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高野山奥の院は、高野山の東北端に位置し、弘法大師空海の御廟が ある。弘法大師信仰の霊地で、参詣者がいつも多く、静寂な奥の院は その様子を変える。 一の橋の参道入口から約2kmの杉木立に覆われた参道沿いには、 昔の武将などの供養塔が林立し、その数は20万基を越えるといわれる。 <高野山 総括>クリック参照 <奥の院と参道(1)では、一の橋〜中の橋の参道> <奥の院と参道(2)では、中の橋〜奥の院>を歩いてみよう。 <奥の院および参道沿いの文化財> 奥の院及び参道は世界遺産に登録されている。 一の橋から順に見てみよう。 1)佐竹義重霊屋:重文 1599年 常陸の戦国大名 2)二十町石:国指定史跡 九度山町慈尊院から高野山大塔までの180町石 大塔から奥の院までの36町石が指定されている。 3)武田信玄・勝頼墓地:県指定史跡 4)上杉謙信霊屋:重文 江戸時代初期 檜皮葺 5)禅尼上智碑:県指定史跡 1375年 6)高麗陣敵味方戦死者供養碑:県指定史跡 1599年 7)崇源夫人五輪石塔:県指定史跡 1627年 高さ6.6m 奥の院参道で最大の石塔<一番石>と呼ばれる 崇源夫人は徳川秀忠の妻 8)松平秀康霊屋:重文 1607年 石廟 家康の子 9)松平秀康母霊屋:重文 1604年 石廟 家康の側室(お万の方) 10)豊臣家墓所:県指定 史跡 秀吉などの供養塔 11)奥の院経蔵:重文 1599年 石田三成造営 <撮影禁止> 12)奥の院大杉林:県指定天然記念物 樹齢500年を越える1300本 参道沿いの杉林 一の橋参道入口 奥の院参道案内図 参道 曽我兄弟供養塔 参道 <重文>佐竹義重霊屋 <重文>佐竹義重霊屋 二十町石 参道 参道 武田信玄・勝頼供養塔 弘法大師腰かけ石 参道 <重文>上杉謙信霊屋 <重文>上杉謙信霊屋 伊達政宗供養塔 井伊直弼霊屋 参道 石田三成供養塔 明智光秀供養塔 参道 中の橋 <奥の院参道の中間点> 姿見の井戸 <高野山七不思議の一つで、覗き込んで自分の顔が 映らないときは、3年以内の寿命という> 姿見の井戸を覗く <顔が映っています。> 参道 禅尼上智碑(右の石碑) 密厳堂 <真言宗中興の祖興教大師の廟> 高麗陣敵味方戦死者供養碑 |
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