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zoom RSS 神護寺(京都市右京区) 最澄・空海ゆかりのもみじ寺

<<   作成日時 : 2008/06/09 10:13   >>

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比叡山で修行中の最澄は802年招かれて、高雄山寺(神護寺の前身)で
法華経の講義を行い、それが桓武天皇の知るところとなり、以後最澄は
桓武天皇の庇護を受けるのである。
804年最澄・空海は遣唐使に同行して(船は別々)唐に渡る。
806年最澄は天台の教えを説いて、天台宗が始まる。
806年空海は唐から帰朝後しばらくして、809年高雄山寺に入り、
真言密教の布教を開始する。
812年最澄は空海から2度にわたって高雄山寺で密教の入門儀式である
結縁潅頂を受け、二人の親交が始まる。
ところが、813年最澄が空海に経典の借入を申し込んだが拒否され、
これ以降交流は途絶えた。
空海の願により824年高雄山寺と神願寺が合併し、神護寺となって
真言の寺として確立する。

こうした経緯を見ても、神護寺は最澄・空海と縁が深く、また天台宗・真言宗の
発展の礎となったのである。

現在、紅葉の三尾(高雄の神護寺、栂尾の高山寺槇尾の西明寺)といわれるが、
室町時代には紅葉の名所になっていたという。

(1)寺名:神護寺(じんごじ) (2)住所:京都市右京区梅ヶ畑高雄町5
(3)山号:高雄山 (4)宗派:高野山真言宗遺跡本山
(5)開基:和気持清麻呂 (6)開創:781年 神護寺の始まりは824年
(7)中興:文覚上人 (8)本尊:薬師如来
(9)その他
1)西国薬師霊場第44番
2)主な伽藍など
  金堂:1934年 本尊薬師如来立像:国宝 平安時代初期
  大師堂:重文 桃山時代 柿葺 <重文>板彫弘法大師像安置
  毘沙門堂:1623年 <重文>毘沙門天立像安置
  五大堂:1623年 
  鐘楼:1623年 梵鐘(875年)は国宝で三名鐘のひとつ
  多宝塔:1934年 <国宝>五大虚空蔵菩薩像安置
  楼門:1623年
3)密教美術の宝庫
  高雄曼荼羅、伝源頼朝像(画)など国宝11件

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                       紅葉

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                      参道入口
                <おおよそ400段の石段>

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                       参道

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                    参道途中の茶店

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                       硯石
             <伝説空海が硯代わりに使った石>

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                       参道

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                       楼門

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                       境内
                <入って来た楼門を見る>

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                       境内
                    <金堂方向>

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                       唐門

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                    和気公霊廟前
                 <和気清麻呂の廟>

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                      明王堂

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                    金堂への参道

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                       金堂

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                    <重文>大師堂

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                      五大堂

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                      毘沙門堂

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                      多宝塔

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                       鐘楼

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                      地蔵院

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