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zoom RSS 真田庵<善名称院>(和歌山県九度山町) 真田昌幸・幸村父子ゆかりの地

<<   作成日時 : 2008/07/20 15:03   >>

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真田昌幸・幸村父子は小説や漫画でおなじみの武将であるが、
勇猛果敢な武将として取り上げられたのは、江戸時代中期の
<真田三代記>からであり、真田十勇士が登場するのは大正時代の
立川文庫からである。
十勇士については史実のほどは疑わしいが、昌幸・幸村父子の凄さは
史実であり、徳川家康をも恐れさした。

1600年の関ヶ原の戦いで西軍についた真田昌幸・幸村父子は
家康から高野山への蟄居を命じられたが、幸村の妻も同道していたので、
<高野山は女人禁制>山麓の九度山に隠棲した。
1611年昌幸は病死したが、もし昌幸が1615年の大阪城合戦に
参戦していたら、結果はどうなっていたかわからないと言われている。
幸村は参戦し、奮戦している。

1741年真田昌幸・幸村父子の屋敷跡に創建されたお寺が真田庵である。

(1)寺名:真田庵(さなだあん)<正式名:善名称院(ぜんみょうしょういん)>
(2)住所:和歌山県九度山町九度山1413
(3)山号:伽羅陀山 (4)宗派:高野山真言宗
(5)開山:大安上人 (6)開創:1741年 (7)本尊:地蔵菩薩
(8)その他
1)境内:県指定史跡
2)真田昌幸の墓

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                       南門

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                    南門扉の六文銭

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                       本堂

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                    真田地主大権現

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                     真田昌幸の墓

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