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zoom RSS 野間大坊 <大御堂寺>(愛知県美浜町) 源義朝最期の地

<<   作成日時 : 2009/02/19 08:28   >>

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愛知県知多半島の美浜町にある野間大坊は正式名を大御堂寺といい、
寺伝によると天武天皇の時代(673〜686年)に役行者が開創し、
奈良時代に行基が中興したと伝えている。
1159年平治の乱に敗れた源義朝(頼朝・義経の父)はこの野間の地で
家臣に謀殺され、野間大坊に葬られたといわれている。
1190年源頼朝は父義朝の菩提を弔うために伽藍を造営し、その後
秀吉・家康の庇護を受けて発展した。
現在は、尾張でも有数の祈祷寺となっており、本殿で行われる
<源義朝最期の絵解>は非常に好評である。

(1)寺名:野間大坊(のまだいぼう)<正式名:大御堂寺(おおみどうじ)>
(2)住所:愛知県美浜町野間東畠50
(3)山号:鶴林山 (4)宗派:真言宗豊山派
(5)開山:役行者 (6)開創:673〜686年 (7)本尊:阿弥陀如来
(8)その他
1)本尊阿弥陀如来坐像:県指定文化財 脇侍:町指定文化財
2)主な伽藍
  本堂:町指定文化財 1754年
  本殿(客殿):県指定文化財 1641年 伏見桃山城の遺構といわれる
  鐘楼堂:町指定文化財
  大門:町指定文化財
2)その他文化財
  義朝最期図・頼朝先考供養図:重要文化財 江戸時代 狩野派
  梵鐘:重要文化財 1250年
  算額:県指定文化財 1771年
  覚禅抄18巻(画):県指定文化財
  錫杖:県指定文化財
  境内:県指定史跡
3)源義朝の廟所、家臣鎌田政家の墓 池の禅尼供養塔
4)織田信長の三男織田信孝の墓
5)マニ車が多く配置

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                       大門

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                       境内

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                       本堂

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                     本殿(客殿)

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                       本殿

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                     源義朝廟所

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                      鐘楼堂

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                    <重文>梵鐘

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                      マニ車

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