原市)
国分寺 (奈良県橿原市) 741年、聖武天皇は全国66ヶ国に国家鎮護を祈って国分寺と国分尼寺を 創建する詔を発している。 東大寺を総国分寺、法華寺を総国分尼寺として建立がなされているが、 大和国の国分寺は東大寺が兼ねるのが通説となっているが、一説には 大和国分寺として橿原市の国分寺を当てている。 橿原市国分寺の開創は不詳であるが、史料面からは天正年間には 存在した。 ...続きを見る

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2017/02/18 09:50
丹波、但馬のお寺 (兵庫県)
丹波、但馬のお寺 (兵庫県) <丹波のお寺> ...続きを見る

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2017/02/17 09:30
法宝寺 (兵庫県朝来市和田山町)
法宝寺 (兵庫県朝来市和田山町) 和田山町岡田集落の最奥、室尾山(630m)南麓に建つのが法宝寺である。 法宝寺は、748年室尾山中腹に開創されたと伝えられている。 中世には石清水八幡宮を勧請し七堂伽藍を備えた大寺として栄えたと いわれているが、江戸時代に入り衰えた。 1934年大雪により倒壊し、1936年現在地に移転している。 中腹には旧法宝寺跡が残され、室尾森林自然公園として整備されている。 ...続きを見る

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2017/02/17 09:02
興正寺別院 (大阪府富田林市) 寺内町
興正寺別院 (大阪府富田林市) 寺内町 室町時代に、浄土真宗などのお寺や道場を中核として形成された 自治権を持った集落を寺内町と呼んでいる。 関西を中心に数多くの寺内町が形成されたが、現在も色濃くその姿を 残すのが富田林寺内町と今井寺内町(奈良県橿原市)であろう。 共に国の重要伝統的建造物群保存地区に指定され、観光客も 数多く訪れる寺内町である。 富田林寺内町は1560年頃、京都・興正寺が荒地を買い取り、 富田林御坊を開創し、寺内町を開発している。 ...続きを見る

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2017/02/16 15:48
京都府南西部のお寺
京都府南西部のお寺 京都府南西部(向日市、長岡京市、大山崎町、八幡市) のお寺総覧 ...続きを見る

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2017/02/15 10:20
乗願寺 (京都府長岡京市浄土谷)
乗願寺 (京都府長岡京市浄土谷) 長岡京市浄土谷は大阪府との府境にあって、山間部の地区である。 乗願寺へのアクセスは島本町から山道を登るのが便利である。 乗願寺は、天延年間(973〜976年)に恵心僧都源信がこの地で 修行中に阿弥陀如来像を刻み祀った草庵が始まりと伝えられている。 本尊の阿弥陀如来坐像は丈六の像で西山大仏と呼ばれている。 京都府文化財に指定されている。拝観可能である。 ...続きを見る

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2017/02/15 10:01
正妙寺 (滋賀県長浜市高月町)
正妙寺 (滋賀県長浜市高月町) 琵琶湖湖北の<湖北野鳥センター>に近い長浜市高月町西野の山裾に ある日枝神社の山腹に建つのが正妙寺観音堂である。 この観音堂に祀られる<千手千足観音>は日本でも珍しい観音像と いえよう。 憤怒相の顔、17本の手、19本の足を持つ観音像である。 造像の時代は定かではないが、後年に補修されている。 集落の人々によって維持管理されている。 ...続きを見る

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2017/02/14 09:28
龍済寺 (愛知県犬山市) 瑞泉寺塔頭
龍済寺 (愛知県犬山市) 瑞泉寺塔頭 犬山遊園の山麓にあって、西に犬山城、北に木曽川が流れる景勝の地に 建つ龍済寺は1446年開創で、名刹・瑞泉寺の塔頭である。 1565年には兵火により焼失しているが1574年再興されている。 瑞泉寺の塔頭は24院あったが、現在は6院である。 ...続きを見る

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2017/02/13 15:14
円光寺 (石川県金沢市東山)
円光寺 (石川県金沢市東山) 円光寺は1521年能登に開創されたと伝えるが詳細は不詳である。 1585年、後の加賀藩主・前田利長が守山城主(高岡市)になった際に、 利長から円光寺は帰依を受け、その後、利長が拠点を移す度に、 円光寺も移っている。 1636年現在地に移り、利長の持仏聖観音を祀っている。 <開運のあずかり観音>といわれ信仰を集めている。 ...続きを見る

