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聖徳太子と母の穴穂部間人、妃の膳部太郎女が眠ると伝えられている 叡福寺北古墳(宮内庁管理)を護るのが叡福寺である。 聖徳太子の御廟を護る目的で、聖武天皇が724年建立した後も 弘法大師空海、親鸞、日蓮なども参籠し、聖徳太子信仰の聖蹟となっている。 現在の伽藍は、信長の兵火にあっての後豊臣秀頼による再興であるが、 太子廟を護る精神が生きた寺格を漂わせている。 叡福寺は、野中寺<中之太子>・大聖将軍寺<下之太子>とともに <河内三太子>の一つとして<上之太子>と呼ばれている。 (1)寺名:叡福寺 (2)住所:大阪府太子町太子2146 (3)山号:磯長山(しながさん) (4)宗派:真言宗系単立 (5)開基:聖武天皇 (6)開創:724年 (7)本尊:如意輪観音 (8)その他 1)新西国三十三ヵ所観音霊場客番 2)主な伽藍 聖霊殿:重要文化財 1603年 多宝塔:重要文化財 1652年 高さ18m 金堂:府指定文化財 1732年 鐘楼:府指定文化財 1600年代 南大門:1958年 二天門:1688年 3)良忍の墓:融通念仏宗の宗祖 遠景 南大門 仁王像 境内 <重文>多宝塔 <重文>多宝塔 金堂 金堂 <重文>聖霊殿 聖徳太子御廟へ 二天門 聖徳太子御廟 聖徳太子御廟 御廟門 上の御堂 浄土堂 鐘楼 見真大師(親鸞)堂 弘法大師堂 |
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