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zoom RSS 浄久寺 (長野県阿智村) 家康側室・於仙の方の菩提寺

<<   作成日時 : 2014/09/29 09:44   >>

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於仙の方は武田氏の家臣であった宮崎泰景の娘といわれ、1588年頃
父とともに家康の側に仕え、家康の側室となり1619年駿府城で亡くなり、
藤枝の浄念寺に葬られたが、その後郷里の浄久寺に改葬されている。
法号は泰栄院と号す。
泰栄院は、同じ側室・あ茶の局の菩提を弔うために京都・上徳寺を
あ茶の局の菩提寺としている。
上徳寺には泰栄院の供養塔がある。

浄久寺は1219年承久寺として開創されたと伝えられ、1559年再興され
浄久寺となっている。
現在は、中央道によって境内は大幅に縮小している。
一言観音信仰が篤く続いているといわれている。

(1)寺名:浄久寺(じょうきゅうじ) (2)住所:長野県阿智村駒場2195
(3)山号:米沢山 (4)宗派:浄土宗
(5)開創:1219年 (6)中興:岸誉 1559年 (7)本尊:阿弥陀如来
(8)その他
1)卯の花の句碑:村指定文化財
        芭蕉の句<卯の華や久らき柳乃及ひこし>
2)徳本筆名号碑:村指定文化財
3)宮崎・市岡墓所:村指定史跡
4)百日紅:村指定天然記念物

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                        本堂

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                       観音堂

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                       中央道

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