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zoom RSS 大信寺 (大阪府八尾市) 八尾御坊

<<   作成日時 : 2016/10/09 14:50   >>

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江戸時代、八尾には3ヶ所の寺内町が存在するという珍しい歴史がある。
八尾西部の久宝寺地区には、顕証寺を核とする久宝寺寺内町が戦国時代
に形成され、大いに栄えたといわれている。
江戸時代に入って、本願寺が東西に分離される状態の中で、八尾においても
東西本願寺派の対立が生じている。
顕証寺は西本願寺に属したことから、東本願寺の教如は1607年大信寺
(八尾御坊)を開創し、新たに寺内町が形成されていき、江戸時代中期
以降は八尾の中心地となっていった。
現在では、久宝寺寺内町の面影は残っているが、八尾寺内町の面影は
ほとんど残っていない。

明治時代になって、大信寺は東本願寺の別院となり、現在は真宗大谷派の
八尾別院となっている。
明治の一時期には河内県庁が大信寺に設置されている。

(1)寺名:大信寺(だいしんじ)<真宗大谷派八尾別院>
(2)住所:大阪府八尾市本町4−2−48
(3)宗派:真宗大谷派
(4)開基:教如 (5)開創:1607年 (6)本尊:阿弥陀如来
(7)その他
1)河内県庁跡:府指定史跡
2)光明本尊(画):市指定文化財
  など市指定文化財6件

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                        山門

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                       山門前

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                        本堂

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