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zoom RSS 泉龍寺 (鳥取県日野町) 因藩二十士

<<   作成日時 : 2016/09/28 09:04   >>

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江戸時代末期における各藩内部には、尊皇攘夷派と親幕派の対立があり、
鳥取藩においてもしかりであった。
鳥取藩主・池田慶徳は穏やかな尊皇攘夷派であったが、急進的な志士・
河田など22名が京都において、藩主側近の4名を斬ってしまう事件が生じ、
河田など20名(後に因藩二十士と呼ばれた)が日野黒坂の泉龍寺に
幽閉され、8ヶ月後鳥取へ戻っている。
この8ヶ月において、志士達は黒坂の人々に武術や学問を教えたりして
人々からも慕われたといわれている。
彼らの遺品などがお寺に残されている。

泉龍寺は、1610年黒坂初代藩主として着任した関一政によって開創
されている。
1618年には、黒坂藩家中の内紛によって黒坂藩は廃藩となっている。

(1)寺名:泉龍寺(せんりゅうじ) (2)住所:鳥取県日野町黒坂421
(3)山号:瑠璃光山 (4)宗派:曹洞宗
(5)開山:禅室珍目 (6)開基:関一政
(7)開創:1610〜1618年 (8)本尊:釈迦牟尼
(9)その他
1)因藩二十士の遺品・遺墨:町指定文化財

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                        全景

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                        山門

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                        本堂

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