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2017/02/13 09:24
顕正寺 (三重県四日市市)
顕正寺 (三重県四日市市) 南北朝時代、足利尊氏と直義兄弟は夢窓国師の勧めにより、後醍醐天皇および 南北朝争乱の戦没者を弔うために全国に安国寺建立の発願を行い、順次建立 された。 伊勢安国寺は、現在の四日市市西日野町に1339年建立され、塔頭も13建立 され、その一つ総持庵が戦国時代の兵火を免れ顕正寺となった。 伊勢安国寺跡は整備され残され、三重県の史跡に指定されている。 ...続きを見る

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2017/02/12 13:20
善福寺 (愛知県新城市作手) 奥三河の古刹
善福寺 (愛知県新城市作手) 奥三河の古刹 新城市作手の山間部にあって、山腹にそって長い参道のある善福寺は、 推古天皇の代(593〜628年)に開創されたと伝えられている。 弘法大師空海の十大弟子の一人で僧正までなった真済が若い頃、 各地へ修行に出かけた824年に善福寺の伽藍を建立し再興したと いわれ、七坊(大坊、岩本坊、池ノ坊、松本坊、中ノ坊、下ノ坊、 杉本坊)の大寺となった。 これら坊の名前が現在も地名として残っている。 その後、盛衰を経て、奥三河の領主・奥平氏によって再興されている。 ...続きを見る

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2017/02/12 09:40
永明院 (京都市右京区) 天龍寺塔頭
永明院 (京都市右京区) 天龍寺塔頭 常滑3代城主・水野守次は1582年本能寺の変で明智光秀に味方し、 常滑城を出て永明院に隠棲したが、1598年見つかり自害し 永明院に葬られている。 その嫡男・水野守信は徳川家康に仕え旗本大目付として、キリシタン禁制 の踏み絵を実行している。 江戸時代初期に水野守信によって永明院は再興されている。 ...続きを見る

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2017/02/11 09:43
永宝寺 (静岡県菊川市)
永宝寺 (静岡県菊川市) 菊川市西北部の山あいに三つの池があり、この地区を瀧之谷と呼んで いるが、最も下にある下池に接して永宝寺が建っている。 その境内から100mほどの対岸に<野猿>が架けられている。 野猿とは、両岸に張ったワイヤーロープに屋形を取り着け、引き綱を 自分で手繰り池を渡る人力ロープウェイである。 <野猿>で有名なのは奈良県十津川村のもので、それに倣って 永宝寺に取り着けた観光用の野猿である。 ...続きを見る

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2017/02/10 09:37
萬勝寺 (岐阜県恵那市) 飯高観音
萬勝寺 (岐阜県恵那市) 飯高観音 恵那市山岡町の山間部に広大な敷地を擁する萬勝寺の千手観音は <飯高観音>と呼ばれ、厄除け観音として篤い信仰を集めている。 正月の初詣でも多くの参拝者が訪れる日本三大観音の一つといわれて いる。三大観音には諸説あり。 ...続きを見る

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2017/02/09 09:41
観音寺 (群馬県藤岡市)
観音寺 (群馬県藤岡市) 高速道路の藤岡JCTの近くに建つ観音寺は1200年に開創されたと 伝えられ、大寺として大いに栄えたといわれた。 1582年本能寺の変で織田信長が亡くなると、織田方の上州支配者・ 滝川一益と小田原北条氏が戦いを始め、戦国時代において関東では 最大の野戦といわれる<神流川の戦い>によって滝川一益が敗走した。 この兵火により観音寺は灰燼に帰している。 1653年になって再興されている。 ...続きを見る

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2017/02/08 09:20
西光寺 (福井県鯖江市) 石田西光寺
西光寺 (福井県鯖江市) 石田西光寺 浄土真宗本願寺の中興の祖・蓮如上人の父・存如が越前布教の拠点 として、1451年頃に現在の鯖江市石田地区に道場を開いたのが 西光寺の始まりといわれている。 蓮如上人による北陸布教拡大の基礎が築かれたといわれている。 石田西光寺として大いに栄え、戦国時代の越前一向一揆では中心勢力 として織田信長軍と戦っている。 その後、現在地の鯖江市杉本町へ移転している。 ...続きを見る

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2017/02/07 10:29
極楽寺 (石川県金沢市寺町)
極楽寺 (石川県金沢市寺町) 南北朝の争乱の時、後醍醐天皇の皇子・宗良親王は諸国に潜伏していたが、 1337年現在の富山県高岡市牧野地区に至り、草庵を結び極楽寺を開創したと 伝えられている。 しかし、宗良親王が越中へ至るのは1340〜44年頃と考えられている。 1385年現在の浜松市北区井伊谷で亡くなっていると伝えられている。 1615年極楽寺は現在地に移っている。 ...続きを見る

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2017/02/06 09:03
鳥取県のお寺
鳥取県のお寺 鳥取県のお寺を紹介 ...続きを見る

