お寺の風景と陶芸

アクセスカウンタ

zoom RSS 法隆寺 (奈良県斑鳩町) その1 金堂・五重塔

<<   作成日時 : 2008/03/14 23:51   >>

トラックバック 0 / コメント 0

いつ法隆寺を取り上げようか迷いに迷って今回やっと踏み切ることに
なった。法隆寺の何に焦点を当てて紹介するのか。
ひとつは、法隆寺の伽藍を総て紹介できないか。
ひとつは、法隆寺再建・非再建論争に絡んで世界最古といわれる法隆寺が
1300年以上の命を保っている不思議

伽藍については拝観できない伽藍もあり、総てという訳にはいかないが、
極力努力してみよう。
法隆寺再建・非再建論争は100年近くの歴史があるが、科学的・考古学的な
研究調査で随分と解明がされてきている。

@法隆寺は何故世界最古の木造建築物なのか。
 木造建築といえば東アジアが焦点になる。まず中国に目をやると
中国で最古の木造建築は782年建立の南禅寺大殿(山西省)、次に古いのが
857年建立の仏光寺大殿で700年代の建築はひとつしか残っていない。
日本では600〜700年代のものが30棟あまり残っている。
これは、中国の歴史において王朝が変わる度に大きな戦乱が起こり、破壊された
ことと、廃仏が何度かあったことによるものだと言われている。
日本でも大きな戦乱はあったが、壊滅的な打撃は不思議と大和にはなかった。
また、廃仏は明治時代にあっても徹底的なものではなかった。
法隆寺の維持と壊滅的な災禍がない背景には<聖徳太子信仰>が根強く
あり、それを可能にしたのではないか。

A法隆寺金堂の建立はいつ頃か。
 若草伽藍(法隆寺西院伽藍の南東部境内から発掘された寺院跡をいう)は
発掘調査から古いタイプの伽藍配置や遺物が発見され、日本書紀でいう
670年焼失の斑鳩寺(当初の法隆寺)と推定されている。
現金堂はその後再建されたというのがほぼ定説になっているが、2004年に
金堂の天井板を年輪年代法で測定した結果、669年と668年に伐採された
木材であることが判明し、現金堂はそれ以降の建立であることが科学的に
立証された。ただし、いつから着手し、いつ完成したかは今も謎である。
680年頃には完成していたであろうとは推定されている。
一方、瓦の様式などからもっと早く完成していたとする説もある。

B法隆寺五重塔の建立はいつ頃か。
 同じく、年輪年代法による調査で2階の雲肘木が673年に伐採された木材と
判明しているが、心柱は年輪年代法で594年頃の伐採と推定されており、
心柱の謎が今も議論を呼んでいる。
しかし、五重塔は金堂の後に建立されたと推定されている。

その2その3その4その5その6その7
その8
その9、   その10>参照

画像

                          金堂

画像

                          金堂

画像

                          金堂

画像

                          金堂

画像

                          金堂

画像

                         五重塔

画像

                         五重塔

画像

                         五重塔

画像

                         五重塔

画像

                         五重塔

画像

                       金堂と五重塔

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

法隆寺 (奈良県斑鳩町) その1 金堂・五重塔 お寺の風景と陶芸/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる