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zoom RSS 大御堂寺 (愛知県美浜町) 知多四国霊場第50番 

<<   作成日時 : 2014/04/27 14:31   >>

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1159年平治の乱で敗れた源義朝(頼朝、義経の父)はこの野間の地で
家臣に謀殺され大御堂寺に葬られている。
1190年源頼朝は父・義朝の菩提を弔うために地蔵菩薩などを祀り、
伽藍の造営を行っている。
その後も豊臣秀吉や徳川家康の庇護を受け大いに栄えたといわれている。

大御堂寺は天武天皇の時代(673〜686年)に役行者が開創したと
伝えられ、天平年間(729〜749年)に行基によって再興されたといわれる
古刹であり、知多半島での名刹である。
観光客も多く、本坊の野間大坊(知多四国霊場第51番)で行われる
<源義朝最期の絵解>は人気の説話である。
一般には大御堂寺と野間大坊は同一で、大御堂寺が正式名で野間大坊が
通称となっている。
周囲には多くの塔頭がある。

(1)寺名:大御堂寺(おおみどうじ) (2)住所:愛知県美浜町野間東畠55
(3)山号:鶴林山 (4)宗派:真言宗豊山派
(5)開山:役行者 (6)開創:673〜686年 (7)本尊:阿弥陀如来
(8)その他
1)本尊阿弥陀如来坐像:県指定文化財 藤原時代
  脇侍:町指定文化財
2)本堂:町指定文化財 1754年
  客殿:県指定文化財 1641年
  鐘楼:町指定文化財  大門:町指定文化財
3)義朝最期図・頼朝先考供養図:重要文化財 1619年 狩野探幽作
4)梵鐘:重要文化財 1250年
5)算額:県指定文化財 1771年
  覚禅抄18巻:県指定文化財 1329〜30年
  錫杖:県指定文化財 1320年
6)境内:県指定史跡
7)源義朝廟所、織田信孝の墓

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                        大門

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                        本堂

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                        客殿

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                        鐘楼

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                        梵鐘

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                      源義朝廟所

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                      織田信孝墓

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