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2017/02/05 10:30
解脱寺 (鳥取県日南町)
解脱寺 (鳥取県日南町) 鳥取県の西南端に位置する日南町は中国山地の山村で、過疎化が進む 市町村で、4900人の人口である。 その町の北部に位置する阿毘縁(あびれ)地区にあって、名刹と謳われる のが解脱寺である。 参道の途中に馬場があり、モミなどの大木が並木を成している。 推定樹齢200年のモミの木を始めとして5本のモミ、アスナロ5本、 杉3本が並ぶ様は地域のシンボルともなっている。 ...続きを見る

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2017/02/05 09:52
宝光寺 (香川県東かがわ市) 石庭
宝光寺 (香川県東かがわ市) 石庭 県道40号を四国山脈に向って入った山あいの東山集落の外れに建つ 宝光寺は曹洞宗の禅寺であるが、<子授かり、安産、子育て>の信仰 が篤いお寺である。 本堂裏手の石庭は1999年発掘調査され、江戸時代後期の石庭と 判明し整備されている。 石が300ほど山に沿って組み立てられ、枯山水の石庭である。 ...続きを見る

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2017/02/04 11:12
仏陀寺 (大阪府太子町) 仏陀寺古墳
仏陀寺 (大阪府太子町) 仏陀寺古墳 仏陀寺境内にある仏陀寺古墳は蘇我倉山田石川麻呂の墓という説がある。 蘇我倉山田石川麻呂は飛鳥時代の蘇我馬子の孫で、大化改新の 中大兄皇子と中臣鎌足による蘇我入鹿暗殺に加担し、右大臣になっている。 しかし、649年陰謀により山田寺において自害している。 石川麻呂の墓所の説は他にもある。  岐阜県各務原市にある伝蘇我倉山田石川麻呂の墓  奈良市帯解黄金塚がある。 ...続きを見る

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2017/02/03 15:15
京都市北区・上京区のお寺  
京都市北区・上京区のお寺   <青字をクリックすると詳細へ> ...続きを見る

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2017/02/02 15:20
如意庵 (京都市北区) 大徳寺塔頭
如意庵 (京都市北区) 大徳寺塔頭 如意庵は応安年間(1368〜75年)に大徳寺七世・言外宗忠によって 開創されたとつたえられ、大徳寺塔頭の中でも最古類である。 応仁の乱で焼失したが、乱後、尾和宗臨が大徳寺の再興と共に 如意庵も再興している。 尾和宗臨は堺の豪商で、一休禅師に深く帰依していた。 近現代では、立花大亀が住している。 ...続きを見る

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2017/02/02 15:11
西南院 (和歌山県高野町高野山) 高野山子院(宿坊)
西南院 (和歌山県高野町高野山) 高野山子院(宿坊) 高野山の入口である大門に最も近い子院が西南院である。 弘法大師空海の遺志を受けて壇上伽藍を完成させた真然大徳は、 讃岐出身で空海の甥といわれ、高野山第2世となっている。 この真然が壇上伽藍の裏鬼門にあたる西南方に西南院を開創した と伝えられている。 ...続きを見る

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2017/02/02 09:49
桜井市、宇陀市のお寺 (奈良県)
桜井市、宇陀市のお寺 (奈良県) 奈良県の桜井市と宇陀市のお寺一覧 ...続きを見る

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2017/02/01 14:30
外山不動院 (奈良県桜井市)
外山不動院 (奈良県桜井市) 国道165号沿いの外山(とび)地区に入ると、大きな立看が目に入る。 小さなお寺であるが、歴史上も由緒のある外山不動院が道路側下に 建つ。 平安時代に宗像神社の神宮寺として開創されたと伝わる。 ここから南の多武峰にある藤原鎌足を祀る談山神社へ参詣する前に、 藤原一門の人達は外山不動院で身を清めてから参詣したといわれ、 山号に藤原山と名付けている。 ...続きを見る

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2017/02/01 14:12
来迎寺 (兵庫県篠山市)
来迎寺 (兵庫県篠山市) 篠山城跡の北東500mほどに(篠山城の鬼門)建つのが来迎寺である。 弘治年間(1555〜58年)京都・永誉寺の住職が、現在の篠山市日置に 不断寺を開創したのが来迎寺の始まりと伝えられている。 八上城主であった戦国大名・波多野秀治の帰依を受け、永禄年間 (1558〜70年)に八上城下に移り、阿弥陀寺として再興されている。 波多野秀治は1579年織田信長によって処刑され、波多野氏は没落 している。 江戸時代になって、篠山城が築城されると、1610年現在地に城の 鬼門除けとして移り、来... ...続きを見る

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2017/02/01 09:31

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お寺の風景と陶芸 2017年2月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
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