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zoom RSS 明眼院 (愛知県大治町) 日本最初の眼科発祥地

<<   作成日時 : 2016/10/25 08:58   >>

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明眼院は、802年最澄の弟子によって開創されたと伝える五大山安養寺が
始まりといわれている。
その後荒廃したが、1357年に馬嶋清眼が薬師寺として再興したと
いわれている。
その年清眼が夢の中で異国人から医書を示され、それを元に眼の治療を
始めたのが日本最初の眼科の始まりといわれている。
その後、評判となり大々的な眼科治療が行われ、小堀遠州や円山応挙なども
治療に訪れたといわれている。
1632年後水尾天皇の皇女の眼病を治療し、<明眼院>の寺名を
授かっている。
江戸時代の尾張名所図会に取り上げられるほどに有名になっている。

明治時代になって、僧と医師の兼職が禁止となり、明眼院は廃れたが、
僧達は西洋医学を学び独立して眼科医院を開設しており、その流れが
現代も多くの眼科を営んでいる。
戦後、明眼院はお寺のみで再興され、大治町の名刹として歴史に名を
残している。

(1)寺名:明眼院(みょうげんいん) (2)住所:愛知県大治町馬島北割114
(3)山号:五大山 (4)宗派:天台宗
(5)開山:聖円 (6)開創:802年 (7)中興:馬嶋清眼 1357年
(8)本尊:薬師如来
(9)その他
1)大日堂(旧多宝塔):国登録文化財 1649年
2)大日如来坐像:町指定文化財 鎌倉時代 像高110cm
3)仁王像2躯:町指定文化財 鎌倉時代
4)花鳥図3幅:県指定文化財 中国明代
5)風神雷神図:県指定文化財 江戸時代 狩野常信筆
6)円窓山水図:県指定文化財 桃山時代
7)宝篋印塔:町指定文化財 南北朝時代

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                       仁王堂

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                       仁王像

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                       大日堂

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                        三猿

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                        本堂

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                     キリシタン燈籠

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                        庭園

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                       昭光門

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